『デジタル・ステップ』 第17話 「買い食いとジャイロセンサー」
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「あふっ、はふ、ほいひい……!」
冷たい風が吹き抜ける駅前の通り。
両手で大切そうに包み込んだピザまんを頬張りながら、マナミが幸せそうな悲鳴を上げた。
「ちょっとマナミ、あんまり急いで食べると火傷するよ」
シオリが自分のあんまんを少しずつちぎりながら、呆れたようにハンカチを差し出す。
学校帰りの買い食い。元の世界でも当たり前のように繰り返していた、冬の放課後のゴールデン・ルーティンだ。
この世界のコンビニエンスストア的な無人店舗で売られているホットスナックも、例に漏れずバイオプラント産の「最適化食材」である。肉汁はたっぷりなのに胃もたれする脂質はゼロで、生地は信じられないほどふかふかだった。
「だって美味しいんだもん。寒い中で食べる温かいものって、なんでこんなに最高なんだろ」
「それはね、外気温とのコントラストで脳の報酬系が強く刺激されるからだよ」
ふいに、背後から聞き慣れない男子の声が降ってきた。
振り返ると、防寒着の襟を立て、ホットの缶コーヒー(のような飲料)を片手に持った男子生徒が立っていた。少し跳ねた癖っ毛と、人懐っこいタレ目が特徴的な、隣のクラスのタクトだ。
「あ、タクトくん。お疲れー」
ユヅキが軽く手を上げると、タクトも「おっす」と笑って三人の輪に自然と混ざってきた。
彼こそが、週末の遊園地に誘ってくれた張本人であり、リナと「いい感じ」になっている男子だ。
「三人とも、帰り道に肉まん? いいね、冬って感じ」
「タクトくんも食べる? まだあっちの店舗にいっぱいあったよ」
マナミがピザまんを頬張りながら指をさす。
「いや、俺は遠慮しとく。今週末に向けて、ちょっと消化器官休ませとこうと思って」
タクトが苦笑いしながら自分の胃のあたりをさすった。
「え、どうして? 遊園地行くのに胃腸の調子悪いの?」
シオリが首を傾げると、タクトは少しバツが悪そうに視線を逸らした。
「……あのさ。絶叫マシンとか、みんな得意?」
「私は大好き! 一番怖いジェットコースター絶対乗りたい!」
マナミが元気に挙手し、シオリは「私はまあ、普通かな」と答える。
「リナも絶叫系大好きらしくてさぁ……」
タクトは深く、ひどく重々しい溜め息を吐いた。
「俺、ダメなんだよね。三半規管……というか、内耳のジャイロセンサーが敏感すぎる仕様らしくてさ。激しく揺さぶられると、姿勢制御のCPUがエラー吐いて、強烈な『車酔い』みたいな状態になるんだわ」
その思いがけないカミングアウトに、三人は目を丸くした。
「えっ……機械なのに、乗り物酔いするの!?」
マナミが驚きのあまり、ピザまんを落としそうになる。
「するよ! むしろ物理的なセンサーで平衡感覚保ってるんだから、想定外のG(重力)がかかったらバグるのは当然じゃん! なのにリナのやつ、『フリーフォールで一番上から景色見たい』とか言い出して……俺、週末に初期化されるかもしれない」
頭を抱えて本気で絶望しているタクトを見て、三人は顔を見合わせた。
そして、次の瞬間、ユヅキもシオリもマナミも、堪えきれずに吹き出してしまった。
「あははははっ! なにそれ、ジャイロセンサー酔いって!」
「やばい、タクトくんめっちゃ人間くさい! 酔い止めとかインストールできないの!?」
「笑い事じゃねーって! 昨日からずっと三半規管の設定値イジってるけど、全然改善しねぇんだよ!」
涙目になって抗議するタクトを囲んで、三人はお腹を抱えて笑い転げた。
生身だとか、アンドロイドだとか。
そんな大層な違いも、タクトの「ジェットコースターに乗るとジャイロセンサーが酔う」というマヌケで愛すべきバグの前では、完全に意味を失っていた。彼らは完璧な機械などではなく、弱点も不格好なところも山ほど抱えた、ただの高校生なのだ。
「あー、笑った。タクトくん、当日ヤバくなったら私たちがリナちゃん引き止めてあげるから安心して」
マナミが笑い涙を拭いながら言うと、タクトは「マジで恩に着る」と深く頭を下げた。
「じゃ、俺は塾あるから先行くわ。週末な!」
手を振って走り去っていくタクトの背中を見送りながら、ユヅキは冷え切った手に残る、肉まんの最後の欠片を口に放り込んだ。
温かくて、美味しくて、そしておかしい。
「……ねえ。週末、めっちゃ楽しみになってきたね」
シオリが、底抜けに明るい声で言った。
「うん。早く土曜日にならないかな」
冬の冷たい風は相変わらず吹いていたが、三人の足取りは羽が生えたように軽かった。
ありふれた放課後の寄り道。他愛のない笑い話。
彼女たちの日常は、世界の境界線を溶かしながら、どこまでも平穏に続いていく。
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アナログの肉体が抱えるノイズ(脆弱性)と、デジタルの最適化。
もし病気も寿命もある「完璧に理にかなった機械」が存在したら、生肉であることの価値はどこにあるのか。そんな思考実験のようなヒューマンドラマです。
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