『デジタル・ステップ』 第2話
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「……っ、ゆづ、ユヅキ!」
肩を激しく揺さぶられ、ユヅキは弾かれたように目を覚ました。
アスファルトのざらついた感触も、夕暮れの排気ガスの匂いもない。背中から伝わってくるのは、ひんやりとした滑らかで弾力のある地面の感触だった。
「ここ、どこ……?」
身を起こすと、隣でシオリとマナミが青ざめた顔で身を寄せ合っていた。
三人が放り出されていたのは、どこまでも美しく整備された公園のような場所だった。足元には完璧な緑色を保つ人工芝のような植物が広がり、周囲には流線型の真っ白な建築物が、クリスタルのような素材を交えてそびえ立っている。
空は晴れ渡っているが、日差しはどこか柔らかく、都市全体が巨大な空調で管理されているかのように、微かな風すらも適温だった。
「意味わかんない。さっきまで駅前にいたのに……映画のセット?」
「スマホ、圏外なんだけど! どうしよう、親に怒られる……!」
パニックに陥り、涙声になるマナミとシオリ。
ユヅキも心臓が早鐘のように打っていたが、同時に奇妙な違和感を覚えていた。視界に入る木々や花壇の植物は確かに本物に見えるが、葉の虫食いや、枯れ落ちた花びらといった「自然のノイズ」が一切見当たらないのだ。
「大丈夫ですか? 迷子ですか」
ふいに、穏やかな声が降ってきた。
ビクッとして振り返ると、そこに一人の青年が立っていた。年齢は二十代半ばくらいだろうか。清潔感のあるゆったりとした衣服をまとい、柔和な微笑みを浮かべている。
「あ、あの……!」
シオリがすがるように声を上げる。
「私たち、さっきまで駅の近くにいたのに、急に光って……気がついたらここにいて……!」
支離滅裂な説明だったが、青年は嫌な顔一つせず、静かに頷いた。
「空間転移の特異点に巻き込まれたのですね。稀にあることですが、お怪我がなくて何よりです。さぞ不安だったでしょう」
その口調は、あまりにも優しく、理路整然としていた。
パニックになっている見知らぬ女子高生三人に対し、警戒も、過剰な同情も、面倒くささも見せない。ただ純粋な「親切心」だけを抽出したような、ノイズのない透き通った態度。
「私の名前はリオンです。まずは落ち着ける場所へ行きましょう。少し歩きますが、私が責任を持って保護局へお繋ぎしますよ」
「あ、ありがとうございます……!」
マナミが安堵の涙をこぼし、シオリも何度も頭を下げる。
青年の温かい対応に、二人の緊張が一気に解けたのがわかった。
(……空間転移の、特異点?)
ユヅキだけは、彼がさらりと口にした単語を脳内で反芻していた。
まるで「通り雨に降られましたね」と言うかのように、彼は異常事態をあっさりと受け入れていた。
前を歩く青年の背中を見つめる。足取りは軽く、姿勢は完璧だ。振り返って「疲れていませんか?」と微笑みかけてくれる彼の瞳には、一点の曇りもない。
本当に、親切で優しい、完璧な「人間」だった。
ただユヅキには、彼のその完璧すぎる優しさが、毎朝自分と会話をしてくれるあのAIの、淀みない演算結果とどこか重なって見えた。
都市の景観は息を呑むほど美しかった。
空を滑るように移動する流線型の乗り物。街角のテラス席では、美しいガラスの器に盛られた色彩豊かな食事を楽しむ人々の姿がある。彼らは一様に穏やかで、満ち足りた表情で笑い合っていた。
完璧な自然と、完璧な都市。そして、完璧に親切な人々。
ここは、ノイズのない世界なのだと、ユヅキの直感が微かに告げていた。
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アナログの肉体が抱えるノイズ(脆弱性)と、デジタルの最適化。
もし病気も寿命もある「完璧に理にかなった機械」が存在したら、生肉であることの価値はどこにあるのか。そんな思考実験のようなヒューマンドラマです。
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