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『デジタル・ステップ』  作者: さらん


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『デジタル・ステップ』 第15話 「小テストの憂鬱」

いつもお読みいただき、ありがとうございます!

それでは、本編をお楽しみください!


「はい、そこまで。後ろからプリント回してー」


教師の無慈悲な声と終了のチャイムが重なると同時に、教室のあちこちから「あーっ!」「終わった……」という重々しい溜め息が漏れた。


金曜日の朝一番に行われる、数学の小テスト。それは生身であろうが機械の身体であろうが、等しく学生たちを絶望させる魔のイベントだった。


「最悪だ……公式、最後の最後でプラスとマイナス逆に書いた気がする」


プリントを前の席に回しながら、ケントが机に突っ伏してうめき声を上げた。


「ちょっとケント、あんた昨日『完璧に覚えた』って豪語してたじゃん」


隣の席からマナミがジト目でツッコミを入れる。


「いや、覚えたんだよ! 昨日の夜までは完璧に俺の脳内(CPU)に定着してたはずなんだけど、朝起きたら見事に揮発してたんだわ。睡眠中の記憶整理プロセス、マジでポンコツすぎる……」


頭を抱えるケントを見て、ユヅキは思わず吹き出しそうになった。


以前の自分なら、「CPUを積んでるならデータをそのまま保存しておけばいいのに」と冷めたツッコミを入れていただろう。しかし、彼らのハイブリッド脳はそんな単純なフラッシュメモリのような構造ではない。

人間の脳と同じように、シナプス(あるいはそれに代わる伝達回路)を繋ぎ、反復して学習しなければ知識は定着しない。そして、緊張すればド忘れもするし、ケアレスミスも起こすのだ。


「人のこと言えないでしょマナミ。あんたもさっき、開始三分前まで単語帳見てパニックになってたじゃない」


シオリが呆れたように言うと、マナミは「私はいいの! 生肉の旧式ハードなんだから、記憶力が悪いのは仕様ですーだ」と開き直った。


「あはは、マナミちゃん潔いね。私も今回はちょっと自信ないかも。昨日の夜、タクトくんとメッセージしてて、あんまり勉強進まなかったから……」


リナが少し頬を染めながら、えへへ、と誤魔化すように笑う。


「うわ、出た! 恋する乙女の余裕!」

「タクトのやつ、俺には『今からガチで勉強するから連絡してくんな』って言ってたのに! あの裏切り者!」


マナミがからかい、ケントが理不尽な怒りを爆発させ、リナが慌ててなだめる。

どこまでも平和で、どこにでもある高校の休み時間の光景だった。


「……ねえ、ユヅキはできた?」


シオリが小声で聞いてくる。


「うん、まあまあかな。ヤマ張ってたところが出たから、赤点は回避したと思う」

「よかったー。私もギリギリいけた気がする。週末の遊園地、小テストの補習で行けなくなるとか絶対嫌だったし」


シオリはホッとしたように胸を撫で下ろした。

遊園地へ行くという週末の予定は、今や三人の一番のモチベーションになっていた。もし赤点を取れば、土曜日は学校で地獄の補習が待っている。そのプレッシャーに怯えながら必死にノートを丸暗記していたのは、ケントたちも全く同じだった。


(本当に、何も変わらないな)

ユヅキは、前の席で「タクトの弱点教えてやる!」と騒いでいるケントの背中を眺めながら、頬杖をついた。


機械の身体になり、部位が欠損しても蘇生できる。そんな途方もないテクノロジーの恩恵を受けているというのに、彼らは「週末の遊園地」のために必死で公式を暗記し、テストの点数に一喜一憂している。

その姿は、あまりにも人間らしくて、滑稽で、愛おしかった。


「よし、終わったことは忘れよう! 今日のお昼、購買で新作のグラタンパン買ってくる!」


マナミが両手を叩いて気持ちを切り替えた。


「あ、私もちょうどそれ気になってた! 一緒に行こ!」


リナも笑顔で賛同し、二人は連れ立って教室を出ていく。


「……おい、あいつら切り替え早すぎないか? 俺まだ公式のプラスマイナス引きずってんだけど」

「ケントがいつまでもウジウジしすぎなの。ほら、次移動教室だよ」


ユヅキは笑いながら立ち上がり、教科書を手にした。

生身だとか、機械だとか、そんな面倒な前提を思い出す隙もないくらい、彼女たちの毎日は「ただの高校生活」で鮮やかに塗り潰されていく。

窓の外には、抜けるような秋の青空が広がっていた。


お読みいただきありがとうございます。


アナログの肉体が抱えるノイズ(脆弱性)と、デジタルの最適化。


もし病気も寿命もある「完璧に理にかなった機械」が存在したら、生肉(オリジナル)であることの価値はどこにあるのか。そんな思考実験のようなヒューマンドラマです。


少しでも「面白い」「続きが読みたい」と思っていただけましたら、ブックマークや下部の☆から応援していただけますと、作者の生身の肉体(ハードウェア)の執筆エネルギーに直結します。


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