番外編①「特等席」
——わたしの、声は。
たった、一人にしか。届かない。
ロザリンドにも。アンジェにも。ローランにも。
イザベラにも、ユリウスにも。——誰にも。
この世界で。
わたしの姿が、見えて。わたしの声が、聞こえるのは。
ただ、一人——アルフォンス、だけ。
◇
……ねえ。
ちょっとだけ。わたしの、話を、してもいい?
わたしは、もともと。
——この世界の、住人じゃ、ない。
前世は。どこにでも、いる。ふつうの、女子高生だった。
友達は、少なめ。休み時間も、放課後も。ウェブ小説ばっかり、読んでた。
異世界。転生。悪役令嬢。——そういう、お話が、大好きで。
ぱっとしない、毎日の、中で。
わたしは、いつも——"物語の、外側"から。きらきらした、世界を。指を、くわえて、眺めてた。
そんな、わたしが。
ある日、あっけなく、死んで。——本当なら、次は。自分が、生まれ直す、はず、だった。
——けど。
『君、転生もの、詳しいじゃん。——案内役、やらない?』
天界の、"上の方"に。ひょいと、スカウトされて。
気づけば、わたしは。転生待ちの、魂を。次の、人生へと、送り出す——"案内役の、妖精"に、なって、いた。
……皮肉、だよね。
自分が、生まれ直す、番を、なくして。それでも、相変わらず——。
"物語の、外側"から。誰かの、人生の、始まりを。見送る、だけ。
◇
——そんな、ある日。
わたしの、担当に、なったのが。
やけに、古めかしい、言葉づかいの——一人の、お侍さん、だった。
転生ものの、いろはを、教えても。
チートだの、ざまぁだの。ぜんぶ、生真面目に、頷いて。「果たし合いのようなものか」とか、ずれた、感心を、して。
……正直。
ちょっと、面白い人だな、って。——思ってた。
そして、別れ際。
あの人を、トンネルへ、送り出そうと、した、その時。
転生を、嫌がって、暴れる、魂が——わたしを。どん、と、突き飛ばした。
縁の、向こうは。
無数の、トンネルが、口を開ける——奈落。
(……あ。落ちる)
そう、思った——瞬間。
「——危ういっ!!」
あの人が。
ためらいも、せず。地を、蹴って——わたしを、抱き、留めた。
わたしは、無事だった。
……かわりに。
勢いを、殺しきれなかった、あの人が。
自分の、行くはずだった、トンネルとは——まるで、違う。
"破滅する、悪役王子"の、人生へと——落ちて、いった。
『——え。えっ、なんで!? なんで、私を庇って。自分が——!!』
◇
……ずっと。
わたしは、ただ。外側から、見送るだけの——案内役、だった。
物語に、手を、出すなんて。——できない。しない。それが、ルール。
でも。
その、時だけは。
考えるより、先に——体が、動いて、いた。
見ず知らずの、わたしを、庇って。
誰かの、間違った、人生へ。落ちて、いく——あの、不器用な、お侍さんを。
——見捨てられる、わけが、ない。
『——あーもう!! なんで、こうなるのよ——!!』
わたしは。
自分の、居場所も。案内役の、役目も。——何もかも、放り出して。
あの人と、同じ、トンネルへ。——頭から、飛び込んだ。
生まれて、初めて。
"物語"の、外側から——内側へ。
◇
……そうして。
たどり着いた、先で。
生まれたばかりの、赤ちゃんが。
いきなり、切腹を、しようとした時は。——さすがに、泣きながら、ツッコんだ、けど。
それから、ずっと。——一緒、だった。
おかしな、言動に、ツッコんで。
ゲージを、見張って。原作の、筋書きを、教えて。
……気づけば。
わたしは、もう——"読者"じゃ、なかった。
物語の、いちばん、内側で。
誰よりも、近くで。——この、おかしな、お侍さんの、生き様を。見て、いた。
◇
……正直、ね。
たまに。
ちょっとだけ、寂しく、なる。
みんなが、笑ってる、輪の中に。
わたしだけ、入れない。誰も、わたしを、見て、くれない。
天界の、役目も、捨てて、きちゃったし。
元の、世界に、帰れるのかも——もう、分からない。
わたしは、結局。
この、賑やかな、物語の——どこにも、名前の、ない。声だけの、存在。
『……はぁ』
つい。
ため息が、こぼれた——その、時。
「——ひかり殿」
ふいに。
アルフォンスが、口を、開いた。
『……っ。な、なに? 武士さん』
「いかが、した。——元気が、ないように、見受けられる」
(……見受けられる、って。姿、見えてない、くせに)
少し、笑って。
わたしは、ごまかそうと、した——けど。
「そなたは」
アルフォンスは。
静かに——けれど、はっきりと、言った。
「天界にて。それがしを、庇う、いわれなど。——何ひとつ、なかった」
「なのに、そなたは。己の、居場所も。生まれ直す、機さえも——投げ捨てて」
「こんな、破滅の生に。それがし、一人の、ために——飛び込んで、きて、くれた」
『……っ。それは』
「以来、ずっと。傍で、それがしを、導いて、くれた。——そなたが、おらねば。それがしの、フラグへし折りなど。とうに、破綻して、おったろう」
アルフォンスは。
ふっと——優しく、笑む。
「姿は、見えずとも。声しか、届かずとも。——それがしには。そなたが、誰よりも、近くに、おる。それで、十分では、ないか」
「そなたは。物語の、隅で、見過ごされる、脇役などでは、ない。——それがしの。生涯の、相棒よ」
◇
……ずるい、なあ。
ほんと。——ずるい、よ。武士さん。
そんなこと、言われたら。
泣いちゃう、じゃん。
『……ばか。武士さんの、くせに。たまに、決め台詞、上手すぎなんだよ』
ぐす、と。
洟を、すすって。わたしは——笑った。
そっか。
——わたし、もう。
外側から、見送るだけの。"読むだけ"の、わたしじゃ、ないんだ。
この、賑やかで。あったかい、物語の。
ちゃんと、一員なんだ。
……うん。
帰れるか、どうかなんて。——今は、もう、いい。
だって、わたしは、今。
人生で、いちばん——"物語"の、いちばん、近くに。いるんだから。
◇
『——よし! しんみりは、おしまい!』
わたしは、ぱん、と。両手で、頬を、叩いた。
『ほら、武士さん。次の、稽古、遅れるよ! あと、ロザリンドが、また、菖蒲っぽい花、枯らしそうだったから。あとで、見てあげて!』
「……まったく。忙しない、奴よ」
苦笑する、武士さんの。
頭の中で。
わたしは、今日も。——にぎやかに、生きて、いる。
物語の。——いちばん、いい、特等席で。




