エピローグ
——あれから。
幾月かが、過ぎた。
王都の空気は。
すっかり——変わって、いた。
メルツ家の、専横は。過去の、ものと、なり。
長く、玉座に、あって、沈黙して、いた、国王は。——自らの足で。再び、政の、舵を、取り始めて、いた。
そして。
"謀反人"の、汚名を、雪がれた——ヴァレンシュタイン家は。
失われた、名誉と、家格を。少しずつ——取り戻して、いた。
◇
かつて。
"呪い児"と。"破滅の、王子"と。忌み、嫌われた——アルフォンス。
その姿を。
今、後ろ指、さす者は——もう、いない。
白銀の、髪も。紅の、瞳も。
人々は、もう——恐れない。
むしろ。
あの、建国祭の夜。ただ一人、刀を、抜かずに。"真実"のために、立った、その姿を。
——誰もが。畏敬を、込めて、語るように、なって、いた。
◇
学園では。
「——リーゼ。此度の、菓子も。実に、見事で、あった。かたじけない」
「も、もう。ローラン様ったら。……最近、本当に。物言いが、古めかしい、ですわ」
ローランは。
一度は、忘れて、いた、許嫁を——今では、誰よりも、大切に、して、いた。
そして、彼ばかりでは、ない。
「ごきげんよう、クラリス嬢。——其方の、髪飾り。今日も、麗しい」
「あ、ありがとう、ございます、アラン様。……(なんだか、立ち居振る舞いまで、いかめしくて……)」
婚約者連合の、青年たちの、間で。
——うっすらとした、"古めかしい物言い"が。
じわじわと——流行って、いた。
『……武士ウイルス。結局、治らなかったね』
ひかりが、半ば、呆れ。半ば、楽しげに、呟く。
『でも。……みんな、婚約者を、大事にして。きちんと、筋を、通すように、なって。——前より、ずっと、いい男に、なってる』
『アルフォンスの、"漢の道"。——ちゃんと、根づいたんだ』
◇
中庭では。
聖女候補、アンジェが。
平民の、子供たちに、囲まれ——朗らかに、笑って、いた。
もう。
誰かの、"駒"でも。歪んだ、"正義"の、使徒でも、ない。
——ただ。
自分の、信じた道を。まっすぐに、歩く、一人の、少女。
その、すみれ色の瞳に。
影は、もう——一片も、なかった。
◇
そして、ある日。
短い、留学を、終え。
イザベラが——故国へ、帰る、日が、来た。
「……世話に、なったわね」
港で。
深紅のドレスを、翻し。彼女は——いつもの、ツンとした、横顔で。けれど、どこか、名残惜しげに、言った。
「あなたたちを、見て、いたら。……改めて、思い知らされたわ」
「——己の、信じた道を。何が、あろうと。最後まで、貫き通すこと。……その、尊さを」
「わたくしが、自分の国を、立て直す。その覚悟は——とうの昔に、決めて、いる。……ただ。あなたたちは。その"貫く"という、姿を。もう一度。わたくしの、胸に——刻んで、くれた」
「達者で、な。イザベラ殿」
アルフォンスが、頷く。
「そなたが、いなければ。アンジェ殿は、救えなんだ。——重ねて、礼を、申す」
「……ふん。礼なんて、いいわ」
イザベラは。
ぷい、と、顔を、背け——けれど。
「……困ったときは。いつでも、呼びなさい。——わたくしたちは。同じ、"淵"を、覗いた。……ええ。言うなれば——戦友、ですもの」
そう言って。
紅い王女は——凛と、微笑み。海の、向こうへと、帰って、いった。
『……あの人も。原作に、いなかったキャラなのに。——いちばん、いい仕事、してったなあ』
◇
そして——。
離宮の、庭。
「アルフォンス様。——光丸の、下緒。新しく、お作りしましたの。お納めに、なって?」
「おお。——かたじけない、ロザリンド殿」
腰紐に、真新しい、下緒を、結ぶ。
その、傍らで。ロザリンドが——穏やかに、微笑んだ。
復讐に、その身を、捧げて、いた、頃の。
凍てついた、面影は——もう、どこにも、ない。
二人は、正式に。
——婚約を、結んだ。
かつて、"原作"が、定めた。
断罪の、相手。そして——逆恨みの、果ての、破滅王。
その、二人が、今。
誰に、強いられた、わけでも、なく。
ただ——己の、心の、ままに。隣に、いる。
「……なあ、ロザリンド殿」
ふと。
アルフォンスが、庭の、片隅に——目を、留めた。
「あの、木の葉。……一枚。そなたの、髪に」
「え——?」
ぱさ、と。
ロザリンドの、髪から。一枚の、木の葉が、舞い、落ちる。
——いつかの、あの日と。同じ、ように。
二人は、顔を、見合わせ——どちらからとも、なく。
ふっ、と。笑い、合った。
◇
『……ねえ、武士さん』
その夜。
いつものように。アルフォンスの、頭の中で。ひかりが、語りかける。
『あたしたち。——原作、ぜんぶ。変えちゃったね』
「うむ」
『破滅も。断罪も。逆恨みも。——何ひとつ、起こらなかった。誰も、不幸に、ならなかった。……ぜんぶ、武士さんが』
「いや」
アルフォンスは。
静かに——首を、振った。
「それがし、一人の、力では、ない。……ロザリンド殿。アンジェ殿。ユリウス。ローラン。イザベラ殿。——そして、ひかり殿」
「皆で。——書いた、物語よ」
『……うん』
ひかりが。
くすぐったそうに——笑った。
『——生後三秒で。腹を、切ろうとした、武士が。妖精に、泣いて、止められて。……まさか、こんな、結末に、なるとはね』
「ふっ。——重畳」
——と。
「ところで。ひかり殿」
『……ん?』
「そういえば、それがし」
アルフォンスは。
やけに、真顔で——こてり、と。首を、傾げた。
「結局。此度の、生では。——ただの、一度も。切腹を、して、おらぬ、な」
『……い、今さらあぁぁ——!?』
静まり返った、夜空に。
ひかりの、悲鳴が——盛大に、こだました。
——そう。
腹を、切る、理由など。
もう。どこにも——ない。
守りたいものに、囲まれて。
この男は。——これからも。笑って、生きて、ゆく。
星空の、下。
白紙だった、はずの、物語は。
今、確かに——"幸せな、続き"を。紡ぎ、続けて、いる。
——誰かに、定められた、破滅では、なく。
自分たちの、手で、選び取った——その、先へ。
この、風変わりな。
武士の、物語は。
まだ、しばらく——続いて、いく。
◇
(了)




