番外編②「沈黙は、金なり」
大夜会の、騒動から——幾月か。
国王は。
少しずつ。アルフォンスを——一人の、王子として。認め、始めて、いた。
そして、ある日。
彼に、こう、命じた。
「——隣国、ガルニエとの。通商を、巡る、会談。そなたも、同席、せよ」
ガルニエは。
近年。何かと、難癖を、つけては。こちらに、不利な、条件を、呑ませようと、して、くる——油断ならぬ、相手で、あった。
◇
会談を、前に。
外交を、司る、老臣が。アルフォンスに、そっと、釘を、刺した。
「殿下。——くれぐれも。込み入った、交渉は。我ら、文官に。お任せ、ください」
「うむ」
「そして……どうか。余計な、お言葉も。お顔の、色も。——お控えを。手の内を、相手に、悟られては、なりませんので」
(……ふむ。なるほど)
アルフォンスは、深く——頷いた。
(感情を、面に、出さず。心を、波立たせず。——平常心。不動心。……要は、武士の、心得、よ)
『……あ。武士さん、それ。——絶対、変な方向に、解釈、してる』
ひかりの、嫌な予感は。
——だいたい、当たる。
◇
会談の、卓。
ガルニエの、使節は。
でっぷりと、太った——いかにも、狡猾そうな、男だった。
「いやはや。此度の、条件。貴国にも、決して、悪い、お話では——」
ぺら、ぺらと。
舌が、よく、回る。
その、正面で。
アルフォンスは——ただ、座って、いた。
一言も、発さず。
微動だに、せず。——ただ、まっすぐに。使節の、目を。じいっと——見据えて。
(……心を、鎮め。ただ、相手を、見る。——これぞ、武士の、目付よ)
本人は。
"感情を、出すな"を。馬鹿正直に、守って、いる、だけ。
——だが。
◇
「……っ」
使節の、額に。
じわり、と——汗が、滲み、始めた。
(な、なんだ。この、王子は……。先ほどから、一言も、発さず。ただ、こちらを——射抜くように、見据えている)
(白銀の、髪に。血の、ように、紅い、瞳。……まさか。我が方の、思惑など。——とうに、見透かされて、いるのか?)
しん、と、した、沈黙が。
卓の、上に——重く、のしかかる。
たまらず。
使節は——口を、開いた。
「……あー、その。じ、実は。先ほどの、条件は。少々……欲を、かきすぎた、かも、しれません。い、いくらか。譲歩、を——」
『……えええ!? 勝手に、譲歩、しはじめた!?』
ひかりが。
素っ頓狂な、声を、上げた。
『武士さん、何も、してないよ!? ただ、黙って、ガン見してるだけ、なのに!』
『……って。——あれ? これ』
ひかりは。
強烈な、既視感に——目を、ぱちくり、させた。
『……赤ちゃんの、時と。——おんなじ、だ』
『生まれて、すぐ。"喋っちゃ、だめ"って、言ったら。武士さん、何年も、無言で。乳母を、じいーーっと、見つめ返してさ。……周りの、大人、みんな。ビビり倒してた、やつ!』
『あれから、十数年。——あの時と、まるっきり、同じ。"無言ガン見"で。今度は、一国の、外交官を、震え上がらせてる……!?』
——と。
そこで、ひかりは。はた、と、もう一つ、気づいた。
『……あ。そっか。——"沈黙"だ』
『交渉でね。片方が、黙ってると。もう片方が、不安に、なって。……つい、しゃべりすぎたり。譲歩、しちゃったり、するんだって。"沈黙は、金"って、やつ』
『武士さんの、馬鹿正直な、"無言ガン見"が。……まさかの。超・高等、交渉術に、なってる……!?』
◇
会談は。
アルフォンスの、沈黙に、押される、まま——着々と。こちらに、有利に、進んで、いく。
だが。
使節も、ただでは、引き下がらない。
「し、しかし……。この、国境の、件だけは。——もともと、我が国の、民が。先に、住んで、おった、土地。これを、手放せとは——」
それは。
明らかな——偽り、だった。
その土地に、先に、暮らして、いたのは。——こちらの、民。
それを、奪わんと。歴史を、捻じ曲げて、いる。
——その、瞬間。
アルフォンスの、奥底で。
"義に、もとる"——武士の、魂が。ぐらり、と、たぎった。
——次の、刹那。
ぐぬ、と。
それまで、彫像のように、端正だった、その美貌が。
眉は、太く、濃く。
目は、爛々(らんらん)と、見開かれ。
輪郭には——墨で、ひと刷き、なぞったような。ごつい、陰影が、差して。
まるで。古い、時代劇の、劇画から。そのまま、抜け出して、きたかの、ような——厳めしい、武者の、顔へと。
ぐぐぐ、と——変貌した。
無言。
ただ、無言の、まま。
その、いかつい、劇画顔で——使節を。ぎろり、と、睨め、据える。
(……許せぬ。義に、もとる、虚言よ)
——本人は。
ただ、純粋に。腹を、立てて、いる、だけ、なのだが。
「————っ、ヒィッ!?」
使節が。
椅子ごと、のけぞった。
(こ、殺される——!! い、今、確かに。"その嘘、見抜いたぞ"と。——目が、そう、言った——!!)
『いやいや待って待って! それ、ただの——武士さんの、"ブチギレ劇画顔"だから! 義に、反することが、あると。顔が、勝手に、そうなる、だけ! ……そういう、体質なの! 赤ちゃんの、時から、ずーーっと、そう——!』
ひかりの、必死の、ツッコミは。
——もちろん、誰の、耳にも、届かない。
◇
「も、申し訳、ございませんッ! こ、国境の、件は……ぜ、全面的に。貴国の、ご主張を——認めますッ!!」
がば、と。
使節は——卓に、額を、擦りつけた。
——かくして。
ガルニエとの、会談は。
当初の、想定を、はるかに、上回る——空前の、好条件で。妥結、した。
◇
「……お、おお……!」
「殿下が……一言も、発しない、うちに。相手が、勝手に、膝を……!」
「な、なんという……底知れない、御方だ……!」
居並ぶ、文官たちは。
アルフォンスを——畏敬の、眼差しで、見つめた。
後日。
報告を、受けた、国王も。——感嘆の、息を、漏らした、という。
「ふむ。……あれは。言葉を、弄さず、相手の、本質を、見抜く。——大した、ものよ」
◇
——その頃。
当の、アルフォンスは。
庭で、光丸の、手入れを、しながら。きょとんと、して、いた。
「……はて。それがし。ただ、言われた通り。黙って、座って、おっただけ、なのだが」
「なにゆえ、皆。あれほど、喜んで、おったのだ?」
『…………』
ひかりは。
そっと——天を、仰いだ。
『……うん。もう、それで、いいよ。武士さん』
『——なんだかんだ。上手く、いっちゃうんだから。あんたは』
◇
その後。
"無言の、外交王子"の、噂は。
近隣諸国へと——静かに、広まって、いった、とか。
——曰く。
「かの国に、底知れぬ、王子あり。
一言も、発さずして、相手の、心の、底を、見透かす」と。
……まあ。
真相は。ただの——"言われたことを、馬鹿正直に、守る、武士"、なの、だけれど。
『……あ。武士さん。今、ちょっと。——得意げな、顔、した』
「——む。して、おらぬ」
『してたよ』




