第23話「うつるもの」
あの、不義理の見本市から——数日。
学園の中庭の、一角は。
すっかり、様変わり、していた。
かつて、アンジェを、囲んでいた、貴公子たちが。
今や——アルフォンスの稽古に、列を、なしているのである。
「師匠! お願いします!」
「し、しごいて、くだされ……!」
『……ねえ、武士さん。なんか、弟子。増えてない?』
(うむ。あの一件で、目が覚めた、とかでな。次々と、な)
先頭で、ローランが。得意げに、新入りたちを、束ねている。
一番弟子の、貫禄、である。
◇
そして。
ひかりが、目ざとく——あることに、気づいた。
『……あれ。ねえ、武士さん。あの子たち。なんか……喋り方が』
クラリスの許嫁——アランという、青年が。
木刀を、振り下ろし、ながら、声を、張り上げる。
「せいっ! ——か、かたじけ、ない! ……っと、違う。えっと——ありがとう、ございます、師匠!」
別の青年は。素振りのあと、きりり、と、静止して、呟いた。
「……これが。噂に聞く、"ざんしん"、という、ものか……!」
『……うわ。写ってる。武士。写っちゃってるよ』
ひかりは、がっくりと、頭を、抱えた。
『ユリウスといい、この子たちといい……。武士さんの周り、感染が、広がってない!? なんなの、その——武士ウイルス……!』
「ふむ。皆、見上げた、心がけよ」
当の、アルフォンスは。
我が事のように、満足げに、頷くばかり。
——自分が、その"感染源"だとは。露ほども、思って、いない。
しかも、彼らは。
稽古の合間には。きちんと、己の婚約者の令嬢を、気遣うように、なっていた。
隅で。
クラリスたち、婚約者連合の令嬢が。そんな、変わりゆく許嫁たちを。
少し、照れたように、嬉しそうに——見守っている。
中庭に、流れる空気は。
かつての、浮ついた、ハーレムの、それとは。
まるで、違う、ものに——なって、いた。
◇
——その、片隅で。
ただ、ひとり。
アンジェは。誰の輪にも、入れずに。ぽつんと、立ち尽くして、いた。
かつて、我先にと、自分を、囲んでいた、貴公子たち。
その誰もが、今は——アルフォンスのもとや。己の婚約者の、隣に、いる。
(……ほら。見て。あの男が)
(あなたから、何もかも、奪っていく。みんな、あの男に、取られて、しまった)
あの、"自分のものではない声"が。
ここぞ、とばかりに——囁きかける。
(……ちが、う)
けれど、アンジェには。
もう、その囁きに、頷く気力すら——湧かなかった。
ただ、ただ。
胸の中が——空っぽで。寂しくて、たまらなかった。
◇
「——お? アンジェ嬢じゃねえか」
ふいに。
明るい声が、かけられた。
稽古の汗を、拭いながら。ローランが、人懐っこい顔で、近づいてくる。
「ひとりで、どうした。……お前、最近、ずっと、元気ねえだろ。——心配してたんだぜ、俺」
「……ローラン、様」
「なあ。何か、あったんなら。話くらい、聞くぜ。——俺、難しいことは、分かんねえけどさ。……友達だろ、俺たち」
——友達。
その、なんの、裏も、ない。
まっすぐで、あたたかい、言葉に。
アンジェの、胸の奥が。
——つきん、と、痛んで。そして、ふいに——熱く、なった。
ずっと。
誰もが、"聖女様"として、自分を、見ていた。
あるいは——攻略の、対象として。
けれど、ローランは。
ただ、"アンジェ"を。ひとりの、友達として、案じて、くれている。
そんな、当たり前の優しさが。
今の、アンジェには——どうしようもなく、沁みた。
(……あ、れ)
(わたし……いったい、何を、してたん、だろう)
ふっ、と。
あの、"声"が——遠のく。
ほんの、一瞬。
けれど、確かに——アンジェの心に。久しぶりに、自分自身の声が、戻ってきた。
◇
その、様子を。
少し、離れた場所から、見ていた、アルフォンスが。
ふっ、と、目元を、緩めた。
『……今。アンジェの、"影"。ちょっとだけ、薄く、なった』
ひかりが、静かに、言う。
『ローランの……ただの、まっすぐな優しさが。引力の隙間に。——ほんの、ひとすじ。光を、差し込んだ、みたい』
「うむ。——人を、救うのは。いつだって。大仰な、理屈では、ない」
アルフォンスは、穏やかに、目を、細める。
「ただ、そばで。案じる者が、ひとり、おること。——時に、それだけで。人は、闇から、半歩。戻れるもの、よ」
まだ。
アンジェを、縛る"影"が、消えた、わけでは、ない。
——けれど。
凍てついた、その心にも。
たしかに、ひとすじの——あたたかな、光が、射し込んだ。
ちいさな、ちいさな——救いの、兆しが。
そっと、芽吹いた、瞬間だった。




