第22話「はじめての、笑み」
街外れからの、帰り道。
夕焼けが。長く、長く——二人の影を、地に、伸ばしていた。
廃教会での、騒ぎの、あと。
アルフォンスは、当然のように、「学園まで、送る」と言って、聞かなかった。
「……別に。送って、もらう、いわれは、ないのだけれど」
「夜道に、女子を、ひとり、帰す。——そのような無作法。武士の、するところでは、ない」
(……まったく。この人は)
ロザリンドは、小さく、息を、吐く。
——けれど。その隣を、離れようとは、しなかった。
◇
しばらく、無言で、歩いて。
やがて、ロザリンドが、ぽつりと、口を、開いた。
「……ねえ。どうして、あなたは。あんな、見え透いた罠に。のこのこ、出かけて、いったの」
「ふむ。——罠と、承知の、上で。行った」
「……は?」
「逃げれば、相手は、また、別の手を、打つ。ならば、いっそ、誘いに、乗り。膿を、出させたほうが、早い。——それに、だ」
アルフォンスは、こともなげに、言った。
「丸腰で、討たれるほど。——それがしの、修行は。浅くは、ない」
(……本当に。どこまでも、まっすぐな、人)
ロザリンドは、思う。
——この人は。世界中に、呪い児と、蔑まれても。家族にすら、疎まれても。少しも、ねじ曲がらない。
「……ねえ。あなたは。怖く、ないの」
「何がだ」
「みんなに、化け物だと、後ろ指を、さされて。なのに、どうして。そんなふうに——まっすぐで、いられるの」
アルフォンスは。
少し、考えて——静かに、答えた。
「人が、何と、言おうと。——それがしが、それがしであること。それは、変わらぬ」
「……」
「他人の目は。己の生き方を、決める物差しには、ならぬ。——大事なのは。己が、何を信じ。何を、なすか。……ただ、それだけよ」
その言葉は。
誰よりも——"罪人の娘"の烙印に。縛られ続けてきた、ロザリンド自身の、胸に。
すとん、と——落ちて、きた。
(……ああ。そう、か)
(わたくしは。ずっと——"他人の物差し"に。雁字搦めに、なっていたの、ね)
◇
「——時に、ロザリンド殿。先ほどから、少し、気に、なっておったのだが」
「……何」
「そなた。先ほど、駆けつけて、くれた折。——その髪に。木の葉が、一枚」
「……え」
慌てて、髪に、手を、やる、ロザリンド。
そんな彼女に、アルフォンスは。律儀に、手を、伸ばし——その黒髪から、ひとひらの枯れ葉を、そっと、摘まみ、取った。
「うむ。——取れた」
あまりに、自然で。
あまりに、無防備な——その仕草に。
——ぷっ。
こらえ、きれず。
ロザリンドの口から、小さな、笑いが、こぼれた。
「……ふふっ。なに、それ。命がけの、修羅場の、あとで……木の葉、って」
それは。
——家を、焼かれた、あの日から。
ずっと、ずっと、凍りついていた彼女が。
幾年ぶりに、見せた——心からの、笑顔、だった。
◇
その、瞬間。
アルフォンスの、胸の奥が。
——とくん、とくん、と。先日よりも、確かに。大きく、跳ねた。
(……はて。また、か)
そして。
『——あ。あー……やっぱり』
ひかりが、頭を、抱えた。
『【執着ゼロ装甲】耐久……96パーセント』
『……また、削れてる。しかも今度は、一気に、三パーセントも。前は、一パーセントだったのに……』
ひかりは、はあ、と、ため息を、つく。
『ねえ、武士さん。十五年、びくとも、しなかった、あんたの心が。——ロザリンドが、笑った。たった、それだけで。こんなに、削れてるんだよ。……これ、もう。認めるしか、ないと思うんだけど』
「ひかり殿は。先ほどから、何を、ぶつぶつと——」
『いやいや。"何を"じゃ、ないんだってば……』
ひかりは、遠い目を、して、呟いた。
『……このペースで、削れていったら。武士さんが、自分の、気持ちに、気づく日も。——そう、遠くは、ないのかもね』
夕焼けの、帰り道。
凍りついた令嬢の、はじめての、笑みが。
難攻不落の、武士の心を。
また、ひとつ——静かに、溶かして、いったのだった。
そして。
当の、二人は。まだ、どちらも——。
その意味に。気づいて、いない。




