第19話「師匠と、兄者」
放課後の、生徒会室。
ユリウスの招集で、アルフォンスは、そこへ、呼ばれていた。
「——師匠! 遅いっすよ!」
開口一番、そう言って、勢いよく立ち上がったのは——ローランだった。
『……ねえ、武士さん。あの人。いつのまにか、あんたのこと、"師匠"って呼んでない?』
「うむ。十日ほど、前から、だな」
あの手合わせ以来、ローランは、来る日も来る日も、稽古をねだり。気づけば、すっかり、"師匠"呼び、である。
「だってよぉ! こんなに強くて、こんなに筋の通った奴、他にいねえもん! 俺、一生、師匠についていくって、決めたんだ!」
すると——生徒会長の席で、ユリウスが、むっと、眉を、寄せた。
「……ローラン。貴様、いささか、馴れ馴れしいぞ。アルフォンスの、いちばんの理解者は——この、私だ。なにせ、十年来の、付き合いだからな」
「はぁ!? 師匠の一番弟子は、この俺っすよ! 兄貴面、しないでくださいよ、会長!」
「兄面では、ない。事実、兄なのだ!」
『……一番弟子と、実の兄が。格付けで、揉めてる。武士さん、人望、ありすぎでしょ……』
◇
「——戯れは、ここまでだ」
ひとつ咳払いし、ユリウスが、生徒会長の顔に、戻る。
「今日、二人を呼んだのは、他でもない。——近頃の、学園の空気だ」
声が、低くなる。
「ロザリンド嬢を巡る、不穏な動き。先日の、偽りの告発。……その背後に、ちらつくのは——メルツ。宰相家の、影だ」
「私は、生徒会長として。弟と、その婚約者は、必ず守らねば、ならぬ。——だが」
ユリウスは、悔しげに、続けた。
「相手が、正式な手続きや。私より上の権威を、持ち出してきたら……生徒会長の私でも、抑えきれんかもしれん。それだけは、頭に、入れておけ」
迫りくる断罪の場は、もはや——力ずくでは、止められぬところまで、来ている。
ユリウスは、それを、見抜いていた。
「心得た、兄者。——心強い、限りよ」
アルフォンスは、静かに、頷く。
そして、ふと——口を、開いた。
「ところで。——アンジェ殿の、ことだが」
その名に。
ローランが、ぴくり、と、反応した。
「アンジェ嬢が、どうかしたんすか、師匠」
「近頃。あの娘の周りに、剣呑な影が、差しておる。……お主は、あの娘と、親しいのであったな」
「お、おう。まあ、な」
ローランは、頭を、かいた。
「アンジェ嬢は……いい子だぜ。誰にでも、分け隔てなく、優しくてさ。……ただ、最近、ちょっと、元気ないみたいで。何か、あったのかなって、心配は、してるんだ」
その、屈託のない言葉に。
アルフォンスは、目を、細めた。
(……この男は。アンジェ殿に、巣食う"影"に、気づいておらぬ。なれど——その、まっすぐな情けこそが。いずれ、あの娘を、救う、糸口になるやもしれぬ)
「ローラン。——その娘とは。これから先も、変わらず。親しゅう、しておれ」
「……? お、おう。言われなくても、そのつもりだけど」
ローランは、きょとんと、しながらも、頷いた。
◇
「よいか、二人とも」
アルフォンスは、ふたりを、見渡し——静かに、告げた。
「それがしが、守らんとするのは。ロザリンド殿だけでは、ない。——アンジェ殿も、また。救わねばならぬ」
「……え?」
ローランが、目を、丸くする。
アンジェは、近頃、明らかに、ロザリンドへ、敵意を、向けつつある。なのに、その両方を、守る、と。
ユリウスも、訝しげだった。
「アルフォンス。……それは、いささか、欲張りが、過ぎないか」
「かもしれぬ。——なれど」
アルフォンスの、紅の瞳が、まっすぐに、前を、見据える。
「斬るべきは、人ではなく。人を、惑わす"影"のほう。——ならば、誰ひとり、見捨てる謂れは、ない」
その、揺るぎない言葉に。
二人は、顔を、見合わせ——やがて、どちらからともなく、笑った。
「……はぁ。やっぱり、敵わねえな、師匠には」
「……ふっ。まったく。これだから、我が弟は」
『(……武士さんだけは、分かってるんだよね。アンジェも、被害者だって。だから、誰も、切り捨てない)』
頼もしき、味方の、布陣が。
こうして、静かに、整っていく。
◇
「——時に、ローラン」
辞去しようとした、ローランを。
アルフォンスが、ふと、呼び止めた。
「お主。——許嫁は、おらぬのか」
「え? ……あー」
ローランは、少し、考えて。
「……いたわ。そういえば。なんか、ガキの頃に、家同士で、決められた……えーと。名前、なんつったかな……」
ぴしり。
その瞬間。
アルフォンスの面が、すうっと——眉太の、劇画調に、変じた。
「……お主」
「ひっ、な、なんすか、その顔!?」
「許嫁の、名すら。——忘れた、と申すか」
『……あ。出た。義センサー、再起動』
ひかりが、遠い目を、する。
『言っとくけど、武士さんのこれ。本気で怒り始めると、長いからね。……この学園、攻略対象、だいたい全員、婚約者ほったらかしで、ヒロインに群がってるから……。武士の"義"が、それを、見逃すわけ——ないんだよなあ』
そう。
迫りくる断罪の影とは、別に。
もうひとつの、嵐が。
——静かに、近づいて、いたのである。




