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破滅する悪役王子に転生した武士、生後三秒で腹を切ろうとして妖精に泣いて止められる  作者: めるしー


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第18話「囁き」

その日から。

アンジェの世界は、少しずつ——色を、失っていった。


あの、白銀の王子は。

やはり、ロザリンド様の、ことばかり。


先日も。皆の前で、自らの命を懸けてまで、あの令嬢を、庇った。

罪人の娘と、誰もが蔑む、あの人を。


その光景を、思い出すたび。

胸の奥の——あの、黒い、しこりが。少しずつ、大きく、なっていく。





そして、近頃。

アンジェの中には。"自分のものではない"声が——響くように、なっていた。


(おかしい。これは、おかしいわ)

(あの令嬢は、危険よ。みんな、騙されているの)

(あなたが、止めなければ。——だって、あなたは、特別なのだから)


(……ちがう)


アンジェは、頭を、抱える。


(わたし、こんなこと、思ってない。わたしは、ただ……)


けれど。

その声は。あまりに、優しく。あまりに、もっともらしく——囁くのだ。


——これは、醜い嫉妬なんかじゃない。

正義なのだと。皆を、あの危険な令嬢から、救うための。正しい、行いなのだと。


その囁きは。

アンジェの、いちばん優しい部分を。巧みに、くすぐった。


——そう。わたしは、ただ、みんなを、助けたいだけ。

ロザリンド様は、謀反の家の、娘。きっと、何かを、企んでいる。アルフォンス殿下だって、騙されているのよ。だから——わたしが、目を、覚まさせて、あげなくちゃ。


それは、いつのまにか。

"醜い嫉妬"の顔を、脱ぎ捨てて。"正しい使命"の、顔を、して。


アンジェ自身にも——もう、その見分けが。

つかなく、なっていた。





「——アンジェ嬢」


ふいに、かけられた、声。

振り返ると、そこには——セドリックが、穏やかに微笑んで、立っていた。


「最近、少し、お元気がないようだ。……何か、お悩みでも?」


「……セドリック様」


その、優しい声音に。

アンジェの、張り詰めていたものが、ふと、緩む。


「……わたし。おかしいんです。ロザリンド様のことを、考えると。胸が、苦しくて。怖くて。……こんな気持ち、知らなくて」


セドリックは。

痛ましげに、目を、伏せた。

——だが、その奥で。氷のような瞳が、すっと、光ったことに。アンジェは、気づかない。


「……ああ。あなたは、優しいから。気づいて、しまうのですね」


「え……?」


「ヴァレンシュタイン嬢の、危うさに。——あなたのその勘は、きっと、正しい」


囁くように。彼は、毒を、注いでいく。


「謀反の家の、生き残り。何を企んでいても、おかしくはない。……アルフォンス殿下までもが、あの女に、絡め取られている。誰かが、止めなければならない。——そうは、思いませんか」


(……ほら。やっぱり)


アンジェの中の、声が。我が意を得たり、と、囁いた。

セドリックの言葉と、あの"自分のものではない声"が——ぴたりと、重なる。


「……はい」


気づけば、アンジェは。

そう、頷いて、しまっていた。


「わたし……みんなを、助けたい、です」


その、健気な横顔を。

セドリックは、満足げに、見つめる。


(……使える。聖女の"善意"ほど、御しやすい刃は、ない)


策士の頭の中で。倒れていた駒が——ひとつ、また、盤上に、立ち上がった。





その日の、夕暮れ。


「……ひかり殿」


アルフォンスが、ふと、足を、止めた。


「あの娘の、影が。——濃く、なってきておる」


『……うん。アンジェ、だいぶ、引力に、呑まれかけてる。しかも、セドリックが、横から油を注いでる感じ。……最悪の、合わせ技だよ』


「人の善意に、巣食う悪意か。——もっとも、(たち)の、悪い」


アルフォンスの、紅の瞳が。静かに、翳った。


「急がねば、なるまい。——あの娘の心が。引力に、喰い尽くされて、しまう前に」


迫りくる、断罪の、影。

それはもはや、誰かの陰謀だけでも。見えざる引力だけでも、なく——その両方が。

ひとりの、無垢な少女を、依代(よりしろ)にして。静かに、形を、成し始めていた。


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