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破滅する悪役王子に転生した武士、生後三秒で腹を切ろうとして妖精に泣いて止められる  作者: めるしー


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第17話「名前を、知らない」

その夜。

自室に戻っても、ロザリンドは、眠れなかった。


突き放す、つもりだった。

もう関わるな、と。冷たく、言い捨てて——それで、終わるはずだった。


なのに。


『——己の身が、どうなろうと構わぬ。それは、いかぬ』

『お前まで、滅びては。地の底のご家族は、果たして、それを、喜ぶか』


あの男の、声が。

耳の奥に、こびりついて——離れない。





復讐だけが、彼女の、すべてだった。


家を焼かれ、家族を奪われた、あの日から。

ロザリンドは、自分の中の、やわらかいものを、すべて、凍らせた。

笑うことも。泣くことも。誰かを、想うことも——何もかも、捨てた。


そんなもの、復讐の、邪魔にしか、ならない。

心を凍らせて。憎しみだけを、燃やして。その焔だけを、頼りに、生きてきた。


自分が、どうなろうと、構わない。

家族の無念さえ、晴らせるのなら。この命など、いつ果てても、いい。

——ずっと、そう、思って、いた。


なのに、あの男は。

よりにもよって——「生きろ」と、言った。


罪人の娘と、誰もが蔑む、この自分に。

お前まで、滅びるな、と。——本気で、案じる、目で。


その瞬間。

何年も、凍りつかせてきたものが。音を立てて、崩れて。

気づけば——涙が、こぼれて、いた。





それから。

おかしいのだ。


ふとした瞬間に、あの男の、顔が、浮かぶ。

あの、涼やかな声を、もう一度、聞きたい、と思う。

遠くに、あの白銀の髪を、見つけると——胸の奥が、妙に、ざわめく。


(……これは、何)


ロザリンドには、分からなかった。


憎しみなら、知っている。

怒りも、絶望も、孤独も。——嫌というほど、知っている。


けれど、この。

胸の奥が、あたたかくて。少し、苦しくて。なのに、嫌じゃない——この感情の、名前を。

彼女は、知らなかった。


凍らせる前の、幼い自分なら。あるいは、知っていたのかも、しれない。

けれど、もう。とうの昔に、忘れて、しまった。


(……だめ)


ロザリンドは、頭を、振る。


(こんなもの……わたくしには、要らない)


これは、弱さだ。

復讐を、鈍らせる、毒だ。死んだ家族を、裏切る、甘えだ。

こんな、あたたかいものに、ほだされて。——もし、復讐の手を、緩めたら。


あの日、焼かれた、父と、母と、弟に。

わたくしは、どんな顔で、詫びれば、いいの。


(……忘れなさい。あの男のことも。この気持ちも。——ぜんぶ)


固く、目を、閉じる。


けれど——瞼の裏に、浮かぶのは。

やはり、あの、まっすぐな、紅の、瞳で。


消そうと、すればするほど。

それは、彼女の中で。静かに、けれど、確かに——根を、張って、いくのだった。





翌日。

中庭で。


あの男は、相変わらず、だった。


人垣の中で、あの大柄なローランに、稽古をつけ。

生徒たちに、囲まれても。少しも、媚びることなく。ただ、まっすぐに、そこに、立っている。


蔑まれても。恐れられても。決して、揺らがない。


——いつか、あの男は。

罪人と蔑まれる、このわたくしを。"厳しい泥濘にこそ、凛と咲く花"だと、言った。


(……菖蒲、だったかしら)


聞いたことも、ない、花の名。

けれど、あの言葉だけは——今も、胸の、あたたかい場所に、残っている。


気づけば、ロザリンドは。

その口元を、ほんの少し——ゆるめて、いて。


そして、それに、気づいた瞬間。

かっと、頬が、熱くなった。


(……っ、わ、わたくしは、何を……!)


慌てて、顔を、背け。

足早に、その場を、立ち去る。


名前も、知らない、その感情に。

すでに、振り回され始めていることに——。

誇り高き令嬢は、まだ、気づかぬふりを、するので、精一杯だった。





復讐のためだけに、凍らせた、心。

その氷が——あの夜から、少しずつ、溶け始めている。


それが、何を、意味するのか。

認めて、しまえば。きっと、もう——後戻りは、できない。


だから、彼女は。今は、まだ。

必死に、目を、逸らし続ける。


凍った心の、奥の奥で。

ちいさな、けれど、消えない温もりが——とうに、灯ってしまったことに。


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