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破滅する悪役王子に転生した武士、生後三秒で腹を切ろうとして妖精に泣いて止められる  作者: めるしー


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第16話「執着ゼロ装甲、軋む」

あの日から。

ロザリンドの胸の奥は、ずっと、ざわついていた。


一命を懸けて、罪人の娘の無実を、証した男。

何度、突き放しても——当然のように、隣に、座る男。


(……危険だわ)


彼女は、思う。

(あの人は、危険。わたくしの、決めた道に。要らない、迷いを、生む)


ロザリンドには、譲れぬものが、あった。

焼かれた、生家。奪われた、名。——必ず、報いを、受けさせる。

その一念だけを、支えに。彼女は、ここまで、生きてきたのだ。


だから——けじめを、つけねば、ならない。


彼女は、アルフォンスを。

人気のない場所へと、呼び出した。





夜の、図書館。

月明かりだけが、しんと、書架を、照らしていた。


『……で、なんで、呼び出されたんだろね。武士さん』


ひかりは、いつもの癖で、ぽつりと——"あれ"を、確認する。


『——っと。【執着ゼロ装甲】、耐久、100パーセント。うん。今日も、カンスト。十五年、ただの一度も、削れたことのない、鉄壁メンタル。……まあ、この人に限って。何があろうと、揺らぐわけ、ないんだけどね』


やがて。

月光の中に、ロザリンドが、現れた。


「……単刀直入に、言うわ」


琥珀の瞳が、まっすぐに、アルフォンスを、射る。


「もう、わたくしに、関わらないで」


「ほう。それは、また」


「あなたは、勘違いしているの。わたくしは——あなたが庇うような、立派な人間じゃ、ない」


彼女の声が、低く、震えた。


「わたくしはね。……復讐のために、生きているの」


「……」


「わたくしの生家は。何の罪もないのに、謀反の濡れ衣を着せられて、焼かれた。父も、母も、幼い弟も……みんな。わたくし、ひとりを、残して」


握りしめた、その拳が。白く、なる。


「それを仕組んだ者たちに。必ず、報いを、受けさせる。——そのためなら、わたくしは。この身が、どうなろうと、構わない。手を汚すことも、厭わない」


そして、彼女は。

吐き捨てるように、言った。


「こんな女の隣にいたら、あなたまで、巻き添えになる。……だから。その、馬鹿げた誠は。どうか、もっと、ふさわしい誰かに、向けてちょうだい」





アルフォンスは。

しばし、黙して、その言葉を、受け止めていた。


そして、静かに、口を、開く。


「——そなたの、その焔。確かに、受け取った」


「……っ」


「奪われた者のために、報いを求める。その心、それがしには——痛いほど、分かる」


彼は、彼女の、燃える瞳を、まっすぐに、見つめた。


「だが、ロザリンド殿。ひとつだけ。——己の身が、どうなろうと構わぬ。それは、いかぬ」


「……何を」


「亡き人を弔う道は。己を、焼き尽くすことでは、ない。——遺された者が、胸を張って、生き抜くこと。それもまた、立派な、手向けにござる」


ロザリンドが、息を、呑む。


「無念を、晴らすのは、よい。なれど——その果てに、そなたまでもが、滅びては。地の底のご家族は、果たして、それを、喜ぶか」


——揺れた。

彼女の、琥珀の瞳が。大きく、揺れた。


誰も。

誰ひとり、言わなかった。

復讐に身を捧げる彼女を、皆、恐れ、蔑むばかりで。

"お前まで、滅びるな"などと——案じてくれた者は。ただの、ひとりも、いなかった。


「……勝手な、ことを」


声が、掠れる。


「あなたに……わたくしの、何が、分かるって、いうの……!」


ずっと、ひとりで、抱えてきた。

誰にも、見せたことのない——涙が。

その瞳に、ふいに、滲んだ。





その、ひと粒の涙を。

見た、瞬間。


アルフォンスの、胸の、奥で。

——とくん、と。何かが、わずかに、揺れた。


(……はて)


己の裡に、ふいに生じた、その小さな、さざ波に。

誰よりも、当のアルフォンス自身が——戸惑っていた。


そして。


『…………は?』


ひかりの、素っ頓狂な声が、響いた。


『え。ちょっ、待って。待って、待って、待って』


彼女の"目"には。

はっきりと、見えて、しまっていた。


『【執着ゼロ装甲】、耐久……99パーセント』


『……削れ、てる。一パーセント、削れ——てる!?』


『嘘でしょ!? 十五年、カンスト! ヒロインの主人公補正にすら、ノーダメージだった、あの鉄壁の装甲が——! 今! たった今——!!』


「ひかり殿。何を、そう、騒いでおる」


きょとん、と、首を、傾げる、アルフォンス。

己の身に起きたことに、まるで、気づいて、いない。


『"何を"じゃ、ないんだよ……! あんたの、難攻不落の、その心に。——生まれて、初めて。"ひび"が、入ったの……!』


月明かりの差す、静かな、図書館。

復讐に燃える令嬢の、こぼした、ひと粒の涙が。


十五年、何ものにも揺るがなかった、武士の心に。

ほんの、わずか。されど、確かな——最初の、ひびを。

そっと、刻んだ、夜であった。


そして。

それに気づいている者は、今はまだ——ひかり、ただ、ひとり、だけ。


当の本人が、その意味を知るのは。

——まだ、もう少し、先の話である。


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