第20話「不義理の見本市」
中庭の、一角は。
今日も、いつものように、華やいでいた。
アンジェを、囲む——幾人もの、貴公子たち。
我先にと、聖女候補の気を、引こうと、している。
絵に描いたような、乙女ゲーの、一場面。
——だが。
それを、少し離れて見ていた、アルフォンスの面が。
すうっと、眉太の、劇画調に、変じていた。
『……あ。やば。ついに、来た』
ひかりが、身構える。
『前から、思ってたんだけどさ。乙女ゲーのハーレムって——武士の"義"の前には。ただの、不義理の、見本市、なんだよね……』
だが、アルフォンスが、見ていたのは。
その、貴公子たちでは、なかった。
——彼らから、少し離れた場所。
そこに、うつむき、肩を寄せ合う、数人の令嬢たちが、いたのだ。
己の婚約者が。他の娘に、現を抜かす、その様を。
ただ、黙って——寂しげに、見つめている。
「……ひかり殿。あの、令嬢たちは」
『あー……。あの子たち、たぶん、攻略対象の、婚約者だよ。原作だと、ほぼモブ扱いで。ヒロインに婚約者を取られて、泣き寝入りする、役回り……』
「——許せぬ」
低い、声で。
◇
アルフォンスは、つかつかと。
ハーレムの、ど真ん中へと、歩み出た。
「——方々(かたがた)に、申し上げる」
凛と、響く声に。貴公子たちが、振り返る。
「貴殿らには。それぞれ、許嫁が、おられるな」
「……は? あ、ああ、まあ……いるが」
「ならば、何ゆえ。その許嫁を、捨て置いて。揃いも揃って、他の女子の周りに、群れておるのか」
ぴしゃり、と。
「一度、交わした縁を、ないがしろにする。——それは、武士の、最も恥ずべき、不義よ」
そして、アルフォンスは。声に、熱を、込めて——続けた。
「そも、貴殿らは。名のある家に生まれ、いずれ、人の上に立つ、身で、あろう。——責任ある立場の者ほど。誰よりも、誇り高く、あらねばならぬ。家を、守り。己の信ずる道に、忠義を、尽くす。——それでこそ、人を率いる者の、器よ」
「中でも——。生涯を、共にすると、誓うた、女子。その、ただ一人にすら。礼を、尽くせぬ者が……何の、家を守れる。何の、忠義を、語れる。己と添うと決めた、ひとりを、慈しむことすら、できぬ男に。——大事の、成せる道理など。ありは、せぬ」
ぐるり、と。アルフォンスは、貴公子たちを、見渡した。
「武士道、とは——。いや。これは、武士に、限った話では、ない。男と、生まれたからには。守ると決めた者を、守り抜き。交わした約定を、違えぬ。——それが。漢の、道というものよ」
そして、アルフォンスは、振り返り。
隅で、うつむく令嬢たちを、まっすぐに、示した。
「見よ。貴殿らが、現を抜かす、その陰で。——あの方々が。どれほど、寂しい思いを、しておられるか」
その言葉に。
貴公子たちが、はっと——己の婚約者へと、目を、向ける。
うつむいた、令嬢たちの、その肩が。小さく、震えているのを。
彼らは、初めて——きちんと、見た。
「ク、クラリス……」
「す、すまない……僕は……」
ばつが悪そうに、目を逸らす者。青ざめる者。
華やかだった、中庭が。しん、と——静まり返った。
◇
そして、ローランは。
群衆の中の、ひとりの、小柄な令嬢を、見て——雷に、打たれたように、固まった。
「……リ。リーゼ……! そ、そうだ、リーゼだ! 俺の、許嫁の……! ……お、覚えてた! ちゃんと、覚えてたぞ、俺は!」
「……ローラン、様」
ずっと、隅で。彼の背を、見つめていたのであろう、小柄な令嬢が。
くしゃり、と——泣き笑いの、顔に、なる。
『……どう見ても、今、思い出したよね』
ひかりの、ツッコミが、むなしく、響いた。
◇
それから、アルフォンスは。
その中心に、立つ——アンジェへと、向き直った。
「アンジェ殿。——そなたにも、申し上げたきことが、ある」
「……っ。な、なんでしょう」
「許嫁ある男たちを。これほど、侍らせて。……そなたは、それを。心から、望んでおるのか」
「わ、わたしは……!」
アンジェの、声が、震える。
わたしは、ただ、皆が、勝手に——。そう、言いかけて。けれど、言葉が、続かない。
アルフォンスの、紅の瞳は。
責めるでも、蔑むでも、なかった。
ただ、まっすぐに——彼女の、奥の奥までを、見透かすように。
「そなたとて。本心では、こんなものを、望んではおるまい。——周りに、流されるうち。いつしか、己を、見失うては、おらぬか」
その、図星に。
アンジェの、胸が——ずきり、と、痛んだ。
(……ちがう。ちがう、わ)
けれど、その痛みを。
あの、"自分のものではない声"が——すかさず、塗りつぶしていく。
(ほら。あの人まで、あなたを、責めている)
(あの令嬢は、庇うくせに。あなたには、こんなに、冷たい)
「……っ、わたしは……わたしは、悪く、ありません……!」
アンジェは。
ぎゅっと、唇を、噛んで——逃げるように、その場を、去っていった。
『……あー。武士さん。あれは、ちょっと、刺さりすぎたかも。引力に、また、油を……注いじゃった、かな』
「……かもしれぬ。なれど」
アルフォンスは、去りゆく、その背を、静かに、見つめる。
「偽りの優しさで、包むより。まことを、告げるが——武士の、情けよ。あの娘が、いつか、己を取り戻す。その、種に、なればよい」
◇
——そして。
うつむいていた、令嬢たちが。
ゆっくりと、顔を、上げた。
その先頭で。
凛とした、ひとりの令嬢——クラリスが、アルフォンスの前へと、進み出る。
「アルフォンス殿下。……わたくしたちのために。あのような、お言葉を。——生まれて、初めてでしたわ。誰かが、わたくしたちの寂しさに、気づいてくださったのは」
深く、頭を、下げて。
「わたくしたちは。殿下の、お味方です。——もし、殿下や、ロザリンド様に。火の粉が、降りかかることが、あれば。わたくしたち婚約者一同。微力ながら、必ず、お力になりますわ」
ずらり、と。
令嬢たちが、揃って、優雅に、礼をする。
『……うわ。すごい。武士さん、今度は——"婚約者連合"を、味方につけた』
不義理の、見本市と、化していた、中庭は。
今や——義に、目覚めた者たちの、場へと。
塗り替わって、いたのだった。
◇
頼もしき、味方が。また、増えた。
——だが。
その、陰で。
深く傷ついた、ひとりの少女が。
"影"に、さらに——呑まれて、いったことに。
気づいている者は。まだ、ほんの、わずか、だけ、だった。




