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破滅する悪役王子に転生した武士、生後三秒で腹を切ろうとして妖精に泣いて止められる  作者: めるしー


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第12話「策、破れたり」

その日の、放課後。


ひかりが、ふいに、緊張した声を、上げた。


『……武士さん。あれ、見て』


中庭の、向こう。

アンジェが、見慣れぬ下働きの少年に、何事か耳打ちされ——人気のない、校舎裏の方へと、誘われていく。


『あの感じ……まずい。原作に、あったやつだ。"あのイベント"』


「あのイベント、とな」


『悪役令嬢の失脚が、始まる、きっかけの事件。ヒロインが、人気のない所で襲われて——その罪を、令嬢が、着せられるの。"あの女に、やらされた"って。……断罪への、最初の一歩』


アルフォンスの、紅の瞳が。すっ、と、細められた。


『しかも、見て。あっち』


別の、方角。

ロザリンドもまた、一枚の紙片を手に、同じ校舎裏へと、足早に、向かっている。


『あれ、たぶん、偽の呼び出し状。ロザリンドを現場におびき寄せて、"居合わせた=黒幕"に、仕立てる気だよ。……証拠のセドリックらしい、念の入った、やり口』


「——なるほど。獲物を、二方から追い込む、罠の組み方よな」


アルフォンスは、すでに、駆け出していた。


「ひかり殿。先に、参るぞ」





校舎裏。

人気のない、石壁の、陰で。


アンジェは、見上げるような大男——人相の悪い、ならず者に、退路を、塞がれていた。


「ひっ……だ、誰か……!」


ならず者の手には、鈍く光る、短刀。


「恨みは、ねえがな。お嬢ちゃんには、ここで、ちょいと、痛い目を——」


——その刃が。

アンジェに、向けられた、刹那。


「狼藉者が」


低い、声。


次の瞬間。

ならず者は、己の身に何が起きたのか——理解、できなかった。


ただ、ひゅん、と。

涼やかな、風が、鳴って。


握っていたはずの短刀が——刃の半ばから、すっぱりと両断され。地に、からん、と、落ちている。


そして、喉元には。

冷たい、切っ先が——ぴたり、と。


抜き打ちの、一閃。

ならず者には、白銀の青年が、刀を抜いた瞬間すら、見えていなかった。


「ひ……ぃ……」


恐る恐る、見上げた、その顔は。

噂に聞いた、麗しい呪い児——では、なく。


眉を吊り上げ、墨を刷いたような陰影を纏った——鬼神のごとき、劇画の、武者。


「動くな。——次に動けば、その首。地に、落ちるぞ」


『(うわ、相手からしたら、最恐の絵面……! 作画、こういう時は、完全に味方だな……!)』


ならず者は、がくがくと、震え上がり——その場に、へたり込んだ。


「ま、待ってくれ……! お、俺は、ただ、雇われた、だけで……!」


「雇われた? ——誰に」


切っ先が、わずかに、喉へと、近づく。


「し、知らねえ! 顔は、見てねえ! ただ……この娘を脅した後で、"ヴァレンシュタインの娘に、やらされた"と、触れ回れって……それだけ、頼まれたんだ……!」


——その、自白が。

石壁の、陰に、響き渡った、ちょうど、その時。


「……これは、一体」


紙片を手にした、ロザリンドが。

角を、曲がって、現れた。


罠に、おびき寄せられ。本来ならば——この場に"居合わせた黒幕"として、仕立て上げられるはずだった、彼女が。


だが、その目に映ったのは。

すでに、取り押さえられた、ならず者と。"自分が、嵌められかけた"という——自白の、一部始終。


「……っ」


ロザリンドの、琥珀の瞳が。

状況を、即座に、読み取って——大きく、見開かれた。





アルフォンスは、すっ、と。

刀を——光丸を、鞘へと、納める。


その、流れるような所作と共に。

鬼の形相は、嘘のように、解け——元の、涼やかな美貌が、戻った。


「——怪我は、ないか。アンジェ殿」


「あ……は、はい……た、助けて、くれて……ありがとう、ございます……」


それから、アルフォンスは。

呆然と佇む、ロザリンドへと、向き直る。


「ロザリンド殿。——どうやら、そなたを陥れんとする、企てが、あったらしい。危ういところで、あった」


「……あなたが。どうして、ここに」


「アンジェ殿が、人気のない方へ、誘われるのを、見てな。胸騒ぎが、した。——間に合うて、何よりよ」


ロザリンドは。

何か言いかけ——けれど、言葉に、ならず。ただ、きつく、唇を、噛んだ。


(なぜ……この男は。罪人と、蔑まれる、わたくしのために。こんな——)


凍てついた胸の、その奥の奥が。

また、小さく——軋んだ。





ならず者が、駆けつけた衛兵に引き渡され。

騒ぎが、収まった、後。


『……武士さん。あんた、今、とんでもないこと、したよ』


ひかりが、興奮気味に、囁いた。


『原作だと、この事件で、ロザリンドの失脚が、始まるはずだったの。ヒロインが襲われて、令嬢が犯人にされて、"やっぱり罪人の娘は危険だ"って空気ができて——断罪への、レールが、敷かれる。それが——』


「ただの、狼藉者の、捕り物に、終わった、か」


『そう! セドリックの、第一手。証拠を作るための、入念なお膳立て。それを——あんた、丸ごと、ひっくり返したの! しかも、ロザリンドを、庇う形で!』


だが、アルフォンスは。

きょとん、と、首を、傾げるばかり。


「はて。それがしは、ただ。女子を襲う狼藉者を、捨て置けなんだ、だけだが」


『……うん。知ってる。あんたは、いっつも、そうだ』


ひかりは、ふっと、笑い——それから、少し、感心したように、付け加えた。


『どんなに巧妙に、策を張り巡らせても。"そもそも、悪事を成立させない"っていう、まっすぐな正しさの前には……無力なんだなあ』





——そして。


その一部始終の、報せを受けた、セドリックは。


人気のない、生徒会室で。

ひとり、長い指を、組み合わせていた。


(……雇った男が、捕らえられ。あろうことか、自白まで。しかも、それを阻んだのが——あの、呪い児の王子、とは)


(妙な、男だ。陰謀の気配を、読んでいる風でも、ない。ただ、まっすぐに——目の前の悪を、断つ。……だからこそ。こちらの絵図が、ことごとく、噛み合わない)


ことり、と。

彼は、机上に並べた駒のひとつを——静かに、指で、倒した。


(……面白い。ならば、次は。もっと、込み入った盤を、用意するとしよう)


酷薄な唇が、薄く——弧を、描く。


策士の、第一手は。

武士の、まっすぐな一刀に——あっけなく、両断された。


だが、盤上の戦いは。

まだ、始まったばかり、なのである。


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