第13話「学び舎日和」
学園に来て、ひと月ほど。
アルフォンスは、すっかり、学び舎の日常に、溶け込んでいた。
——というより。日常の、ほうが。彼に、振り回されつつ、あった。
◇
魔法学の、実技の、時間。
課題は、的に向かって、己の属性魔法を、放つこと。
生徒たちが、火球だの、氷の礫だのを、放っていく中——アルフォンスの、番が、来た。
「ア、アルフォンス殿下。……その、あなたは。たしか、闇属性、でしたかな……」
教師が、恐る恐る、尋ねる。
"呪い児"は、おぞましい闇魔法を操る——そういう、噂を、警戒して。
だが、アルフォンスは。
きょとん、と、首を、傾げた。
「魔法、というものは。生まれてこのかた、使うた覚えが、ない」
『そうなんだよね……。原作のあんたは、闇魔法ぶっぱなす設定だったけど。今のあんた、魔法を覚えるより、素振りに、十年費やしてるから……』
「で、では。どうやって、的を……」
問われたアルフォンスは。
すっ、と、懐から——一本の、釘を、取り出した。
ひゅっ、と。
小気味よい音と共に、釘は、的の中心に、深々と、突き刺さる。
そして、つかつかと、的へ歩み寄ると——抜き打ちの、一閃。
的は、木っ端微塵に、両断され、地に、崩れ落ちた。
「——魔法では、ないが。これでは、いかんか」
教室が、しん、と、静まり返り。
それから、わっ、と、どよめいた。
『……"いかんか"、じゃ、ないんだよ。魔法の授業で、物理で的を破壊する人、私、初めて見た……』
「ま、まあ……的は、確かに、破壊、されておりますし……。か、可、と、します……」
引きつった顔で、教師が、頷く。
そして——生徒たちが向ける視線からは。いつのまにか、"呪い児"への怯えが消え、代わりに、隠しきれぬ憧憬が、にじみ始めていた。
◇
昼下がりの、訓練場。
「——おい、呪い児!」
聞き慣れた、大声。ローランである。
「こ、この前のは、認めてないからな! まぐれだ、まぐれ! ……だから、その。て、手合わせ、しろ! 実力を、見極めて、やる!」
そっぽを向きながら、耳まで、赤い。
——要するに、強さに興味津々で、稽古を、つけてほしいのだ。
「望むところ。——いざ」
木刀を、構え。
ローランは、全力で、打ち込んだ。が——アルフォンスは、それを、そよ風のように、いなす。何度、挑んでも。掠りも、しない。
やがて、ローランは。
盛大に、地面に、転がった。
「……つ、つええ。なんだ、お前……くそ……悔しい……」
息を切らし、空を、睨み。
だが——次の瞬間には、むくりと起き上がり、目を、きらきらと、輝かせていた。
「お前、すげえな! どうやったら、そんなに、強くなれるんだ!?」
「基本を、地道に。——近道は、ない」
「……っ、よし! 俺も、やる! 明日から、稽古、つけてくれ!」
『……はい。また一人。原作で、物理的に令嬢を断罪するはずだった人が——弟子に、なりました』
ひかりの、乾いた呟きが、訓練場に、響いた。
◇
放課後。
弟を迎えに来た、ユリウスが、開口一番。
「アルフォンス。今日も、息災で——」
と、言いかけ。
はた、と、口を、噤んだ。
「……む。"息災"、だと……? なぜ、私は。こんな、古めかしい、言い回しを……」
『感染してます、殿下。バッチリ。十年分の蓄積が、ここに来て、出てます』
「な……っ、わ、私は、第一王子だぞ! アルフォンスのような、古めかしい喋り方など、断じて——」
むきに、なった、その瞬間。
ユリウスの輪郭に、うっすらと、劇画の陰影が、差した。
『あ。絵柄も、来た』
「アルフォンス……! これは、お前の、せいだ! ……たぶん!」
真っ赤になって、弟を指さす、第一王子。
「はて」
当の本人は、涼しい顔で、首を、傾げるばかりであった。
◇
夕暮れの、図書館。
ロザリンドは、いつものように、ひとり。窓際の席で、本を、読んでいた。
彼女の周りには、誰も、寄りつかない。"罪人の娘"の隣など、誰も、望まないのだ。
——だが。
アルフォンスは、ごく自然に。
その、向かいの席へと、腰を、下ろした。
「……何か、ご用かしら」
ロザリンドの声は、硬い。
「いや。婚約者が、ひとりでおると、見えてな。隣に、おっても、構わぬか」
当然のように。彼女を、"婚約者"として、丁重に扱う、その態度に。
ロザリンドは、また、虚を、突かれる。
しばしの、沈黙の後。
彼女は、ぽつりと、皮肉を、こぼした。
「……物好きね。罪人の娘の隣だなんて。あなたの評判まで、地に落ちるわよ」
アルフォンスは、本から目も上げず、静かに、答える。
「それがしの評判など。とうに、地を這うておる。今さら、何ほどのことも、ない。——それに、だ」
そして、顔を、上げ。まっすぐに、彼女を、見た。
「人の値打ちは、他人の囀りで、決まるものでは、ない。それがしは——己の目で、見たものしか、信じぬ」
ロザリンドが、息を、呑む。
(……また、この男は。こういうことを、平然と)
彼女は、ふい、と、顔を、背け——けれど。
その口元が、ほんの少しだけ、やわらいだ。
「……勝手に、すれば」
拒絶のはずの、その言葉からは。
いつもの刺が、ほんの少し、抜け落ちていた。
『……お。ちょっとずつ、氷、溶けてきてる……かも』
ひかりの、囁きを、よそに。
呪い児の王子と、罪人の娘の——何でもない、夕暮れの、ひととき。
学び舎の日々は、こうして。少しずつ、あたたかな色を、帯びていくのだった。




