第11話「兄か、師か」
昼休みの、中庭。
学び舎にも、すっかり慣れた、アルフォンスは。
回廊の片隅で、ひとり、静かに、佇んでいた。
その姿には、相変わらず——遠巻きの、視線と、囁きが、まとわりつく。
「あれが、例の……呪い児の、王子」
「婚約者は、あの罪人の娘ですって。ふふ、お似合いの——」
だが、アルフォンスは。
そのいずれをも、そよ風のごとく、受け流し。ただ、涼やかに、空を、眺めていた。
『……ほんと、何を言われても、動じないよね。武士さん』
ひかりの、半ば呆れたような声に。
アルフォンスは、ふっと、目を、細めた。
「囀りに、いちいち心を乱しておっては。武士は、務まらぬ」
——と。
その時。
中庭に、ひときわ大きな、ざわめきが、走った。
「——アルフォンス!!」
凛と、響く声。
人垣を、割って。大股に、歩いてくるのは——金の髪の、長身の青年。
その胸には、生徒会長の、徽章。
この国の、第一王子——ユリウス、その人で、あった。
「だ、第一王子殿下だ……!」
「生徒会長が、なぜ、こんな所へ……?」
威風ある足取りで、まっすぐに。
ユリウスは、アルフォンスの前まで来ると——
「久しいな、弟よ! 息災に……は、見るからに、しておるな! うむ、良い面構えだ! さすがは、我が——」
と、そこで。
周囲の、無数の視線に、気づいたか。ごほん、と、咳払い。
「……い、いや。べ、別に。案じて、来たわけでは、ないぞ。生徒会長として、新入生のようすを、見回りに来た。その、ついでだ。ついで」
『うわ、出た。学園でも、ツンデレ』
だが、学園に走った衝撃は、それどころでは、なかった。
「第一王子殿下が……呪い児を、"弟"と……?」
「あんなに、親しげに……いや、むしろ、慕って……?」
「ど、どういう、ことだ……?」
ざわ、ざわ、と。
"呪い児は、忌むべき災いの種"という——学園の、大前提が。
音を立てて、ぐらつき始める。
そんな囁きを、聞きとがめ。
ユリウスが、ぐっ、と、表情を、引き締めた、その瞬間。
ふっ、と。
彼の輪郭にも——うっすらと。あの、劇画調の、陰影が、差した。
「——聞き捨てならぬな。我が弟を愚弄する者は……このユリウスが、許さん」
『……えっ。ちょ、待って』
ひかりが、目を、見開く。
『兄者にも……うっすら、劇画タッチ、乗ってる!? ……あ、でも。眉。眉は、まだ、普通か……! ギリギリ、踏みとどまってる……!』
十年。
弟に稽古をつけられ、葉隠を叩き込まれ続けた、兄。
その魂は、知らず知らずのうちに——弟の"アレ"に、片足を、突っ込み始めていたのだった。
そして、その隣で。
「兄者。——出迎え、かたじけない」
きりっ、と。
当然のように、完全体の、眉太・劇画顔に、なるアルフォンス。
『……うわぁ。本家と、見習いが、並んだ』
劇画(完全版)と、劇画。
白銀と、黄金の兄弟が、並び立つ——その、あまりにも濃ゆい絵面を前に。
中庭の令嬢たちは、頬を染めるやら、ぎょっとするやらで、大忙しであった。
◇
その光景を。
少し離れた場所から、冷ややかに見つめる、影が、ひとつ。
セドリックである。
(……第一王子が、あの呪い児を、あれほど目にかけているとは。聞いていた話とは、まるで、違う)
酷薄な瞳が、すうっと、細められる。
(第一王子が、後ろ盾……か。これは——"断罪"の絵図を、少々、描き直す必要が、ありそうだ)
策士の脳裏で、密かに、歯車が——軋みを、上げ始める。
だが。
当のアルフォンスは。
そんな計略など、どこ吹く風で。久方ぶりの、兄との時間を、静かに、噛みしめていた。
「ところで、兄者。……その"見回りのついで"とやら。もう、かれこれ四半刻、それがしの隣に、おられるが」
「うっ……き、貴様、無粋なことを、申すな!」
『……結局、ただ弟に会いに来ただけなんだよなあ。この、第一王子』
ひかりの、生ぬるい呟きが。
よく晴れた中庭に、ぽつりと、落ちたのだった。




