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破滅する悪役王子に転生した武士、生後三秒で腹を切ろうとして妖精に泣いて止められる  作者: めるしー


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第10話「策士と、猪武者」

学園に、少しずつ、慣れてきた、ある日のこと。


談話室の一角は、いつものように、ざわめいていた。

その中心には——アンジェ。


聖女候補の少女の周りには、まるで陽だまりに集う蝶のごとく、常に、幾人もの生徒が、寄り集まっている。


『見て、武士さん。あれが、原作の構図だよ』


ひかりが、囁く。


『ヒロインを中心に、攻略対象が集まる。乙女ゲーの、王道。……で、あの中でも、特に厄介なのが——あの、二人』


アルフォンスは、静かに、視線を、向けた。





ひとりは、すらりとした、長身の青年。


銀色の髪を、きっちりと撫でつけ。切れ長の目には、氷のような知性が、宿っている。物腰は、優雅。けれど——その双眸は、笑っていても、決して、温度を持たなかった。


「ふむ。あなたが、噂の……アルフォンス殿下、ですか」


青年は、にこやかに、近づいてきた。


「お初に、お目にかかります。セドリック・メルツ。——以後、お見知り、おきを」


如才ない、挨拶。

だが、その視線は、アルフォンスの全身を——まるで、検品でもするように、舐めるように、走っていた。


『……セドリック・メルツ。宰相の、息子』


ひかりの声が、低くなる。


『頭脳明晰、冷徹、腹の底が読めない。原作の断罪イベントでは——ロザリンドの"罪"の証拠を、次々と突きつける、検事みたいな役どころ。理詰めで、令嬢を、追い詰めるの』


アルフォンスは、セドリックの微笑を、じっと、見返し。

やがて、ひかりにだけ、聞こえる声で、呟いた。


「……笑うておるが。目が、笑うておらぬ。刃を、隠し持つ手合いよ」


『……うわ。一発で、見抜いた』





そして、もうひとり。


「——おい。そこの、呪い児」


無遠慮な、大声と共に、近づいてきたのは。

熊のように、大柄な、青年だった。日に焼けた肌。逞しい体躯。まっすぐすぎる、双眸。


「俺は、ローラン。騎士団長の、息子だ。……いいか、よく聞け」


彼は、ずい、と、アルフォンスに、顔を、近づけ。


「お前が、何者だろうと、知ったことか。だが——アンジェ嬢に、妙な真似をしてみろ。この俺が、叩き斬る。覚えておけ」


『……ローラン。騎士団長の、息子。脳筋で、直情径行で、でも——正義感だけは、本物』


ひかりが、解説する。


『原作の断罪だと、こいつが、実行犯。剣を突きつけて、ロザリンドに"追放"を言い渡す——物理担当だよ。証拠のセドリック、武力のローラン。この二人が、断罪の、両輪なの』


ところが。

凄まれた当のアルフォンスは——なぜか、感じ入ったように、深く、頷いていた。


「——良き、面構えよ」


「は?」


「曲がったことが、嫌いと見える。守るべきものを、まっすぐに、守らんとする心根。……あっぱれ。武士として、見上げた、気性だ」


「な……っ、なんだ、お前!? 馬鹿に、してるのか!?」


「いや。心から、褒めておる」


きょとん、とした、アルフォンスの、世辞ひとつない言葉に。

ローランは、毒気を抜かれて——耳まで、赤くなり、わたわたと、後ずさった。


「うっ……う、うるさい! 覚えてろよ!」


捨て台詞を残し、逃げるように去っていく、大男の背を見送って。

ひかりは、半笑いで、呟いた。


『……武士さん、たぶん今、何人かの心、無自覚に折ってってるよ』


それから、ひかりは。

ふと、思い出したように、付け加えた。


『……あ。そうだ。攻略対象、もう一人、超重要なの、忘れてた』


「ほう?」


『原作の断罪ってね。本当は、いちばん偉い人が"筆頭"になって、令嬢に引導を渡すの。しかもその人、ヒロインの、最有力攻略対象でもある——第一王子』


「第一王子、とな」


『そう。断罪を、仕切る、顔。……でもさ、武士さん。この国の第一王子って——』


ひかりは、にやり、と、笑った。


『あんたの、兄者。ユリウス殿下、だよ』


「——おお、兄者か!」


ぱっと、顔を、輝かせる、アルフォンス。


『で、その兄者ときたら……もう、十年、あんたに稽古をつけられて。基本だの葉隠だの、みっちり叩き込まれて——すっかり、心酔しきっちゃってるからね』


『はたから見てると、もう……弟を溺愛してる兄なんだか、師匠を敬ってる弟子なんだか、判然としないレベル。"ブラコン"なのか、"師弟愛"なのか。——どっちにしろ、断罪を仕切るどころか、全力であんたを守る気、満々。つまり、断罪の"筆頭"の椅子は、最初っから、空席ってわけ』


「左様か。——心強い、限りよ」


『だからメルツも、本来の"王子が令嬢に引導を渡す"って王道が、使えない。仕方なく、証拠と武力で、無理やり組み立てるしかないの。……さっき言った両輪は、言っちゃえば——その、穴埋め、ってこと』





と——その時。


談話室の、空気が。

ぴり、と、張り詰めた。


セドリックの、氷の視線が。

部屋の、隅へと——ひとり、静かに佇む、漆黒の髪の令嬢へと、向けられたのだ。


ロザリンド。


「これは、ヴァレンシュタイン嬢。今日も……ご機嫌、麗しいようで」


慇懃な、言葉。

だが、そこには、隠しきれぬ——刺が、あった。


ロザリンドは、琥珀の瞳で、セドリックを、射抜き返す。

一言も、発さぬまま。けれど、その瞳の奥の焔は——いつにも増して、激しく、燃えていた。


二人の間に、火花のような、沈黙が、走る。


やがて、セドリックは、ふっと、笑みを浮かべ、踵を返した。


『……ねえ、武士さん』


ひかりが、ひときわ、声を、落とした。


『今の、見た? あの二人の、空気』


「うむ。——尋常な、間柄ではないな」


『……メルツ家。セドリックの家こそ——ロザリンドの家、ヴァレンシュタイン家を。謀反の濡れ衣を着せて、取り潰した、張本人なの』


アルフォンスの、紅の瞳が。

わずかに、細められた。


『当主は、今の宰相。つまり——ロザリンドの復讐の、最終標的は。セドリックの、父親。そして、セドリックのほうも、生き残った彼女を、ずっと、警戒してる。いずれ"邪魔者"として、完全に、消すつもりで』


「……」


『原作の断罪はね。表向きは"ヒロインいじめ"が罪状だけど。その裏で——目障りな復讐者を、合法的に始末する、っていう。メルツ家の、筋書きでも、あったんだよ』


「——それに、だ」


ひかりは、ふと、声を、さらに、低くした。


『忘れちゃ、だめだよ、武士さん。……その断罪で、裁かれるのは。ロザリンドだけ、じゃ、ないの』


「うむ?」


『あなたも、なの。——原作のアルフォンスは、アンジェに執着して、暴走して。卒業の、断罪で。婚約者のロザリンドもろとも、何もかも、奪われる。地位も、名誉も、行き場も』


「……」


『そして、その逆恨みで——闇に、堕ちる。国を、滅ぼす、ラスボスに。……それが、この物語の、"そもそもの結末"。あなたが、生まれて三秒で、腹を切ってでも止めようとした——あの、未来だよ』


静かに、語られた、その真相を。

アルフォンスは、瞑目して、聞いていた。


そして——ゆっくりと、目を、開く。


「——あい分かった」


その声は、いつもと、変わらず。

けれど、どこか、深く。


(はかりごと)の、セドリック。武の、ローラン。聖女の、アンジェ。——その三つが噛み合うて、回るのが、その"断罪"とやら、だな」


『……うん。そう』


「ならば」


アルフォンスは、静かに、腰の光丸に、手を、添えた。


「その歯車、ひとつ残らず——それがしが、噛み合わぬように、してくれよう」


呪い児の王子の、その横顔を。

ひかりは、頼もしげに——そして、少しだけ、わくわくと、見つめたのだった。


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