第9話「外見など、ただの器」
王立学園での、日々が、始まった。
そして——アルフォンスは、たちまち。学園中の、注目の的と、なった。
理由は、単純。
"呪い児の王子"が、皆の想像していたものと——あまりに、違っていたからだ。
回廊を、歩く。
白銀の髪が、陽を弾いて、煌めく。紅の双眸は、涼やかに澄み。背筋は、まっすぐに、伸びて——一歩ごとに、鍛え抜かれた、静かな威が、にじむ。
「あれが……呪い児の、王子?」
「聞いてた話と、ぜんぜん違う……」
「むしろ、すごく……凛々しい方、ね……」
ざわ、ざわ、と。
すれ違う令嬢たちが、頬を染め、ひそひそと、囁き交わす。
『……ねえ、武士さん』
ひかりが、呆れたように、囁いた。
『あのさ。原作のあんた、こんなんじゃ、なかったんだよ』
「ほう?」
『引きこもって、病んでて——目の下にクマ作って、げっそりガリガリで、どよーんとした、陰の塊みたいな美形だったの。"いつ闇落ちしてもおかしくない"って、言われてたくらい』
「……それは、難儀な」
『なのに今のあんたときたら。離宮で十年、母上に愛されて、兄と稽古して、ちゃんとメシ食って、健やかに育っちゃったもんだから——』
ひかりは、深々と、ため息を、ついた。
『陰の美形のはずが、凛々しさMAXの、健康優良イケメンに、大変身。……設定、変わりすぎでしょ』
と、その時。
「——学び舎とて、武士は武士。一瞬たりとも、気を抜くまじ」
きりっ、と。
ひとり勝手に気を引き締めたアルフォンスの面が、すうっ、と——あの、眉太の、劇画調に。
「きゃっ……な、何、今の顔!?」
「さっきまで、あんなに麗しかったのに……!?」
通りすがりの令嬢たちが、ぎょっと、後ずさる。
『出たァ! だから作画! 学園でも、やるの!?』
◇
そんな、騒ぎの、さなか。
ひとりの少女が、まっすぐに——アルフォンスのもとへ、歩み寄ってきた。
淡い、亜麻色の髪。すみれ色の、優しい瞳。纏う空気は、春の陽だまりのように、あたたかい。
『……あ。来た』
ひかりの声が、ひときわ、緊張を、帯びた。
『武士さん。あの子が——アンジェ。平民出身の、特待生。光魔法の使い手で、聖女候補。……そして』
ひかりは、ごくり、と、唾を、呑む。
『——この乙女ゲーの、ヒロイン本人。原作で、攻略対象を根こそぎ落としていく、主人公。フラグの、大本命だよ』
アンジェは、アルフォンスの前で、立ち止まると。
くもりのない瞳で、彼を見上げ——にこ、と、微笑んだ。
「はじめまして。アンジェ、です」
そして、彼女は。
周囲の、ひそやかな嘲り——"呪い児"という、囁きを、聞きとがめたように。少しだけ、眉を、寄せて。
まっすぐに、言った。
「あの。——その髪も、瞳も。気に、しなくて、いいんですよ」
「……」
「みんな、勝手なことを言うけど。わたし——とても、綺麗だと、思います。あなたの、その色」
それは。
原作で、幾人もの攻略対象の、凍えた心を溶かしてきた——伝家の宝刀。
傷を、まるごと、受け入れる。聖女の、慈愛。
——の、はずが。
アルフォンスは。
きょとん、と、首を傾げ。それから、静かに、頭を、下げた。
「——かたじけない。なれど、大事ない」
「え……?」
「それがし、己の色を、気に病んだことなど。ついぞ、ない。……外見など。ただの、器よ」
「…………あ」
アンジェの、微笑みが。
ぴたり、と、固まった。
優しく、受け入れた、はずが。
受け入れられる、前に——「気にしておらぬ」と、さらりと、流されて、しまった。
ふつう、ここで。
相手は、「君は……他の者と、違うのだな」とか。「初めてだ、そんな風に言ってくれたのは」とか、零して——ぽっ、と、頬を、染めるはずで。
なのに、目の前の王子は。
ただ、涼しい顔で、立っている。
「……えっと。は、はい……」
アンジェは、すっかり、調子を、狂わされて。
所在なげに、視線を、さまよわせた。
◇
『…………うわぁ』
その一部始終を、見ていた、ひかりが。
がっくりと、頭を、抱えた。
『なんも、起きない……。ヒロインの、必殺イベントだよ!? "傷の受容"だよ!? 原作なら、ここで好感度、ドカンと上がるやつ!! なのに——完っ全、不発!!』
「うむ? 何か、まずいことでも」
『まずいっていうか……いや、フラグ折れてるから、こっちは大助かり、なんだけど!』
ひかりは、肩を、落として。
『……正直さ。ロザリンドの時は、あんた、ちょっと"強さ"に、感心してたじゃん。だから——ヒロイン本人が相手なら。さっすがに、ちょっとくらいは、何か起きるかも、って。思ったんだよ、私も』
そして、ぼそり、と。
『——びっくりするくらい、ゼロだった。執着ゼロ装甲、ヒロインの主人公補正にすら、ノーダメージ』
涼やかな顔で、ただ首を傾げる、白銀の武士を見上げて。
ひかりは、もう一度、深い、深い、ため息を、ついたのだった。
——乙女ゲーの、主人公が。
攻略に、失敗した。
そんな前代未聞の珍事が、誰にも気づかれぬまま、ひっそりと起きた、一日であった。




