コロッセオ1
広い闘技場にたった一人でアルが入場していく。
円形状の、いわゆるコロッセオだ。
アリーナの中央で立ち止まり、僕の方を見上げてきた。
僕は、観客席でも一番見やすくて高い位置にある貴賓席から、その姿を眺め下ろしている。
目と目が合った。
力強い、アルの眼差し。
僕は小さく口元を綻ばせて、ひとつ頷いた。
アルにだけ分かる、サイン。
言葉なんかなくても、僕たちは互いに通じ合える。
アル。
僕は、心から君を信じているよ…!
「では、始めようか」
僕のすぐ隣の席で、下衆な笑みを浮かべた男が発言した。
この男。
人間のクズだ。
こんな奴が、王だとは。
この国の人々にはお気の毒としか言い様がない。
巻き込まれてしまった今となっては、僕も他人事ではないけれど。
…唐突に始まってしまって、すまない。
エドだよ。
こうなった経緯を順を追って話そう。
***
未踏のダンジョンを探して、サウザンド王国からだいぶ遠い地域にまで来た。
ワイバーンで空から行けばそこまで時間は掛からないからね。
レイクヒル共和国の南側。
このあたりは、群雄割拠する小国が密集している。
冒険者ギルドは存在しない。支部を出すのが難しい地域柄なんだそうな。
僕たちから見れば地方領主程度の輩がそれぞれに王を僭称して、一帯に覇を唱えようとしている。
小さな国が興っては、滅びゆく。国家間の争いは、絶えない。
やがて勝ち残ったひとつの国が滅ぼした国を併呑する形で、一大国家へと発展していくのかもしれないが。
今現在は、過渡期なのだろう。
いろいろと情勢が不安定で最も厄介な時期といえる。
僕たちが足を踏み入れたとある小国なんて、酷い有り様だった。
「…なんだこりゃ」
町の様子をひと目見て、アルが思いっきり顔をしかめた。
道行く人々の誰もが酷くみすぼらしくやつれ果て、暗い顔をしていて。
物乞いや浮浪児があちこちに溢れ返ってる。
しかも柄の悪い連中が幅を利かせてて、それが正式な国王軍だなんて言うんだから。
はっきりと治安が悪い。
あんまりだったので、そのへんにいたまだしも元気そうな人をつかまえて事情を聞いてみると、案の定。
この国の王の統治は碌なものじゃないことが分かった。
専制君主制の、最低最悪の独裁者。
民衆は重税を搾り取られる上、戦争のために働き手の若い男が強制的に徴兵されていく。
逆らえば牢獄送り。
罪人は、悪趣味な闘技場でモンスターと戦わされる。
勝てば無罪放免というエサをぶら下げられて……
しかし対戦相手として用意されるのは普通の人では到底敵わない高ランクモンスターばかりで、無事に放免された者は今まで誰一人としていなかった。
死ぬか、かろうじて生き延びても体を欠損していることが多く、結局は長く生きられない。
あちこちで見かける浮浪児は、そうやって親を失い孤児になった子たちばかりだった。
「なんだよそれ!?王ってのは国民を守るためにいるんじゃねーのかよ!?」
アルは激怒してた。
真っ直ぐな、優しい性格をしてるもんね。アルはこんなの許せないに決まってる。
「俺がグーパンで悪の親玉をぶっ飛ばしたらなんとかできねーかな!?」
って言うのは、まあ無茶でしかないけれど。
確かにかなり劣悪な王のようだ。
でも、そいつをぶん殴って簡単に解決できる程、国の問題ってのは単純じゃないはずだよ。
行きずりの僕たちが中途半端な情報だけでくちばしを突っ込むべきじゃない。
もしやるとしたら、王の首を取って玉座を簒奪し、成り代わってこの国を統治。さらには周辺諸国も武力で制圧してこの紛争地域一帯に覇を唱えて大国家を築き上げる。
そこまでしなければ民衆の暮らしは安定しないだろうし、そこまでの覚悟と決意がなければ、やるべきじゃない。
アルがそうしたいなら、僕は付き合うよ?
僕たちの実力なら、可能ではあると思うし。
元王族としての僕の経験も活かせるだろうしね。
「うっ……いや、そーゆーのは俺にはちょっと無理なような…?」
だよね。
アルは正義感が強くて真っ直ぐだからこそ、清濁併せ呑まなくちゃいけないような王様家業なんて向いてないよ。
武力で周りを従える覇王とか。絶対に無理。柄じゃない。
まあ僕が補佐すれば実はどうにかなりそうだけど……
僕が嫌だ。
アルが王様になって……大勢の人たちから崇拝されるようになるだなんて!
アルは、僕の!僕だけのヒーローなんだ!
他の誰にだって譲るものか!
僕がずっと!一生!永遠に!アルを独り占めにするんだ!!
…というわけで、悪いけどこの国の人たちには自力で頑張ってもらおう。
しきりと周りの様子を気にするアルをどうにか宥めすかし、僕たちは本来の目的であるダンジョンを目指すことにした。
でも。
僕がそんな狭量な考えでいたのがいけなかったのかな。
結局、関わることになってしまった。
この近辺に存在するというダンジョン。
調べてみたら、国が管理していると判明。
出入り口には見張りの兵が常駐していて、勝手に入ったりはできない。
挑戦するには、国王の許可が必要だという。
僕たちみたいな一介の冒険者が国王に拝謁なんてできるはずない……と思いきや、そのへんは何故か簡単だった。
城の門番兵にちょっと事情を話したら、すんなりと中へ通された。
国民は締め付けてるのに、どうして外から来た冒険者にはこんなに対応が緩いのか?
疑問には、すぐに答えが得られた。
冒険者を直に品定めして、有用な戦力になりそうだったら、国軍にスカウトするためだったんだ。
いや、スカウトなんて生易しいものじゃないな。
ほぼ強制の命令口調で、国王だとかいう人相の悪い男が、
「ほう……なかなか見どころのありそうな精悍な男ではないか。アルとか言ったな。貴様、俺のものになれ」
僕のアルに!
僕だけのアルに!!!
そんな傲岸不遜で非常識で下衆で見当違いのふざけたことをほざきやがったんだ!!!
この時点で、僕はうっかり極大暗黒魔法をブッパしかけてた。
危なかった!
この王だとかいうクソ男はどーでもいいけど、巻き添えで周りの人たちまで灰燼に帰してしまってはいくらなんでも気が咎めるところだった。
かろうじて踏み止まれたのは、
「え?ぜってー嫌だ。おまえみたいな悪い奴、俺嫌いだもん」
アルがあっさり拒否ってくれたから!
仮にも一国の王に向かって、その口の聞き方と態度!
まぁ素でしゃべってるだけだろうけど。
どんな相手にも自然体を貫こうとするだなんて。
アルってば素敵すぎるよぉ♡
僕がウットリする一方で、王だとかいうクソ男は激昂して玉座から腰を浮かしていた。
「なんだと貴様!?」
「大体、なんでそんな話になるんだよ。俺たちはダンジョンへの入場許可をもらいにきただけだ」
「この国では俺が法律だ!俺の言うことが絶対なのだ!」
「ほんと酷い国だよな。でも俺たち他国人だし。そんなアホみてーなルールに付き合ってやる義理はねえよ」
「貴様ッ…!!!」
クソ王の顔色がドス黒く染まっていく。
僕は咄嗟に身構えた。
アルも、姿勢は変えずに警戒を強めてる。
もし近衛兵を差し向けてくるようだったら、一戦も辞さない覚悟でいた。
というか、もう乱闘に持ち込んでクソ王の胸倉掴み上げて言うこと聞かせた方が早い気がする。
だって普通に交渉したくても、相手にその気がはなからないんじゃ無意味だし。
こういう手合いには、こっちも力づくで対抗して、捻じ伏せた方がいい。
だから戦闘は望むところだったんだ。
ところが、そうはならなかった。
クソ王は顔を引きつらせたまま玉座に座り直し、
「いいだろう。では、こうしようではないか。アルとやら、貴様には俺の自慢の闘技場で戦ってもらおう。見事勝ち抜くことができた暁には、ダンジョンへの入場許可をくれてやる。無礼な態度も不問としてやろう」
「えっ、ほんと?なんだ、案外話が早いーーー」
「ただし!」
アルの言葉を遮って、クソ王は厭らしい笑みを浮かべた。
ねっとりと絡みつくような視線をこっちに寄越しながら、
「負けた場合、貴様はもちろん、貴様のオンナも俺のものだ」
…ん?
「…んんっ?」
僕とアルは顔を見合わせて首を傾げた。
この場にはもちろん、今までアルに彼女がいたことなんて一度もないよ?
僕が全力で阻んでるしね!(ドヤ顔)
このクソ王は何を言っているのかと不審に思ってたら、
「美しい……白磁の如き肌に、澄み渡った碧い瞳。そして輝くばかりの豪奢な金髪。ここまでの美形は見たこともなかったぞ…!」
「えっ?まさか、エドのことか?」
アルが戸惑いながら訂正を入れる。
「なんか勘違いしてるみたいだけど、エドは男ーーー」
「貴様の、コレ、だろう?」
クソ王、下品に小指を一本立てて言いやがった。
ああ……
つまり。
オンナってのは、実際の性別のことじゃなくて。
あっちの方での役割的な意味で、か。
なるほどね。
………。
はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッ!!???
ふ、ふざけるなこの男!?
僕が!?
そっち側!?
まぁアルと恋仲だよって認識してる点だけは評価に値するけど!
その他は、全面的にふざけんな!
僕はバリタチだ!
いついかなる時でもアルを抱きたいって思
「ぶっふぉ!」
って、アルーーーーーッ!?
なに笑い崩れてんのさ!
もっと怒って再訂正してよ!?
「これほどに美しいオンナが俺のものに……楽しみだぞ」
ヒギャーーーーーッ!?
クソ王の舐めるような好色な視線が、真っ直ぐに僕へとロックオン!?
オェェェェッ!!
気色悪いにも程がある!!!
「え、エド、おまえっ……初めて、全ッ然羨ましくないモテ方したな…!」
アルも酷いよ!
そんなに笑ってー!
「まぁとにかく、俺が闘技場で勝てばいいんだろ?任せとけ!」
本当に頼むよ!?
***
そういうわけで、アルは闘技場に。
僕は、不本意ながら賭けの景品扱いで、クソ王と同じ貴賓席に。
こいつと同じ空間にいなくちゃならないなんて、心底虫唾が走るけど…!
ここからなら、アルの戦いの様子をつぶさに見ることができるのはよかった。
だって、要するにこれって…!
アルが、僕のために!
僕のためにッ!!(超重要なので繰り返したよ!)
戦ってくれるってことだもんね!
クソ王に僕がそっち側だと誤認されてるのは腹立たしいけど、そう思えばこのシチュエーションは悪くない。
愛のための、聖戦…!
なんて尊いんだ!
アルの一挙手一投足たりとも見逃したりはできないよ!
「心配か?……で、あろうな」
あ。
クソ王が話し掛けてきやがった。
僕がアルを凝視していたことを、またぞろ勘違いしたらしい。
もういちいち訂正を入れるのも面倒だ。
僕はキッと睨みつけるだけに留めておいた。
クソ王はそれをどう受け取ったのか、クックッと肩を揺すって笑い出し、
「あのアルとかいう男。確かに俺すら欲しいと思ったつわものだが、この闘技場では通じまい。どうせ普段は、貴様の補助魔法の助けを借りて戦っていたのだろう?」
ふん。
アルのことをなにも知らないくせに。
でも、この勘違いはしょうがないのかな。
魔法使いと武闘家のパーティだ。普通に考えたらこいつが言っているように、僕が魔法でサポートしてるって思うだろう。
おあいにく。
アルの強さは規格外だから、僕のサポートなんかなくても大抵の相手はグーパンひとつで片付けられるんだよ。
だからこそ僕も、内心ではこんな余裕で見物してられるんだ。
…こいつに余計な情報を与える必要は、ないな。
僕は軽く肩を竦めて視線を逸らし、もう相手にしないとアピール。
クソ王がクックッと笑いながら、サッと片手を挙げた。
開始の合図だ。




