町は湧き立っていた1
町中が湧き立っていた。
有名な冒険者が近くまで来てるから。
僕みたいな子供でも知ってる。
最近注目を集めている、花丸人気急上昇中の要チェックパーティ。
アル&エドの評判は、こんな辺境の町にまで鳴り響いていた。
なんでも、冒険者登録したその日に実力を認められて早々とランクアップしたとか。
まだ高ランクに上る前でも、Aランクオーバーのモンスターを一撃で仕留めちゃったりとか。
そんな飛び抜けた実力者の二人が、実はまだ成人したてホヤホヤの若者だとか。
ついでに、強いだけじゃなくて超絶イケメンと美男子のコンビだとか。
ラブラブの恋人同士だとか、いやもうとっくに結婚して夫婦なんだとか。
番のワイバーンに乗って空を飛んで旅してるとか。
噂話には事欠かない。
しかも、噂のほとんどは真実らしい。
枝葉末節の微細な部分では違ったところもあるみたいだけど、大筋は合っている。事実、その通りなんだって。
町の冒険者ギルドはお祭り騒ぎだ。
この機会に、たまってた厄介なクエストを受注してもらえないかって、ギルマスたちは鼻息荒く張り切って待ち構えてる。
それと同じくらい鼻息荒いのが、僕たちの業種だろう。
僕のうちは、この町に古くからある由緒正しい旅籠。
要するに宿屋だ。
有名な冒険者に利用してもらえれば、それだけで評判はうなぎのぼり!
余録で、他の冒険者や旅人たちもあやかって泊まってくれるから、大繁盛間違いなしだ!
逆に、宿泊先として選ばれなかったら悲惨だよ。
アル&エドの泊まってるライバル宿屋にお客をゴッソリ吸い取られて、閑古鳥が鳴くことになる。
そうならないために、僕のうちは必死だった。
でも、そんなのライバル宿屋だって同じなわけで……
「どうして!?どうしてうちには卸してもらえないんですか!?」
僕は必死になって食い下がった。
目の前のおじさん……ライバル宿屋の経営者である、マルクスさんに。
マルクスさんは僕の父さんと同年代だけど、すごくやり手で、たった一代でうちの旅籠と同じくらい規模の大きな旅館を築き上げた。
以前はこの町で一番の宿屋っていったら間違いなく僕のうちだったのに、今ではマルクスさんの旅館とどっちが上かって微妙なところ。
それに、やり手商人のマルクスさんは宿屋経営だけに留まらない。
流通業や卸売業なんかにも手を広げて、しかもどの業界でも成功してる。
すっかりこの町の商業ギルドの顔役って感じなんだ。
…僕はあんまり好きじゃない。
僕の父さんも言ってた。「あいつの商売のやり方には仁義ってものがない」って。
負け惜しみとかじゃないよ。
そりゃ、多少は商売敵へのやっかみもあるかもだけど……
マルクスさんのやり方は強引で、彼が成功している影で泣きを見ている者も多い。
今まではそれを他人事の噂話としてしか耳にしてなかったけれど。
ついに、我が身にも降り掛かってきた。
宿屋で大事なのは行き届いたサービスだ。
お客様にお泊まりいただくお部屋がきちんとしているのはもちろん、お食事なんかも重要なポイントになる。
どんなに居心地の良いお部屋を提供できても、出てくるお料理がしょぼかったら、客足は遠のいてしまう。
特に、冒険者はみんなお酒を飲むのが大好きだ。
この町の小さな醸造所で造っている、特産品の地酒。これを提供できなくちゃ、話にならない。
なのに、うちの旅籠には卸せないって急に言われたんだ!
なんで!?
今までずっと長く取り引きしてきた間柄じゃないか!
ってゆーか、つい先週までは普通に卸してくれていた。
有名な冒険者が町にやって来る、こんなタイミングでどうして…!?
父さんと一緒に問い質しに向かうと、醸造所のおじさんは額の汗を拭き拭き、心苦しそうに、
「すまねぇ……俺としてはなんとかしたかったんだが、うちのスポンサーの強烈な意向でよ……」
「それは、マルクスさんのことだな?」
「…商売上の守秘義務だ。俺の口からは、言えねえ。……本当にすまねえ」
「分かった。無理を言って、こちらこそ申し訳ない」
父さんはそれ以上食い下がらず、あっさりと引き下がった。
醸造所の人に文句を言ってもどうしょうもないことだと分かったからだ。
でも。
僕は気付いてしまった。
帰り道、僕の隣を無言で歩いてる父さんの手。拳の形にギュッと握り締められて、ブルブルと激しく震えてた。
父さんは立派な商人だ。内心でどんなに荒れ狂っていても、感情をそのまま表に出したりはしない。
だけど、本当はどんなにか悔しかったことだろう…!
こんな営業妨害も同然のことをされて。
先週卸してもらった最後の地酒は、順調に消費されてもう半樽分くらいしか残ってない。
いつもの消費ペースなんだ。本来であれば今日、また新規に卸してもらって、問題なく提供を続けられたのに。
今旅籠に泊まっているお客様たちに注文されれば、断るわけにはいかない。
アル&エドがこの町に来る頃には、ちょうど底をついてなくなってしまうだろう。
これじゃあ、宿泊先として選んでもらえるわけがない。
それどころか、今泊まってる人たちだってこぞって別の宿に移ってしまう。
きっと、たぶん、……ほぼ間違いなく確実に、マルクスさんの旅館に。
僕は隣を歩く父さんに言った。
「マルクスさんのところに行こうよ。なんとかお願いして、僕たちのところにも地酒を……」
「やめなさいトミー。商人が無駄なことをするものじゃない」
父さんは皆まで聞かずに頭を振った。
そりゃ、僕だってマルクスさんが簡単に頼みを聞いてくれるとは思えない。
だけどやってみなくちゃ分からないじゃないか!
このまま何もせず、手をこまねいているだけなんて。僕は嫌だ!
僕は止めようとする父さんを振り切って、一人だけでマルクスさんの旅館に乗り込んでいった。
マルクスさんは対応には出てくれた。
でも、それは僕の話に耳を傾けるためなんかじゃない。
思い知らせるため。
僕だけじゃなく、その場に居合わせた全員に聞こえるように、冷徹さを突き付けてきた。
「はて、なんのことですかな?私が醸造所に命じた証拠でもあると?……もし仮にそうだとしても、生き馬の目を抜く商売の世界では隙を見せた方が悪いのですよ。いくらまだ子供とはいえ、そんなことも知らないとは……跡継ぎ息子がこんなザマではどうせ遅かれ早かれそちらの旅籠は傾いていたことでしょう」
「な、なんだって…!?」
「目障りなんですよ。中途半端な商売をしている輩が同業にいるなんて、ね。この町を代表する宿屋は一軒だけで十分です」
頭から侮蔑を浴びせられ、愕然としている僕に、マルクスさんはシッシッと手を振った。まるでノラ犬でも追っ払うみたいな仕草で、
「さ、分かったらとっととお帰りなさい。これから我が旅館には大事なお客様がいらっしゃってくださる予定なのですから。ものを知らない子供の相手をしている暇など、ないのです」
僕は真っ赤になって唇をわなわなと震わせてしまった。
目に涙がじわっと滲む。
悔しくて腹が立って仕方なかった。
でも、返す言葉が見つからない。
今更ながら、父さんが無駄だって言ってた意味を思い知った。
マルクスさんは最初からこの機会に、うちの旅籠を潰すつもりだったんだ。
普通ならここまで強硬な手段に出れば、まわりから顰蹙を買って、その後の商売にだって響いてくる。
だからこそ今までは、マルクスさんは邪魔だと思いつつ、うちの旅籠には仕掛けることができずにいた。
そこに、有名な冒険者の来訪という好機。
今なら町の中での評判が多少落ちたとしても、十分にお釣りがくるって判断したんだ。
アル&エドの人気にあやかって。彼らが宿泊先に選んだ宿屋だってことで、いくらでも盛り返せると。
父さんはきっと、すぐ気付いた。
だから僕のことも止めようとしてたのに……僕は、愚かにも突っ走ってしまった。
そして今、マルクスさんを説得するどころか、こうして晒し者にされている。
旅館のフロントでのやり取りは、その場にいた人たち全員に見聞きされていた。
この旅館の従業員の他に、出入りの業者の人たちもいて……
マルクスさんに歯向かおうとしても無駄だって、見せしめに利用された形だ。
くそっ…!
マルクスさんが顎をしゃくって、従業員に指示していた。
そろそろ噂の冒険者パーティがやって来そうな頃合いだから、邪魔な僕を追い出そうとしてる。
僕は急いで袖で目元を拭って、踵を返した。
つまみ出されるなんて恥の上塗り、冗談じゃない。
言われなくても、こんなとこ自分から出ていくよ!
そうして旅館の正面扉を開けようとしたら、
「…おっと?」
「わっ、ごめんなさい…」
取っ手を掴もうとした手が空振り。
ちょうど外から誰かが入ってくるタイミングと重なっちゃったんだ。
出ていこうとしていた僕と、入ってきた誰かが正面衝突!
…となる寸前で、僕はその誰かにそっと受け留めてもらった。
動作は優しいけど、すごくガッシリした武骨な手だ。
慌てて謝り、長身の相手を見上げる僕。
若くて精悍なお兄さんが一人、そこにいた。
身なりから、冒険者だろう。
僕は一瞬だけ、噂の冒険者パーティの人だと勘違いしそうになった。
だって、それくらいカッコよくて強そうだったから。
だけどアル&エドはその名の通り二人組のパーティだ。
このお兄さんは一人だけだから、違うよね。
「いらっしゃいませ!………なんだ、ひよっこのソロ冒険者ってところか」
マルクスさんも僕と同じように考えたらしい。
ご来客に気付いて笑顔と揉み手で出迎えて、第一声はものすごく愛想よかったのに、続けて小声でガッカリと呟いてた。
…僕にも聞こえたから、お兄さんにも聞こえたんじゃないかな。
仮にもお客様にその言い草はどうかと思う。
そりゃ駆け出しの若い冒険者、しかもたった一人だけの宿泊客なんて、碌にお金を落としていってくれないから、とても上客とは呼べないけどさ。
僕の父さんは言ってた。
どんなお客様にも丁寧に、誠心誠意おもてなしの心で接すること。それが宿屋の心得だって。
マルクスさんの営業方針は、違うんだろうね。
「なあ、部屋は空いてるか?それに喉が渇いたからミルクでも飲みたいんだけど」
あからさまに歓迎してないムードになったマルクスさんの様子にも構わず、ハキハキ快活に尋ねる冒険者のお兄さん。
マルクスさんの口から、失笑が洩れた。
「はぁ〜っ……酒じゃなくミルクだと?……そんなもの、うちの旅館では扱ってませんねえ」
「そーなのか?この町の特産品だって聞いたんだけどな」
うん、その通り。
僕の町は牧畜が盛んで、ミルクやチーズが特産品としてよその町にも出荷されている。
冒険者がそれを目当てに訪れることはほぼないから、お兄さんみたいな人は珍しいけど。
宿屋で扱ってないわけがない。
マルクスさんが嘘をついたのは、あんまり金回りの良い客じゃないと思って、体よく追い返そうとしてのことだろう。
お客様を選り好みするだなんて……
「ちょうどいい、そこにいるトミーぼうやに案内してもらうといいでしょう。その子のおうちも宿屋ですからねぇ。駆け出しの冒険者には、そっちで十分だ。私のところはこれから大事なお客様とその取り巻きたちで満室になる予定ですし」
「なっ…!」
僕は絶句した。
いらない客を押し付けようとするとか!?
どこまで失礼なんだ、この人!?
うちの旅籠はもちろんのこと、このお兄さんのことまで軽んじてバカにして!
「ん、そっか。満室ならしょーがねえよな」
でもお兄さんはあっさりと!?
もっと怒ったりしてもいいと思うよ!?
なんだか無頓着でマイペースなお兄さんだなぁ!?
「えーっと、じゃあ……トミーっていうのか、おまえ?」
「あっ、ハイ!うちの旅籠にご案内します!」
「ミルクはあるか?」
「もちろん!新鮮な搾りたてを毎朝業者から卸してもらってます!」
「やった!じゃあ決まりだな、案内してくれよ」
「喜んで!」
マルクスさんが、小バカにした顔で僕たちを見てる。
僕はそれに一睨みだけ返して、お兄さんを丁寧にご案内することにした。
たとえ駆け出し冒険者でも。たった一人でも。大事なお客様だ。
僕は、マルクスさんみたいに、ないがしろにしたりはしないぞ!
お兄さんはニコニコ嬉しそうにしてくれた。
「よろしくな。あ、そーだ。俺はアル。後からもう一人、つれも来るから。部屋は二人分で頼む」
「えっ?」
僕は驚きに固まってしまった。
後から聞いたけど、あっちではマルクスさんが僕以上に驚いて目玉がばびょーんって飛び出そうな顔になってたんだって。
今の僕はそんなこと気にしてる場合じゃなかった。
「アル……って、あの!?」
「ん?どの?」
お兄さん、有名だって自覚がないのか、キョトンと首を傾げてる。
そこに、旅館の正面扉がまた外から開き、誰かが入ってきた。
僕は今度こそ息を呑んだ。
こんな美男子、見たこともない!
金髪碧眼のパーフェクト王子様みたいな容姿なのに、ごくありきたりな冒険者の旅装束だから、ギャップもすごい!?
超絶美男子はアルさんに親しげに笑い掛け、
「よかった、追いついた!もうアルってば、僕を置いて先に行っちゃうなんて酷いよっ!」
「悪い、エド。どーしても喉が乾いちまったからさ」
二人の会話で決定的。
彼らが有名なアル&エドだ!
本当にすっごいイケメンと美男子のコンビだよ!
こんなの間違えようもない!
夫婦ってのもほんとかな!?
「それで、部屋は取れた?」
ここでマルクスさんが急いで割り込んできた。精一杯の揉み手と商売用の笑顔で、
「ああっ、もちろんですとも!最高のお部屋をご用意しーーー」
まあこんな酷い手の平返し、うまくいくわけないよね。
「いやここの宿屋は満室でダメだってさ」
「あっ、いえっ、そのっ!?」
「しかも楽しみにしてたミルクもねーんだって」
「なんだ、じゃあここはダメだね」
「いえいえいえいえいえっ!?お客様のためならば何なりとご用意しーーー」
「そんな無理させるのは悪いから、いーよ。俺たち、トミーんとこに泊めてもらうから。なっ」
「トミーって、この子?」
「は、はいっ!よろしくお願いしますっ!!」
僕、超キンチョー!
エドさんは綺麗な顔でニコッとしてくれた。
「こちらこそ、よろしく」
「んじゃ行こーぜ!」
「ま、ままま、待って!お待ちくださいっ!その子の宿屋では、地酒は出ませんぞ!私めのこの旅館であれば、いくらでもーーー」
旅館から出ていこうとする僕たち三人を阻むように、マルクスさんが最後のあがきとばかりに叫んだ。
僕は顔をしかめた。
痛いところを突いてくる。
せっかく棚ぼた的に有名冒険者に泊まってもらえそうだったのに。
これで二人の気が変わってしまったらどうしよう?って心配しちゃったんだ。
だけどそんなの杞憂に過ぎなかった。
「んー?今は酒って気分じゃねーから、別に……エドはどうだ?」
「アルがいらないなら、僕もいらないよ。安酒は口に合わないことが多いし」
「まあ体にも悪いもんな。酒なんかより、ミルクだろ!」
「アルは好きだよね、ミルク」
「健康的だろ?」
「ふふっ、そうだね」
「笑うなよ!マジだぞ!家じゃ毎朝毎晩ミルク飲んでこんなに強くなれたんだからな!」
そうなの!?
ミルクにそんな効果があるのか!
僕だけじゃなく、その場にいた人たちみんな二人の会話に聞き耳を立てていて、おおっ!という顔をしてた。
旅館の外の大通りには、エドさんにくっついてきたと思われる他の冒険者たちの姿もたくさんあって。
ボソボソ小声で「ミルクを飲めば俺たちもあんなに強く…!?」とかって相談し合ってる。
僕の商人としての直感がビンビンに告げていた。
…ミルクブーム到来の予感!




