行き倒れ1
グゴゴゴゴゴゴゴゴッゴゴゴゴゴッ…
地獄の底から湧き上がってきたかのような、恐ろしい音だった。
何かって?
俺の腹の虫の音だ。
………。
いや待ってくれ真剣なんだよ!
冗談抜きにピンチです!
ダンジョン奥で行き倒れて、もう三日くらい何も食ってない!
は、腹減った…!
空腹すぎて視界まで霞んできやがった……
このままじゃ餓死待ったなしだどうしよう…!
俺はこれでも腕っぷしには自信がある。
元はSランクまで上り詰めた冒険者で、その功績からとある辺境の町の冒険者ギルドのギルマスになった。
凄いだろ?
そんじょそこらの腕前じゃ、ギルマスには選ばれねーんだぜ。
うちの神経質な副ギルマスなんかは、ギルマスならギルドに腰を据えて仕事しろ、って口うるせーんだけどな。
ばっきゃろう!
俺がギルマスになったのは、ギルマス権限があれば大抵の国のダンジョンには潜り放題だからだ!
冒険者ってな、冒険してなんぼだろ!
大丈夫!
ちゃんとギルドに貢献して難しいクエスト依頼もこなしてくから!
ってことで、ギルドの運営は有能な副ギルマスにまるっと丸投げして、方々を飛び回ってる、俺!
世界一落ち着きのないギルマスとしてちっとは名の知られた、ロビンソンたぁ俺のことよ!
今も、かの有名ダンジョン『熱波の彼岸窟』にソロで挑んでたところだった。
別にギルマスだからぼっちってわけじゃねーぞ。
俺は現役時代からソロで活動してた冒険者!
俺の実力に見合った仲間が見つからなかっただけともゆーがな!
ガッハハハハ!
ともかく、そんなワケで高難易度のこのダンジョンだって、単独攻略くらいどうってことねーんだ。
過去に何回も踏破してる実績もあるしな。
慣れたもんよ。
ソロ冒険者が頼れるのは己のみ、ってことで事前準備もしっかりやった。
最深部まで潜るにゃ結構な距離があるからな……
水や食料なんかも、十分に用意して……
かといって余計な荷物を増やすと攻略の邪魔になるから、過不足ない量を見極めて……
このへんが経験がものをいうところだぜ。
俺はもちろん抜かりなくバッチリさ!
事前の準備で計算して持ってきた食料は、最深部からまた地上に引き返してくるまで、十分に保つはずだった。
が、
冒険ってな、時として計算外のことも起こったりする。
そういうイレギュラーケースにどれだけ対応できるかってのも、冒険者の資質なんだがな。
今回のは、かなりヤバい。
あともうちょっとで最深部だ、ってところまで辿り着いてた、俺。
ボスモンスターに挑む前に最後の休憩を…と思って、セーフティゾーンへと向かっていた。
モンスターとエンカウントすることのない安全圏。それがセーフティゾーン。
ダンジョンによってあるかないかはマチマチだが、幸い『熱波の彼岸窟』にはある。
最深部に近付くほど入り組んで迷路みたいになってる『熱波の彼岸窟』だが、何度も来たことのある俺はもう頭の中にマップが入ってるからな。セーフティゾーンにも迷うことなく行き着ける。
それで、…これは熟練の冒険者としてあるまじき失態なんだが、ちっとばっかし気を緩めちまったんだなぁ。
ここまで来れば大丈夫だろって高を括って、セーフティゾーンに入る二三歩手前で荷物を開けようとしちまった。
このダンジョン、その名の由来になった通りにあっちこちに溶岩の川が流れて、火球が飛び交うっつー、猛烈に熱くてデンジャラスな仕様だからよ。
ダンジョン全体に火のエレメンタルが強く漂ってるんだよな。
並の人間なら、一瞬で干からびちまう。
文字通り彼岸行きだ。
鍛え上げてる俺みたいな冒険者でも、喉が乾いてたまらねーんだわ。
汗も吹き出したとたん蒸発して乾いてく。ここにいる間は常に体から水分を放出してる状態ってワケだ。
水筒を取り出して、ゴクゴクやりてー!って、ついあとちょっとの我慢を忘れちまった。
ちなみに俺の水筒は魔道具の一種でな。仕込んである水の魔石の魔素が尽きるまでは、いくらでも真水が湧き出てくる。
ダンジョンに入る前に、魔石は新品と交換したばかり。
だから水の節約はあんまり気にしなくても大丈夫。
ってことで、水筒を片手に掴んで……
いざ、口をつけようとしたところで……
俺の足元から、ぐわっと何かが盛り上がって出てきやがった!
マグマロイドだ!?
岩石モンスターの一種なんだが、このダンジョンに出現するのは火属性を宿した、こいつ。
真っ赤に焼けた岩石とマグマの集合体みてーな、厄介な奴よ!
何が厄介って、周囲の壁や地面と同化して潜んでやがるから、接近に気付かなかったり、知らずマグマロイドの上を歩いてて襲われたり、ってことがたまにある。
この時の俺のようにな!
…えーん!(泣)
足場そのものがモンスターとして起き上がってきたせいで、俺は無様に引っくりコケた。
その場でくるんと綺麗に一回転して尻もちってザマよ。情けねぇ。
が、それどころの騒ぎじゃなかった。
俺は水筒を取り出すために荷物袋の口を開いてたところだった。
そのまま派手にコケたせいで、袋の中身が…!
すぽぽぽーーーんっ!と……
勢いよく飛び出していっちまって……
近くにあった溶岩の川に、ポチャポチャッと落ちてった。
超悲鳴を上げた。
だって普通の川ならともかく、グツグツ煮えたぎる溶岩なんだぜ。
当然、サルベージなんかできるわきゃーない。
無事で済んだのは、片手にしっかり掴んでた水筒と、空になった荷物袋のみ。
あとは全滅……
原因となったマグマロイドは、すぐさまぶっ飛ばして片付けてやったが。
失った荷物はもう、取り返しがつかない。
薬草も、ポーションも。あれほど綿密に量を計算して持ってきてた食料も。
なにもかも。
こんな、ダンジョンのほぼ最深部で…!
詰んだ…!
軽く絶望感に襲われた俺だったが、そこで諦めたら人生終了だ。
とにかく、可能なところまで引き返すことにした。
ボスの階層はすぐ下だったが、回復薬もないこんな状況でボス戦なんて論外だからな。
不幸中の幸いで、水筒だけは残ってる。
水分補給だけはできる。
その事実が一縷の望みを繋いでいた。
人間、食えなくても水さえ飲むことができれば、一週間くらいは生き延びられるもんだ。
もっとも、ダンジョン内を引き返していくっていう状況下では、おそらく一週間なんて保たないと思われる。
途中でモンスターとエンカウントすりゃ戦うか逃げるかで確実に体力を消耗するし、そうでなくてもただ移動するだけでも疲弊していく過酷な環境なんだ。
保って3、4日。
それが俺の見立てだった。
地上まで出るのは到底無理だ。
それでも、少しでも地上の出口に近いところまで移動していった方がいい。
前述の通り、『熱波の彼岸窟』は下層階ほど入り組んで迷路みたいになっている。
そこまで到達できる冒険者は限られるし、いたとしても俺が運良く行き合える可能性はごく僅かだ。
上層階ほど他の冒険者も多いはずだから、助けてもらえるかも…!
そう、俺は他の冒険者から食料を分けてもらうことを期待していた。
つーか、それっきゃ方法がない!
このダンジョンは出てくるモンスター全部火属性が強すぎて、仕留めてもそのままじゃ食えないし!
くぅっ……ファイヤードードーとか、サラマンダーとか。
ちゃんとした調理器具さえありゃ、解体した肉を食えるのになぁ…!
人間、食わなきゃ生きられない。
生きてる間も、空きっ腹を抱えた状態じゃてんで力が入らない。
中層階のセーフティゾーンにどうにか辿り着いたところで、俺はついに力尽きて行き倒れた。
もう一歩も動けねー……
空腹過ぎて目が回る。
せめて水だけでも、と水筒を取り出したくても、そんな気力も湧いてこなかった。
腹の虫、めっちゃうるせー。
さっきから絶えず地獄の交響曲みてーな音を奏でてやがる……
ああ、俺ってばこの音をBGMに、ついに彼岸へと渡っちまうのか……
歴戦の冒険者、戦うギルマス、ロビンソンもここまでか……
ううっ……
い、嫌だ…!
俺はまだまだ冒険したい!
誰か…!
誰でもいい、誰か、食い物を……
たった一口でいいから、俺に……
「あー、やっと見つけた!噂のセーフティゾーンってここじゃね!?」
「モンスターの気配はない。うん、間違いなさそうだよ」
「このダンジョンってマジしんどいよなー。出てくるモンスター自体はたいして強くもねーけど、とにかくあっちーし!」
「氷魔法で冷やし続けるのも限界があるしね。どこまで続くのか分からないから、できれば魔力は温存しておきたいし……」
「無理すんなよ、エド。……ん?」
「あれ、先客がいるね」
「寝っ転がって休憩中か?」
…はははっ。
俺もついにヤキが回ったか。
誰かに助けて欲しい一心で、こんな幻覚まで見えるようになった。
この『熱波の彼岸窟』はパーティでAランク、ソロ冒険者ならSランク以上が推奨される高難易度のダンジョンだぞ?
目の前にいるように見える、こーんな若造二人で中層階まで攻略して来れるはずがない。
大体、なんだよ。おまえらのその呑気な顔。
一人は冒険者っつーよりどっかの王子様かよってくらいのムカつく美形だし。
多少目つきが鋭くて精悍に見える方も、その王子様モドキと緊張感のカケラもない会話してやがる。
「なんか反応ねーな、この人。昼寝してんのかな?」
「じゃあそっとしといた方がいいよね?」
ダンジョン内で昼寝なんかするかっつの!
ああ、でも声に出してツッコむ体力ももう……
いや幻覚にツッコむ必要なんかねーか……
「とりあえずメシにしようぜ!腹減った!」
えっ……
「寝てる人がいるなら、ここで調理はダメかな。作り置きしておいたものでいい?」
「うん。何がある?」
「今回はいろんな具材のサンドイッチだよ。デザート代わりにフルーツサンドも作ってきた」
「やった!俺、フルーツサンド大好き!」
「アルなら喜ぶだろうと思って頑張ってたくさん作ったよ♡」
「…若干不穏な気配も感じるんだけど、いつもうまいメシ作ってくれることだけは本当に感謝してる。ありがとな、エド」
ええっ……
呑気な若造どもが、呑気な会話をしながら……
あ、次元収納!?おまえらそんな高等魔法使えるの!?
大量の食い物を取り出して…!
大口を開けて「いっただきまーす」って……
ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!
お、俺にも!
どうか、俺にも!
ギブミーチョコレート!ギブミーひとくちっ!
もう幻覚かどうかなんてどーでもいい!
いやこんな美味そうな匂いまで漂ってるし!これ幻覚じゃなくて本物じゃね!?
し、しかし体力がなくてもう声すら…!?
生き延びる千載一遇のチャンスなのにー!?
グゴゴゴゴゴゴゴゴッゴゴゴゴゴッゴゴゴゴゴゴゴゴゴッッ…!!!
「え”っ!?何事!?」
「今の音、新手のモンスター!?」
「いやなんか、この人から聞こえたよーな………って、あれ!?なんかこの人、様子がおかしいぞ!?」
「もしかして寝てたんじゃなくて倒れてたの!?」
お、俺の腹の虫……
グッジョブ…!
俺はどうにか二人に現状を察知してもらい、救助してもらうことができた。
この世で一番うまいメシって、なんだと思う?
俺ならこう答えるね。
餓死寸前のところでやっと口にできた最初の食い物!!!
うおおおおっ!!!サンドイッチめちゃうめええええ!!!
俺、今日からサンドイッチ愛好家になるっ!
ガツガツと貪るよーにサンドイッチを腹に収めていく俺を、二人の若造が唖然として眺めてた。
いや、若造なんて言っちゃいけねーな。
俺にこの食い物を分けてくれた、大恩人だ。
それに、ある程度体力が戻って意識もハッキリしてきて初めて分かったが。
こいつら、その若さからは信じられねーくらいの強者のオーラを放ってやがる。
『熱波の彼岸窟』をここまで踏破してこれたのも、納得だ。
「そっか、ロビンソンさんはレイクヒル共和国のギルマスなんだ?」
「僕たちが冒険者登録した国だね」
「しばらく前のことだけど、もう懐かしいなー。タイラントさんとか、元気かな?」
んっ?
腹が膨れて人心地ついてから互いに自己紹介して、俺はこうなっちまった経緯と共に身分も明かしたんだが。
タイラントだって?もしかして、あのハナタレ坊主のことか?
こないだ久しぶりに俺のギルドに戻った時も、相変わらずドリュー退治ばっかしてチマチマギルドポイント稼ぐなんてセコいこと続けてやがった。
冒険者ならもっと冒険しろよ!と一喝してやったんだが、生意気にも「ギルマスならギルドの仕事しろよ!」なーんて言い返してきやがった、あの?
「いやそれはタイラントの言う通りだと思うけど……もしかして、僕たちが登録したギルドって?」
「ロビンソンさんのギルドだったってことか!うわー、なんか奇遇だな!」
本当だな!
そっかそっか、おまえら俺の預かるギルドで……
登録したのはいつだ?
こないだ俺が戻った時はまだ記録はなかったはずだが……
えっ!?
そんな最近!?
それでもう『熱波の彼岸窟』に挑戦してるのか!?
ああ、冒険者になる前から鍛えててかなり強かったんだな?
たまにいるよな、そーいう謎の経歴の奴。
大抵、なにかワケ有りの連中なんだが……
あー、あー、心配すんな!
詮索なんかしねーよ。
冒険者は基本アウトローだからな。
元がどんなだったかなんて、関係ねえ。
犯罪者だろうと……どっかの王侯貴族だろうとな。
俺はアルとエドと名乗った二人の若者を交互に見比べながら、ゆっくりと頭を振った。
ぶっちゃけ、エドは特に分かりやすい。
次元収納なんて高等魔法まで使える奴がこれまでまったく世に名が出てないなんてありえねーからな。
…ちょうど、某国の第一王位継承者が入れ替わった、なんて変事も耳に飛び込んできてたし。
旅をする冒険者にとって各国の情勢を把握しておくことも重要だから、こういう情報は知る者は知っている。
ま、俺はどーとは言わねえが。
下手な奴にバレると面倒事にならないとも限らねえ。
なるべく気をつけるんだな。
…まぁこんだけ強いパーティだと、いずれ評判になっちまうだろうが。
これでも俺もギルマスよ。
なにか困ったことがあれば、相談に乗るぜ。
「あ、じゃあ早速聞いていいかな?」
おっ?
なんだ?
「このダンジョンの最短攻略ルート。教えてもらえない?」
…おっふぅ。
エドは抜け目ねえなー。
『熱波の彼岸窟』みてーな迷路状のダンジョン攻略でキモになるのが、マッピングだ。
迷子になっちまっちゃ攻略うんぬん以前の問題だからな。
しかし、上層階くらいまでなら最寄りの冒険者ギルドに行けば地図情報もあるが、中層階以降はない。
踏破済みの冒険者が情報を出し渋ってるからじゃねえ。
下手に地図なんか作っちまうと、いざダンジョン内の構造が変わった時に、逆に迷子の原因になる危険があるからだ。
ダンジョンってな不思議で理不尽なもんよ。
時々、なんの前触れもなく、順路がガラッと変わっちまうことがある。
何度も踏破して肌感覚で道順を覚えてる俺なんかだと、順路が変わっても「あー、ここか」ってある程度見当がついて迷わないんだけどな。
いくら実力があってもこの二人は駆け出しのルーキー。
実際に『熱波の彼岸窟』はこれが初挑戦だって言ってたし……
今いるこの中層階からは、地道にマッピングしながら進んでいくことになるだろう。
超〜〜〜〜〜時間掛かる!
俺を情報源にして、それを短縮しようってか。
…普通なら教えたりしないとこだ。
大変でも地道なマッピングを覚えて経験を培っていくのも冒険者には必要なことだ!なんつってな。
だが、こいつらにゃ今しがた大恩ができたばかり。
しゃーなし、って奴だな。
ダンジョン内の構造がこうしてる間にも変動してる可能性も言い含めて、俺は知ってることを全部教えてやった。
最短攻略ルートはもちろん、食料の現地調達方法なんかもな。
なんせ、二人の用意してきた食料を、俺がかなり消費しちまったから。
下層階まで行くのに、途中で足りなくなっては、ことだ。
ついさっきまで餓死寸前だった俺なので、食い物事情には今は特に敏感になってるぜ。
旅の冒険者なら、簡単な調理器具くらいはダンジョンにも携帯してるだろ?
かくいう俺も折りたたみ式コンパクト鍋持ってきてたからな。マグマの川にポチャンしちまったけど。
あ、おまえらそんな本格的な大鍋まで持ってきてたのか?
エドの次元収納で、か。その魔法マジで便利だよなー。
そーいうの見ると、俺も魔法使いをパーティメンバーに欲しかったなって思っちまう。
こほんっ。
では、始めよーか!




