旅立ちの前に
アルバートだ。
サウザンド王国に戻ってきて、早くも1ヶ月近く経とうとしている。
そろそろ、また冒険の旅に出る頃合いかな……と思って、相棒のエドと一緒に、少しずつ準備をしようとしてた。
ワイバーンの卵ももうすぐ孵りそうな気配だし。
騎士団の練兵は……まだちょっと足りてないかな、ってのが心残りだけど。
早く旅立ちたいな。
近頃、そう思う瞬間が増えてきた。
…いやだって。
ずっと王都の実家で過ごしてると、自分がちゃんと冒険者してるかどーか、分からなくなってくるんだよ。
一応サイモンさんとこのダンジョン『マッドの館』にはほぼ毎日通って、モンスターを間引いたり、騎士団の訓練に手を貸したりはしてるけど。
同じ場所でのルーチンワークばかりって、あんま冒険してるって感じじゃないからさ……
なんつーか……
今の俺、ニートに近くね?
って危機感を覚え始めてる。
「いや外に出て働いてるんだしニートは違うと思うけど。アル、なんでそんなことを?」
エドに苦笑されちまった。
だってさ、実家が居心地良すぎるんだよ。
身の回りのことは使用人が全部やってくれるから楽ちんだし、父上もなんだかんだ甘やかしてくれるし。
「ああ、うん……お義父様は確かに、アルに甘いよね……」
このままじゃ俺、ダメになりそう。
みんな優しくて居心地のいいこの場所に、いつまでもしがみついちまいそうだ。
男が一度、ここからは出て行くって決意して旅立ったのに。情けねえ。
「無断での出奔だったけどね」
うっせい!?
揚げ足取るなよ!
とにかく、たまの里帰りはいいもんだけどさ。
ずっとずるずると長逗留するのはよろしくない。
ワイバーンの卵が孵って、旅立てるようになったら、すぐ出発しようぜ。
屋敷のリビングで、エドとそんなことを話していた時だった。
「あの、アルバート様。……少し、よろしいでしょうか?」
家令のセバスに声を掛けられたから、驚いちまった。
セバス。
王城務めで忙しい父上に代わり、フュリューリンゲン家の細かなことを取り仕切っている使用人の頭。
父上の秘書とか、執事みたいなもんかな。
俺にも昔から優しくていい人なんだけど、使用人の分際を弁えてってことか、あんまり自分から話し掛けてきたりはしない。
そのセバスが、こうしてわざわざやってきたのは、よっぽどのことだ。
いいぜ、もちろん話を聞く。
俺は寛いでいた姿勢を正して、ソファにきちんと座り直した。
セバスは立ったまま、一礼してから話を切り出し、
「旦那様……ギルバート様のことなのです」
父上?
「アルバート様がいらっしゃらない間、すっかり食が細くなってやつれてしまわれて……」
え!?
そうだったのか!?
確かにちょっと痩せてたっぽいから、俺も心配して一度聞いてみたけど。
父上、「仕事が忙しくなったから」って言ってたぞ。
なんでも、母上のお墓のある元領地だったところを、また領主として治めることになったんだって。
王城での仕事もこなしながら、地方にいる領主代理に指示を送って。めっちゃ大変なんだって苦笑いしてた。
「しばらくして落ち着いたら少しは楽になるはずだから心配するな」とも言ってた。
だから俺、父上が痩せちゃったのは、仕事が激務なせいだとばかり……
「仕事のことも、確かにあるでしょう。ですが一番の理由は、アルバート様。貴方様なのです」
お、俺っ!?
俺がなにかしたか……って、したよな。
黙って出奔した。
父上には気付かれてたけど。
…そんなに心配掛けてたのか。
「いえ、違います」
あれっ!?
「もちろん多少は心配もしたでしょうが、アルバート様は頑健にして屈強なお方。どこに行っても元気に楽しくやっているだろうと、その点は信頼していらっしゃいました」
そ、そっか……
なんか嬉しいっつーか、こそばゆい気分だな。
でも、じゃあなんで?
「ギルバート様は、お寂しいのです……」
え……
「たったひとりきりになった食卓で食事を取るのも。味気なくてあまり進まないご様子で……」
うっ。
そうか。
俺がいなくなったら、この屋敷で食事を取る時、他にテーブルを共に囲む者はいない。
貴族屋敷のあのおっきなテーブルに、父上だけ、ポツーンと……
うううっ!
想像したら、めっちゃくちゃ罪悪感が…!?
「この1か月は、本当に賑やかでよかった。ギルバート様もいつも楽しそうでしたし、健啖家でいらっしゃるアルバート様につられてか、食事もよくお取りになって」
うん。
そうなんだよな。
父上も、俺ほどじゃねーけど、ご飯モリモリ食ってたし。
いつも上機嫌で笑っててさ。
だから俺、仕事が大変みたいだけど、父上も相変わらず元気そうでよかった、って最終的には安心してたんだ。
でも、そうじゃなかったんだな…?
「アルバート様がいらっしゃったからです」
じゃあ、俺がまた冒険の旅に出たら……
「お願いでございます、アルバート様。使用人の分際で、このような差し出口は言語道断だと分かっておりますが…!どうかずっと、ここにいていただけませんか!?」
………。
「無理は承知です。どうしても行ってしまわれるのでしたら、せめて、もっと頻繁に里帰りをしていただきたく!!」
………。
セバス。
父上のこと教えてくれて、ありがとう。
俺、考えてみるよ。
で、考えた。
俺はあんまり頭もよくないし、考えるのも苦手だけど。
大事な家族のことだもん。
すっげー真剣に考えた。
その、結論。
…父上やセバスには悪いけど、やっぱりずっとここにはいられない。
俺はもう、冒険者なんだ。
一度この国を出奔してるってことも知れ渡ってる。
王城だけでなく、民間レベルにまで。冒険者ギルドに行った時、他の冒険者がヒソヒソ噂してたの、俺も覚えてるんだ。
今更、どの面下げて元鞘に戻れるっつーんだよ。
まあぶっちゃけ、父上とか王様は受け入れてくれそうだけど。
そんなの絶対よくないだろ?
第一。
………。
これが最大の問題なんだが……
俺が戻るなら、俺にくっついてくることが目的だったエドも戻ることになるだろう。
できるかどうかは別として、きっとそういう展開になる。
で、エドは大抵のことは望んだ通りになんとかしちまう奴だ。
そしたらっ…!
俺たちの婚約関係まで再浮上して復活しちまう!
一度は棚上げになった婚姻の儀もだ!
冗談じゃねーーーーーッ!!!
んなことになったら、完全に詰みじゃねーか!
結婚は人生の墓場、とかって言われたりするけどさ。
俺の場合、マジで人生ゲームオーバーだよ!
ホモスパイラルに完全に巻き取られて抜け出せなくなっちまう!!
前世に続いて、今世までもなんて…!
そんなの、そんな……
「僕としては望むところなんだけどなぁ…♡」
ギャァッ!?
エド!
さっきからずっと無言だったくせに、こんなタイミングで急に話しかけんじゃねー!
「酷いなぁ、アル。……アルのお義父様のことだったから、空気を読んでずっと黙っていたんだよ」
ああ、一緒にいたからセバスの話。もちろんおまえも聞いてたもんな。
…大人しくしててくれたことには、感謝する。
冒険者パーティを組んでるんだ。おまえにもガッツリ関わりのある話だし、言いたいこともたくさんあっただろうに。
「まあ、ね。だけどセバスだっけ?彼の気持ちも分かるよ。それに、お義父様のことは抜きにしても、彼自身もアルにはここにいて欲しいんだろうし」
ん?
「アルは、屋敷の使用人たちにも好かれてるよね。……ちょっと妬けちゃうくらいに」
そーか?
まあ、ここの人たちはみんな優しくていい人ばっかりだから。
俺もみんなのことは、好きだぜ。
「僕にももっとそうやってストレートに好意を示してくれてもいいと思う」
じゃかましい!
おまえには迂闊なこと言ったらどうなるか分からねーから、怖くて言えねーんだよ!
「じゃあ心の中では僕のことも好きだって思ってくれてるってことだよね♡」
…あのな。
あくまで仲間として。友達としてだけだからな。
それ以上の意味なんてないぞ!
「ふふふっ。いいよ……今はそれだけでも」
今も、昔も。未来でも。
それ以上にゃならねーっての!
ったく!
…話が逸れちまったじゃねーか。
つまり、結論として、俺はやっぱりここを旅立つ。
元鞘になんか戻れないって消極的な理由だけじゃない。
俺、冒険者やってるのがすっげー楽しいんだよ。
異世界のあっちこっちを気ままに旅して冒険するって生活が。
毎日ワクワクして楽しくてたまらないんだ。
きっと俺、貴族よりも、冒険者の暮らしの方が性に合ってる。
世界はまだまだ広いんだし、見たこともない景色だってまだいっぱいあるんだろうから。ここで止めたりなんて、できるわけがない。
おまえはどうだ、エド?
「僕はアルと一緒だったら、どこでもハッピーだよ♡」
…そーいうの抜きにして!
冒険の旅、楽しーだろ?
「うーん、まあ………アルと一緒♡ってのが大前提だけど、僕も嫌いではないよ。この異世界にはまだ謎に満ちたところがたくさんあって、興味深いしね」
だろっ?
だから冒険の旅はこれからも続けていく。
これは決定だ。
………。
ただなぁ……
そうは言っても、父上のことはやっぱ気掛かりなんだよな。
セバスからあんな話を聞いちまったら。俺がいない間、ちゃんとメシ食ってんのかって心配になってくる。
こーゆーところは、異世界って不便だよな。
前世だったら電話やネットでいつでも簡単に連絡取り合えたし、俺は使ったことなかったけどチャットツールとかで離れた場所にいる相手とも映像付きでリアルタイム会話だってできたんだ。
魔法とか、魔道具とかで、そのへんどーにかならないのかな?
「一応、通信用の魔道具はあるよ。一般へは普及してないけど、役所や官公庁関係では使われてる」
それは俺も知ってる。
でもあれ、文章しか送れないじゃん。
「文章というか、書類だね。より正確に言うと、物質を決められたポイントへと転送するんだ。転送可能な容量に上限があって、今の技術だとせいぜい書類くらいの質量しか送受信できないけど」
要するに異世界版FAXだよな。
なんか、思ってたのと違う。
剣と魔法ありきのファンタジー異世界なんだ。
前世のアニメとかで見たような、水晶玉を使って映像付きで通信するような。
そーいう便利なものはないのかな?
「今のところ、聞いたこともないね。そういう研究に着手している者がいるかも不明だ。おそらく、そういう発想自体がまだ出てきてないんだと思うよ?」
あれば絶対に便利なのに。
「僕たちは前世の知識があるからそう思うけど、ゼロから新しい何かを閃くってのは簡単なことじゃないはずだ」
…ん?
じゃあ俺たちが誰かに頼んで、作ってもらえばいーんじゃね?
「………え。まさか」
今のおまえの話。
逆に言えば、アイディアさえあれば研究して簡単にできるかもしれねーってことだろ。
試してみる価値はある!
幸い、そーいうことで頼れる知り合いだっているし!
ってワケで、サイモンさん!
映像通信できる魔道具、作ってくれー!!!
「ちょっ……アル!?いきなり無茶ぶりを!?」
そうか?
「いくらサイモン相手だからって、さすがにどうかと…!?」
今日もモンスターを間引いたり、騎士団に特訓つけたりするために、『マッドの館』に来た俺たち。
一通りのルーチンワークが終わってから、サイモンさんの研究室に相談しに行ったんだ。
相談っつーか、もうストレートに頼み事だけど。
そしたらエドにツッコまれた。
「脈絡もなく突飛な話すぎるよ。もっと順を追って説明しなくちゃ……」
…そーかな?
サイモンさんは俺と違って頭が良いし、この手のことには察しもいい。
すぐ理解してもらえると思ったんだけどな…?
果たしてサイモンさんは、束の間ポカーンとした顔をしていたが、
「……その発想はなかったぁぁぁぁぁぁッッ!!!」
次の瞬間、興奮した面持ちで座ってた椅子からガタッと腰を浮かして、絶叫。
「映像通信の魔道具ッ!おそらくは今までどの研究者も魔道士も思いつかなかったことであるッ!通信って言ったら、ブツをAポイントからBポイントに送るもの、ただそれだけって思い込んでいたのだ!現ブツは遠く離れたポイントにあるまま、情報だけを双方向に送り合うなどと……なんて斬新にして画期的なアイディアなのだーッ!!」
メガネの奥の瞳をキラキラさせて、早口でまくしたてている。
…なんだ。
ちゃんと理解してもらえてんじゃん。
「ううっ…!?サイモンの頭の構造はやっぱりよく分からない!普通だったら、前情報や知識もない奴がこんな飲み込みが早いなんてありえないのに…!」
エドは驚いてたが。
そりゃ、サイモンさんが天才魔道士だからだろ?
やっぱすごいよなぁ、天才って。
「そーいう問題…!?」
エドもこっちの世界に来てからはよく天才って言われてるけどさ。
俺、知ってる。それは前世のチート知識があるからだ。
もちろんエドは優秀な奴だけど。本物の天才ってわけじゃない。
本物はきっと、サイモンさんみたいな人なんだ。
「か、紙一重ってことでは、確かにそうかも…!?倫理観に問題があるとはいえ、ダンジョンコアの操作方法とかもとんでもない新技術だったし…!」
そんで、サイモンさん。
できそうか?
「うーむっ。まだなんとも言えんが、取っ掛かりはあるのだ。こないだダンジョン同士で繋がった次元ゲート、あの双方向リンクの理論を解明して応用できれば……」
おおっ!
期待してよさそうだな!
「僕としても大変に興味があるから、作ってみたいとは思うのだ。問題は、どういったものを媒体とするか?……映像を送るなら鏡のように虚像を結ぶものがいいだろうが」
水晶玉とか、どーだろう?
「むむっ!なるほど、水晶玉であれば魔法を補助する触媒としてよく用いられる。通信魔法の媒体としても適しているかもしれん。あれもキレーに磨けば鏡のように像を映すしな!」
2こ以上用意してさ。双方向に映像と音声を送り合うんだ。
「いいな!もし実現できれば、情報伝達の概念が根底から覆るぞッ!!……それにしても、アルバートくん」
うん?
サイモンさんが急に口調を変えて?
「チミはすごいというか、不思議だなぁ。魔法は使えないし知識もないはずなのに、時々こうしてポンッととんでもなく秀逸なアイディアをくれるのだ。一体、チミはどーいう存在なのだろうなー?」
あ。
ヤバい…?
サイモンさんが、俺のことに気付き始めてる…?
俺が、異世界転生者だってこと…!
………。
いや、別に気付かれてもいいのか。
言っても信じてもらえないだろうって思って今まで誰にも言わなかっただけで。別に隠すようなことじゃねーもん。
「そこは僕は異議を唱えるよ!?こういうことはあんまり人に知られない方が…!」
エドとは意見が食い違ってしまった。
まあ、どっちにしろサイモンさんもそこまで気にしてなかったらしい。
すぐ「まーいっか!」と気を取り直して、研究に着手し始めた。
椅子に座り直して机に向かい、早速ガリガリガリっ…と猛烈な勢いでなにかを書き綴っていく。
ペンを動かす手は止めないまま、俺たちに向かって言った。
「僕はこの興味深く面白い研究を進めていくが、それにはサンプルデータが多いほどいい。チミたち、どうせ冒険の旅をするんだろ?ついでにまたどっかのダンジョンを攻略して、次元ゲートを開いて欲しいのだー!」
「…次もまた次元ゲートが開くとは限らないと思うけど」
エドが眉をひそめていたが、
「なぁに、研究とはトライアンドエラーの繰り返し。冒険だって、同じだろ?」
うまくいくまで何度でも、ってことか。
俺はつい笑っちまった。
エドは「簡単に言ってくれるよね…」って渋面になってたけど。
いーじゃん!
元々、気ままに冒険する予定だったんだ。
そこに新しく目的が加わったって不都合はないし、悪いことじゃない。
よっしゃ!
世界中のダンジョンを、片っ端から攻略していくぜ!




