パンケーキにはちみつたっぷりかけて
あれは小学生くらいの頃だった。
互いに頻繁に行き来していた幼馴染の家で。
ホットケーキを俺たち子供だけで作って食べたことがある。
家の人がたまたま留守で、ホットケーキミックスの他におやつの買い置きが見つからなかったからだったと思うけど、
『わ、こうちゃん器用だなー』
『そう?』
『ひっくり返すの超上手じゃん。ふんわり焼けててうまそう!』
『えへへ……じゃあたろーちゃん、お先にどうぞ』
『いいのか?』
『僕の分もすぐ焼くけど、あったかいうちの方がおいしいでしょ』
『サンキュー!…もぐもぐ…うん、うまいっ!』
『ほんと?』
『うん!毎日でも食べたい!』
『!!!…よかったぁ。じゃあ毎日作ってあげるね!』
さすがにパンケーキ毎日はなかったけど。
それからだ。
あいつが急に料理に目覚めて、クッキーとかカップケーキとか作っては、俺にくれるようになったのって。
俺、あの時は、男子なのに珍しい趣味だな?くらいにしか思ってなかったけど。
「完璧に俺のあの余計な一言が原因じゃねえか…!」
「あはは、やっと思い出してくれた?」
「しかも今の王城でのおやつもほぼおまえのお手製とか…!?」
「アルのために愛情たっぷり込めて作ったよ♡」
「やめろうまさが半減する!」
俺は渋面になって目の前に置かれた皿の上のパンケーキを凝視した。
既に何口か食べちゃったが、ふわふわで超おいしい。
これだけじゃなくて、今まで王城で出されたお菓子の類ってどれもめちゃうまかったんだ。
他では見たこともない、焼き菓子とかプリンとか。
それで、王城の料理人ってやっぱ凄いんだな、って何の気なしに褒めたら、
「え?それ、僕のレシピだよ?」
エドがキョトン顔でぬかしやがった。
嘘…とは思えなかった。
こいつは俺の尻ばっか追いかけてる残念な変態だが、それだけに俺にこんな嘘はついたりしない。
衝撃の事実判明だよ!
めちゃうまいから俺、喜んでたくさん食べちゃってたよ!
いやお菓子には罪はないんだから、別にいいのかもしれないけど…
なんか、こう、気分的に…!
改めて聞いてみたら、前世で俺のために培った料理スキルを活かしてるんだとか。
「本当は、アル……たろーちゃんと再会できる前に、たろーちゃんのことを偲んで手慰みに作ってただけだったんだけど、結果として異世界転生チートすることになったよね」
詳しい経緯は面倒だから割愛するが、俺たち二人は異世界転生者だ。
この世界は文化的に前の世界より遅れてるらしい。
料理のレシピもそのひとつ。
前の世界ではごく普通にあった料理のレシピが、この世界では革命的で斬新な料理扱いされて、めちゃくちゃもてはやされるんだと。
…俺は料理なんてからっきしだから、知らなかった。
珍しくてうまい料理のレシピをたくさん持ってると、この世界では貴族社会の外交カードに使えて有利なんだと。
…俺は社交界とか全然分からねーから、ピンとこねーけど。
「今でももちろんアルのためを第一優先で作ってるけど、お城の料理人たちにどうしてもって請われてね。お菓子のレシピもいくつか教えてあげたんだ」
そのおかげで、エドはとんでもない才能のある有望な次期国王とかって評判を得られたそうな。
「異世界転生チートって、やろうと思ったら本当に簡単だよね。前世の知識をちょっと出すだけでいいんだから」
…うぐ。
「そういえばアルは?チートな噂を聞いたことないけど…」
「お、俺は、そーいうのには頼らねーで生きてくから!」
「そっか!さすがアル!カッコいい♡」
…うん。
ごめん、嘘だ。見栄張った。
俺、そんなこと今の今まで思いつきもせず過ごしてきた…!
しまったー!!!
俺も異世界転生チートしてりゃ、女の子にもモテたかも!?
そうすりゃ念願の初彼女ゲットできてたかもしれないのに…!
ああああああ俺のバカ!
せっかくの異世界転生の機会を全ッ然活かせてなかった!
今更やろうとしても、既にチートしてるエドの影に霞んで目立たなそうだし…!
下手したらエドからこっそり教えてもらって手柄を譲ってもらってるとか疑われかねない!?
それくらい王城内ではエドが俺にべったりなことは有名になっていた。
こればっかりは、エドが悪いわけじゃないと分かっているが…
なんか、ムカつく…!
一人だけ異世界転生チートでうまいことやりやがってー!?
俺は八つ当たりするみたいにパンケーキの続きに取り掛かった。
シロップを大量に追加して掛けて、大きめに切り分けてバクっと頬張る。
…腹立つけど、マジうまいんだよな。こいつの作ったおやつ。
思い返せば前世の頃からそうだった。
エドが成功してるのは、単に異世界転生チートってだけじゃなくて、こいつ自身が器用で優秀だからってのもあるんだろう。
…くそ。やっぱ悔しいしムカつくな。
「あ、ほっぺについちゃってるよ、アル」
「ん?どこだ?」
「ほら、ここ」
エドが苦笑しながら手を伸ばしてきて、俺の右ほっぺを指で拭った。
「はい、取れたよ」
「あ、ありがと…」
俺の感謝の言葉は、しかし途中で凍りついた。
指についたシロップとパンケーキの欠片をエドはそのままペロッと舐め取って…
「ん、おいしい♡」
とかって、やりやがったー!!?
あ”あああああああ!!!
しかも、思い出したぞ!
前世でも頻繁にこれと同じことされていた!
『たろーちゃん、また口の周りについちゃってるよ?』
『マジか?』
『取ってあげる。ほら』
『サンキュー』
『どういたしまして。…ん、おいしー♡』
俺にくっついてたクリームまで口に運ぶなんて、こいつ案外意地汚いなー…とかって呆れて笑ってた、俺。
…笑ってる場合じゃなかった!
おいしー♡って、何に対しての感想だったんだよと今更ながらに問い詰めたい!
いややっぱ知りたくない!超絶嫌な予感しかしない!!
「本当は直接アルのほっぺ舐め取ってあげたいんだけどね…♡」
「ギャーッ!!?やめろ!」
やっぱりかよこの野郎!?
本当にブレない俺への執着っぷり!
大迷惑!!
「そんな魂胆で作ってんなら、もうこんなおやつなんて…!!」
「…えっ?…いらない?」
思わず椅子から立ち上がって距離を取ろうとする俺を、エドの悲しそうな視線が追ってきた。
だからって、済まないとは思わない。
悪いのはこいつなんだから。
けど、
「………」
俺は無言でまた元通りに着席した。
とたん、パァァァ…!と表情を輝かせたエドに、これだけは言っておく。
「おやつには罪はないし、うまいから……しょーがない」
たぶん俺は、苦虫を一万匹は噛み潰したような渋面になってただろう。
それでもエドはとても嬉しそうに笑っていた。
「うん!これからもアルのために一生懸命作るね♡」
ああ…
これが純粋な友情からくるセリフだったら、どんなにか良かっただろう…
俺は煤けた遠い目になりつつ、残りのパンケーキを完食するのだった。
「アルは単純で可愛いから、胃袋から掴んでいくと効果的だよね♡」
…っ!?
なんか、急に寒気が…!?




