飲んで呑まれて泣き濡れて
酒飲みには罪はない。
ただし酔っ払いはよろしくないのでしかるべき報いがある。
ある朝。
目覚めると、怖ろしい現実がそこにあった。
絶世の美男子と評して過言ではない、エドの綺麗な寝顔。
スースーと健やかな寝息を立てている。
口元は幸せそうに綻んでおり…
それだけだったら、別にどうってことないんだが。
問題は。
…大問題なのは。
それが、ベッドに横になってる俺のすぐ隣に転がってたことだ。
俺と、エド。
同じひとつのベットにインして同衾。
しかも何故か互いの服装がはだけてる。
………!!!
「ギャァァァァァァァァァっっ!!!??????」
超壮絶な悲鳴を上げた。
俺。
アルバート・フォン・フュリューリンゲン。
久しぶりにサウザンド王国の実家に戻ってきてるから、今回は正式なフルネームで名乗らせてもらうぜ。
って、んなことどーだっていいんだよ!
いつでも帰ってきていいって父上の言葉に甘えて、一昨日から俺の実家で寝泊まりしていた俺たち。
昨夜は……えーと、確かいきなり王様がやって来て。
父上も一緒に、四人で晩ごはんのテーブルを囲んだんだった。
王様、めっちゃ上機嫌だったなー。
エドと久しぶりに会えてよっぽど嬉しかったんだろう。
俺の父上も、俺が帰った時めっちゃ喜んでくれたもんな。
やっぱ家族っていいなって改めて思ったよ。
んで、俺たちがダンジョンで獲ってきたドラゴンの肉料理に舌鼓を打って。
父上が「とっておきだぞ」っていいワインを開けてくれたんだ。
有名な産地のものらしいな?
レオンハート王国の、北西地域あたりのブドウだって。
よく分かんなかったけど、旨かった。
王様でさえ「ほほう…!?」とかって唸って感心してたもん。
父上、奮発してくれたんだなーって思ったら嬉しくなっちゃって。
…たぶん俺、飲みすぎた。
以前みたいな頭痛はないから、二日酔いにはなってないっぽい。
けど、記憶は見事に吹っ飛んでいる。
どうやってベッドに入ったのか、全然覚えてねえ…
まして、どうしてエドがここにいるのかなんてサッパリだ。
やっちまった…
………。
いや違う違う違うっ!!!
やってない!
そーいう意味ではやってない!!
今のはただ、うっかりまた飲みすぎたって意味でのやっちまった、であって!
断じて、ナニがナニしての意味でのやっちまった……じゃねーから!
………。
いや本当に大丈夫だよな!?
俺は慌てて自分の体の様子をいろいろと確かめた。
特に、下半身に変な違和感がないかどうか。
念入りに、よ〜〜〜〜〜く確かめた。
結果。
セーーーーーフ!!!
ふうっ、あっぶねぇ…!
たぶん大丈夫だろ、これ。
うん、大丈夫、大丈夫…
「…ふふっ、朝から百面相だね」
ヒィッ!?
つい引き攣れた悲鳴を上げちまった俺。
エドが、起きてきていた。
まあさっきもド派手な悲鳴を上げちまったもんな。すぐ横で騒がしくされてたら、そりゃ目も覚めるだろう。
だけど…!?
「おはよう、アル」
シーツの上にむくっと身を起こした、エド。
なんか…
言いにくいけど、なんか…
妙に気だるげで色っぽくて…!?
俺にそのケはないから男の色香にどーこーなったりはしないが、背筋をゾワワッとしたものが走り抜けた。
超絶嫌な予感が…!?
エドは少し汗ばんだ金髪を手ぐしで掻き上げながら、
「昨夜は……………楽しかったね?」
…おいぃぃぃッ!
その不自然な言葉の間はなんだ!?
やめろよ、そーゆー意味深なの!
思わせぶりなことしといて、実はなんでもないんだろ!?
な、そーだろ!?なあっ!?
「アル、可愛かったなぁ…♡」
…嘘だ。
騙されねーぞ。
だって俺、体になんの異常もないし…!
「ねえアル。知ってるよね?……僕が回復魔法も浄化魔法も使えるってこと」
う…
ううっ…
ウソだぁぁぁぁぁぁぁッッ!!!!!
「…えっ、ちょっ…アル!?」
俺はそんなの信じないっ!
前世に続いて今世でまで……なんて…!
信じないったら信じないぃぃぃぃぃッッ!!!
「そ、そこまでギャン泣きしなくても。……悪かったよ」
謝んなっ!
それじゃ、なんか……謝られるよーなことされちゃったみたいだろ!?
俺は絶対に信じないんだからなっ!?
「うん、あのね、アル……」
やだーっ!!!
聞きたくないっ!!!
「一体どうした!?先程アルバートくんの悲鳴が………」
あ。
俺の最初の悲鳴を聞きつけて、王様が。
部屋のドアをバタンと開けて。
「………」
ベッドの上に二人でいる俺たちの姿に目を留めて。
「…失礼しました」
パタンってドアを閉じて速攻で去って行った。
王様が敬語でしゃべるの、初めて聞いた。
って……
ギャーーーーーッ!!?
違う、違うんだよ王様!?
これは何かの間違いで…!!!
「朝から騒がしい……何かあったのですか?」
あああっ!?
ドアの向こうの廊下に、父上の声までっ!?
「うむ。なんだなぁ、フュリューリンゲン卿」
「…陛下?」
「若さとは、躊躇わぬことなのだなぁ……」
「なにをおっしゃっているのか、臣には分かりかねますが…!?」
ほんとだよ!?
「父親である余も泊まっていると承知の上で……やりおる、さすが、やりおるわ…!」
なに感心してんだあの王様は!?
「先程の悲鳴はアルのものでしょう?一体なにが……」
「あー!…大丈夫だ。何も問題はない」
「しかし…!?」
「後は若い二人に任せて、野暮はせぬことだ。さあ、さあ!」
「……陛下がそこまでおっしゃるのであれば」
促す王様と戸惑う父上の声が二人分の足音と共に、廊下を遠ざかっていった。
………。
ち、父上っ…
父上ぇぇぇぇぇ…(ガチ泣き)
「ごめんよアル、泣かないでよ……」
うっさい!
俺のこのズタボロの気持ちがおまえなんかに分かるもんかー!!!
俺はシーツに突っ伏して気が済むまで泣いた。
エドはその横でずっとオロオロしてた。
…ぐす、と鼻を鳴らして顔を上げる。
散々泣いたら少しは落ち着いた。
横を見ると、エドが心配そうにずっとこっちを見ていたことが分かった。
微妙にシャツの前をはだけた格好なんだよなぁぁぁぁぁ…
俺も同様に、若干気崩れている。
確認するのは恐ろしかったが、いつまでも逃げてるわけにはいかない。
俺は現実を受け止める覚悟を固めた。
「なあっ……昨日、マジでなにがあった…!?」
泣きすぎたせいで、俺の声ガラガラだ。
しまらないが、気にしちゃいられなかった。
エドの返答をじっと待つ。
「……さっきは脅かしちゃったけど、アルが心配しているようなことは何もなかったよ」
本当だろうな。
後になって、実は……なんて言われたら、もう俺二度と立ち直れねーぞ。
「そこまで嫌がらなくてもいいのに」
嫌がるに決まってるだろ!?
俺はホモじゃねーんだよ!
「言っとくけど、僕をベッドに誘ったのはアルの方だからね?」
ウソだ!?
「本当だよ。……そりゃ、僕が期待してるような意味じゃなくて、寝るまで語り明かそう的なノリだったけどさ」
う。
そーいうノリなら、確かにやりそう。俺…
でも、よりによってエドに!?
もう下心あるって知ってる相手を誘うとか。
完全にアウトだろ!?
なにやってんだよ、昨日の俺!?
「アル、また飲みすぎてたよ。気をつけてねって前も言ったのに……」
呆れるエドがその時の様子を詳しく教えてくれた。
***
「父上ぇ〜。これおいしい〜。もう一杯〜」
「こらこら、いい加減にしなさい。どう見ても飲み過ぎだぞ、アル」
「やだ〜。まだ飲むぅ〜」
「おまえって子は……まったくしょうがないな」
「アルバートくんは酒には強くないのだな?」
「そんなこともないけど、まだ加減がよく分かってないみたいなんだよね。町の酒場でも時々やらかしてたし」
「申し訳ありません、陛下。それにエドワード様。愚息がこのような醜態を晒してしまい……ましてエドワード様には以前もご迷惑をお掛けしたようで」
「別に迷惑ではないですよ。ただ……体にも悪いから、アルにはもう少し気をつけて欲しいな」
「まあ若いうちは多少の失敗もあるであろうよ」
「誠に、面目次第も……」
「おかわり〜」
「って、こらアル!やめなさい!ほら、水でも飲んで!」
「こうなったら、もう寝かしつけちゃった方がいいですよ」
「うむ。食事も十分堪能させてもらった。今宵はそろそろお開きでよいのではないか?」
「お二方のお気遣いに感謝致します…!」
「えー?まだみんなとしゃべってたいー」
「アルってば、ほら部屋に行くよ」
「ああっ、エドワード様!そのようなことはうちの使用人に……」
「いいんですよ。僕は冒険者パーティの仲間で相棒なんだから」
「仲良くやっているようであるな」
「もちろんです、父上」
「誠に申し訳ありませんエドワード様。愚息をよろしくお願いします」
「ええ、任せてください」
〜移動中〜
「ほら、ベッドに着いたよ」
「ん〜〜〜」
「アルってば。もう大丈夫だから、離して……」
「なあ〜、エドも一緒に寝よ〜?」
「えっ!?………それって!?」
「前はよくお泊りしてたじゃん〜。俺もこうちゃんちに泊まりに行ったりさ〜。寝るまでもっとしゃべろ〜」
「………一瞬でも期待して損した」
「な〜エド〜」
「…生殺し、って言葉の意味を知ってる?アル?」
「いーからこっち来いって〜」
「わっ!?」
ドサッ
「あ、アルっ…!!!」
「懐かしいよな〜……昔はよく、こーやってさ……」
「アルぅっ!!!」
「……すぴー」
「………………もう寝てるー!!!??????」
「……スヤスヤ」
「ひ、酷いよアル……こんなのもう生殺しどころか本気で殺しにかかってるよ…!」
「……スヤスヤ」
「アル………」
「……スヤスヤ」
「アルが………悪いんだからね」
ゴソゴソゴソッ
「……スヤスヤ」
「ふふっ、起きた時ビックリするだろうなぁ」
「……スヤスヤ」
「おやすみ、アル♡」
***
「というわけで、事後っぽく演出するために少し着衣を乱したりしただけで、特に何もなかったんだよ」
そっか、よかった…!
…って。
コラァぁぁぁぁぁぁッ!!?
なにしてくれてんだよ、おまえ!?
イタズラにしても悪質すぎるだろ!?
俺、本気で絶望しかけたぞ!?
「あんな正体がなくなるまで飲みすぎたアルが悪いんだよ」
うぐぅっ!?
それはっ…!
そう言われると、返す言葉もねーけどさ…!
「体にだって悪いんだから、僕は心配して言ってるんだよ。これで少しは懲りなよね」
うううううっ!?
わ、分かった…!
いろいろと言いたいことはあるが、全体的には俺が悪かった…
本気で懲りたよ。反省する。
「なら、いいよ。……あ、そうだ。あらかじめ言っておくけどね」
ん?
「二度目は、ないよ?」
え………
「僕はアルが大好きだしそーいうことだってしたいって常日頃から思ってるんだよ。アルだってもう分かってるでしょ。その上でまたベッドに誘ったりしたら、同意の上だと解釈するからね」
ひっ…!?
「ああ、そういう意味では是非ともアルにはまた酔っ払って欲しい、かな…?」
ひぇぇぇぇぇぇぇぇッッ!!???
俺の悲鳴はもう声にもならなかった。
マジでヤバい。
エドのやつ、本気だ。
万が一また酒で失敗したら、今度こそ取り返しのつかないことに!?
な、なんて怖ろしい…!
こうなったら、金輪際酒なんて…!
「あ、もしかして禁酒する?」
………。
飲む量をもっとセーブして、気をつけよ。
「………まあ別にいいけど。ある意味で僕にも好都合だし」
いや、だって。
酒、旨いし楽しーんだもん。
そして、俺はうっかりしていた。
結局何事もなかったんだと安堵するあまり。
王様に致命的な勘違いをされたまま、訂正するのを忘れてたんだ……
「内縁の関係、であるか……若いうちは、それもよし。だがいずれは正式に婚姻の儀を執り行ってもらいたいものよな…!」
次に王様に会った時、俺に向ける視線が義理の息子に対する親しみに満ちたものになってたりした。
着々と外堀が埋められていっている。
この時の俺はまだ、それに気付いてすらいなかった……
てごめにされそうなおなごが「お母さん…」と救いを求めて呼ぶように父上を呼んだ男。
不憫。
(ただし完全に自業自得)




