里帰り
エドワードだよ。
今回は僕が話をしよう。
久しぶりにサウザンド王国に戻ってきた僕とアル。
…しばらくここから離れるわけにはいかなくなった。
ワイバーンのタマゴが孵るまで、ってのはしょうがないけど。
まったくサイモンのやつ…!
あいつが考えなしの無計画に大量発生させたモンスターを許容範囲の数まで間引く間、ここに留まるしかなくなった。
またこんな仕事を増やして。
本当に冗談じゃないよ!
アルは優しいし度量が大きいからこんなことしでかしたサイモンにも怒ったりしないけど、僕としては憤懣やる方ない。
一度、サイモンとは徹底的に話をつけないといけないかもね…!
「でもいい機会じゃん。せっかくだから王都にも一度帰ろうぜ」
…アル。
「俺、黙って出てきちゃったからさ。今更だけど、父上にちゃんと許してもらって改めて出発したいし」
そうか。
そうだね。
お義父様にきちんと挨拶するのも大事だものね!
「…またなんかニュアンスがおかしい気がするけど。まあそういうことだな。父上に会いに行きたい」
分かった。
王都からなら、『マッドの館』まではそんなに距離もない。
モンスター討伐に通ってくるのにも、不都合はないだろうし。
第一、用事が片付くまでずっと『マッドの館』で寝泊まりするなんて嫌だ。
王都の、フュリューリンゲン家の屋敷を訪ねよう。
そうと決めて、僕たちは一旦『マッドの館』を後にした。
外の雑木林のところで待機させていた騎士団にも、状況を説明した上で、話を通してね。
レオナルド団長は、いっそ僕に王城へと帰還して欲しそうだったけど。
さすがにそれはできない。
僕が出奔してすぐ、父上は王位継承者の交代を公式に宣言したはずだ。
宮廷は少なからず混乱に陥っただろう。
今もそれが続いているか、そろそろ落ち着く頃合いかは、なんとも言えないけど…
どっちにしろ、そこに僕がノコノコと姿を現すなんて悪手中の悪手だよ。
また僕を次期国王に……なんて勢力が出てくることは想像に難くない。
落ち着きを取り戻しつつある宮廷が、確実に再び荒れる。それも、前の時の比じゃないくらいの大荒れになるだろう。
王位継承者を明確に絞るため、暗殺なんてのも起こり得る。
僕は返り討ちにできる自信があるけど、ウィルは怪しいからな…
そういうわけで。
王城に帰還しては、父上にもウィルにも大迷惑を掛けることになるんだ。
僕がここに戻ってきていること自体も伏せておくべきだよ。
サウザンド王国内では存在感を消して過ごすしかない。
…なんだか後ろ暗い犯罪者にでもなった気分だけど。
実際、国を出奔した元王位継承者なんて、そんなもんだろう。犯罪者とたいして変わらない。
だから僕もアルと一緒に、フュリューリンゲン家でお世話になることにした。
っていうか、実家への里帰りだろうと、アルと片時でも離れるなんて絶対に嫌だからね。
絶対の絶対に、くっついて行くよ!
「いや別にいいけど……そういや今世じゃ、おまえが俺んちに遊びに来るのって初めてだな」
僕はつい笑ってしまった。
アルってば。
身分のある王侯貴族にとって、相手のテリトリーである屋敷に赴くのはそんな簡単なことじゃないのに。
まるで前世の時みたいに、友達を家に呼ぶくらいの感覚で…!
そういうところ、大好きだよ♡
僕はとてもウキウキした気分で、アルについていった。
この世界でアルがずっと暮らしていた屋敷を訪れるのが、単純に楽しみでもあった。
アルの父親。
ギルバート・フォン・フュリューリンゲン。
実は、密かに身辺調査をしたことがある。
アルと再会してすぐくらいの頃だ。
もちろん再会はすごく嬉しくて灰色の世界が鮮やかなバラ色に染まるほどだったけど、その時点で既にアルは12歳になっていた。
最愛の人が、この異世界で、それまでどうやって過ごし、育ってきたのか。
気になるに決まってるじゃない?
だから調べた。
王族の権限とツテをフル活用してね。
そうでなくても、アルの父親には気掛かりなことが多かった。
通称がギルティ・ギル。
権勢欲が強くて悪辣だと評判の宮廷官吏、って…
よりによって真っ直ぐで純粋なたろーちゃんの生まれ変わり先が、そんな奴のところ!?
って、心配になるよね普通。
僕はとてつもなく心配だった。
アル……前世のたろーちゃんは強くて素敵な人だった。
体が頑丈ってことじゃないよ。もちろんそっちも鍛えてて強かったけど、フィジカルじゃなくてメンタルが。
正義感が強くて、曲がったことが大嫌い。心が広くておおらかでとても優しい。ちょっと大雑把なところは玉に瑕だけど、僕からしたらそこも可愛くて♡
とても意志の強い人でもあった。
だけど、異世界転生して赤ん坊からやり直すことになって、再会した時点でもまだ子供だ。
親の庇護下にある、弱い立場。
親や、家庭環境の影響から逃れることは難しいはずだ。
もしも。
アルの父親が、貴族らしい権欲ずくの英才教育を息子に施して……
そのせいで、僕の大好きだったたろーちゃんの心が少しでも歪んでしまっていたら……
僕、何をするか分からなかったな…!
ふふふふふふふ!!!(狂気の笑み)
…こほんっ。
まあ実際にはとんだ杞憂だったんだけどね。
宮廷での評判はかなり酷かったフュリューリンゲン卿だけど、息子には激甘だった。
正直なところ、驚いちゃったよ。
アルってば、碌に勉強もせず毎日外で泥んこになるまで遊び回ってたみたいなんだけど。
父親は、全然それを咎めたりしなかったようなんだ。
どこにでも口の軽いやつはいる。
手の者を使って、フュリューリンゲン家に雇われていた使用人に聞き込みをしたところ、色々なことが分かった。
アルを産んですぐ、母親は亡くなっており。
忘れ形見の一人息子を、父親は目に入れても痛くないくらい可愛がっているって。
…人は見かけによらないよね。
宮廷でのフュリューリンゲン卿の姿からは想像もつかなかった。
僕は心底安堵した。
と同時に、フュリューリンゲン卿に深い感謝を覚えた。
真っ直ぐだったたろーちゃんのままアルを育ててくれて。本当に大感謝だ。
最初から、無条件で好感度は高かったんだけどね。
なにしろ彼がアルと僕を引き合わせてくれたようなものだから。
フュリューリンゲン卿が出世して地方の辺境領主から中央の宮廷官吏まで上り詰めてくれてなかったら、下手したら僕はアルとずっと会えずじまいになるところだった。
同じ異世界に転生してるってことにも気付かずに。
想像しただけでゾッとするよ。
父親が宮廷官吏になり、王城務めになっていたからこそ、その息子に生まれ変わっていたアルと12歳の時に出会えたんだ。
それに、フュリューリンゲン卿の亡き奥方は、彼の幼馴染だったんだって。
普通の貴族だったら後妻を娶りそうなものなのに、亡き妻を一途に愛し続けてずっと独り身なんだって。
その情報を耳にした時。
僕は、震えるほど感動した。
一途な愛!素晴らしい!
特に幼馴染と結婚してるってところがいい!
生涯を添い遂げるならやっぱり断然幼馴染とだよね!うん!
と、そんなわけで。
僕の、フュリューリンゲン卿に対する評価はすこぶる高い。
だけどよくよく考えたら、アルと一緒にいるところを見たことはなかったな…
12歳の対面の場での一回きりだ。
でもあの時は、アルと再会できた嬉しさのあまり、僕はその父親にまで注意を向けてはいなかった。
それ以降の王城では、一度たりとも親子一緒にいるのを見たことがない。
おそらくはフュリューリンゲン卿が気を回して、あえてそうしていたんだろう。
だから、これが初めてだ。
普段、どんな会話をする親子だったのかな?
王都までは騎士団と同行して戻ってきたが、検問所を通過してすぐ別れた。
僕たちはなるべく王城には近付かない方がいいからね。
名残惜しそうなレオナルド団長以下を見送り…
いよいよ、僕はアルと一緒にフュリューリンゲン家の屋敷へと足を運んだ。
貴族の屋敷だ。
普通だったら馬車で乗り付けるところだけど、今の僕たちは一介の冒険者。
てくてくと歩いて向かった。
広大な敷地への入口である門扉のところには門番が立っている。
ある程度近付いてお互いに視認できる距離になると、門番はあからさまに驚いて動揺を浮かべていた。
「あっ、あああっ……アルバート様!?」
「ただいまー」
アル、片手を挙げて軽く挨拶。
平常運転にも程がある。
使用人に対しても気さくなところがアルらしいけど、今はそういう問題じゃない。
門番はかわいそうなくらいワタワタしてた。
「おっおかえりなさいませっ!?…えっ!?っていうか帰ってきてくださったんですか!?」
「うん。父上はいるかな?」
「いえ旦那様はまだお戻りでは……いやいやいやとにかく!早くこちらに!屋敷までは馬車にお乗りくださいっ!さあっ!さあっ!」
門番は仲間を呼んだ。
誰もがアルと、ついでに僕の顔を見て、えらく動揺してたけど。
行動は素早かった。
僕たちはあれよという間に馬車に押し込められるように乗せられた。
そのまま問答無用とばかりに本邸へと向けて馬車が走り出す。
…なんだろう、この。
アルの気が変わって逃げられないうちにガッチリ捕獲しとこう、っていう意志をヒシヒシと感じる雰囲気。
貴族屋敷の敷地は広大なので、門扉から本邸まではかなりの距離がある。
だから馬車で移動するのは当たり前のことなんだけど、移動のためというより、アルを逃さないためって感じがかなり……
馬車に揺られることしばし。
本邸に到着してからも、大騒ぎだった。
家出した一人息子が突然帰ってきたら、こうなるものかな?
使用人一同に歓迎という名の見張りをされながら、僕たちはこの屋敷の当主が帰宅するのを待つこととなった。
客間ではなくリビングに通されて。
お茶だお菓子だ何かご用事はありませんかと、本当に入れ代わり立ち代わり。
…使用人たち、必死すぎる。
どれだけアルにここにいて欲しいんだ。
そして、アル。
どれだけ目を離したらすぐ逃げられるって思われているんだ…
本人は「やっぱりうちは落ち着くなー」なんて呑気に笑ってるけど。
そうこうしているうちに、フュリューリンゲン卿が帰ってきた。
途中で誰かから報告を受けたんだろう。慌ただしい足音と共にリビングへと駆け込んできた。
その時の、フュリューリンゲン卿の表情といったら。
…どう表現したものか、僕には分からない。
ただ、これだけははっきり言える。
僕が宮廷で見知っていたギルティ・ギルではなく、ひとりの父親の顔をしていたと。
「…アル!」
「おかえりー父上」
「……それは私のセリフだ」
「あれっ?…あ、そっか」
「おかえり、アル」
「うん。ただいま、父上」
僕はアルと一緒に座っていたソファから腰を上げて、軽く会釈だけしておいた。
もちろん本当はもっとちゃんと挨拶するべきだけどね。
それ以上に、今は親子のやり取りを邪魔してはいけない。そう思って、口を閉ざしていた。
「外の世界は楽しかったか?」
「ああ、毎日いろんなことがあってすっごく楽しいぜ!ありがとな、父上。俺のこと見逃してくれて」
「いいんだよ、アル」
息子の肩にポンと手を乗せて、ゆるく頭を振るフュリューリンゲン卿。
「おまえが幸せなら、それでいい」
ああ、そうか。
こういう親子だったんだね…
僕はほっこりした気持ちになって、自然と口元を緩ませた。
後で、アルがこんなことを話してくれた。
「子供の頃、外で遊んで帰ってくるとさ、いつも父上に聞かれたんだ。楽しかったか、って」
アルは決まって「楽しかった!」と元気よく答えたという。
フュリューリンゲン卿は息子の頭を優しく撫でてやりながら、「そうか、よかったな」と微笑むのが常だったそうな。
…宮廷での彼を知ってると、だれ???ってつい思ってしまうけど。
「父上、俺のことまだ子供扱いしてんのかな…?」
首を傾げるアル。
もう成人の年齢なのに子供扱いが不満なんだね。
でも反面、ちょっとだけ嬉しそうでもある。
アルが嬉しいなら、僕も嬉しいから。
アルの父親がフュリューリンゲン卿でよかったって、心から思えたよ。
実は親子仲はかなり良好だった
父上は親バカでちょっとバカ親




