勝手知ったるダンジョンで
ダンジョン内に発生した謎のドアを開けたら、その向こう側は別のダンジョンだった。
…こう言うと変に聞こえるかもしれねーが、ありのままの事実だ。
サイモンさんがダンジョンマスターやってる『マッドの館』。
しかもサイモンさんが今日も研究に明け暮れていた研究室の壁の一角に、ドアの出口が繋がってたんだ。
ドアを跨いでこっち側に来て……パタンと閉じてみる。
こっち側から見ても緑のドアだ。
もう一度開けてみると、さっきと同じく『緑の楽園』の最深部に直結したままだった。
一方通行で帰れなくなる、なんてことはなさそうだ。
俺とエドの突然な登場に、サイモンさんがやってた作業を切り上げて、いそいそと近付いてきた。
「やあ、久しぶりなのだー。あれから何年くらい経ったっけ?」
「まだ二ヶ月くらいしか経ってないぞ」
「んー?そーだっけ?研究に没頭してると、どーも時間の感覚が曖昧でなー」
サイモンさんらしいや。
俺はちょっと微笑みかけたが、
「チミたち国を出奔しちゃったって聞いてたからさ。そのうち戻って来るだろーとは思ってたけど、こんなに早く戻ってくるとは予想外だったのだー」
うぐっ…!?
そーいや、そーだ。
このダンジョンは俺たちが出てきたサウザンド王国の、王都の近くに位置する。
あんだけしっかり事前に準備して、もう二度と戻らないってくらいの決意と覚悟で出奔してきたのに。
こんなに早く出戻ることになるなんて…
な、なんか…
カッコ悪ッ!?
思わずズーンと項垂れる俺。
横では、サイモンさんとエドがこれまでの経緯について語り合っていた。
「で、どーしてこんなところから唐突に現れたりしちゃったのだ?……ふーん、レオンハート王国にあるダンジョンを攻略して?……なんとっ!?ダンジョンコアを操作しようとしたら、そんなことが!?実に興味深いっ!!ゼヒとも検証したいからもっと詳細に教えて欲しいのだっ!!!」
なんか二人してゴチャゴチャと…
世界全体を巡る魔素の循環作用?
次元の歪みともいえるダンジョンの特徴及び定義?
コア同士の共鳴?
亜空間接続によるアクセスポイント化?
次元ゲートの安定?
…魔法とか研究とかの難しい話だな。
俺にはさっぱり分からなかった。
横で聞いててもチンプンカンプンだし、二人の会話にも加われねー。
手持ち無沙汰でしょうがないから、研究室の隅っこで寝そべってたサーベルタイガーをモフってることにした。
こいつもサイモンさんが生み出したダンジョンモンスター。エドが初めて制御できるか試したやつだ。
一度モフったらなんか情が湧いちまって、討伐して魔素に還すのが忍びなくなっちゃってさ。
以降、番犬代わりに研究室に常駐させとくことにしたんだ。
とはいえ、ここに外敵が出るわけでもなし…
実質活躍の機会もないので、もはやでっかい家ネコみたいなもんだよな。
おー、よしよし。俺のこと覚えてるかチャトラン?
相変わらずいい毛並みだなー。
よーしよしよし。
ん?喉の下もコチョコチョしろって?
いいぞー。よーしよし、ホレホレ。
おまえは可愛いやつだなぁ。
寝そべってるからちょうどいいや。腹毛も撫でてやろう。
うわっ、ここ一段とモフモフでふわふわなんだなぁ。
可愛いなぁ。癒やされるなぁ。
「………っとアル。アルってば!」
えっ!?
後ろから結構強めに肩を引っ張られて、ビクッとしちまった。
振り返ると、不機嫌そうなエドがそこに。
あ、難しい話は終わったのか?
モフるのに夢中で気付かなかったぜ。
…なんでそんな怒ったみたいな顔してんだ?
「酷いよアル!僕にばっかりサイモンの相手をさせて、自分はそんなやつとイチャイチャと…!」
え、おまえもチャトランをモフりたかったの?
別にいいぞ。
ほら、存分にモフるといい。
「〜〜〜そうじゃないよ!アルのバカっ!!」
…キレられた。
なんで?
何故か拗ねちまったエドは話にならないのでサイモンさんの姿を探したら、あっちの机で一心不乱にペンを取っていた。
研究のレポートだかなんだかを作ってるのかな。すっごいスピードで文字を書き殴ってる。
「なんと!なんとなんとっ!興味深いのだぁーッ!?チミたちのやること成すことにはいつも本当に驚かされるッ!しがない天才魔導士としてこれほど研究欲を掻き立てられることはないッ!!」
なんか分かったのか?
あの謎のドアのこととか。
「うむっ!まだ仮説の段階で確証はないのだがな!」
サイモンさんいわく。
世界各地にあるダンジョンは、亜空間を通じてすべて繋がっている可能性がある。
複数のダンジョンコアを同時に制御することによって相互接続が強化され、ダンジョン間を自在に行き来できる次元ゲートがオープンしたのではないか……とのこと。
俺には難しいことは分からねーが。
要はダンジョンを経由すれば世界各地をショートカットで移動できるってことか。
本当だったら、すごい便利だな。
「まだまだ疑問点は残るがなー。なんせ僕もトライアン王国と、ここのダンジョンとで、コアを操作するのは二回目だったのだ。なのに今回のエドワードくんみたいなことは起こらなかった」
エドと、サイモンさん。
なにが違ったんだろうな?
「単純に魔法の才能とか内在魔素量とかの問題かもしれん。僕よりもエドワードくんのがすっごい魔法使いだものなー」
おっ、褒められてるぞエド。
…あいつ、まだ拗ねてふくれっ面してやがる。
一体なんなんだよ、ほんとにもー!?
「ともかく僕はこの事案を吟味し咀嚼し考察し解釈し解明していかねばならん!すまないがアルバートくん、今はチミたちに構ってやってる暇などないのだ!」
そう言ってサイモンさんはまた一心不乱に机に向かってしまった。
久しぶりに会ったのにちょっと寂しいけど、全然変わってないようで安心もするなぁ。
でも、いいのかサイモンさん?
「んんー?なにがだっ?」
あのどこでもド「次元ゲートだよ」…エドが訂正してきやがった。
こほんっ。
ともかく、あの次元ゲート?っての。
俺たちは潜ってこっちに来られたけど、サイモンさんとか他の人があっちに行けるかはまだ分からないよな?
もしかしたらダンジョン攻略の特典かもしれねーし。
試してみなくていいのか?
「おおっ……その発想はなかった!」
あとあっち側の『緑の楽園』のダンジョンコアって、サイモンさんも制御できるのかな?
つーか、エドがダンジョンマスターになったのか?
そのへんもまだよく分からねーよな。
「おおおおおっ!確かにそうだっ!全部実地で検証せねばな!全部、全部ーッッ!!」
サイモンさんが俄然張り切りだした。
そんなわけで、俺たちも一緒に緑のドアを潜って移動。
『緑の楽園』最深部に戻ってきた。
サイモンさんも問題なく移動できている。
今はしきりと周囲をキョロキョロ興味深げに見回していた。
「ここが!かの有名な『緑の楽園』っ!まさかこんな形で最深部まで足を踏み入れられるとは思わなかったなー!」
サイモンさんって頭はいいし魔法も使えるけど、戦ったりするのは苦手だっていう。
自力じゃ絶対に到達できなかっただろうからと、感慨深げだった。
「ハッ!?…とゆーことは、チミたちに攻略してもらえれば僕も他のダンジョンに入り放題っ!?そしてコアを操作することも…!?」
そのダンジョンコアだが。
一応サイモンさんも操作はできるが、管理権限はエドより下位になるそうな。
「権限の上下はもう単純に早いもの勝ちってところだなー」
「このダンジョンまでサイモンの好き勝手にされなくて済んでよかったよ」
「わはははっ!エドワードくんは手厳しいなー!」
そして、エドがダンジョンマスターになったのかどうか、だが。
「……どうも、違うのではないかと思われる」
サイモンさんは慎重に口を開いた。
「人為的にでもダンジョンマスターになると、絶対の管理権限が付与される代わりに、そのダンジョンに魔法的に縛り付けられてしまうのだー。今のエドワードくんとこのダンジョンとの間に、そこまで密接なリンクは確認できん」
それは…?
結局、どういう状態なんだ?
「すまん、まだよく分からんのだー。しかしそう悪い状態ではないから、その点は安心しちゃっていいぞ。エドワードくんはこのダンジョンを管理及び制御できる、が魔法的に自由なままだ。つまりはおいしいとこ取りしてるよーなものだなー」
ふーん、そっか。
エドが変なことになってないなら、よかった。
「んでっ?エドワードくん、ここのダンジョンはどーするつもりなのだ?僕がマスターやってるダンジョンみたいに有効活用することもできると思うがなー?」
「冒険者ギルドにも登録のある有名ダンジョンなんだ、変にいじったりするつもりはないよ」
「ふむふむ?つまりは今まで通り自然なままに任せると?…それもまたどうなっていくか興味深いところではあるなー」
「ただし!」
「んー?」
んんっ?
「あれは殲滅する」
「なんのことなのだー?」
………。
サイモンさんは首を傾げてたが。
俺にはすぐ何のことか分かった。
そこまで恨みが根深かったのか…!
エドを本気で怒らせたりしないよう、俺もせいぜい気をつけよ。
一通りの検証をして、俺たちは再度『マッドの館』へと移動した。
成り行きとはいえ、せっかくこっちまで戻ってくることができたんだ。
一度、父上のところにも顔を出したい気もするな…
「でも王都まで行ってたら時間が掛かるよ?アルのお義父様を訪ねるなら、たぶん何日か泊まってけって話になりそうだし。あっちの冒険者ギルドに『緑の楽園』からの帰還報告をするのが遅れたら、僕たち死亡扱いにされちゃうよ?」
うぐっ!?
そ、それはマズいよな…
仕方がない、とっとと戻るか。
サイモンさんに久しぶりに会って里心がついちまったけど。
よく考えたらたった二ヶ月で出戻ったりしたら父上に笑われちまうぜ。
もっともっと世界中のあっちこっち見て回って、土産話をたくさん作ってから、父上には会いに行こう。
「うん、それがいいよ。ダンジョン間を移動できるなら、これから機会はいくらでもあるだろうし」
よし、じゃあ行くか!
「あ、ちょっと待って。せっかくここに来たんだから…」
ん?
「食材は補給しとかないと。香辛料も果物もそろそろ底をつきそうだったから、ちょうどよかったよ」
うわ。
ちゃっかりしてるな、エド…
次元収納で大量の荷物を運搬できるエドは、国を出奔する前にここのダンジョンで栽培してる食材をありったけ詰め込んでたんだ。他では手に入らないだろうからって。
おかげで旅先でも日々の食事は充実してた。
野宿の時はもちろん、どこかの宿のメシが微妙な時もこっそり香辛料を足して味を補完したりしてな。…俺じゃなくて、エドが味を整えてくれたんだけど。
本当にあらゆる面で頼りになるし、助けられてるんだよな…
「僕の作った料理がアルの血となり肉となりやがてすべてを構成していくのかと思ったら絶対に手は抜けないからね♡アルにはおいしくて栄養のあるものたっくさん食べてもらわないと♡」
「言い方ァ!!?」
これでホモでさえなかったらなぁ!!!?
次元収納に大量の物資を詰め込んでニッコニコのエドを前に、頭を抱える俺だった。
あ、ちなみにサイモンさんにはちゃんと断っといたぞ。
香辛料や果物を持って行くって。
早くも机に齧りついて一心不乱に何か書きつけてて「好きにしてくれたまへ!」ってすっげー雑に返されたけど。
最後に挨拶の声を掛けても、気付かないくらい集中してるのか返事もなかった。
まあ、しゃーない。
サイモンさんだもんな。
俺たちは肩を竦めて、『マッドの館』を後にした。




