ピンチです!1
ゼーッゼーッ!
息が酷く切れた。
走る足がもつれる。
今にもコケちゃいそうだ。
こんな足場の悪い森の中をずっと走りっぱなしなんだから、当たり前。
疲れた。休憩したい。
でも、足を止めるわけにはいかない。
もしそんなことをしたら…!
「ほらっ!ヨハン!もっと急いで!」
僕の手を引いて先に走ってるお姉ちゃんが、青ざめた顔で振り向いて叱咤してきた。
分かってるよ…!
だけど、もう限界っ…
あっ…!?
「ヨハン!?」
僕はついに転んでしまった。
手を引いてくれてたお姉ちゃんまで巻き添えで転びかけたけど、かろうじて堪えてた。
しかし足を止めてしまったことに変わりはない。
状況は最悪。
僕のせいで…!
「お、お姉ちゃんだけでも逃げて…!」
「そんなことできるわけっ…」
叫びながらも、お姉ちゃんの声には迷いがあった。
当然だ。
あいつに追いつかれたら、僕よりもよっぽど恐ろしい目に遭うんだから。
野生のオーク。
僕たち姉弟は、モンスターに追われてる真っ最中だった。
僕たちの暮らす町の近くには、鬱蒼とした森がある。
薬草とかキノコとかが採取できる、豊かな森だ。
町の女子供にとっては、いいお小遣い稼ぎになる。僕とお姉ちゃんも時々それらを採取しに行っていた。
よっぽど奥まで行かない限り、モンスターに遭遇することもまずないし。
…なのに。
今日は、僕たち姉弟にとって人生で最悪の超アンラッキーデーに違いない。
そんなに奥まで分け入ってなかったのに、オークに出くわしてしまった。
オーク。
ありふれたモンスターで、冒険者にとっては割と簡単に討伐できるザコなんだって。
でも、僕たちみたいな一般人にとっては十分すぎる脅威だ。
特に若い女性は捕まったら死ぬより辛い目に遭わされるって言われて、恐れられている。
僕たちは逃げた。
一目散に。
オークは執拗に追い駆けてきた。
明らかにお姉ちゃんにターゲットロックオンしてる感じだった。
「ああっ!私が町一番の美少女で魅力的なばっかりにっ!?」
………。
う、うん…
僕のお姉ちゃん、性格はちょっとアレだけど…
確かに、美人なんだ。
一番かどうかまでは分からないけど、町で五本の指には入るんじゃないかな。
美人だとオークに余計に狙われやすいってのも、よく言われる。
僕はなんとしてもお姉ちゃんに逃げて欲しかった。
性格がちょっとアレでも、僕のこと見捨てて一人だけで逃げたりしない善良なお姉ちゃんなんだ。
酷い目に遭って欲しくない。
コケた僕は急いで起き上がろうとした。
ところが、とたんに足首に激痛が!
「うっ…!」
「ヨハン!?」
マズい…!
これ、足を捻ってる。
僕は絶望顔でお姉ちゃんを見た。
もう僕は走れない。もう見捨てて逃げていいから…
そう言いたいのに、喉がカラカラで声が出てこない。
お姉ちゃんは蒼白になっている。
僕の様子から、状況を把握したんだ。
二人とも犠牲になるより、一人でも逃げた方がいいに決まってる。
だけど、咄嗟にその決断ができる人って、どれくらいいるだろう?
お姉ちゃんには無理だった。
立ち上がれない僕の手を掴んだまま、離そうとしなかった。
手を繋いだところから激しく震えが伝わってくる。
いや、震えてるのは僕自身か?
…もう頭がパニックで何もかも分からない。
そうこうしているうちに、オークが追いついてきた。
巨体で木々の枝をバキバキっとへし折りながら…
身動きできずにいる僕たち姉弟の姿を見つけ、にやぁ、と厭らしい笑みを浮かべてた。
もうダメだーーー
僕たちが諦めかけた、その時。
「オラァっ!!!」
どーんっ!!!
轟音。
と同時に、オークがすっごい吹っ飛んでった。
巨体がズシンと地に沈む。
起き上がってくる気配はない。
たった一撃で、完全に伸されてた。
急展開に、僕たちは目をパチクリしちゃった。
危機一髪を救ってくれたのは、冒険者のお兄さんだった。
まだ全然若い。お姉ちゃんより少し年上くらいじゃないかな?
なのに素手でオークを吹っ飛ばせちゃうなんて!
冒険者って、やっぱり凄いんだなぁ!
「危ないところだったな。もう大丈夫だぜ」
目つきはキツめのお兄さんだ。
ちょっと怖いなって思ったけど、僕たちを安心させるためかニコッと笑い掛けてくれて。
とたん、とっても優しそうな感じになった。
それにシュッとしててカッコいいし。
お姉ちゃんなんて頬を赤らめてポーッとしちゃってたよ。
僕はちょっと呆れつつ、お姉ちゃんの分までお礼を言った。
「助けてくれてありがとうございます!」
「いいってことよ!…ん?怪我してんのか?」
「あっ、はい。でも大したことないですから…」
「んなわけにゃいかねーだろ。捻挫とか癖になったらよくねーし。おーい、エド!」
お兄さんが大声を張り上げた。
冒険者の仲間を呼んだみたいだ。
ほどなく、もう一人のお兄さんがやって来た。
で、でも…!
今度は、なんだかすっごいカッコよすぎるお兄さんだよ!?
絵本の中から抜け出してきた王子様みたいな圧倒的な美男子だ!
ただ綺麗な顔ってだけじゃなくて、ゴージャスでロイヤルな感じがする!
最初のお兄さんにポーッとなってたはずの僕のお姉ちゃん。
あっさり二人目のゴージャス美男子に乗り換えて、視線を釘付けにしてた。
………。
う、うん…
僕のお姉ちゃんいいところもいっぱいあるけど、ちょっと性格アレだから…
「うーん、少し捻ってるね。回復魔法をかけてあげよう」
ゴージャス美男子のお兄さんは、魔法使いだった。
僕の怪我を簡単に治してくれた。
僕は重ねて二人に何度もお礼を言った。
オークを倒して助けてくれたお兄さんは、アル。
後から来たゴージャス美男子のお兄さんは、エド。
二人でパーティを組んでる冒険者なんだって。
「最近このへんでオークの目撃情報が増えてるらしくてさ。もしかしたら森の中に集落ができてるかもしれないってんで、ギルドに調査依頼が出されてたんだ」
クエスト受注してこの森にやって来たという。
その途中で、偶然ピンチの僕たちを見かけて、駆けつけてくれたんだ。
「アルがいきなり走り出すから何事かと思ったよ」
「俺は目がいいからな。エドより気付くの早かったんだ。間に合ってよかったぜ」
二人はそのまま僕とお姉ちゃんを町まで送り届けてくれた。
万が一、また他のモンスターに襲われたりしたら大変だからって。
僕はめっちゃくちゃ嬉しかった。
だって、こんな強くてカッコいいお兄さんたちが送ってくれるんだよ?
一緒に歩いてるだけで、なんだか僕まで自慢らしい気持ちになる。
二人ともそれぞれカッコいいけど、僕はアルお兄さんの方が親しみやすくていいな。
足場の悪い森の中を歩いてる僕たちが躓いたりしないように、さりげなく注意して見てくれてるし。すごく優しい。
一方、お姉ちゃんはエドお兄さんにベッタリだった。
「私ぃ、エドさんみたいな凄くてカッコいい魔法使いさんって初めてですぅ♡」
「それは光栄だね。ありがとう」
………。
お、お姉ちゃんすっごい猫なで声だ…
恥ずかしい…
エドお兄さんはニコニコして応じてくれてたけど、テンプレの対応って気がする。
これだけのゴージャス美男子だもん。絶対褒められ慣れてるよ。
なのにお姉ちゃんってば、はわわ…って頬を染めて舞い上がっちゃって。
これから先の展開を思うと、僕は頭が痛かった。
町に着くと、いつもよりもザワついた雰囲気だった。
冒険者ギルドのところに大勢の人が集まっている。
さっきアルお兄さんが説明してくれた通り。
オークの集落ができている可能性があるから、森に入らないようにって注意喚起が出されてた。
お……遅いよ!?
もっと早くに注意喚起出してくれてれば、僕とお姉ちゃんも森に行ったりしなかったのに!
まあ結果的にはアルお兄さんとエドお兄さんに助けてもらって、二人と知り合いになれたから、よかったけどさ…
「ここまで来れば大丈夫だよな。二人とも早めに家に帰れよ」
「アルお兄さんたちは?」
「俺たちゃ冒険者だからギルドに報告に行くぜ。たぶん本格的にオークの討伐部隊が組まれるだろうから、参加してくる」
「そんな!危ないですよ!?」
声を上げたのはお姉ちゃん。
…何故かアルお兄さんじゃなくて、エドお兄さんを縋るように見詰めてる。
あああごめんなさいごめんなさい本当に性格ちょっとアレなんですでも悪い人じゃないんです…!
エドお兄さんは柔らかな態度を崩さないまま、苦笑してた。
「僕とアルなら大丈夫だよ。強いから」
「ああ、オーク程度にゃ遅れを取ったりしないぜ!」
アルお兄さんはニカッと笑って、僕の頭をわしわしっと撫でてくれた。
「ヨハンたちがさっきみたいな危ない目に遭わないように、しっかり討伐してきてやるよ!」
その手は、優しくてあったかくて、拳だこっていうのかな?ゴツゴツした瘤ができてて強そうで。
僕はすごく安心できた。
このお兄さんたちになら任せても大丈夫だって、はっきりと分かったんだ。
それから。
大勢の冒険者が森へと入っていった。
一匹ならザコ扱いのオークでも、集落ができている場合はかなり事情が変わってくる。
上位種に変異している奴がいる確率も高いし、とにかく数が多いから、通常は討伐する側にも多少の犠牲者が出るんだって。
だけど。
今回は犠牲者ゼロ!
それにビックリするほどのスピード解決だった!
さっき行ったと思ったらすぐに戻ってきた冒険者たちの姿を見て、町の大人たちは最初落胆の色を浮かべてた。
オークの群れが大規模過ぎて勝てる見込みがないから引き返してきたのか…って勘違いしたんだ。
でも、その割には冒険者たちはみんな明るい表情で。
仕留めたオークの巨体を肩に担いで運んでる人もいた。
討伐部隊の隊長さんが、町長さんに報告した。誇らしげに胸を張って、
「討伐は無事に完了した。この森にはもうオークをはじめ脅威となるモンスターはいない」
「ほっ…本当ですか!?」
「うむ。実は想定していたより大きな規模の集落で危ないところだったのだが……幸い、今回の討伐戦には腕利きが揃っていたのでな」
その一番の功労者が、アルお兄さんとエドお兄さんだったんだって!
やっぱりすごいや、二人とも!
エドお兄さんは次元収納っていう魔法で、たくさんの荷物を持ち運びができる。
今回の戦果もそこから取り出して、僕たち町の住民にも証拠として見せてくれた。
「うおおおおっ!?オークリーダーどころかオークジェネラルまで!?」
「しかもこんな何匹も…!?」
「仕留めたのはほとんどアルだけどね」
「エドは魔法でコナゴナにしちまうからだろ。本当は同じくらい倒してたのに」
「あはは、ごめんごめん」
「おかげで素材回収もできねーし。おまえの魔法って強すぎて不便だよな」
「もうちょっと弱めに使えればいいんだけど……手加減って難しいよ」
ハイレベルな会話してるなぁ…!
町の大人たちは呆気に取られてた。
冒険者たちは、一緒に戦ってて二人の強さをもう知ってたからだろう。やれやれって感じで、苦笑い。
「いやいや、これだけ大量に仕留められたら当分は左うちわだろ?」
「素材は全部買い取りに出すのか?肉も?」
「二段階進化してるオークジェネラルの肉はすっげーうまいって聞くぜ?一度食ってみたいよなぁ…」
「えっ!?オークって食えるのか!?」
「おいおい…」
「強くてもそのへんはまだ駆け出しのド新人って感じだなぁ」
「仕留めたモンスターの価値くらい知っとかないと損するぜ?」
「そっか……じゃあこの肉はみんなで食おうぜ!」
「えっ?」
「みんなって、俺たちもいいのか?」
「ここにいる冒険者と、町の人たちと、みんなでだよ。オークはでっかいから、量は足りそうだろ?」
「そりゃ十分だと思うが…」
「買い取りに出したら、かなりの値がつくぜ?本当にいいのか?」
「無事に討伐できたことだし。みんなでパーっと打ち上げしたいじゃん!」
「おい、相方はあんなこと言ってるが、あんたはそれでいいのか?」
「もちろん。僕はアルがそうしたいって言うなら、賛成だよ」
「ま、マジかー!!!」
「やったー!高級肉っ!!」
アルお兄さんが気前のいいことを言い出したので、その場は一気に湧き立った。
森からモンスターの脅威がなくなって一安心ってこともあり、町の大人たちもはしゃいでる。
僕も!
上位モンスターのお肉なんて高級品、食べるの初めてだ!
やったー!




