父上はつらいよ1
「ーーー私は宮廷官吏を辞しましょう」
サウザンド王国に突如として巻き起こった、政変。
王位継承者だったエドワード王太子殿下が国を出奔し、王位継承権が弟のウィリアム様に譲渡される運びとなった。
我が一人息子、アルバートもがっつり関わっている重大事。
私は愚息の責任を取るという体で、先程の発言をした。
そしたら、次期国王であるウィリアム様の補佐に抜擢されることとなった。
王位継承者の補佐ということは、将来的に宰相職が約束されたも同然。
政変中においての、驚くべき出世である。
………。
何を言ってるか分からないだろ?
私にも分からん。
どーしてこんなことになった…!?
私、本気で宮廷官吏を辞めるつもりだったんだけどなぁ!?
申し遅れた。
私はギルバート・フォン・フュリューリンゲン。
通称ギルティ・ギル。
手段を選ばずのし上がった悪どい宮廷官吏として、悪名を恣にしている。
すべては我が愛息子、アルバートのためであった。
身分を、地位を上げて、権力を牛耳ることができれば。アルを必ず幸せにできると信じていた。
愚かなことであったかもしれん。
アルは贅沢な暮らしなどよりも自由を好む、奔放な子であったのに。
なにより、密かに自慢に思ってたくらい、真っ直ぐな気性に育ってくれた子だ。
私が後ろ暗いことをして得たものなど、あの子にとっては何の価値もなかったのだろう。
…王城での暮らしも。
エドワード様の婚約者に選ばれた時は、私は飛び上がって喜んだものだが。
アルにとっては、窮屈なだけに思われたに違いない。
私はそれに気付くのが遅かった。
そのせいで、大事な我が子がこっそり出ていくのを見逃してやることしかできなくなってしまった。
まあ、アルのことだ。
どこに行っても、元気すぎるくらい元気にやっていけることだろう。
体だけは本当に頑丈で屈強な子だからな。
そーいう意味では、あまり心配していない。
何故かエドワード様もくっついていったみたいだしな。
いやこれ、本気でビックリした。
他の貴族連中は私も知ってたんだろって勘繰ってたけど、全然寝耳に水だった。
駆け落ちってことかー。
我が子ながら、やるなーアルも。
って内心で思ってた。
親の私の目から見ても仲良かったものな。あの二人。
王城での暮らしは嫌でも、やっぱりエドワード様のことは好きだったのかー…って思ったら、父親としてちょっと妬けちゃったくらいだ。
…こほんっ。
ともかく。
そんなわけで、アルはもういない。
私の手元からは離れてしまった。
いつか帰ってきてくれるとしても、もう貴族としての暮らしなど、望まないだろう。
だから私も、これ以上宮廷官吏としてのし上がる必要はなくなったのだ。
だぁーって!
いくら頑張って位人臣を極めても、相続させる肝心の息子がいないんじゃ話にならないだろ?
アルのことで非難を集めていたのは、もっけの幸い。
ごく自然に辞職を切り出すには絶好の機会だった。
頭の中では既に、これからのプランを練っていた。
宮廷官吏を辞めても、今まで築き上げた財産はまるっと残る。
めんどくさい政変に巻き込まれたりしないよう地方にでも隠棲して、アルがいつか帰ってきてくれるのをゆっくりのんびり待とうかなって。
私一人が余生を過ごすには有り余るくらいの蓄えがあるからな。
アルのためって目的がなくなったら、宮廷官吏なんてストレスフルで大変すぎてやってられないんだよ。
アルが自由になったんだから、私も自由っ!
そう思ったら、なんだか第二の人生がすごく楽しみになってきた。
辺境の地方領主をしていた頃のように、慎ましやかに人がましく生きていこう…
…って思ってたのに、この始末だよ。
世の中、ままならないよなぁ!?
国王陛下に引き留められて一人だけ執務室に連れ出された時から、嫌な予感はしてたんだ。
なんか頭の中では変なBGMが流れてたぞ!?
ドナドナドーナードーナー…
って、こんな音楽?歌?聞いた覚えもない。
なにこれ!?
聞き覚えはないけど、やけに物悲しいメロディだったことに不吉を感じずにはいられなかった。
「さて、フュリューリンゲン卿」
国王陛下が切り出してきた。
その眼光は鷹の如く鋭い。
こんなのとマンツーマンで向き合わなきゃいけないとか。ほんとヤダ。
もうのし上がる必要もなくなったんだから、国王陛下に取り入る機会だって要らないってのに。
「此度の件………そなた、知っておったな?」
おっふぅ。
いきなりどストレートに言葉のグーパンが飛んできた。
はい、知ってました。
アルが出ていこうと企んでるのを見て見ぬふりしてました。
その流れでエドワード様まで出てっちゃいましたねー。ごめんちゃい!
…とか言ったら、確実に逆鱗に触れるだろうなぁ!?
もちろんこんな言い方しないけど。どう言葉を選んで取り繕ったとしても、どーしょうもない。
事実は、事実。
変わらないのだから。
アルも、エドワード様も、出奔してしまった。
エドワード様なんて王位継承者だったのに。それも、全方位から期待を寄せられてた天才で。
国王陛下も、例外ではない。
いや、エドワード様に最も期待をかけていたのが、他ならぬ陛下だったやも。
それが、アルのせいで…
ひいては、黙って見逃した私のせいで…
やっべえ。
これ既に陛下の逆鱗に触れてるんじゃね?
臣下として低頭しながらダラダラと冷や汗を流す私。
陛下は、長く、深い溜息を、はぁ〜〜〜〜〜っとついてから、ゆっくりと頭を振った。
「…過ぎたことを言っても仕方がない。エド自身の意向もあったことだ。この件で、そなたを咎め立てたりはせぬ」
マジですか!?
よかったー!
九死に一生を得て内心で欣喜雀躍する私。
でも、喜んでる場合じゃなかった。
陛下のお言葉には、まだ続きがあった。
「ただし辞職も許さぬ。此度のことで、しばし宮廷は荒れるであろう。舵取りをして落ち着かせる役割の者が必要だ」
…あッ。
この話の流れはヤバい。
すぐ気付いたが、国王陛下のお言葉を遮ることなど、できるはずもなく。
「このままでは次の王位継承者……ウィルが矢面に立つことになってしまう。そうならぬよう、そなたには一働きしてもらうぞ」
…ハイ。
おまえ全部分かっててバックレようとかふざけんな責任取ってケツ持てや!…ってことですね。
承知しました…
承知…せざるを得ない。
国王陛下の冷淡な声の裏に、滲み出して隠し切れない激しい怒りを感じた。
そりゃまあ怒るよなー!
私だって、他の誰かのせいでアルが出てったなんてことになったら、激怒する。
絶対確実にそいつに落とし前つけさせたるー!ってなるわ。
誰だってそーする。私だってそーする。
だから、陛下だってそーするに決まってるんだよな…
ああ…
私の楽しい第二の人生計画が…
ここに儚く潰えぬ。
ガクッ。
そんなわけで、不本意ながらウィリアム様の補佐となった私。
ウィリアム様本人にもすぐ引き合わされたが…
こりゃ確かに陛下も心配するよなぁ。って妙に納得してしまった。
エドワード様と比較されて陰口を叩かれることが多いお方だったが、実際のウィリアム様はそんなに出来の悪い王子ではない。
どちらかといえば聡く、優秀な方だろう。
ただ、比較される相手が悪すぎた。
あそこまで天才で明確な差のついた兄がいるって。私でさえ同情を禁じえない。
しかも、繊細で感じやすい年頃の少年だ。
長年かけて培われた劣等感に、すっかり自信というものを失くしていると見受けられた。
ほどほどに優秀で、天才の兄のような奇抜なところがないため常識が通じ、劣等意識があるから言うことを聞かせやすい。
ぶっちゃけ、傀儡政権を取ろうと思ったらこんな好都合な『コマ』はないだろう。
のし上がることに心血を注いでいた頃の私なら、きっとそうしてた。
しかし、今の私はそこまでしてのし上がる必要はなくなっている。
それになぁ…
「今日はエドの弟に初めて会ったぜ!ちっちゃくて、可愛かった!」
アルが、嬉しそうに語っていたことを思い出す。
「エドがしょーもないから、ウィルは俺に懐いてくれたみたいなんだ。なんかさ……本当に俺の弟みたいだ」
アル。
私は一度もねだられたことはなかったが。
本当は、兄弟が欲しかったのかもな。
私が亡き妻一筋で、再婚するつもりなど欠片もないと知っていたから、言えなかったのだろう。
ウィリアム様のことを話す時、アルはいつも笑顔だった。
………。
申し訳ないが、私はウィリアム様自身には、特にこれといった思い入れはない。
だが、アルが弟のように可愛がっていた子だ。
ここにはいない息子のために、私はウィリアム様の補佐をしっかり勤め上げることを決めた。
立派な王となられるよう、誠心誠意お支えしよう。
正直なところ、すっごい大変で嫌なんだけどなー!
激務に次ぐ激務だよ。
王位継承権の移譲とは、それほどに重大事なのだ。
ただでさえ忙しいところに、隙あらばウィリアム様に取り入ろうと群がってくる連中が後を絶たないし。
ええい!貴様ら鬱陶しいっ!
貴様らが傀儡にするくらいなら私がとっくにやっとるわ!
プレッシャーと戦いながら成長しようと日々頑張っているウィリアム様の邪魔してんじゃねぇぇぇッ!!!
…てなことを、オブラートに包みまくった言葉の刃と態度で表し、牽制し。
それでも引かない愚か者には……まぁなんだ。ちょっと表立っては言えない方法でチョメチョメしてやった。
結果、いくつかの貴族の家名が断絶となった。
ギルティ・ギル。
私の悪名はさらに轟くこととなり。
ふん。別にいーもん。
アルには万が一にも知られたくないなーって前までは思ってたけど、もうそのアルはここにいないし。
アル以外の誰になんと言われよーと、私は痛くも痒くもないもんねー!




