ドリュー退治1
アルバートだ。
…こう名乗るのは久しぶりだな。
冒険者になってから、ずっと登録名のアルで通してきたから。
諸事情あって、赤ん坊の頃暮らしてた辺境の領地に来てるんだけど。
元ここの領主だった父上の名前がまだ忘れられてなくて、そのついでに俺の名前もみんなに覚えられててさ。
ここではアルバートって名乗るのが自然だから、そうしてる。
領民のみんなも、そう呼んでくれるしな。
それはいいんだけど、父上と代替わりした後の新領主ってのがとんでもねー奴で。
もうぶっ飛ばしてやっつけたし、エドが呼び寄せてくれた中央政府からの捕吏にしょっぴかれていって、この領地からはいなくなったけど。
そいつが荒らしまくってたせいで、領地の運営はガタガタ。
領民たちの暮らしも、酷いなんてもんじゃない。王都のスラムのがまだマシなんじゃ?ってレベルの貧民ばっかになっていた。
領主の補佐官だった人が、そのまま領主代行になって、一生懸命立て直そうとしてる。
でも、一朝一夕にはいかなそうなんだよな…
エドが色々とアドバイスしたりして手伝ってるけど。
俺、そーいう頭を使う仕事って無理だ…
なんでか領民たちが今でも父上を慕ってくれてるし、母上のお墓もあるし、俺もこの領地のために何かしたいんだけどな…
「それでしたら、アルバートぼっちゃま。お願いしたいことがあるのですが…」
あ。
ばあや。
俺は赤ん坊だったから覚えてねーんだけど、昔乳母として俺の世話をしてくれてたって人だ。
なんて呼んだらいいのかって聞いたら、ばあやでいいっていうから、そう呼んでる。
まだそんな年寄りじゃないと思うんだけどな。
で、ばあや。お願いって?
「畑を荒らすモンスターが出て困っているんです。どうか力になってくれませんか?」
おっ!
そーいうことなら得意だぜ!
任せてくれ!
俺は勇んで、畑へと向かった。
この領地は農業がメインらしくて、収穫高がほとんどの領民の収入に直結する。
だから、畑の手入れなんかはめっちゃ大事らしいんだが…
クソ領主に搾り取られてたせいで、冒険者ギルドにモンスター退治の依頼を出したりする余裕はなかった。
かといって自分たちでどうにかしようにも、貧困で碌なもん食えてなくて、モンスターと戦えるような力も出せず。
結果、畑は荒らされ放題。
そして収穫高が下がってしまい、さらに困窮する、っていう悪循環に陥っていたそうな。
…父上が領主やってた頃には、農地改革とかして収穫高が上がってたらしいのに。それも今では全部パァ、なんだってさ。
本当、酷い話だよな。
どんなモンスターが出るのか知らねーが、俺がキッチリ退治してやるぜ!
「ドリューですよ。あいつら、地面の下からいくらでも出てきやがる」
農家をやってる領民のひとりがしかめっ面で目の前に広がる畑を指し示した。
領地が農業メインってだけあって、見渡す限りの広大な面積の畑だが、ところどころ変な穴ぽこみたいなのが空いている。
規則正しく並んでる作物も、穴ぽこ周辺はゴソッとなくなっていた。
穴ぽこを掘って地下から出没するモンスターが食い荒らしちまうから、だって。
ドリュー、ってモンスター。名前は聞いたことあるな。
まだ見たことはなかったけど、地下から出てくるのか?
しかし、不可解な話だな。
人が大勢暮らす町や村には、必ずモンスター除けの結界が張ってある。
困窮しているこの領地も、それは例外ではない。
畑の土地も、結界の範囲に入ってるんだ。
なのにモンスター被害に遭うなんて?
「ここの結界は旧式ですから……地面の下までは効果が及ばないんです」
「もっと都会のハイカラなところなら最新式の結界で地下までカバーしてるって聞きますが。うちんとこみたいな田舎にはまだ普及してないんですよ…」
「導入したくても、今はそんな余裕はありやせんし…」
資金面の問題か。
世知辛いな…
でも、そーいうのって普通は個人負担じゃなくて、行政側が公的資金ってやつで出すんじゃ。
…あの悪徳領主がそんな金出すわけなかったか。
これから、そのへんも改善されてくといいな。
とりま、当面のモンスター被害をどうにかしないとだな。
俺が!
膳は急げだ。
早速取り掛かるぞ!
もうたくさん通り道になる穴が空いてるから、ドリューは新しい穴を掘ったりはせず、この中のどれかから顔を出すらしい。
俺はひとまず、一番近くにあった穴ぽこの前で待機した。
待つことしばし。
いや、かなり。
………。
なーんにも出てくる気配もねえんだけど…?
「ああっ、アルバート様っ!こっちにドリューが!」
なにっ!?
俺から見て畑の一番あっち側じゃねーか!
くそっ!すぐ行く!
あ、でも畑を踏み荒らしたりしたらいけないから、ちゃんと作物は避けてって、と…
畝の間を気をつけて走っていった時には、もうモンスターの姿は影も形もなかった。
穴ぽこ近くのカボチャがちょっと齧られてる。
やられた!
「す、すみませんだ、アルバート様。おらがもうちょっとドリューのやつを足止めできてれば…」
農作業着姿のおじさんがそう言って頭を下げようとするが。
…おじさん、痩せてガリガリじゃねーか。
強い弱い以前に、モンスターと戦うような余分な体力なんてなさそうだ。
無理すんなよ。
今度は俺、もっと早く駆けつけるから!
「ああああアルバート様っ!今度はこっちにー!」
えっ!?
そこはさっきまで俺が待機してた場所…
つまり、今いる地点からは最も離れてる。
なんてこった!?
………!!!
そんなことを繰り返すこと、数回。
俺、気付いた。
あれだ。モンスターは気配に敏感だから、俺より弱いやつは俺の前には出てこねえ、っての。
だからさっきから一番遠い穴ぽこにばっかり出てきやがるんだー!?
もっと早く気付けばよかった!
もうだいぶやられちまったじゃねーか!
「ああっ……アルバート様でもやっつけられねえだか……」
「あいつら狡くて、アルバート様からは逃げちまうんだ……」
「おらたちのとこには平気で頭出しやがるのによぉ!」
みんな、暗い顔になっちまった。
…くっ!
いいや、まだだ!
方法はある!
俺はみんなにも協力してもらって、対ドリューシフトを敷いた。
つっても、穴ぽこの前にひとりずつ見張りに立ってもらうって簡単な布陣だけどな。
奴が出てきたら大声を上げてもらう手はずになっている。
ドリューはここの人たちが弱いってもう分かっててナメきっており、俺以外の人たちの前には平気で堂々と姿を現すんだ。
幸い、近くにいても攻撃はしてこない。作物にたかるだけ。
でもこっちから攻撃して刺激を与えたら反撃してくるかもしれねーから、下手に戦おうとしないようみんなには十分に言い含めておいた。
そーいうのは全部俺がやる。
俺は元気だからな。やつれてるみんなが無理することはねえよ。
「アルバート様!こっちー!」
おっ!
早速、おいでなすったな!
案の定俺からずっと離れた穴ぽこだが…
これくらいの距離なら!
俺はジャンプ一番、地を蹴って高く飛び上がり、上空から一気にその穴ぽこ目掛けて飛び降りていった。
目算は完璧。あらかじめ全部の穴ぽこの位置は確認しておいたんだ。
真上から強襲を掛ける!
くらえっ!なんの変哲もない飛び降りキーーーーーック!!!
両足揃えて、穴ぽこのど真ん中に着地を決めるよーに蹴りをかます!
蹴りっつーか、両足で踏み潰してるって感じのが近いかな。
ーーーブギュァッ!
悲鳴ともつかない鳴き声が上がった。
ドリューの断末魔らしかった。
靴底で確かに何かを踏み潰した手応えがある。
足をどけて見てみると、茶色っぽい色したモンスターが。
俺が踏み潰したからペッシャンコで、原型を留めていない。
けど、おおよその外観は見当がついた。
これ…
「モグラ…!?」
ドリューって要するに、モグラっぽいモンスターだった!
どうりで地面から出てくるし畑を食い荒らすわけだよな!納得!
サイズとしては、サッカーボールと同じくらいだ。
俺はペッシャンコのそいつを穴ぽこから引っ張り出すと、そのへんの地面に放った。
ピクリとも反応しない。完全に仕留めてるな。
よしっ!
「やりましただな、アルバート様!」
俺を呼んでくれた農作業着姿のおじさんも大喜び!
「この調子でいこう!」
俺は対ドリューシフトのみんなに向かって呼びかけた。
みんな、明るい声を返してくれる。
ドリューが俺から逃げる前に、ちょっぱやで倒していく、っていう作戦は上手くいった。
穴ぽこから穴ぽこへ。
俺は大ジャンプを繰り返して、奴らを次々と仕留めていった。
着地と蹴りを決める時、ブーツどころか顔の方にまで土埃が飛んできて汚れちまうのが難点だけどな。
ここいら一帯の畑からもう新手のドリューが出てこなくなる頃には、俺は全身泥んこで真っ黒けだった。
でも、その甲斐あってドリューは全滅させられたか…?
「ありがとうございますだ、アルバート様!」
「この畑はもう大丈夫です!」
そっか!
よかった!
「そいだらば、次はあっちの畑もお願いしますだ!」
…んっ?
「この領地は農業メインですから…」
あ、ああっ!
そうか、ここには見渡す限りの畑が広がってるけど。
領地全体で見たら、ほんの一部分だよな!
ちなみに、全部でどれくらいの面積なんだ…?
「えーっと、ここの畑と同じくらいんとこがあと200くらいでしょうか?」
「いや300くらいはあるべ?」
「いやいや400くらいは…」
おっふぅ。
かなり気の遠くなる作業量になりそうだな…!?
「む、無理でしょうか、アルバート様…?」
いいや、そんなことはない。
時間はどうしても掛かるだろうけど、大丈夫!
俺はまだまだ体力も有り余ってるし、元気だぜ!
「さすがはアルバート様!」
「ご立派だったギルバート様のご子息様だ!」
「あれっ?でもギルバート様って頭はよかったけど体力や腕力は…?」
「どっちにしろご立派なことには違いねえべな!」
「そーだそーだ!お二人ともご立派なお方だ!」
へへっ、よせやい。
みんなが褒め称えてくれるんで、なんだかこそばゆいぜ。
さあ、次の畑に案内してくれよ!
それから俺は、日が暮れてあたりが見えづらくなるまで、延々とドリュー退治を続けた。
俺はまだやれるけど、対ドリューシフトのみんなが疲れてきてる。
今日はこのへんにしとこう。
明日、また続きからって約束して、その日は解散した。
俺たちは滞在中、領主の館の客間を使わせてもらってる。
泥だらけで帰ると、エドが半ば呆れた顔で出迎えて労ってくれた。
「ただいまー」
「おかえり、アル。一日中ドリュー退治なんて、大変だったね?」
俺は気付かなかったが、エドは途中で様子を見に来ていたという。
畑の上空を大ジャンプで飛び回ってはドリューを踏み潰していく俺を見て、
「…異世界版モグラ叩き…?」
って感想を抱いたそうな。
まんまだな。
俺はつい笑っちまった。
エドはそんな俺に苦笑して、
「酷い泥んこだね。浄化魔法をかけてあげるよ」
と、魔法でサッと俺の全身を清めてくれた。
うわー、さっぱり!
その魔法、めっちゃ便利だよな。
風呂も洗濯もなしで、もう全身ピッカピカだ。さっきまで泥んこだったのが嘘みてえ。
「うん……だけど、本当はちゃんとお風呂に入った方がいいけどね。入浴には疲れを癒やす効果もあるし」
風呂、か。
この世界では、水の魔石を消費する贅沢品だ。
貴族や富裕層ならともかく、平民階級にはそこまで普及してない。せいぜい、たらいに水や湯を用意して、濡らした布で体を拭うくらいだ。
もちろん領主の館には、風呂はある。
でも、困窮したこの領地で贅沢品を使うのははばかられるよな…
「あれだけ働いたんだから遠慮することないと思うけど。まあ、アルならそう言うよね」
うん、ちょっと残念だけどやめとく。
悪いけど、エド。しばらく浄化魔法のお世話になるぜ。
明日もドリュー退治の続きがあるからな。
「いいよ。アルのためなら喜んで♡」
ありがとな。
…ところで腹減った。
「食事の用意はできてるよ。ここのキッチン使わせてもらった」
エドが作ってくれたのか?
「…この館で雇われてた使用人たち、ありえない薄給でこき使われてたようなんだ。まともな条件で再雇用するため、今は一旦解雇扱いにしてるから」
ああ…
今は使用人が誰もいないのか。
あの領主代行の人、それじゃ困るんじゃ?
「彼にも多少なりとも責任はあるんだから、少しくらいの不便は我慢してもらうよ」
そっか。
あ、でも飯は俺たちと一緒に食えばいいんじゃねーか?
料理するおまえには負担をかけちまうけど。
「二人分も三人分もそんなに変わらないから負担ではないけど。アルと二人きりの食事が……」
んなこと言うなって。
冒険の旅の間はずっと二人きりじゃねーか。
だから、なっ?
「しょ、しょうがないなぁ…!」
エドの了承を得られたので、俺は領主代行の人に声を掛けに行った。
晩ごはんはハンバーグだった。
付け合せにサラダとスープとパンもある。
エドって、料理上手ってだけじゃなくて、必ずバランスよく作ろうとするよな。
「健康維持のためにも日々の食事は大事だよ」
そういうところ本当に頭が下がる。
いつもありがとな。
「どういたしまして♡僕の作ったものがアルのすべてを構成していくんだって思えば喜びでしかないけどね♡」
言い方…!
その余計な一言さえなきゃなぁ!?
ま、まあいいや。
せっかくの料理だ、冷めないうちに。
いただきまーす!
うん、相変わらず美味いや。
ハンバーグはお好みでパンに挟んでバーガーみたいにして食ってもいい。
俺、これ大好きなんだよな!
それぞれの皿の上にハンバーグは3こある。
俺は1こを普通に食って、2こをバーガーにして頬張った。
「私までご相伴に預からせていただき、誠にかたじけない……。こんなに美味な食事は久しぶりです」
領主代行の人も、嬉しそうに食ってる。
…えっ?
それどころか、食いながら涙ぐんでる!?
なんで!?
確かにエドの料理はめちゃ美味いけど、そんな泣くほど!?
「ぐすっ……。いえ、申し訳ありません。今までの日々の食事の有り様を思い出していたら、ちょっと……」
聞いてみると、それはそれは悲惨な食事事情だった。
この領地を苦しめていたあの悪徳領主、自分は贅沢三昧美食三昧してたくせに、まわりには一欠片もそれを分けようとはしなかったそうな。
補佐官として派遣されてきたこの人も例外じゃなく、館で出されるのはパンと水くらいのしょぼい食事だけ。それも、何故か自腹で食事代を払わされてどうにか賄ってもらえてたんだって。
俺、不勉強でこの国の行政システムとかよく知らねーんだけど。
それ、普通のこと……じゃないよな?
「補佐官に対する待遇には法的な決まり事はない。だけど、そもそも領主に至らないところがあったから派遣されるのが補佐官なんだ。普通であれば、客分として丁寧に遇するはず……という認識でいたんだけど……」
エドがどことなく後ろめたそうに説明した。
元王族。元為政者側だもんな。
思うところがあるんだろう。
改めて見れば、ガリガリだった領民たちほどではないにしろ、領主代行のこの人もなんか頬が痩けてるし…
「いえ、私などはまだマシですよ。空腹にどうしても耐えかねた時には夜中にこっそりキッチンに忍び込んで、余り物の肉とか野菜をくすねて食べることができましたので」
それをマシと言っちゃう状況…!?
エドが食事の手を止めて俯いていた。
「私などよりも、領民たちが本当に気の毒で……畑で作物を作っている農家が食うに事欠くなどと、こんなバカな話はないと…!」
確かにな。
収穫した作物は税と称してほとんど全部徴収されてしまい、作った本人の口には入らない。
搾り取られて金もないから、よそで買ってくることもできず。
…あのクソ領主、もう二三発ぶん殴っときゃよかった。
「申し訳ありません。食事の席には相応しくない、暗い話をしてしまいましたね。……これからは、すべていい方向に変わっていくのですから…」
そうだな。
そうしないとな。
俺たちはちょっとしんみりした雰囲気で、食事を終えた。
ドリュー≒モグラ
モグラは肉食だし単独で生活するのでドリューの生態とはかなり異なる
アルというか前世のたろーちゃんはそのへん間違えて認識してた
こうちゃんはたぶん正しい知識を持っている




