悪徳領主
この領地はもうダメだーーー
と見限る発言をしたのは、この私。
中央政府からこの地方へと派遣された、補佐官です。
基本的に領地運営は各々の領主の裁量に委ねられます。
が、あまりに思わしくない状態ですと、監査及びテコ入れのために私のような補佐官が派遣されるのです。
分かりやすく言うと、副領主みたいな立ち位置ですね。
ただし、発言権はあまり…
結局のところ領主が聞く耳持つかどうかですから。
そういう意味では、ここの領主は最悪です。
…いえ、他のあらゆる意味でも、最悪って感じですが。
「税金は9公1民の割合で徴収じゃー!下々からは搾り取れるだけ搾り取るぞー!」
ええいっ!
言ってるそばから!?
中央政府の認める税率は3公7民でしょう!?
多くても4公6民まで!
それを無視して稼ぎの9割も取っていくとか、法外もいいとこですよ!
「しょーがないじゃろ?ワシがもっと贅沢で楽ちんな暮らしをするためじゃ!」
アホか!?
「下々なんてどーせ金を持ったところで碌な使い道もないんじゃから、ワシがせいぜい有効活用してやらねばな!ガッハハハハ!」
くっ…!
その有効活用ってのが、上役の方々への袖の下だものな…!
おかげで中央への私の上奏もことごとく途中で握り潰される。
領民たちの嘆きの声はどこにも届かない。
「ああ……前の領主様の時代はよかった……」
「俺たちにも親しく接してくれて、文句も愚痴も一旦は全部聞いてくれたし…」
「農地の改良とか、難しくて立派なこともいろいろとやってくださったべや」
「すごく賢いお方じゃったからのお、ギルバート様は…」
すっかり痩せ細った領民たちのナマの声が、これですよ。
もはや現状にも未来にもなんの希望も見い出せないあまりに、過去の良き時代を懐かしむばかり。
先代領主のことは、私も耳にしています。
頭脳明晰で有能で……有能すぎるがゆえに、こんな辺境の領主の地位などには留まらず、今や王の傍に侍る宮廷官吏にして上級貴族なんだとか。
そこまでのし上がるまでには、きれいなことばかりしてきたわけでもないでしょうが…
「よーし今夜はパーッと遊ぶぞっ!若い娘たちを集めてまいれ!もったいなくもワシのような高貴な貴族の相手をさせてやろうではないかっ!」
このアホゲスクズカスよりは確実に何百倍もマシですよねぇ!?
「なんだ補佐官?別にいーだろ?こんな悪事なんてワシの前の代のヤツだって散々やってたって聞くし」
先代領主の華々しい立身出世エピソードは界隈では有名ですから。
こいつも知ってたってわけですね。
でもね…
先代領主は悪どいことをしたと言っても、自分より上の地位にいた貴族連中を引きずり下ろして、代わりにのし上がっていったんですよ!
自分より立場の弱い領民からは搾り取ったりしてなかった!
だからこそ今でもこんなに慕われてるんでしょう!?
「そーいう意味ではワシの方が前のヤツより有能ってことだよな!下々からより苛烈に搾取して、ワシもどんどん成り上がってやるわー!」
だーっもーっ!?
本格的にダメだこいつ!
この領地はおしまいだ…
アホ悪徳領主に搾りカスになるまで搾り取られてボロボロになって、餓死とかで大規模な人死にが発生してやっとで中央にも気付いてもらえる。その頃には何もかも手遅れ……って救いのないパターンだ!
私が頭を抱えていると、
「たのもーうっ!!!悪徳領主がいるってな、ここかーッッ!!!」
唐突に、ドバーン!と。
領主の館のドアを開け放ち、ひとりの若者が乗り込んできました。
冒険者の身なりをしていますが、随分と育ちの良さそうな雰囲気の若者です。
精悍な顔立ちをしており、シュッとしてて一見細身に見えても、鍛え抜かれた鋼の如く引き締まった体つきで…
いやもうハッキリ言いましょう。
見たこともないくらいめっちゃくちゃ強そうな人です!?
私にも多少の武術の心得があるから分かりますが、圧倒的強者のオーラを放っているじゃありませんか!
彼は一体!?
さしものアホ悪徳領主も度肝を抜かれて戸惑ってます。
「なっなんだ貴様は!?下郎の分際でワシの館に許可なく上がり込みおって……このワシを誰だと心得るっ!?」
「うっせー!俺の父上が頑張って発展させた領地をこんなボロボロのボロゾーキンみたいにしやがって!」
えっ!?
彼の父上が、って…
すると、彼は先代領主の!?
「アルバート様、頑張れー!」
「そんな奴やっつけちまってくだせえ!」
あっ、若者の背後にわらわらと領民たちの姿も見える!
ドアの向こう側に固まっててこっちの部屋に入ってきませんが、廊下から若者へと熱烈な声援を飛ばしています!
完全にこの若者に窮状を訴えて泣きついて一緒に来たって感じですね!?
「とりあえず一発ぶん殴らせろ!話はそれからだ!」
いきなりグーパン!?
無茶するなぁこの若者!?
いくら先代領主の息子といっても、今現在の領地運営に関しては何の権限もないでしょうに。
領民の期待を一身に背負って、正義が彼の側にあることは誰の目にも明白ですが…!
「でぇいっ!ものども!であえ、であえーっ!!」
アホ悪徳領主が尻込みながら大声を張り上げました。
とたん、私たちのいる執務室のさらに奥の続き部屋からゾロゾロと出てくる輩ども!
金で雇われた私兵団という名のゴロツキどもです。
こいつらがいるせいで、領民たちも私も今まで強硬手段に出られなかったのです…!
「よおよお、随分と世間知らずなマヌケがいたもんだなぁ〜?」
「偉〜い領主様にゃ逆らっちゃいけねぇってママから教わらなかったのかぁ?」
「俺たちがちっと教育し直してやるぜぇ。授業料はてめえの命でなッ!」
「ガッハハハハ!よーし、やってしまえ!こんな無礼で下賤なガキなど即刻始末してしまうのじゃーっ!!」
アホ悪徳領主の号令一下、一斉に若者に襲い掛かるゴロツキども!
あっ危なーーー
「ソイソイソイソイッ!」
…くもなかったですね!?
若者が軽い身振りで一撃ずつくれるだけで、ゴロツキどもは次々と床に沈んでいきました。
なんか傍で見てると流れ作業のようにスムーズにこなされていましたが、こんなほぼ一瞬でこれだけ大勢の輩を打ち倒してしまうとは…!?
執務室はあっという間に死屍累々といった有り様です。
ゴロツキども、死んではいないようですが、当分は起き上がってこないでしょう。鋭い一撃で完全に意識を刈り取られて昏倒しています。
これで残るはアホ悪徳領主ただ一人。
「なっななななななんじゃぁーーーーーッ!?」
怒りの形相の若者に手をベキボキ鳴らしながら詰め寄られて、ガクガクブルブル真っ青になって震え上がってます。
「んじゃまずはぶん殴るから。歯ァ食いしばれ」
えばってるくせに貧弱なアホ悪徳領主じゃ、その一発でお陀仏になるんじゃないですかね?
まぁ私は別に構いませんが。
「くっ、くそっ!?ワシに近付くな下郎!えーい補佐官なにをしておるか!肉壁になってワシを助けんかっ!?」
…はぁ!?
窮地に陥ったアホが、私にまで声を掛けてきましたが。
何をふざけたことを。
私もあなたの専横暴虐には散々悩まされてきたんです。
補佐官としてそれを止められなかったことは忸怩たる思いですし、領民のみなさんには責められても恨まれても仕方ないと覚悟してますが、断じてあなたなんかの味方ではない。
つーかいい気味ですよ。
やーいやーい。
「おのれ〜!?裏切りおったな!?」
だから元から味方じゃないっつの。
人聞きの悪い妄言を繰り返すな。
「…日頃の行いってやつだな。金で雇った連中以外は、誰もあんたを助けたくもねえらしい」
「ひっ………ひぃぃぃっ!?…あっそうじゃ!ワシは領主じゃぞ!そのワシに暴力振るったら、法によって裁かれるのは貴様の方じゃぞ!?」
「えっ、そーなの!?」
若者が急にキョトン顔で動きを止めました。
アホの胸倉を掴み上げて拳を振り下ろす一歩手前ってところで。
ガクッとずっこける私と領民たち。
…まさか彼が気付いてなかったとは。
そう、このサウザンド王国は法治国家。きちんとした裁きの場で罪を裁かれるまでは、このアホはれっきとした地方官僚であり領主なのです。
その罪がどんなに明白だろうとも、唐突にやってきた正義のヒーローがグーパンでかたをつける、なんてことは許されていない。
アホ悪徳領主が、我が意を得たりとにやぁっとほくそ笑みました。
うわー、憎ったらしい!
法律とかどーでもいいから今すぐグーパンかましちゃえばいいのに!
ダメか!?
「ほれほれ、分かったじゃろ!とっととこの薄汚い手を離して土下座してワシに詫びを入れんかい!今なら鞭打ち千回くらいで勘弁してやろう!」
「えーっ、それは絶対に嫌だ。悪いやつに頭下げたくないし、むしろ思いっきりぶん殴りたい」
「ひぃッ!?」
やっちゃえ!
「でも、どーしよ?」
ガクッ!?
こ、この若者……
正義感は強いし行動力もありますが、勢いだけでまったくのノープランです!?
あなたの父君は頭脳明晰で賢いことで名高かったんですけど!?
そこは似なかったんですねなんてこった!
どうするんです、この事態!?
変なところで膠着状態に陥っちゃいましたよ!?
「まったくもう、アルってば。だから先走らないでって言ったのに」
えっ…
廊下からまた一人、見慣れない若者が姿を現しました。
領民たちの間をスッと抜けて、彼はこっちの執務室まで入ってきましたが…
ええっ!?
確かに見慣れない若者ですが、金髪碧眼の際立って整ったその容姿!
私は中央政府から派遣された補佐官ですから、直接お目にかかったことはなくとも、次期王位継承者だった方の特徴や評判は耳にしていました。
まさかあなたは、エドワード様ーーー
「…そういうことはあまり大きな声で言わない方がいい」
あっハイ!
エドワー…げふんっ!…正体不明の若者に、唇の前で指を一本立ててシーッとジェスチャーされ、慌てて口を閉ざす私。
やんわりと釘を差されましたが、黙ってろってことですよね承知しました!
「ざっとだけど領地を回って裏を取ってきたよ。領民たちの訴えは本物だね。ここの統治は酷いものだ」
「んなの、見りゃ一発で分かるだろ!」
「そこをあえて裏を取ることが大事なんだってば。さて、……こういう場合、中央政府から補佐官が派遣されるはずだけど、一体何をやっていたのかな?」
あっ私のことだ。
ハイハイハイっ!
何度も上奏文をしたためて送ろうとしたのですが、途中で握り潰されてしまいましたっ!
「ふーん……その話が本当だったら、写しくらいは取ってあるよね?」
モチのロンです!
私は自分のデスクの引き出しの鍵を開け、書類の束を取り出しました。
とても分厚い束です。
訴え出なくてはならない事案が日を追うごとに増えていって。
アホ悪徳領主とズブズブの仲になってる上役にことごとく握り潰されていましたが、いつか何かの拍子で心ある誰かの目に留まることがないかと、メゲずに何度も送り続けていたのです。
それが積もりに積もって、こんな量に。
「……なるほど。少なくとも君が補佐官としてどうにかしようとしていた意志があったことは分かった」
ありがとうございますッ!
「だからって結果が伴わなかったことは完全無罪にはできないけどね」
ヒェッ!?
「とはいえ、これは君個人ではなくこの国の統治システムの問題点といえる。悪いようにはしないよ」
は……ははぁっ!!!
もはや平身低頭してひれ伏すしかない私。
目の前のこの若者には、今現在なんの身分もない……ことになってますが。
上奏文の束をペラペラペラっとめくって流し読みしただけで、もう大まかな内容を掴んだようです。
やはり、評判だった通りの天才です…
このお方には逆らうべくもない。
もう理屈抜きで本能的にそう思わしめられるものがありました。
そして、私のこの態度と選択は、正しかったと後に証明されました。
「よし、証拠も掴んだ。もう大丈夫だよ、アル」
「って、どーいうことだ?」
「僕の持ってる絶対に握り潰されないルートで、中央政府に報告を送ることにする。その領主、ぶちのめしても何も問題ないよ」
「よっしゃ!」
「まっ待て!?このワシに向かって貴様らーーー」
ぼこんっ!
かくて。
一件落着と相成りました。
あ、アホ悪徳領主はかろうじて生きてました。
頭の形がおかしなことになってましたけど。
まぁ些細なことですよね。
雇われていたゴロツキどもと一緒に罪人としてしょっぴかれて行きましたので、中央政府の裁判で正式に裁かれた後は、おそらく…
…我々には、関係のないことです。
そんなことよりも、疲弊したこの領地を回復させることに努めなければ。
私にとっては贖罪でもあります。
今度こそ、きちんとお役目をまっとうするために、誠心誠意尽くす所存です。
ところで先代領主の息子。アルバート様がここを訪れたのは、きちんとした目的あってのことでした。
お母様のお墓参りだと。
…こんな辺境の領地です。
死者を埋葬できる場所は決まっており、領主の奥方様といえど特別扱いはされません。
町の共同墓地の一角に、その墓標は静かに佇んでいました。
簡素な墓標ですが、今でもきちんと手入れをされている様子です。
先代領主を慕う領民が、時々周囲の雑草を抜いたり、墓標を磨いたりと、お世話をしていたとのこと。
領民たち、あのアホのせいで生活に余裕のカケラもなかったでしょうに…
いかに先代領主に人望があったかの証ですね。
本当に、あのアホとは大違いですよ。
「アリス様はそれはもうおきれいな方だったんですよ…」
領民の中でも、一番足繁く墓地に通っていたという老女が、アルバート様を案内しながら感涙にむせんでいました。
私も、領主代行という立場で同行しています。
「生まれたばかりのアルバートぼっちゃまを残して、どんなに無念だったことでしょう。でも、あの小さなぼっちゃまがこんなに立派になって帰ってきてくださって……きっとお喜びに……うっ、うっ…」
この老女。
なんでも、先代領主がまだこの領地を治めていた頃、アルバート様の乳母として雇われていたそうです。
高齢のため、王都にはついていくことができなかったそうですが。
先代領主の一家には今でも思い入れが強く……特に奥方様とアルバート様には、家族愛に近い情を抱いている模様。
そのアルバート様に窮状を救ってもらえて、感無量のようでした。
アルバート様、むせび泣く老女の背中を優しくさすりながら「ありがとう」と小さく礼を。
そして、墓標へと向き直りました。
「ただいま、母上」
十数年ぶりの、母と子の対面です。
…案内についてきましたが、私たちがここにいるのは野暮ですね。
まだ涙している老女のことも促し、私たちはそっと墓地から立ち去りました。
アルバート様の傍には、寄り添うようにエドワード様だけが残ります。
私は最後に、ちらりと振り返ってみました。
墓標と向き合う、二人の若者の姿。
そういえば、今日は天気の良い日でした。
昏い墓地にも、暖かな日差しが降り注いでおり。
墓標と、二人を、包み込むように明るく照らし出していました。
それはまるで、神聖な誓いの場面のようで。
とても印象的で、美しい光景でした。
あのお二人がどんなご関係で一緒にいるのか?なんて。
それこそ野暮なので、追求したりはしませんけど。
きっと、あそこに眠る方もお喜びだったのではないでしょうか。
私はそのように思うのです…
この領地はきっともう大丈夫。
何の根拠もありませんが、そのようにも思われました。
眩いばかりだったあの光景が、未来を示唆しているかのようでしたので。




