周りの人々はかく語る〜おまえかよ!?編〜
私はギルバート・フォン・フュリューリンゲン。
この国の上級貴族である。
偉大なる国王陛下のお側に侍り、日々の政務をお助けし時には献策する、高貴な宮廷官吏でもある。
だが、昔からこの地位にいたわけではない。
若かりし頃のフュリューリンゲン家は吹けば飛ぶような木っ端の下級貴族。
私の初任官も、地方の下級官吏からのスタートだった。
私一代でここまでのし上がったのだ。
様々なことがあった。
詳細には語るまいが…
これほどの栄達。
決して清らかなことばかりしてきたわけではない。
口さがない者は、影で私をこう呼ぶようだ。
ギルティ・ギル。
出世のためにはどんな悪どいことにも平気で手を染める輩である、と。
…フン。
否定はせんがな。
所詮は負け犬の遠吠えよ。
言いたい奴には言わせておけばいい。
私には、そうすべき理由がある。
地方の下級官吏をしていた頃。
私はまだ世間を知らぬうぶな若造だった。
この身を慎み、清く正しく生きてさえいれば、必ず幸せになれると青臭い絵空事を本気で信じていた。
傍らには、我が最愛の妻が。
幼馴染で恋愛結婚をして、幸福な家庭を築き、やがて子宝にも恵まれて…
本当に幸せだった。
一分の隙もなく。
幸福の絶頂だったのだ。
…そこから転げ落ちる時は一瞬であるなどと、夢にも思うこともなく。
我が愛しの一人息子であるアルバートを出産してから、妻は体調を崩しがちになった。
医者が言うには、産後の肥立ちが悪いのだという。
生来の体質的なもので、本当は妊娠・出産するのに適していない体だったのだと。
そこを無理して、我が子を産んでくれた。
…危険だということは、私には内緒にして。
妻が生涯でただ一度、私にした隠し事だった。
どうにかしようと、私は八方手を尽くした。
調べた結果、王都の上級貴族だったら入手できるような特別な魔法薬であれば、妻を回復できると分かった。
あらゆるツテを頼り、なんとか繋ぎのつけられた上級貴族に頭を下げて、私は頼んだ。
誠心誠意、頼み込んだ。
後でどんなことをしても借りは必ず返す。どうか妻を助けて欲しい、と。
…連中からの返答は、にべもなかった。
「たかが下っ端の地方官吏ぶぜいに、何故私が手を貸してやらねばならん?」
平身低頭する私を鼻で嘲笑い、まるでノラ犬でも追い払うようにしてぞんざいに追い返しおった。
一人二人ではない。
ツテを頼って。何人にも頼み込んだというのに。
その誰一人として、私の切なる願いに耳を貸してくれる者はいなかった。
アルバートが生まれてひとつの季節も巡らぬうちに、我が妻は儚くなった。
私は呪った。
世の無情を。
上級貴族どもの冷たさを。
なにより、これほど悔しく惨めな思いをしても、為すすべもなかった我が身の無力を…
自棄にならずに済んだのは、妻の忘れ形見。アルバートの存在があったからだ。
最後の床で、妻は言った。
「どうかアルバートをお願い……私の分も、幸せにしてあげてね?」
言われるまでもない…!
私はすっかりか細くなってしまった妻の手を握り、約束した。
必ず!
今度こそ、私は成し遂げてみせる…!
分かったのだ。
いざという時には、綺麗事など通用しない。
必要なのは力だ。
権力だ!
それなくしては、私は何ひとつ守れぬのだ!
どんなことでもした。
私の頼みを断り、我が妻を見捨てた上級貴族どもには特に、容赦してやる必要も感じなかった。
罠に嵌め、追い落とし、そいつらを踏み台にして代わりに私がのし上がる。
アルバートが物心つく頃には、私はもう王都の上級貴族の仲間入りを果たしていた。
立身出世のために苛烈に活動していた私だが、その一方で、アルバートのことは自由にさせていた。
妻との約束だからな…
必ず幸せにすると。
まだ幼い子であるし。
このような汚いことは、アルは知らずとも良い。
いつも明るく笑っている脳天気な子だが、母を知らず育った不憫な子なのだ…
汚濁はすべてこの父が引き受けよう。
だから、アルよ。
おまえは父の成果だけを我が家の栄達と共に引き継げば良い…!
と、思っていたのだが。
さすがに脳筋が過ぎやせんか…!?
気付いた時には、アルは勢いだけで生きてるような考えなしのアホの子になっていた。
毎日体を動かしてばっかりで勉強も碌にせず…
…しまったー!!!
ちょっと甘やかして自由にさせすぎた!?
このままでは、マズい!
なまじフュリューリンゲン家がのし上がっているからこそ、大問題だった。
私がいるうちは、いい。
しかし私もいつかは老いる。アルより先に妻のところへ旅立つ日が必ず来るのだ。
そうなった時……魑魅魍魎の跋扈する貴族社会で、アルが無事に生き残れるとは到底思えない!
正直、私がいなくなった次の日にはもう潰されてるんじゃないかくらいの嫌な予感がヒシヒシとした。
私が方々で恨みを買いまくってることが、確実に仇となるだろうし…!
健やかに過ごしてくれてさえいれば、それでいいと思っていたが。
実際、体だけはめっちゃくちゃ頑健で強い子に育ってくれたが…!
今からでも遅くない。
アルを、厳しく教育せねば!
とはいえ、私がやってきたようなことは、アルには無理だということも分かっている。
密かに自慢に思ってるくらい真っ直ぐな気性の子だからな。…アホだけど。
いいのだ!
アホな子ほど可愛いっていうだろ!
アルは目に入れても痛くないくらい可愛い一人息子なのだ!
…ごほんっ!
ともかく、アルには権謀術数や勉学向きの素養はカケラほどもない。
宮廷戦術を学ばせてどうにかなる気はしなかった。
では、どうするか?
決まってるだろ。
寄らば大樹の陰!
権力者に取り入って生き残っていく作戦!
名付けて媚び媚び作戦だ!
もちろん半端な相手に媚びたところで意味はない。
こういうのは最高権力者に集中して媚びるのが効果的よ!
すなわち、王族!
国王陛下でもいいが、世代的に狙い目なのはアルと同い年のエドワード王子殿下だな。
うちの子と比べて本気で羨ましくなるくらい英邁で才気活発なお方であるし。
彼に気に入られさえすれば、アルの将来も安泰だ!
などと目論み、あらかじめアルにもよ〜〜〜〜〜く言い含めて臨んだ、12歳の王族への謁見の場で。
アルがとんでもないアホをしでかしおった!
こともあろうに、取り入らなくてはならないエドワード王子殿下をグーパンで…!
本当にどうした、アル!?
アホだから、で済む話ではないぞ!?
乱心したのか!?
なんで!?
国王陛下の御前だ。
私は一緒になって激怒したフリをしつつ、頭の中ではパニック状態だった。
どーしよ、どーすべこれ!?
とにかくなんとしてもアルの命だけは救わねば…!
と気を揉んでいたが、杞憂に終わった。
何故か、エドワード様がアルを庇ってくださったのだ。
そればかりか、親友だと。二人きりで話したいと。
…本当になんで??
分からないが、これは好機!
幸い、国王陛下も了承してくださった!今や上機嫌に笑っておられる!
エドワード様は天才すぎて常人では計り知れないところがあると聞くからな。
アルはアホだが心根の真っ直ぐな自慢の息子!そこに何か感じ入ってくださったのかもしれん!
エドワード様に連れられて去っていったアルを見送り、私は国王陛下に向かって全力で揉み手した。
これからもアルをよろしく!と。
全身全霊で媚びへつらった。
…残念ながら国王陛下には、信じられねー、みたいなドン引きの目を向けられてあまり効果はないようだったが。
くっそう!
相変わらずどこにツボがあるのか分かりづらいお方だなぁ!
だが、私は諦めないぞ!
アルのためにも!
媚びて媚びて、媚びまくってやるんじゃーい!
…結果から言おう。
私の媚び媚び作戦は最後まで不発に終わった。
本当に国王陛下はガードが固いよなぁ!
あそこまでヨイショされれば普通はちょっとくらい気を許してくれるはずだと思うのに!?
しかし悲観する必要はない。
どうしたことか、アルがひとりで全部うまくやってのけたのだ!
エドワード様に初対面のその時から心底気に入られたのは言うに及ばず。
ついには難攻不落の国王陛下にまで!
お茶会に招待されて、その後すぐにエドワード様との婚約を認めるとの知らせが!
や…
ヤッター!!!
これでアルの将来は安泰!
最高の後ろ盾を得ることができたじゃないか!
才気溢れるエドワード様の王配となり、王族の一員となって、楽しく何不自由のない贅沢な暮らしの一生を過ごしてくれ…!
どうか、誰よりも幸せに…!
と、思っていたのだが。
アルの様子がおかしい。
最近のことではない。
実はずっと前から。
具体的にいうと、エドワード様の御学友になってからだ。
…私が気付いてないとでも思ったか?
これでも父だぞ。
周りにはどう思われているのか知らないが、おまえの幸せを世界一願っている。
エドワード様のことが気に食わないのか…とも考えたが、そんなことないよな?
おまえ、文句ばっか言う割には、エドワード様と会ってくると楽しそうだし。
よっぽど気心の知れた相手とじゃなければ、あんなふうには笑えないだろ?
うーん?
もしかして、王城で過ごすのは窮屈に感じるのか?
…ずっと自由にさせてたからなぁ。
ちっちゃな頃から体を動かすのが好きな子で、毎日元気に外に飛び出して遊んできては泥だらけの笑顔で帰ってきたりして。
王族になったら、最高の栄誉と贅沢な暮らしが約束される。
エドワード様もきっと大事にしてくださるだろう。
だが、王族とはすなわち公人だ。
自由はなくなる。
どんなに恵まれた環境でも、カゴの中の小鳥では、おまえにとっては幸せではないのか…
しかしもう婚約の書類には同意のサインをしてしまった。
こうなると相手が王族だけに、覆しようがない。
私にできることは…
………。
アル、こそこそと何かの準備をしているな?
お小遣いを貯めたり、荷物をまとめたり。
まるで成人年齢の18歳になったら、誰にも何も言わずこの家を出ていくつもりのような…
私は気付いている。
ずっと、気付いていた。
だが、気付かぬふりをしてやろう。
忘れるなよ、アル。
我が最愛の一人息子よ。
誰になんと言われようとも、私は世界一おまえの幸せを願っている。
おまえさえ幸せなら、私はそれでいいんだよ。
どうか、幸あれ。
でもたまには帰ってきてくれよな?
私、寂しくて死んじゃうぞ?
やっちゃった後にしまったー!とか言うあたりが親子。




