周りの人々はかく語る〜ウィル編〜
兄様はズルい。
ずっと、僻んで生きてきた。
あ、僕?
名乗る程の名は…ある。
ウィリアム・ド・ウル・サウザンド。
この国の第二王子だ。
でも、こんな名なんてない方がよかった。
いっそ普通の民草として生まれていれば、こんな惨めな気持ちにならずに済んだんだ。
僕には5つ違いの兄がいる。
第一王子にして第一王位継承者。エドワード・デ・ラ・ウル・サウザンド。
僕にとっては、自慢の兄様…だった。
年の差があるから、僕が物心ついた頃には兄様はもうなんでもできて。
学問においては教師を唸らせるほど成績優秀、武芸では剣術馬術格闘術なんでもござれの達人級。王族ならみんな持ってる魔法の才能でも、僕とは比べものにならないくらい飛び抜けて強い。
…長子より末子の方が、遺伝的に受け継ぐ魔力は弱くなっていく傾向があるとはいえ。僕と兄様との差はエグいほどに酷かった。
唯一、兄様と張り合えるのは、母様譲りの整った容姿だけ。
僕と兄様はかなり顔立ちの似てる兄弟なんだ。
だからこそ、なお他の部分の差が露骨に比べられてしまう。
口さがない者は、皆言った。陰口でコソコソと。
僕は兄様の劣化品だって。似てるのは見た目だけで、中身は雲泥の差、月とスッポン、ドラゴンとトカゲだって。
兄様が第一王子で、僕が二番目で、本当によかったって。もし逆だったら王国の未来もどうなっていたか…って。
どんなに隠れて叩いていても、そういった陰口は不思議と当人である僕の耳にまで入ってくる。
頭にきた。
人の気も知らないで好き勝手なこと言ってる連中にも。
…その通りすぎて、何も言い返せない自分にも。
うんと小さい頃には、これでも僕は兄様を素直に慕っていた。
だって、なんでもできる素敵な兄様なんだ。
もっと構って遊んで欲しくて、事ある毎にまとわりついていた。
でも、兄様はいつもつまらなそうな顔で、
「…ごめんな、ウィル。私は今、そういう気分ではないのだよ」
とか言って、ほとんどまともに相手にしてくれなかった。
兄様はいつも心此処にあらずだった。
どうしてなのか、僕には分からなかった。
ただ、寂しかった。
少し大きくなった今なら、理由にも見当がつく。
…あんまり楽しくない想像だ。
僕が何一つ兄様みたいにちゃんとできない、つまらない劣化品だから、相手にする気にもなれなかったんだろうって。
そう気付いたら、なんだか涙が止まらなくなった。
僕は誰もいない一人の部屋で、声を殺して、泣いた。
それでも兄様は基本的には優しいから、時折気まぐれに僕のことも構ってくれる。
今まで誰も考えつかなかったような新しいお菓子を発明した時も、僕にもたくさん分けてくれた。
パンケーキにマシュマロ、アイスクリームにマフィン、色とりどりのマカロン、それにプリン。他にも色々。
どれも珍しくて、同じお菓子なのに全然違う味わいで、だけどどれもほっぺが落っこちちゃうくらいにおいしかった!
僕は笑顔で兄様にお礼を言った。
「ありがとう兄様!すごくおいしい!」
「そうか。よかった」
この時だけ、兄様はほんの少し微笑んでくれた。
小声で「たろーちゃんも同じように喜んでくれてたなぁ…」とかって何か呟いてたけど、僕にはよく聞き取れなかった。
兄様が手ずから作ってくれたおいしいお菓子を頬張るのに夢中で、他のことはあまり気にならなかったんだ。
ある時を境に、兄様に異変が起きた。
いつもつまらなそうな顔をしていた兄様。
それは僕に対してだけじゃなく、他の誰に対しても同じだった。
上辺は穏やかで人当たり良く接していても、すごく冷めた目をしているから、すぐ分かる。
皆は、天才故に周りと打ち解けられないのだろう…とかって噂してた。
ところが。
「やあ、アル!今日も君に逢えて本当に嬉しいよっ!!」
「俺は嬉しくねえしいい迷惑……ギャーッ!?ひっつこうとすんなっ!?」
「ちょっとくらいいいじゃないか!」
「全開ハグの体勢だったじゃねーかふざけんなっ!?」
「僕のこの溢れんばかりの気持ちを表すにはこんなもんじゃまだまだ足りないよ!」
「だーもー!うっぜえ!!」
兄様と同い年だっていう、そいつが現れてから、何もかもが変わってしまった。
あんなに溌剌としている兄様、見たこともない…!
あんな無防備で全開の笑顔も!
なんで!?
あいつ…アルバートとかっていう貴族の子だけど、別になんてことない普通の奴じゃん!
ちょっとスラッとしててカッコいいけど、兄様の方がうんとカッコいいし!
目つきだってキツくて、近寄ろうとする兄様を乱暴に押しのけたりしてるくらい態度悪いし!
なのに、どんなに邪険にされても兄様は嬉しそうにアルバートとかって奴の傍にいる。べったりくっついて片時も離れようとしない。
僕なんて、あんなに必死に構ってって言っても相手にされなかったのに…
その光景を目撃した僕は、アルバートってやつを激しく睨みつけてしまった。
生まれて初めて、兄様以外のやつに嫉妬した。
さらに許せなかったのは、お菓子だ!
とってもおいしい兄様の手作りお菓子!
今までは、僕や母様、たまに父様。司厨長たち料理人の味見分を別にすれば、家族にしか振る舞われなかったのに!
今や、あいつが独り占めだ!
兄様に呼ばれて二人きりでお茶会をして、そこで遠慮もへったくれもありがたみもなく、ガツガツモリモリと…!
なんであんな奴にばっかりあげちゃうの!?
あまりにも悔しかったから、僕は兄様にストレートに詰め寄った。
だけど、兄様は素っ気なく肩を竦め、
「元々僕はアルのためにお菓子を作りたかったんだから。当然じゃないか」
なんで!?
何が当然!?
僕は全然納得いかない!
兄様に談判しても暖簾に腕押しだったので、ある日、僕はついにアルバートに直接言ってやった。
「僕の兄様を返せ!」
「えっ…」
「こら、ウィル!アルになんてことを!?」
兄様がかつてないくらい激怒してた。
でも、僕は引く気はなかった。
兄様が僕じゃなくて、こんな奴ばっかり贔屓するからだ!僕は悪くない!
そう思って、涙目でじーっと睨みつけていたら、
「エドの弟か?かわいーなぁ」
…えっ?
兄様は怒ってるし、こいつだって怒るに決まってる。僕は覚悟してたのに。
アルバートは、僕に、にこっと笑い掛けた。
目尻が下がるとキツい印象がなくなって、すごく優しい笑顔だった。
呆然としてる僕の頭を、よしよしと撫でてくれる。
…僕は振り払うことも忘れて大人しく撫でられてしまった。
拳ダコ・剣ダコのできたアルバートの手はごつごつしてたけどやっぱり優しくて、撫でられるのが気持ちよかったから、つい…
「あ”ああああああああッ!?なんでウィルにばっかり!ズルい!!」
兄様がさっきとは別の意味でいきり立って、騒いでた。
…僕、兄様にズルいとか思われたのきっと初めてだ。
こんなこと思うのは悪いことなんだろうけど。
なんか…
優越感…!!!
アルバートは僕に向けていた笑顔から一転、しかめっ面になって兄様を振り返った。
「うるせーぞ、エド。こんなちっちゃな子を相手に何言ってやがんだ」
「だって…だって、アルは僕の…!」
「兄様を返せ、だっけ?」
僕がさっき口にしたセリフを復唱されて、ギクッとなった。
だけど、アルバートは僕のことは全然咎めずに、兄様にだけ苦言を呈してくれた。
「おまえ、ちゃんと弟を構ってやってんのか?俺がこんなこと言われちまうのは、どうせ碌に構わず放ってるからだろ?」
「いや、それは…」
「なー?兄ちゃんに遊んで欲しかったんだよな?…えっと」
「あ、ぼ、僕、ウィリアム……ウィルです」
「そっか、俺はアルバート。長ったらしいからアルって呼んでくれよ」
「アル…」
「ごめんな、ウィル。このバカにはよく言って聞かせておくぜ」
アルはそう言ってまた僕ににこっと笑い掛けてくれた。
…僕に愛想よく接する奴は、いくらでもいた。
これでも王族で、第二王子なんだ。取り入ろうと狙って、ご機嫌取りするような輩は掃いて捨てるほど。
だけど、アルの笑顔は、そんな上っ面だけのおべっか連中とは全然違う。
心から僕のことを気遣ってくれてると分かる。
兄様と比べて、僕を下に見たりもしていない。
第一、兄様とこれだけ懇意なんだ。劣化品の第二王子に取り入る必要なんて、アルにはない。
なのに。
「…〜〜〜〜〜うぅ」
僕はなんだかたまらない気持ちになって、アルにしがみついてしまった。
目の端から、堪えきれなかった涙がポロッと零れ落ちていく。
アルは、何も言わず抱き留めてくれた。
よしよしとあやすように背中を撫でてくれる手が、やっぱり優しくて心地よかった。
「あ”ああああああああああああああッ!?またぁぁぁぁぁぁッ!!?」
…兄様がうるさかった。すごく。
でも、気にするもんか。
初めて、僕の心を汲み取ってくれる人に会えたんだ。
この時にはもう、僕はアルのことが大好きになっていた。
手の平返しが酷いって、笑われたっていい。
それから僕は、アルが登城してくるたびに兄様とのお茶会に乱入した。
兄様は迷惑そうにしてたけど、アルはいつでも僕を歓迎してくれたし、お菓子も僕のお皿に優先的に取り分けてくれた。
アルは優しかった。
僕のこと、兄様と比べたりしないでちゃんと見てくれる。
その真っ直ぐな眼差しに、どんどん惹かれていって…
僕の、初恋になった。
アルが欲しい。
兄様ぬきで、僕だけに構ってもらいたい。
ずっと一緒にいたいよ。
胸が苦しい。
僕はまた、一人きりの部屋で、声を殺して泣いてしまった。
だけど、前と違って、泣いた後にもほっこりとした暖かい気持ちが残った。
アルを好きになれて、幸せだった。
兄様は、アルを掛け替えのない大事な人だっていう。
じゃあ、アルはどうなんだろう?
僕はある日のお茶会で、思い切って言ってみた。
兄様だけじゃなく、僕のところにも遊びに来てって。
…二人きりで逢いたい、って。
一緒にいる兄様が怖かったけど、勇気を出して誘ったんだ。
アルは、困った顔をして、
兄様に伺いを立てた。
ああ、そっか。
アルも、兄様のことが大事なんだね。
僕の我儘よりも、兄様の気持ちを優先させるんだ。
優しいから、僕のことも気にかけて、時には兄様から庇ってくれたりもするけれど。
そっか…
兄様はズルい。
こんなにも強く思ったことはなかった。
だって、兄様はなんでも持ってるじゃないか。
才能も地位も、みんなからの信頼も。なにもかも。
ひとつくらい、僕にくれたっていいじゃない。
僕、アルが欲しいよ。
ちょうだいよ、兄様!!!
「悪いな、ウィル。それだけは絶対にできない」
兄様は、決然として言った。
半泣きで子供の我儘をぶつける僕に、こんな時ばっかり真っ直ぐに向き合いながら、
「他のもので、私が持っていて譲れるものだったら、何でも譲ろう。だけどアルだけはダメだ」
怖いくらい真剣な目をしていた。
ううん。
すごく怖かった。
アルに関することでは、兄様は怖い。
僕と同じ碧い瞳に狂気が宿っていそうなくらい。
「なあ、ウィル。アルと引き換えなら、本当に………私の地位くらい譲ったって構わないんだよ」
ゾッとするような微笑みを浮かべる兄様。
僕はもう言い返すこともできず、立ち竦んでしまった。
兄様のこの言葉が、一体どういう意味だったのか。
僕が知るのは、数年後のことになる。




