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転校生の下野さん、ド田舎でちんちんをつくる。  作者: 雨夜かおる
きょぬー後輩が勝手にカノジョを名乗ってる
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打ち切ってるやん

 これは、7月25日の前夜にあった会話だ。


「とうま先輩……本当にお疲れっすね」


 連日の過密スケジュールで俺は限界を迎えつつあった。

 今日もこのあとでうらかとの補習対策が残ってる。最終日の追試に向けて勉強だ。これさえなければあとは寝るだけなのになぁ……。


 まったく動く気になれず、俺は休憩室(更衣室も兼ねる)で突っ伏していた。

 ガチャッ、と弱々しい力でドアが開けられた。


「ニコさんも顔がグロッキー!?」


「帰る。着替える」


「でもパイセンいますよ?」


「見てないからいい」


「あ、それもそうっすね。じゃあアタシも」


 なんだか魅力的な会話が発生した気がする。

 衣擦れの音が響く。ちょっと顔をあげるだけでサービスシーンが広がっているはずだが、人間本当に疲れていると少しもそういう気が起きないらしい。嬉しくない事実の発見だ。


「じゃ」


「おつでした~」


 着替え終わったニコさんが出ていったっぽい。

 ララコがふぅ、と息をついた。俺のつむじをぐいぐいと押してくる。


「パイセンがこんなわかりやすいチャンス逃すなんて。実はむっつりなくせに」


「このままここで寝たい」


「重症だ……」


「もう今が何月何日かもわからない」


「7月24日っすよ」


 夏休みに入ってから日付感覚も曜日感覚も死んでる。

 っていうか、もう限界。追試までまだまだ長い。


「あっ」


「おっ? やっと起きたっす」


 俺は気付いた。


「明日は給料日だな」


「え。はい」


「やっとここまでの労働が報われるときがきたか」


「ん?」


 なんかラッコのリアクションが妙だったが、このときの俺には気にならなかった。


「バイト代入ったら、やっとラッコの自転車を買ってあげられるな。長らくお待たせしたぜ」


「……あのう、パイセン」


「ちゃんとカタログ見たか。買う場所はこの近くとかでいいか。結衣山じゃ大した取り扱いも少ないだろうし。せめて五桁前半で我慢してくれよ。じゃないとまた一か月待たせるから、な……」


 喋っているうちに呂律が回らなくなってきた。

 俺はもう少し休ませてもらうことにした。

 薄れていく意識の中で、ラッコが呟いた気がする。


「……とうま先輩気付いてないのかな」



 で、その翌日。つまり今日。

 俺は店長に憤慨していた。


「どういうことですか。コレ」


 叩きつけたのは俺名義の通帳だ。結衣山市民ならほぼ全員利用している地方銀行のものだが、東京出身のうらかに見せたところ「全然きいたことない」って言われて驚愕した。俺はおおいにショックを受けた。


 いや、そんなことよりも。


「振込金額が0なんですが」


 1円たりとも残高が増えていない。最近の出金履歴が並ぶだけだ。

 今日、この寂しい数字が五桁後半になるはずだったのに。


「どういうことか。納得のいく説明をしてもらいましょうかぁ~?」


 俺は睨み上げるようにして店長に詰め寄るが、肝心の店長は柳に風という態度だった。その表情からは悪びれる感情が一切読み取れない。


「アンタ、初めて働いたのは7月1日だったわネ」


「ええ、ええ。覚えていますとも」


「じゃあ、そういうことだ」


 と、なんか勝手に会話が打ち切られた。

 店長は事務所に引っ込んでいくが、俺は何も理解していない。そういうことってどういうことだよ。


 先ほどからこちらを心配そうに見ていたラッコに、遠慮なく喋らせてみた。


「パイセン。ウチは月末締めで計算した給与を翌月の25日に振り込むんすよ。だから7月1日から31日まで働いた分は、8月25日になるまで待たないとっす」


「知らなかった」


「クレジットカードも、ほら。使った分は翌月の支払いでしょ?」


「クレカ持ってない」


 横綱食堂では即日でバイト代が出ていたのに……でも友達の親御さんの店だし、そういう風にしてくれていただけなのかもしれない。


「……ラッコ。あの、だな」


「はいっす。パイセン」


 ラッコには俺の考えがお見通しだったらしい。


「アタシはいつまでも待ちますよ」


 気遣いが心に苦しい。

 いいのだろうか。あと一か月も待たせて。きっとこいつは待ってくれる。嫌な顔ひとつ見せず。心の底では実は怒っているということもないまま。


「……いや、ダメだ。すぐ返す」


「えっ」


「俺に考えがある」



『――――配達?』


 電話のむこうで、うらかは疑問を浮かべる。

 俺は、横綱食堂でその準備をしつつ会話を続ける。


「昔はオヤカタの店でよくやってたんだよ。新規のお客さんを捕まえたくて。俺もちょっとだけ手伝ってたんだ」


 ちなみにその頃のオヤカタは満足に自転車に乗れていなかった。

 ふらふらとした走りで一生懸命料理を運んでいた姿を今でも思い出せる。すぐにひっくり返しそうになるのが心配すぎて。


「オヤカタに頼み込んで、働かせてもらうことになったんだよ。即日でお金ほしくて」


『ふーん。ウーバーイーツってことね』


 俺は聞き慣れない単語に固まった。うーばー……?


「なんだそれ。ウーパールーパーの仲間? それとも音楽バンド?」


『はっ!? ウーバーイーツわからないの!? きもっ!?』


「きもい言うな!」


 ムカついたので通話しながらも即座に調べてやった。

 現在、全国47都道府県で普及している配達サービスで、結構有名なものらしい。そういえば動画で見たことあるわ。特徴的なカバンとロゴがトレードマークだ。


「こんな上等なものが結衣山で栄えるわけないだろ」


『ここって本当なにもないわね』


「日本全国で利用できるって書いてあるんだが。もしかして結衣山は日本じゃないのか!?」


『そうかもね』


「適当にしゃべるな」


『興味なくて。寝不足だし』


 うらかのあくびが聞こえる。昨日の夜も遅くまで通話越しで補習オブ補習に付き合わされた。オメーのせいでこっちも寝不足だわ。


『だいたい、そんな話のために朝っぱら電話かけてきたの? 普通に学校で話せばいいじゃない』


「察しが悪いな。しばらくうらかの補習に出れないって意味だぞ」


『……へ?』


 オヤカタの親父さんに呼ばれ、俺は料理を確認していく。

 全部そろってる。俺は料理を慎重に銀色のケース――――岡持におさめていく。ウーバーイーツのカバンは、中でぐちゃぐちゃになったりしないんだろうか。そんなことが気になった。


「こんな朝早くから注文が入るなんて。横綱食堂は安泰だな」


『ちょ、ちょっと待って! え、今日来ないの!?』


「だからそう言ってるだろ。今日っていうか、もう残りの日程は参加しない」


『そんなの困るよ! 透真くんナシとか絶対イヤだから!!』


「あ、ついでに花の水やりと、できればサッカー部にも顔を出しておいてほしいんだけど」


『聞けよ!』


 耳がキーンとする。どういう声量だよ。


『最後まで面倒みなさいよ! 自分の言葉に責任持って! 男子でしょ!?』


「まあ、そう言われると弱いが……」


『そうよね!?』


「でも……俺、信じてっから。うらかなら絶対大丈夫だってよ……」


『なに良い話風に終わらせようとしてんのよ。私たちの戦いはこれからだっ!!』


「打ち切ってるやん」


『ハッ……!?』


 さて、そろそろ本当に行かなくちゃ。

 耳元ではずっと騒がしくうらかの声が響く。わずかな息継ぎのタイミングで、俺は言葉を挟みこんだ。


「いやいや。マジメな話。うらかはもう1人でも出来るはず」


『む、無理。今日までだって自力で問題解けたことないじゃない……』


「だってすぐ答え聞いてくるから。教えちゃう俺も悪かったけど、そんなに難しい問題は宿題に出てこないんだから、ノートをちゃんと見返したら絶対解ける」


『でも、間違えるだろうし……だったら最初から人に聞いたほうが早い』


「その結果、自分で考えないようになってるじゃねえか。そんな調子じゃ最終日の追試で苦労する」


『くっ……』


「自分で出した答えで間違えてみなよ。そういう失敗はうらかの力になる」


『うう~~!』


 あら。なんか説教くさくなっちゃった。

 うらかも落ち込んでいるみたいだし、よくない。俺は別に同級生に学力でマウントを取りたいわけではないのだ。


「絶対に大丈夫。うらかなら出来る。お前は強い女なんだろ?」


 いつかの、彼女自身の言葉を借りる。

 

 うらかは数秒間黙り込んでいた。ちょっと心配になりかけた瞬間になって、ようやく言葉が返ってきた。


『上手くおだてて面倒から逃げようとしてない?』


 笑いを含んだその声にほっとする。


「バレたか」


『でも、まあ確かに? 私なら余裕でこなせるし? 最初から透真くんなんて必要なかったっていうか?』


「おい」


『――――ウソ。ちゃんと感謝してる』


 ふいに優しい声音になるので、胸が苦しくなった。やめてほしい。


「その意気だ」


『配達頑張って』


「おう」


 スマホをしまう。

 俺は自転車を漕ぎ始めた。

 ぐんぐんとそのスピードが上がっていく。

 ハイになっているのか。足は止まることなく動き続けた。

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