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転校生の下野さん、ド田舎でちんちんをつくる。  作者: 雨夜かおる
きょぬー後輩が勝手にカノジョを名乗ってる
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夏休みの予定がびっしり

「覚えてる。洋食屋ほんわかのこと」


 終業式の日。

 俺が発した疑問に、オヤカタは特に驚くでもなく頷いた。


「昔はキヨと、たまにムラサキも一緒に行った」


「なんで言わなかった!」


「キヨのバイト、俺、知らない」


「そうだっけ?」


 とっくに話した気になってた。

 まあ、きっかけが後輩のチャリを弁償することだったから隠してたのは事実なんだけど。


「俺も、昔は食べに行ってた記憶はあったんだけどさ……なんで行かなくなったか覚えてる?」


「味が落ちたからだろう」


「やっぱりそうだよなあ」


「キヨが大声で『まっず!』と騒いだせいで、みんな気まずくなったんだ」


「そ、そうだっけ」


 全然覚えていない。でも、オヤカタが言うならそれが正しいんだろう。俺はどうでもいいことはすぐ忘れるから。


 察するに、その時期にダンナさんがほんわかを離れてしまったんだろう。

 ほんわかの料理を支えていたのは、あの人の腕だった。昨日のまかないで作ってもらったナポリタンの余韻が、今もまだ残っている。俺は子どもの頃、あのナポリタンを毎回注文していた。それくらい好きだった。今も想像しただけでよだれが出てくる。


「みてくれ、オヤカタ。洋食屋ほんわかのレビュー」


「☆4.2か」


「この前まで3とかだったのにな」


 SNSで軽く検索するだけで凄まじいヒットだった。昨日まで無名の店だったのに、高評価の文章ばかり見つかる。この程度で済んでるのは今だけだ。明日にはもっと、明後日にはさらにもっと名前が売れているだろう。


「めっちゃ美味いんだよ。ひさしぶりにオヤカタも来てみない?」


「……横綱食堂と、どっちが美味い?」


「なんだよぉ、オヤカタ。そんなのオヤカタの飯が一番に決まってるだろ。可愛いやつめ」


 そもそもジャンルがちがうんだから比べることもないだろうに。

 オヤカタは料理のことになると目の色が変わる。横綱食堂の次期後継者としてプライドを持っているのだ。さすが俺の親友1号。


「で、いつ来る? バイト権限でサービスするわ。今日? 明日?」


「――――すぐは難しい」


「明後日?」


「そういうことじゃない」


「ん?」


 話が見えてこない。俺はオヤカタの言葉を待った。


「ちょっと修行してくる」


「修行?」


「修行だ」


「ん???」


 ぽつりぽつりと、オヤカタが語った事情を要約する。

 どうやらこの夏休みを利用して、料理の修行をしてくるらしい。オヤカタのお父さんに古い知り合いがいて、その人の店でという。しかも結衣山市内じゃなくて……。


「福岡まで行くの!?」


「ああ」


「初めて聞いたが……?」


「キヨ、忙しそうだった」


「そうだけど!」


 当然、1日2日の修行で済むはずもなく。

 なんなら夏休みのほとんどをむこうで過ごすらしい。


「おいおい、マジか……」


「すまない」


「いや謝ることじゃないけどな」


 将来、横綱食堂を継ぐのがオヤカタの夢だ。

 今がそのための準備期間というだけ。


 将来かあ……。


 なんとなしに、俺はヨウキャの席を見つめた。

 終業式とホームルームが終わった途端、別れもそこそこにヨウキャは帰宅していってしまった。


 絵画コンクールに提出する作品作りのために。

 この時期はいつもそうだ。まあ、普段もか。俺たちと会っている時間以外のすべてを捜索活動に費やしている。年々、その熱量が増していくのを肌で感じる。


 最近は俺たちに隠れて描いている作品があるらしい。

 ヨウキャの絵は何度も見てきたが、制作過程を隠されるのは今回が初めてだ。日の目を見るのが楽しみである。


「みんな頑張ってんなあ」


「キヨは、どうする」


「うん?」


「高校、卒業したら」


 俺は胸をおさえた。

 苦しい。頭痛がする。吐き気まで襲ってきた。


「あー、まー、適当に?」


「………」


「いやいやいや。そんな顔されても。ただ何も決めてないだけだって」


 隠しているとかではなく、ガチのマジでノープランなだけだ。

 いいかげんキズナ先生とのやり取りも面倒になってきたので、進路調査票は進学希望と書いて提出した。適当に、隣県の大学名をいくつか載せて。絶対行かないだろうけど。


「キヨなら、なんでもなれる」


「持ち上げるなよ。俺よりお前らのほうがすごいよ」


 そう。本当にすごい。心からそう思う。

 俺はなんでもできるかもしれないけど、ただ、それだけだ。

 別にやりたいことなんてない。なんとなくこの感じが続いていかないかなって、漠然と考えてる。普通の高校生ってこんなものじゃないの。


「夏休みの最後のほうは戻ってくるよな」


「そうだな」


「なら、みんなで海でも行こう。結衣山祭りにも参加するぞ。今年の屋台はどうすっか。まあ何をするにしても、俺らでお客さんを独占してやろうぜ」


 ふっ、とオヤカタが笑みを浮かべた。


「楽しみにしてる」



「8月の最終週は空けておいて……と」


 ヨウキャにも先ほどの話をラインで伝える。すぐに( `ー´)ノって返事がきた。了解の意である。たぶん。そう解釈した。


 自分のスケジュールにも打ち込んでおく。ほんわかのシフトとかも。こういう細かい用事はメモにしておかないと絶対覚えてられない。早番とか遅番とか。


 去年に比べると、今年の夏はイベント尽くしになりそうだ。若干不本意なものもいくつか混じっているが……。


 ちょうど、その元凶1が職員室から出てきた。


「よっ! うらか。どうしたどうした。そんな顔して。まるで赤点でもあったみたいに」


「……げ」


 うらかは思いきり顔をしかめた。

 その腕に大量のプリント類をかかえている。夏休みに行われる現国の補習用のものだ。


「うわー、すっげー。こんなにやるんだ」


「学年3位の天才様がどんなご用件かしら。よかったわね。成績上位者で名前まで貼り出されて。みんなに自慢できるじゃない」


「運にも恵まれたかな」


 高校生になって初めて必死に勉強した。

 今まで自分には縁遠いと思っていたけど、いざ廊下に名前が公開されてクラスメイトにチヤホヤされると感慨深いものがあった。写真10枚ぐらい撮っちゃった。


 それもこれも、ラッコが俺の勉強を手伝ってくれたおかげだ。後輩のくせになんで2年生の範囲を教えられるかは、深くは考えないようにする。

 ちなみに、ラッコはちゃっかり学年1位を取っていた。


「はあ……」


 溜息をついたうらかの肩からスクールバッグがずり落ちそうになった。手元のプリント類もばらまかれそうになって、俺は咄嗟に支えてやった。


「なになに。キズナ先生に怒られた? 教育委員会に駆け込む? 令和の高校生らしくハラスメントで訴えてみようか」


「むしろ慰められた」


 余計にうらかが曇ってしまった。


「『やってしまったことは仕方ない。下野さんはもっとできるよ。俺も一緒に頑張るから。わからないところは遠慮しないでなんでもきいてね』って。泣きそうになった」


「既に涙目じゃないか……?」


「怒鳴られたほうがよかった」


 現代っ子っぽくない価値観だが、うらからしいかも。

 なんだかんだで、スポ魂みたいなノリが得意だもんな。気を遣われた言葉のほうが傷ついてしまう難儀な感性だった。


「はい。これ」


 でも数秒後にはケロッとした顔で俺に何かのプリントを渡してきた。課題は絶対に手伝わないので受け取り拒否したかったが、内容をよく見てみる。


「補習の日程表。ちゃんと渡したからね」


「うわー、結構びっしり――――現国以外の科目あるんだけど!?」


「絶対逃げないでね。約束したもんね?」


 なんであのとき、手伝うなんて言ってしまったんだろう。

 これ、期末試験でのツケが結局めぐってきただけなんじゃ。どうせ手伝うなら最初からそうしておけばよかった。


 7月31日までの予定が埋まった瞬間である。


「なによ。そのイヤそうな顔」


「べつに」


「毎日私に会えるなんて幸福なのよ?」


「シアワセダナー」


「適当やめて?」


 そのとき、職員室からキズナ先生が出てきた。

 俺から夏の自由を奪う元凶2である。


「清浦。明日から頼んだぞ」


「へいへい。毎日花の水やりとサッカー部の手伝いっすね」


「それとこれを」


 なにやらプリントを渡された。

 なんか日付と一緒に文言が並んでいる。ああ、サッカー部の練習日程か。こっちもこっちで補習に負けず劣らずびっしり……。


「あの。8月に合宿って書いてあるんですけど、これは」


「当然、清浦も参加だ」


「なぜ!?」


「最終日はむこうの地元サッカークラブと試合も組んである」


「勝手にやってろ!」


「清浦のユニフォームも用意した」


「本当になんで!?」

 

「部員からの強い要望があってな」


「どうせガンテツとマルティンだろ! いやだ! ……は!? 帰ってきたら公式戦もある? 俺の名前で選手登録したって、なにしてくれてんだ! ……え、断ったら修学旅行と文化祭中止? いや、それはさあ……」


 大人は卑怯だ。生徒の足元見やがって。

 現国担当教師に上手く言い包められて、俺はしぶしぶ了承した。


 8月7日までの予定が埋まった瞬間である。


 キズナ先生が職員室に引っ込んだ瞬間、うらかが羨ましそうに呟いた。


「いいなー。助っ人で試合に出れるとか。楽しそう。私が代わりに出たい」


「是非そうしてほしい。うらか実は男だったりしない?」


「残念ながら私は美少女なの。こんな可愛い顔した男子がいるわけないでしょ」


「胸うっすいからワンチャン……」


「あ?」


 うらかのドスが聞いた声。

 制服の胸元を引っ張って、うらかが前屈みになる。


「そこまで言うなら見せてやろうか??」


「よっしゃ、望むところだ。前言撤回ナシな! 覚悟しろゴラァー!!」


「ぎゃー!? ちょ、まっ、冗談に決まって、せまって来るな! うわぁー!?」


 世にも珍しい、俺がうらかを追いかける形が出来上がった。

 が、悔しいことにうらかの方が足が速かった。追いついたらそれはそれで困ったことになっていたけど。単純に男子として女子に負けた事実に落ち込みそうになった。


「探したぞ」


 と、俺の後方から追い抜く影があった。こいつは……。


「げ、速水」


「清浦。大変なことになった」


 陸上部の速水が立ちふさがった。

 用件はわかっている。どうせトライアスロンのことだ。俺の夏を奪う元凶3になりえる。


「あのトリプル・ネクサスが参加を表明してきた」


「なんて?」


「壮絶な戦いになる。準備は入念にしたい」


「ごめん。トリプル、なんて?? それなに。人?」


 速水は大きく目を見開いた。


「まさか。知らないのか」


「知っててたまるか」


「トリプル・ネクサスは、超高校級の3人で構成されたトライアスロンチームのことだ。やつらはジュニア部門の全国大会で何度も優勝を経験している。今回の規定のようなパート分担がある大会では無類の強さを持つ」


「ほーん」


「スイムの一ノ瀬碧、バイクの轟輪太郎、そしてランにはあの駿河疾風だ。駿河とはインターハイで何度も走ったことがある。トップスピードは俺よりも速い」


「そんな超人たちがなんでこんな辺鄙な土地に」


「トライアスロンがあるなら全国どこにでも現れるらしい」


「なんて迷惑な……」


 というか本当に高校生なんだよな。

 やってることがFIREしたおっさん共みたいだ。


「清浦。あまり時間がない。まずは仲間をもう1人見つけないと」


「うんうん。そうだねー」


 軽く流す。そんな都合の良い相手が見つかるわけないじゃないか。

 と、そこでうらかがトコトコ戻ってきた。追いかけられたら逃げるくせに。俺がいなくなったら探してくれるとか可愛いじゃないか。


「ねえ。その大会ってさ。出場できるのは男子だけなの?」


 なんかとんでもなく不穏なこと言い出したけど。


「お前は?」


「下野うらか。……君は、速水くんだよね。陸上部の」


「聞いた名前だ。確か部活荒らしの」


「荒らしたつもりはなかったけど」


「重心にブレがない。姿勢が綺麗だ」


「ありがとう。速水くんこそね」


 なんか変人同士で分かり合ってる。面白くない。


「結衣山市がやってる非公式の大会だ。老若男女に参加資格がある」


「じゃあさ、私も入れてくれない? これで3人でしょ」


「ええっ!?」


 俺の悲鳴をあげると、うらかと速水の2人は訝しむ。


「彼女では不満か? 女子であることを考慮しても戦力になると思うが」


「そうよ! ぶっちゃけ透真くんより凄い自信しかないんだから!」


 不満だらけだよ。

 避けようとしていた苦行が現実になろうとしているんだから。


「パート分けはどうする。陸上部の俺がランパートを受け持つとして」


「んー。透真くんって水泳の経験は?」


「はっ? いや、人並には泳げる程度かな……」


「なら、スイムは私が担当ね。透真くんがバイクパートで」


 なんか話がまとまりかけている。


「実際のコースの下見と、そこで練習する時間がほしい」


「速水くん、開催場所はどこ?」


「ここだ」


 速水がスマホを見せてきた。

 その瞬間、うらかが声をあげた。


「あっ、透真くん! この場所って」


「……なんだよ?」


 嫌々確認して、俺は少し驚くことになった。

 なんとサッカー部の合宿地点のすぐ近所だった。


「それなら好都合だ」


 速水が笑った。珍しいこともあるもんだ。


「サッカー部の合宿が終わったら、現地で合流するぞ。近くに親戚がやってる宿がある。2人分の部屋も確保するから泊まり込みで準備するぞ」


「いいね!」


「はあっ!?」


 ノリノリで同意するうらか。いやそうな悲鳴をあげたのが俺だ。


「本番は8月15日だ。各自、コンディションを整えておいてくれ」


「おおっー!」


 8月15日までの予定が埋まった瞬間である。


 速水は上機嫌で去っていった。

 うらかもニコニコしている。


「ガンバろうね!」


 とても良い笑顔だ。まぶしい。逆に俺はひきつった顔をしている。


「俺の夏休みがどんどん消えていく……」


「いいじゃない。それだけ充実してるってことで」


 貴重な1週間を奪っている身で図々しいなコイツ。

 いや、うらかがいなければトライアスロンに参加することもなかったから実質2週間奪われたことになるのか。もう極刑では。


 そのとき、ラインの通知音が鳴った。それも複数回、連続で。


「……見なくていいの?」


 見たくない。

 何かのお誘いとかだったら断るつもりだった。

 無視を決め込んでいるとついには電話までかかってきた。


 俺は電話が鳴りやむのを待ってからスマホを取り出した。


『8月16日からの1週間、そっちに戻ることになった』


「げえっ!?」


 クソ親父からだった。


『可愛い嫁さんに会いたいだけなんだがな』

『一応、息子のお前にも知らせておいてやる』

『俺が帰ってる間は夕食が豪勢になるぞ。だからちゃんと食え。ダチの家に逃げ込むのはそれからにしろ』

『おい』

『返事しろ』


「うっせえよヴァーカ!!」


 おもわずスマホを叩きつけたくなって、すんでのところで堪えた。


「どうしたの」


「8月23日までの予定が埋まった」


「モテモテじゃーん」


 うらかは完全に面白がっている。


「最後の週はなにするの? 私が埋めてあげようか?」


「むしろ俺のほうから誘ってやるよ。結衣山祭の屋台に参加するぞ。いつメンで」


「いいね。あ、じゃあそのときに夏休みの宿題写させてもらってもいい?」


「その未来、絶対阻止してやる」


「タイムリープものの主人公みたい……」


 かくして俺の夏の予定はすべて埋まり。

 まったく休めない夏休みが始まるのだった。

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