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転校生の下野さん、ド田舎でちんちんをつくる。  作者: 雨夜かおる
きょぬー後輩が勝手にカノジョを名乗ってる
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この味を知っている

「新しいスタッフを紹介するワ」


 翌日の朝。

 今日も早番でシフトに入っている俺とラッコの目の前に、顔面がボコボコに腫れあがった知識人さんが突き出された。


「キッチン担当のクソ旦那だ。ほんわかの営業時間中はすべての調理を行うワ。当然、休憩時間なしで。ああ、ララコとそれからキヨ。こいつは新人だけど何も指導しなくていいから。なぜかウチの店の構造も取引先もレシピすら頭に入ってる。なぜかは知らないけどねえ」


「急展開すぎない!?」


 昨日の今日で!?

 もう身内みたいなポジションになってるじゃねえか!

 話を聞いていたラッコは、俺の横で涙ぐんでいた。


「よ、よがっだっず~! 仲直りしたんすね!」


「ふぁ……ほが……ううっ」


 知識人さんは何かを言いかけたが、歯が折れているのか口の中を切っているのか、とにかく昨日の負傷が原因で上手く話せていなかった。なおも何かを訴えかけようとした知識人さんの尻を蹴飛ばして、店長と2人で厨房に向かってしまう。


「パイセン! 今日もよろしくお願いしまっす!」


「お、おう」


 個人的には色々ツッコミポイントがあるんだけど、仕方ない。ここは流されておこう。

 別に店長の旦那が戻ってきたからって、何がどうなるってわけでもないんだし。




 ……とか考えていたのが数時間前で。


 お昼時を迎えた洋食屋ほんわかは人があふれかえっていた。

 いや、別に、それだけならなんてことない。いつものピークなんだけど。

 今日は明らかにいつもとちがう点があった。


「ちょっと、今日の料理おいしすぎない……!?」


「いつもとレベルがちがいすぎる……! 一体どうした!?」


「おかわり! おかわりだ! オムライスと、それからカルボナーラも!」


 提供したそばからオーダーが舞い込んでくる。

 おかわりってなんだよ。そんなの今日まで1回もきいたことなかったわ。


「知識人さん……?」


 わずかな隙間から厨房の中が少しだけ見える。

 知識人さんが忙しなく動き回っている。それだけしか見えない。

 が、まるで手品みたいに冗談じみたスピード感で料理が出来上がっていく。途中からシャトルランみたいにフロアと厨房を往復することになった。


 いったい、どうなっているんだ。

 そんなにこの料理たちは美味いのか。においしか堪能できないのが悔しい。


「ラッコ。大丈夫?」


「だいじょうぶっす! なんか今日楽しいっすね! どんと来いっていうか!」


「お、いいじゃん」


 ラッコは運動オンチな割りにで体力は人一倍ある。余計な心配だったようだ。やせ我慢じゃなく本当に楽しいのが伝わってくる。


 俺としてもこれくらいが丁度いい。

 時給が変わらない以上、ヒマなほうが嬉しいっていう意見もあるだろうけど、あんまり虚無みたいな時間は好きじゃない。それだけ時間が経つのは遅く感じるだろうし。ほどほどの疲れと充実感がある仕事が一番達成感がある。


「で、ニコさんはいつまでうずくまっているんすか」


「……もうむり。やすむ」


 出勤してから1時間も経っていない。

 けど、褒めてあげたい気持ちがないでもない。この忙しさに加えて、ニコさんは今日一度もタバコを吸っていない。昨日俺が何気なく言った一言のせいだろうか。


『そういや妊婦にタバコって良くないんでしたっけ」


『………』


 ニコさんは無言で火を消していた。まだ吸い始めたばかりだったのに。

 正直、今日も律儀に守ってくれるとは思ってなかった……。


「ザクロさーん。ザクロさんは大丈夫ですか」


 もう1人のバイト仲間に声をかける。

 キッチン担当のザクロさんも、出勤した直後からフル稼働だ。いつも以上の激務に疲弊していないか心配だったが……。


「透き通る真心の少年よ」


「はいな」


「深紅の残滓を我のもとに」


「はい、ケチャップです」


「よく聞こえる。さまよう魂の、悲痛な叫びが」


「大繁盛で困っちゃいますね」


「迷える愚者たちに、血肉の宴を……」


「今日はお肉系のオーダーが多いですね」


「下界に穢れは持ち込ませない……」


「アルコール消毒は完璧と。さすがです」


 我ながら俺の翻訳が冴えわたっている。

 もうザクロさんの話すこと全部わかる気がする。「こちら、純白の結晶です」と言いながら砂糖を渡したら、すごい怪訝な顔をされた。調子乗ったわ。


「ちょっとそこのキミ。待ちたまえ」


 知識人さん――――あらため、ダンナさんがザクロさんを呼び止める。

 いつになく真剣な表情だった。客として迎えていたころは飄々として鼻につく態度だっただけに落差に戸惑う。おしゃべりが過ぎたのだろうか。


「ウィルスなんてこの世にはないんだ。だから除菌なんてしなくていいんだよ」


 でた。陰謀論。ナチュラルに怖い。

 初手から強烈な一撃。横で聞いているだけなのに俺は鳥肌が立った。


 ザクロさんは細い指で髪をかきあげた。コック帽が落ちる。


「人は、生まれながらにして無垢。魂の成熟に、穢れはつきもの」


「あー、すいません。ちょっとお二方会話禁止でいいですか」


 混ぜるな危険すぎる。

 お互い何しゃべってるかわからんよ。


「さっきからなにをペチャクチャ喋ってんだい!?!?!?」


 店長までやってきた。


「黙って手だけ動かしておけばいいんだよぉぉおおおお!!!」


 オラァ! ゴラァ! 死ねェ! 

 

 そんな掛け声で3人が倒れこんだ。

 完全にとばっちりだった。

 

 そんなこんなで過去に類を見ないほど繁盛した洋食屋ほんわかの本日の営業は、食材をすべて使い切るという形で決着がついた。



「じゃ、帰る。お疲れ」


 午後4時。まだまだ夏の日差しが照りつける外界へ、ニコさんは一目散に出ていった。歩きたばこは条例違反だと教えてあげたけど、聞く耳持たれなかった。煙をまといながら長い脚で街を歩いていく姿は、遠目にも生き生きしている。


「同胞との狂宴……」


「バンドメンバーと練習ですね。ザクロさんもお疲れ様でした」


 ギターケースを背負ったザクロさんも、ほんわかをあとにした。

 店の外で迷う素振りを見せてから、ニコさんのあとを追いかける。ワンチャン声をかけるつもりだろうけど、たぶん失敗すると思う。理由はご愛敬だ。


 私服に着替えたラッコが更衣室から出てきた。


「さすがに疲れたな。俺たちも帰ろうぜ」


「あ、パイセンはお先にどうぞ。アタシまだ働くっすから」


「……なんて?」


 ラッコは高速フリックでスマホを操作していた。タップ音がすごい。さすがJKだ。ムラサキとは大違い。


「なに見てる?」


「今から単発で入れるバイトないかと思って。せっかく時間できたんで、まだまだ稼がないと」


「やば」


 ここから労働意欲でてくるかね。さすが体力オバケ。

 ついていきたい気持ちが一瞬だけ湧いたが、自分の身体を労わることにした。明日は終業式で学校いかなきゃだし……。


「気をつけてな」


「はいっす!」


「あー、ララコ。待ちな」


 話をきいていた店長がラッコからスマホを取り上げる。


「今日の給料、フルタイム分で出すから」


「え……」


「だから今から別のバイト行くのはやめな」


 そっけない口調で店長はそう言った。全然そんなことないはずだが、怒っているように見えなくもない。

 ラッコはあからさまに困った顔をして、やがて俺のほうへ視線を向けてきた。


「おーい、店長。それって俺はー? もちろん俺の分もっすよねー?」


 店長はバカを見るような目で溜息をした。


「当たり前でしょ、なめんじゃないわよ。ニコとザクロの分もそうする」


「神かよ……」


 一生この店についていくわ。

 俺は大満足だったが、ラッコは納得していなかった。


「でも、悪いっす。働いてないのにお金もらうなんて」


「いいっての。あんた頑張ってんだから。金のことなんて気にすんな」


「でも……」


「あんたはもっと自分を大事にしな」


 ここにきて、店長の表情が初めてやわらかくなった。

 優しく目を細めて、ラッコの頭を撫でる。俺はその光景を――――まるで親子みたいだなと思った。

 

「それに、足りない稼ぎはクソ旦那の給料から天引きするだけだから」


「ええっ」


 ダンナさんの労働条件が悪化していた。可哀想に。


「なんか腹減ったわね。あんたたち、まかない食べていきな。ナポリタン作ってあげるから。…………ゴラァ! あんたが作るんだよ! なにをボサっとしてんだい!? ああっ!? 食材がないなら買ってくればいいんだよ、走れェ!!」


 おおよそ夫婦のやり取りとは思えない会話を聞きながら、俺とラッコは休憩室で待たせてもらうことになった。そして、ものの10分程度でダンナさんは戻ってきて厨房に駆け込んでいった。


「あはは。ダンナさん完全に尻に敷かれてるっすね」


「店長強すぎるだろ」


「ああいう形が良い夫婦仲の秘訣なんすかね」


「1回別れてるじゃないか」


「もう、透真せんぱいそういうこと言う」


 つん、とラッコがそっぽ向く。


 しまった。ラッコにこういう発言はまずかったか。フォローしようと咄嗟に口を開きかけようとして、ラッコのほうが先に言葉をかぶせてきた。


「パイセンのお父さんお母さんって仲良しっすか」


「げ」


「げ?」


 興味の矛先がうちの両親に向いて、反射的に嫌な顔になっちまった。

 そんなつもりはなかったけど、ラッコのほうが慌て始めた。


「あ、聞いちゃいけなかったっすか」


「そうじゃない」


 俺は一瞬だけ悩んだ。

 家族の話なんて、同級生や後輩に話そうとは思わない。きっと一般的な高校生ならその感覚のはずだ。俺もその例に漏れない。親友たちにだって、話せていないから。


 でも――――俺は口を開いていた。


「仲良いよ。たぶん、俺が知ってるどんな夫婦よりも」


「へえ!」


 机の反対側に座っていたラッコが身を乗り出してくる。

 俺は苦笑しながら同じ分だけ下がった。


「学生結婚だってさ。父親のほうが母さんに惚れこんで。母さんは何度も断ってたみたいなんだけど、根負けして夫婦になったらしい」


「きゃ~!」


「なにその女子高生みたいなリアクション」


「女子高生っす~!」


 頬を染めたラッコが悶えている。ちょっと騒がしい。


「父親が仕事で家を空けることが多くてさ。だから俺は母さんと気楽に暮らしてるけど。たまに帰ってきたときがやばい。可愛い息子をほったらかし」


「いいじゃないっすか~、夫婦水いらずってことで」


「毎晩寝室がうるさすぎて」


「わーお」


 思春期の息子が家にいるのに恥ずかしくないのかね。

 しかもオヤジの喘ぎ声だけが聞こえてくるの気持ち悪すぎんだよ。


「だから、2人が家に揃ったとき俺は必ず外泊するようにしている。オヤカタやヨウキャとか……ああ、俺の同級生な。まったく。息子にこんな気遣いさせないでほしい」


「な、なるほどっす」


 別の理由で顔を赤くしたラッコが、手で自分を仰ぐ。

 ちなみにムラサキの家に泊まったことはない。父親と母親がそういうことしてるって分かってる夜に、ムラサキに会うのは絶対いやだ。同類になりそうで。


「パイセンも大変っすね」


「別に。あいつ帰ってきたとき、母さん嬉しそうだし、いいことなんじゃない?」


 無口な母さんだが、決して感情が表に出ない人ではない。

 むしろ言葉で表現するものが少ない分、態度にあからさまに出てくる。

 17年、近くで見てきたからわかる。母さんは、あいつといると本当に幸せそうだ。俺はそのとき少しだけ――――安心する。


 ラッコはまっすぐ俺を見ていた。


「透真せんぱい。もしかしてお父さんのこと嫌い?」


「だいっきらい」


 嘘偽りない本音だった。


 きっかけとなったあのときを、俺はたまに振り返る。悪いのは俺で、正しいのは父親だった。成長するほどその事実だけが揺るぎないものとして固まっていく。


 でも、俺のこの気持ちが筋違いだなんて思わない。

 正しいとか正しくないとかの問題じゃなく、感情の部分であいつのことが嫌いだ。たぶん一生このままだろうけど、俺はそれでいい。


「ぐい~~~」


「……なんだよ?」


「顔こわーい」


 ラッコが俺の頬を両側から引っ張る。ぐにぐにと、つまんではじいてまた触られて――――無抵抗でいたら好き放題された。じんじんしてきた。


「パイセン、ほっぺたやわらかいっすね。男の子なのに」


「そう? 人にそんなの初めて言われた」


「うちのチビたちに負けず劣らずってところっすね」


「いいかげん離しなさい」


 こんなところ見られたら誤解されかねない。

 と、思っていたら手遅れだった。店長が休憩室の出入口で立ち尽くしていた。芳醇な香りのナポリタンを持ったまま。やたらいいにおいするが思った。


「あんたらやっぱ付き合ってんだろ」


「付き合ってないですよ。……表向きは別として」


「なに言ってんだい」


 俺もよくわからん。

 店長は俺たちの前にそれぞれ皿を置いた。トマトの香りがぐっと強まった。食欲をものすごく刺激された。よだれ出てくる。


「すげー美味そう。もう食べていいですか」


「あいよ。好きにしな」


「いただきまーす! っす!」


 ラッコがもう食べ始めていた。「んんぅー!」と言葉にならない声をあげてる。

 俺も我慢できなくなってフォークを手に取る。麺をからませて、具材といっしょに頬張った。


「……っ!!」


 衝撃的だった。

 うまい。うますぎる。

 ケチャップの香りとともにパスタが口の中を通り過ぎていく。ウィンナーとピーマン、それからたまねぎの食感が最高で、噛めば噛むほど麺と合わさって完成していく。もっと、もっと。俺は夢中になって手を動かし続けた。


 フォークが皿とぶつかった。

 そこまできてようやく、完食してしまったことに俺は気付いた。


「あ……」


 満足なんてしてない。まったく量が足りてない。

 俺はつい、すがるような目をラッコに向けてしまった。


「あ、えっと。ちょっとだけ分けましょうか?」


 遠慮なく分けてもらった。

 今度は我を忘れないようにしながら、ナポリタンをゆっくりと楽しむ。

 シャキシャキとした食べ応え。麺の柔らかさ。そしてトマトケチャップの香り。一口ごとに確信は強まっていく。間違いない。



 俺は、この味を知っている。



「……キヨ。あんたもしかして」


 店長が呟く。

 続く言葉をなんとなく予想できてしまう。


「昔、ウチにきてたかい」


 ナポリタンの余韻を残したまま。

 俺はかろうじて頷いた。

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