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転校生の下野さん、ド田舎でちんちんをつくる。  作者: 雨夜かおる
きょぬー後輩が勝手にカノジョを名乗ってる
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ほんわかなのに

「正直、意外っすね。パイセンがこういうのに協力的なの。……あ、いらっしゃませー! ほんわかへようこそ! 空いているお席へどうぞーっす!」


「余計なお世話だって腹パン食らう未来が見えてるけどな。……はい、モーニングセットお待たせしました。コーヒーは食後でよろしいですか?」


 オープニングから仕事をこなしつつ、隙間時間を見つけてはラッコと話し合う。

 正直、ためらう部分はある。他人の事情だし、内容が夫婦の問題なんだから俺たち高校生に口出しなんてできない領域ではある。

 でも、このままでいいはずがない。


「やっぱり家族みんな揃ってるほうがいいと思うんすよね」


 ラッコの生い立ちを考えると当然の帰結だった。そして俺にとっても。

 俺の両親の夫婦仲はかなり良好だ。だから俺は何も苦労していない。それでもこんな気持ちに駆られるのは、アイツの家庭を見てきてしまったせいだろう。


 片親だったり、両親ともいなかったり。きっとそういうのは世の中の広さで見たら珍しくないんだろうけど。叶うなら、みんな揃っているのがいいってラッコの言う通りだ。


「で、元旦那さんは知ってるのかね。店長が妊娠してること」


「たぶん知らないっすね。昨日はお店に来てなかったっすから」


「……なあ本当に客として店にきてるの? マジ?」


「しょっちゅう。パイセンも接客してますよ」


 昨日も同じ話きいたけど、こええよ。

 あと、その旦那さんのほうも。別れた女房が働く店に入りびたるってどういうメンタリティなんだよ。心臓が鉄でできていらっしゃる?


「まあ、顔を知ってるなら話が早い。来店したら教えてくれ」


「りょうかいっす。……あ」


 ラッコが入口のほうを見ながら呟いた。

 まさかもう来たのか。まだ心の準備ができてない……と身構えたが。


「ニコさん、おはーっす!」


「おはおは」


 やってきたのは喫煙中毒者の、じゃなくてバイト仲間のニコさんだった。


「今日のシフト、スタートからになってましたけど。てんちょーのミスっすか?」


「そうだっけ。たぶんそうじゃない? うん、そうだよ」


 と、ニコさんは眠そうに目をこすった。


「騙されるなよ、ラッコ。普通に遅刻だよ。ニコさんも。変なウソついてないで早くフロア出てくださいよ。これから昼時で混むんですから」


「キヨくんは今日もマジメ。つまんない」


「あー、あー、聞こえない」


「これでも急いできた。褒めてほしい」


「遅刻魔のくせに……ん?」


 ニコさんは適当な人だけど、ヘアセットや服装にこだわるほうだ。よく見てみると、今日は寝ぐせがついてて部屋着みたいな恰好だった。


「みて。ノーメイク」


「む……」


 その美人顔で近づかないでほしい。ちょっと照れる。

 っていうか、これでノーメイクなんだ。全然そう見えない。


「今日も大変かと思って。まだ朝ごはんも食べてない」


「ニコさん……!」


 胸がじんわりと熱くなってきた。

 なんだよ。実はめっちゃ優しい人じゃないか。今までヤニカスとかヘビースモーカーとか肺が残念系とか色々言ってごめんなさい。


「だから1本だけいい?」


「あれ? 流れ変わったな」


「朝ごはんやメイクなんかより、煙吸ったほうがギュンギュンに覚醒する」


 と、ニコさんはポケットや荷物に手を突っ込んで、しかし目的のものが一向に出てこなかった。どうやら全部切らしていたらしい。しかし、この店には隠し財産タバコがそこかしこに眠っている。ニコさんはふらふらと店内を徘徊し、やがてバックヤードに引っ込んでいった。


「早く戻ってきてくださいねー!?」


 捜索+喫煙で1時間くらいは戻ってこないとみた。

 と、そこでラッコがおかしそうに口元を隠しているのに気付いた。


「なにわろてんねん」


「ごめんなさいっす。でも……」


「でも?」


「透真せんぱいがニコさんを注意してるところ好きで」


「面白がるな」


「本当に帰ってきてくれたんだなあって、嬉しくなっちゃって」


「………」


「えへへ」


 俺はラッコを直視できなくなった。

 顔をそむける動作そのまま、フロアに出て無心でテーブル拭きをした。そこまで減ってない紙ナプキンも補充しておく。ついでに今度はドリンクバーのグラスを見ておこうとしたところで、来客のベルが鳴った。


「いらっしゃいませ。………あ」


「いつもの席に、いつものコーヒーで頼むよ」


 と、こっちが案内する前にスタスタと勝手に座る男性客。俺もよく知っている、陰謀論大好きおじさんだった。知識人を自称していらっしゃる。


「昨日は忙しくてね。私くらい売れっ子になると喫茶店でコーヒーを楽しむ時間を作るだけでも一苦労だ。君みたいに暇な学生にとっては無縁な悩みだろうね」


「さすがです。僕もあなたみたいな大人になりたいです」


「ははは。険しい道だよ」


「コーヒーだけでは口寂しいでしょう。ご一緒に軽食はいかがですか」


「……。いや、あまり長居できないのでね」


 今日も一杯のコーヒーで粘るらしい。

 いつかこの人にコーヒー以外の注文をさせてみたい。

 俺はオーダーを通すため厨房に戻り、そしてラッコに聞いた。いつものコーヒーとやらがわからなかったのだ。


 ラッコは答えた。


「ああ。あの人コーヒーの味とか種類とかわかってないっぽいんで、アタシらもそのときそのときの雰囲気で豆選んでますね」


「うっそだろおい」


 そんなこと許される!?


「だって店長が『あんなやつ泥水でも飲ませときゃいい』とか言うんすよ?」


「マジで泥水を提供してないよね?」


 確かにあの人、ニコさんを筆頭に毛嫌いされているけど。

 女性陣から不評な理由も、わかるけども。


「そこまで邪険にしなくてもいいじゃないか。話してみると面白いお客人なんだぞ」


「っていうかパイセン。あの人っすよ?」


「はい?」


「店長の元旦那さん」


「………は?」


 俺は知識人さんを見つめた。

 頭がまったく回っていない自覚がある。ラッコの言葉がうまく飲み込めない。あの人が、店長の元旦那? コロナなんて存在しないなんて平気で言い出すような人が? 売れっ子作家なんてウソついてる人が?


「なるほど」


 俺は判断を下した。


「ヨリ戻し作戦、中止!」


「ええっ!? なんでっすか!?」


「なんかやばそうだから」


「さっきは面白い人って言ってた……」


「それはそれ。これはこれ」


 店長が選ぶような相手だし、真っ当な人間性なんて期待してなかったが予想よりやばかった。あれは適度な距離感を楽しむのであって常に生活圏にいられちゃまずいタイプだろ。頭がおかしくなってくるわ。


「とにかくこの話はなかったことに……あれ?」


 ニコさんが、制服に着替えるでもなくフロアをぶらついていた。

 足の動きは覚束なく、目の焦点が定まらずブレ続けている。あ、タバコ見つからなかったんだ。禁断症状が出てますね……。


「あの。タバコ恵んでくれませんか」


 ついにはお客様に物乞いを始めた。限界すぎる。

 あっさりと断られ、次の人にあしらわれ、また別の人にも相手にされずそうして流れ着いた先は――――知識人さんのところだった。


「プリーズギブミーシガレット」


「あ、ああ……」


 知識人さんがたじろくところを初めてみた。いや、嘘だ。ご職業のことを掘り下げようとすると割とあたふたしてたわ。それはともかくとして、知識人さんは懐に手を入れると、片手サイズの小箱を取り出して中身のひとつをニコさんに渡した。


「ありがてぇ……」


 藤原竜也かな?


 ニコさんは満足そうにタバコをくわえ、ライターで着火させたところで動きを止めた。俺も不自然に思った。タバコの先端が黒ずんだだけで、火がたちまち消えた。


 タバコ(?)が口の中に飲み込まれた。バリボリ、と飴を噛み砕いたような音が鳴った。


「ははは、気に入ってくれたかい。最近のタバコは高くてね。ココアシガレットで代用しているのさ。本物そっくりだろう? 僕は舌が肥えていてね、これはなかなか――――」


 ニコさんのグーパンが飛んだ。


 誤解がないようにもう一度記述する。ニコさんが知識人を殴りかけた。知識人は当たってもいないのに大げさな悲鳴を上げながら背中から倒れこんだ。


 一応未遂で済んだのは、俺とラッコが反射的に割って入ったからである。ニコさんのパンチを手のひらに受けたが問題ない。全然痛くない。うらかやムラサキのほうがよっぽど怖い。


 ニコさんは血走った目を向けてきた。


「……キヨくん、ララコちゃん。どっちでもいい。タバコは?」


「持ってるわけないでしょう、俺ら高校生ですよ」


「私が高校生のときには――――」


「ストップ。何言おうとしてます?」


 お酒と同じでタバコは20歳から。常識だ。まさか高校生のときから喫煙している人なんているわけないだろう。みんな、そうだよね?


 興奮した肉食獣をなだめるような繊細さでニコさんとの距離感を測っていると、ふいに俺の肩を叩く手があった。そして耳元で芝居がかった言葉が紡がれた。


「透き通る真心の少年よ」


 長い前髪で両目とも隠れてしまった長身男性が立っていた。

 うちのキッチン担当のザクロさんだ。


「是の狂騒は如何に」


 ザクロさんは、揉み合いになりそうな俺とニコさんを見て呟いた。若干、嫉妬の気配を感じる。ザクロさんはニコさんへ片思い中なのだ。


「コタロウさん!」


「其の名は仮初のもの―――」


「タバコ持ってません!? なんでもいいんですけど!!」


「え、うん」


 俺の勢いに押され、ザクロさん(本名・佐藤小太郎)は素に戻った。

 胸ポケットから小箱が取り出される。今度は本物のタバコだ、と思う。開封済みで箱がしわくちゃなのに中身が全然減っていない。ニコさんとお近づきになりたいのに、体質的にタバコを受け付けないザクロさんの健気さが見てとれる。


 今、そのワンチャン狙いが報われるときだ。


「ほーら、ニコさん。はい、らいと? ですよ」


「……これ、本物?」


「本物ですよー、たぶんだけど。こわくないよー。こっちおいでー」


「ぐるるる……」


 一度裏切りにあった野生動物は、簡単には人間を信用してくれない。

 警戒した瞳をこちらに向けながら、鼻を鳴らす。まんま動物だった。


「コタロウさん。あとは任せました」


「え」


 ザクロさんは慌ててハイライトを1本取り出した。

 腰が引けた体勢から、それをニコさんに手渡そうとする。が、ニコさんは受け取らない。鼻を近づけにおいを嗅ぎ、ようやく警戒を解いてハイライトを咥えた。


 一瞬、ウサギに野菜をあげる子どもの絵が浮かんだ。

 実際にそうだったら微笑ましい光景のはずが、現実にはどっちも成人している男女だし、あげているのはタバコだし、なんかそういう一種のプレイに見えてしまう。


 すみません。男子高校生の考えることなんてこんなレベルです。


 ザクロさんが震える手でタバコに火をつけていった。

 ニコさんの目がカッと見開かれる。大きく空気を吸って、肺に煙を送っていく。ハァァァ、と恍惚した表情とともに副流煙が巻き散らかされる。ザクロさんは早速むせていた。


「ありがと。好き♡」


 幸せそうにニコさんがお礼を告げる。

 ザクロさんは顔を真っ赤にしてバックヤードに引っ込んでいってしまった。

 ニコさんは不思議そうな顔をした。


「あれ。今の人ってうちの従業員だったんだ」


「ええっ!? 誰だと思ってたんですか!?」


「なんかすごい親切な客かと」


「キッチン担当の佐藤小太郎さんですよ。ほら、店長からよく『髪まとめろ!』って怒られてる……」


「ああ、いたね。そういえば。私服だからわかんなかった」


「ええ……」


 マジか。この人、ザクロさんのこと認識してなかったのか。

 かわいそうに。ザクロさんの恋路はまだまだ険しそうだ。


「優しい人なんだね。おぼえとく」


「………」


 いや。一歩前進、なのか?


「あのー、パイセンたち」


 ラッコがおそるおそる、みたいな感じで声をかけてくる。


「店長の旦那さんのこと、忘れてます?」


「あ」


 うっかりしてた。

 ニコさんが殴り飛ばそうとしたところを助けて、そのまま放置してた。やばい。訴えられても文句言えない。


「えっと。大丈夫ですか。怪我とかしてないですか」


 知識人さんは床に座り込んだままだった。

 てっきり怒り狂っているかと思ったのに、その表情はすごく穏やかで、それでいてこちらへ向けてくる眼差しが寂し気なものだった。卑屈とも言える。


「とても楽しそうだね」


 誰に向けたものかわからないその呟きも、自嘲気味にきこえた。


「いいスタッフが揃ってきた。ほんの少し前まではちゃんと回ってなかっただろうに、今じゃほとんどクレームもない。提供スピードも味も良くなってきた。コーヒーのことだけはよくわからないけど、俺なんかいなくても全然平気そうだ」


 力ない所作で立ち上がり、ズボンについたよごれを払う。


「ここに来るのはもうやめるよ。いいかげん、ちゃんとしないと」


 彼の中でどういう思考が巡ったのか、俺にはわからない。

 今にも倒れこみそうなくらい不安定な足取りなのに、声をかけるのがためらわれる。

 俺は、いや俺以外のみんなも、知識人さんの背中をそのまま見送ろうとして――――



「なにやってんだい。あんた」



 その声に知識人さんは悲鳴をあげながら飛び上がった。

 いつのまにか仏頂面の店長が現れていた。足音を響かせながら、店長は知識人さんへ詰め寄った。


「騒がしいと思ったら。店に来るのは勝手だけど従業員に絡むなって言ったろ。あんた若い連中に嫌われてるんだから。いいかげん気色悪い妄想やめな」


「い、いや。今回はどちらかというとそっちの、タバコ吸ったお嬢さんが」


「あ?」


「な、なんでもないよ」


 俺は信じられない心地だった。

 この2人、本当に面識あったんだ。いや、ラッコに聞かされてはいたけど。実際に目の当たりにするとそれ以上の衝撃というか。


 店長がニコさんを注意しない。いつもなら、業務中に喫煙するニコさんをしばき倒すのに。それくらい、知識人のことしか見えていないようだ。


「……あれ」


 知識人さんが何かに気付いたような反応をする。


「少し顔色が悪くないか」


「は?」


「どこか具合悪いのかい」


「なんもないよ」


 店長が見え透いた嘘をつく。

 明らかに普段より動きがにぶいし、疲れが見て取れる。昨日の今日で仕事をしているんだから当然だ。


「でも……」


「でもじゃない」


 それでも食い下がる知識人さんを、店長はあしらう。

 え、まさか言わないつもりなのか。昨日あったことを……。


「え。店長、妊娠わかったばっかりじゃん。だから気分よくないでしょ。あんまし」


 ぶっこんだのはニコさんだった。

 え、あ、あんたが言っちゃうんすか。そのデリケートな話題を。


「ニコさん……」


「あ、言っちゃダメなんだっけ。ごめん」


 と、タバコを吸い続けながら一応謝られた。

 ニコチンが入ったときのニコさんは無敵なのだ。


 知識人さんが取り乱した。


「ほ、本当なのかい!?」


「関係ないだろ」


「え、え、え!? どうしたら!?」


「あんたの子じゃない可能性もある」


「そんなわけないだろう!」


「うっせーっての!!」


 店長の腹パン、炸裂!

 知識人さん、嘔吐!


 さすがにお客さんたちも騒ぎ始めた。


 ニコさんだけが落ち着き払っていた。


「うわあー、修羅場。ほんわかなのに」

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