第21話『優秀な情報屋』
正直、こうなる事は予想できていた。
転入前から中執は俺のことをマークしていたんだし、周囲の俺の扱いが変われば再びマークされることは容易に想像できる。
「今度は何だよ……まだ不良云々で文句つけるつもりなの? 何なのマジで。もはやイジメだよコレ」
「……いや、多分今回その事は関係無い。純粋な腕試しだろ」
「腕試し? 中執がわざわざ?」
「ああ。強いって噂の奴がいると中執の奴らがケンカ売ってくんだよ」
「もうそれ中執の方がよっぽどヤンキーだよ! 何ソレ!? そんなヤバイ組織だったの!?」
ハユルちゃんからは生徒会のようなものだと聞いていたので、お堅いエリート集団みたいなのを想像していたのに……いや、8位のメアリーがあんなんだし、意外とそうでも無かったのか?
「……いるんだよ、中執にも。バトルジャンキーが数人」
「ちょっと名が知れただけで強制的にタイマン張ってくるんだぜ? オレらもボッコボコにされたっつの」
「うへぇ……マジか……お前らがボコボコってヤバくないかそれ」
「オレのことワンパンしやがったテメエが言うかコラ。……ま、これも洗礼みてえなモンだ。気ぃ緩めてっとケンカふっかけて来るから注意しとけ」
おかしい。この学園はおかしい。俺が潜入しているのは国内トップクラスのエリート魔導学園のはずだったのだが、いったいどこで間違えたのか。完全に不良漫画の世界じゃないか。
それともアレか。エリートだからこそ目の上のタンコブを潰そうとでもしているのか。どちらにしても怖すぎるだろ。
「で? 具体的にはどいつなの?」
「……まぁ10位だろうな」
「オレらに真っ先にケンカ売ってきたのもあいつだしな」
「10位……って最下位でそのレベルかよ! 思ったよりヤバそうだな」
とりあえず一番危険そうな人物は10位か。後で調べておくためにも覚えておこう。8位のメアリーについても掘り下げておく必要がありそうだ。
「あ、でも5位って可能性もあるんじゃね? あいつ熱血だしこういうの好きそうだろ」
「……アレがコソコソ偵察なんてするか? あり得るとすれば2位か6位だろ。どっちも興味本位で近寄ってきそうな連中だ」
「逆に3位と4位は無さそうだよな。3位は自己完結してるし、4位は……個人的にあんま好きじゃねえんだよな」
「……同感だ。同じ女子ならほかの3人の方がいい。特に7位」
「待て待て待て! そんな重要そうな情報を一気に言うな! しかも順位じゃなくて名前で呼べよ、俺がわかんないだろ!」
必死に情報整理しようとしているところで新情報を大量に詰め込まれ、頭がショートしそうになる。よく見たらこいつら、俺がパニックになっているところをニヤニヤしながら見てやがった。
「そこは自分で調べろよ。いつまでもオレらに頼ってたら前に進めないぜ、ルーキー」
「余計なお世話だよ! ちょっとは心配してくれてると思ったらコレだ! か弱い新入りに嫌がらせして楽しいか!?」
「……嫌がらせしてるつもりは無いが? なぁ?」
「あぁ、そうだな。オレタチソンナツモリアリマセン」
「んの野郎共……!」
こいつらがこうなら仕方ない。理事長の用意した生徒のデータを見て判断するしかないだろう。性格面のデータがかなり曖昧なのがネックだが、その他のデータの確実性は十分だ。
問題はその後のこと。
仮に本当に中執のメンバーの誰かが俺に挑んできたとして、果たしてどう対応するのが正解なのか。勝ってもいいのか? それとも流石に目立ちすぎるから負けた方がいいのか? それ以前に、そもそも魔人の力を使わない状態で勝てるのか?
「……そんなに心配ならお前も偵察し返せばいいだろ。安浦あたりに頼んで」
「あんな純真無垢な天使を殺伐としたエリートヤクザとの抗争に巻き込めるわけないだろ。人質にされたらどうすんだ馬鹿」
「お前そのうち普通に怒られんぞ。オレ知らねえからな」
「あっちも色々やってんだからお互い様だろ。いいだろ別に、直接言いに行ってるわけじゃあるまいし――」
と、憤慨しながら言った直後。どこからともなく「例の視線」を感じて俺は肩をビクリと跳ねさせた。
嘘だろ、こんな人気の無いところにまで……と、慌てて周囲をキョロキョロと見回した――その時。
遠くの方にある茂みの中。
そこに、蒼い瞳がこちらをじっと眺めているのが見えた。
「うおぉぉ!? いた! やっぱいたじゃん! ほらあそこだよあそこ! 誰か見てたって!」
「……は? なんもいねえじゃん? 自意識過剰かよ」
「いやいや違うって、よく見ろ! ほらあそこの茂みの中に……あ、あれ? いなくなってる……? で、でもさっきは確かに……!」
「気のせいだろ馬ァ鹿! 幻覚見えるレベルで視力ゴミなら眼科行ってこいや! これだから皆の注目を集めるヒーローさんはよぉ! ペッ!!」
「お前は落ち着けゴリラ!」
馬鹿2人の醜い嫉妬はこの際無視するとして、だ。
さっきは明らかに「誰か」がこちらをじっと見ていた。それも敵意や好奇心によるものではなく、ただ観察しているだけといった類の視線。これが本当に中執による偵察なのかは不明だが、不気味にも程がある。
さて、これで以前から感じていた視線が俺の気のせいではなかったことが確定したわけだが……どう対処したものか。
害が無いのなら放っておくのも手だが、あまりジロジロ見られても監察官任務がやりづらくなる。これではどっちが監察官なのかわかったものじゃない。
一番手っ取り早いのは、この手の相手に相性の良いハユルちゃんに協力してもらうことだが……さっきも言ったようにそれは避けたい。あの子と得体の知れないストーカーを対面させるなんてもってのほかだ。
「……あっ」
「今度は何だ、ヒーローさんよ」
「その呼び方やめろ。……別に回りくどい方法なんて使わなくても他に方法ならあったな、と思って」
どうして気付かなかったのか……というよりは、思いついてはいたが無意識に却下していた。今の状況であまりこちら側からは関わりたくなかったが、背に腹は変えられない。
何より、あいつなら比較的まともな思考回路を持ってるはずだ。
「というわけで田中、その辺どうなのか聞かせてくれない?」
「……別に構わんが」
最初から直接聞きにいけば良かったのだ。中執=怖い集団というイメージしか無かったので、完全に9位の田中の存在を忘れていた。そういえばこいつも中執のメンバーだった。
それを思い出して、やる気ゼロの馬鹿2人を置き去りにして田中を探していた。廊下で立ち話というのも聞き耳を立てられていそうで怖いが、昼休みも残り少ないので手っ取り早く聞けることは聞いてしまおう。
「結論から言うと、そういうのも無くはない」
「やっぱり?」
「ただ、中執が組織としてやっているわけじゃない。お前に興味を持ったメンバーがあくまで個人としてやってるだけだ」
「ってことは、中執全体としては俺への警戒態勢は解くってことでいいのか?」
「そういうことになる。予定よりは少し早かったが、九頭龍の人格に問題があるわけではないとわかったからな」
それを聞いてまずは一安心。これから先、運営に目をつけられている状態では監察官任務などままならない。逆に、それさえ無ければこちらとしても一気に動きやすくなる。
とりあえず一番大きな問題は解決したところで、次の問題。いったい誰が俺のことを監視しているのか、だ。
「10位の人がヤバい奴だって聞いてるんだけど……」
「確かにあいつは喧嘩っ早いところはあるしお前に興味を持ってもおかしくはないが、そこまでヤバい奴ってわけじゃないぞ」
「そうなのか? まぁ9位の田中が言うならそうかもしれないけども」
「いや、あいつは俺よりずっと強いぞ」
「マジで……? 順位の意味は?」
「戦闘力ばかりが注目されがちだが、順位はあくまで総合的な成績から算出されるものだ。現に2位の先輩はほとんど戦闘力関係ないからな」
そういえばそんなシステムだったような気もする。戦闘能力重視とは聞いていたが、やはり最終的には成績や素行も考慮されるのだろう。
しかしそうなると、素行があまり良くないらしいメアリーが8位なのは何故かとも思うが……これは逆に素行さえ良ければ8位に収まらない器ということなのだろう。
「ってことは、10位は強さはあるのにそれを台無しにする素行の悪さがあるってことか……具体的にはどんな奴なんだ?」
「名前は溝呂木大和。俺たちと同じ2年生だ。溝呂木はとにかく好戦的で、一度目をつけた生徒は何がなんでも戦闘に持っていって確実に潰している。在校生の4分の1ぐらいはあいつに負けてるんじゃないか? それが積み重なった結果、今は不良生徒のリーダーみたいな立ち位置にいる」
「ガチの不良かよ!? 全然ヤバくないことないじゃん! そりゃ素行補正で順位も下がるわ!」
溝呂木大和――話を聞く限りだとかなりの危険人物だ。そして、断言できる。俺も溝呂木に目をつけられているに違いない。何せ相手は少なくとも全校生徒の4分の1に目をつけた奴だ。自分で言うのも何だが、今学園内で最も目立っているであろう俺に目をつけないわけがない。
「どうすれば絡まれないか何か方法は……」
「無い」
「無いの!?」
「あいつの執念深さは折り紙つきだからな。あの手この手で勝負の場に引きずり出してくるぞ。結局、大人しく戦うのが一番楽だ」
「ヒュドラの俺よりよっぽど蛇っぽい性格してんな……」
「ん? 何か言ったか?」
「いやこっちの話。とにかく、その溝呂木って奴には気をつけることにするよ。情報漏洩みたいなことさせてごめんな、ありがとう」
「気にしなくていい。むしろこっちが迷惑かけてすまないな」
こんな平和なやり取りをしたのはいつ以来だろう。馬鹿二人が辛辣すぎて田中の優しさがより一層心に染み渡る。内容自体は物騒極まりないのだが。
「……しかし妙だな」
「ん? 何が?」
「溝呂木の取り巻きに、それほど偵察に長けた奴がいたかと思ってな。一瞬目を離した隙にいなくなるって相当だぞ」
「あ、やっぱりそういうの専門の人ってレアなんだ?」
「ああ。と言っても、本当に得意な人はそういうのも悟らせないんだろうが」
溝呂木は確か不良のまとめ役だと言っていたか。それを思えば、隠密なんて地味な魔法を伸ばすような堅実な人間が不良なんてやるだろうか。
基本的にそういう輩は、自分の力を誇示するために直接戦闘系の魔法に特化する傾向がある。そもそも不良を抜きにしても、隠密系統の魔法は伸ばしづらく不人気なのだ。田中が違和感を覚えるのだって無理もない。
「もしかすると、溝呂木とは別口で誰かが調べてるかもしれないな。可能性としては4位の茶々丸先輩ぐらいか」
「……誰? その愉快な名前の先輩」
「4位の先輩で、一角鼠の魔人だ。溝呂木以外で不良生徒をこき使えるのはあの人ぐらいだろう」
「ラタトスク……ネズミ……あっ」
記憶に引っかかるワード。この学園に来てから「ネズミ」という単語を前にも耳にしていた。それも、ほかの中執メンバーの口から。
あれは俺がまだジョージと羽多野しか友達がいなかった時期。初めてメアリーと出会った時、彼女は自分が倒した不良生徒たちに向かってこう言っていた。
――誰の差し金? ……なんて、どうせあのネズミ女だろうけど
あれがその茶々丸先輩とやらだとすれば説明がつく。
どういう理由かは知らないが、茶々丸先輩は溝呂木のテリトリーである不良生徒をただの嫌がらせのための鉄砲玉としてこき使える力を持っているらしい。
そして、順位は4位――つい先程、ジョージと羽多野の会話の中で「4位は女だ」という情報が出ていた。となると、女王みたいな人なんだろうか。ある意味溝呂木より敵に回すのが怖い。
「あの人が男子に粘着質に興味を持つとは思えないけどな。先輩が執着するのは女子だけだ。もし茶々丸先輩の差し金だったとしても、お前はスルーしておいて大丈夫だろう」
「なんだそれ……そういう趣味の人なの?」
「逆だ。あの人は基本的にほかの女子は見下してる」
「怖っ!? そんな人が女子に執着したら陰湿な未来しか見えない!」
「現にサンプソンはそれで苦労してるみたいだけどな」
「サンプソン……あぁ、メアリーか。確かに面倒くさそうにしてたなぁ」
女の戦いというやつか。巻き込まれるのが怖すぎるので、メアリーはともかく茶々丸先輩は警戒しておこう……。
それにしても、これだけ重要な情報を提供してくれる田中には感謝しかない。田中と親密度を上げておけば監察官任務がグッと楽になるに違いない。これからも贔屓にさせてもらおう。
そうしているうちに、昼休み終了のチャイムが鳴る。
気がつけば周りの生徒たちは皆ワラワラと自分の教室へと戻り始めており、俺たちも教室へと向かうことにする。
「九頭龍ってサンプソンと仲良かったのか?」
「いや全然。なんで?」
「あまりあいつを話題に出す奴はいないからな。茶々丸先輩のこともあって、自然とみんな避けたがる。だから九頭龍の口からサンプソンの名前が出てきたのは意外だった」
「別に特別何かあったとかじゃないんだけどね。強いて言うなら……パンツ見たぐらい?」
「……案外、偵察もサンプソンの私案かもな」
「まっさかー! パンツ見られたぐらいで人の精神ガリガリ削るような嫌がらせする?」
……と、軽口を叩いた直後。背後から冷たい気配。
あまりにもタイミングの良すぎる視線に一瞬肩が跳ねた。
「……いやいやまさか、ね」
念のため、メアリーも警戒しておこうと思った。
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