第20話『視線』
2章開始です。
白刃と白刃がぶつかり合い、青白い火花が飛び散る。
直後、死角から空気を撫ぜるように滑り込んできた刃によって、少年の頸動脈は深々と斬り込まれた。
『Duel set!』
「次」
ファンファーレが鳴り終わるや否や、次の試合が始まる。今度の相手は大柄な少年。氷の魔法を大胆に振るい、足場と視界を同時に奪う。
が、その数秒後には氷魔法を詠唱し続けていた少年は軽く痙攣しながら地に伏していた。そのまま10カウントが過ぎ、再び試合終了のファンファーレが鳴り響く。
『Duel set!』
「次」
その後も何人もの生徒達が次々と、まるで作業のように斬り捨てられ、串刺しにされ、時には意識そのものを奪われ――あっという間にその場にいた挑戦者全員が片付けられていた。
散々にボコボコにされた少年達は息を切らしながら床に転がり、思い思いの台詞を吐き出して度重なる敗北を悔しがっていた。
「クソ! また勝てなかった!」
「今日は行けると思ったんだけどな……」
「あそこで魔法が当たってれば……!」
「なんでアレが避けられるんだよ!?」
そんな彼らの前に佇むのは、先程まで少年達の喉を撫で斬りにしたり、腕を飛ばしたり、脳震盪を起こしたりと暴れに暴れた人物。
「はいお疲れさん。じゃあ恒例のアドバイスタイムだね」
青黒い髪に金の三白眼、そして見る人が見れば底知れない胡散臭さを感じざるを得ない微笑が特徴的な少年。
東京騎士団第10師団所属の騎士にして、つい1週間ほど前までは不良とした疎まれていた男子高校生――九頭龍巳禄だった。
◇◇◇
なぜ教師でもなんでもない俺が、同級生たちに対してこんな戦闘訓練まがいの指導をしているかと言うと……その理由は3日前まで遡る。
あれは、俺がこの学園に転入してきて初めて、全ての課題を余裕で終わらせて余暇を満喫していた夜のことだ。
寮の自室のベッドで寝転がりながら、俺はしみじみと呟いた。
「今日の分の報告書もまとめたし、特にハプニングがあったわけでもないし……はぁ……やっと自分の時間ができた……」
高校生ってここまで時間に余裕が無いものだったか。俺の知ってる学園生活の10倍ぐらい忙しい。いや、国内随一の魔導学園ならこんなものなのだろうか。
何にせよ、ようやく確保できた完全なる自由時間だ。この貴重な余暇を満喫するにはどうすればいいか――
「なんて考えてるといきなり任務が入ったりするんだよなぁ……ちょっと前までは! だが今は違う! この暇な時間でさえ監察官任務という任務中なんだから! つまりこれ以上仕事が来ることはない! 監察官最高! 高校生最高! ハハハッ! アハハハハハッ!!」
ついにブラック部署から(一時的に)解放され、狂喜乱舞する。側から見れば頭がおかしいとしか思えない光景だ。が、本当に頭がおかしいのは監察官任務を受ける前の俺のスケジュールだ。
あんな血みどろエブリデイに比べればこちらは天国なのである。しかも、つい先日ようやく不良疑惑が晴れたことで、今までよりずっと気が楽になった。これで喜ばずいつ喜べというのか。
「……なーんて言ってたら悪魔から電話が来たりして……なわけないか! あいつもそこまで常識知らずじゃないだろ! 流石に部下の勤務状況ぐらい弁えて――」
直後、部屋に響き渡る着信音。
それに重なるバイブレーション。
ハッキリと「騎士団本部」と表示された画面。
見事に回収されたフラグ。
固まる俺。
引き攣る口元。
「……見間違いだよな。聞き間違いだよな。うんそうだそうにちがいないきっとそうなんだだってこんなじかんにかけてくるのはおかしいもんなあははははは……畜生ォォ!!」
現実逃避しかけた頭を強引に切り替え、悪態をつきながら液晶に表示された「通話」ボタンをタップする。
「はいもしもし何の用スかクソ上司!? こちとらやっと状況が落ち着いてきて一息ついてたとこだっつの! もっとタイミング考えて電話をかけ――」
「――もしもし、クソ上司って私のことかしら?」
瞬間、息が詰まって喉の奥から「ヒュッ」と声にならない悲鳴が出た。それとほぼ同時に青筋を立てていた俺の顔色は真っ白になり、冷や汗がボタボタと垂れ流しになる。
俺があのクソ上司からの電話だと思って罵詈雑言を投げつけた相手は、あの人の副官――ミツキさんだった。
「あ、いや、ちがっ、違うんスよ。や、やだなぁ俺がミツキさんみたいな素晴らしい女性をクソなんて言うわけないじゃないスか、これはね、ちょっとした手違いというか勘違いというか俺の早とちりといいますか、へ、へへへへ…………すみませんでしたッッッ!!」
「よろしい。面倒なやりとりは抜きにしてシンプルに行きましょう。今ちょっと手が離せない団長からの伝言よ」
「伝言……監察官任務のことスか?」
「ええ。任務の方針は監察官本人に任せるのが基本だけど、1つだけこっちから方針についての指示があるの」
このタイミングで新しい指令とは何だろうか。心当たりがあるとすれば、先日のショッピングモール襲撃事件で俺が目立ってしまったことぐらいだが。
一応、そのことに関しては報告書で「良いイメージで目立つことで悪印象を払拭する」という方針で進めることを提示し、承諾も貰えていたはずだが。
「今の方針はあなたにも合ってるでしょうし、それ自体に口出しするつもりは無いわ。ただ、せっかくだから監察官任務にプラスして「ある事」をしてほしいのよ」
「はぁ……内容にもよりますけど」
「あなたにとっては別にそこまで難しいことじゃないわよ。やってほしい事っていうのは……非公式の戦術講師よ」
「講師……?」
生徒として潜入している俺が? いきなり皆に「今日から先生になりまーす」とでも言えばいいのか? まさかそんなわけは無いだろうが、あまりにも唐突すぎる。
しかも「非公式」と来た。ますます意味がわからない。そんな俺の疑問を察しているかのように、ミツキさんが補足してくれた。
「そう難しく考えなくてもいいわよ。ほら、よく学校にいるでしょ? 勉強が得意で、テスト前とかに友達に勉強を教えてるような子。あれの体育版だと思えばいいわ」
「あー……何となく理解できました。つまり、魔法戦の模擬訓練の時に俺が「ちょっと魔法戦が得意な優等生」としてアドバイスをしてやればいいと」
なるほど、非公式というのはそういう事だったのか。確かに、あくまで生徒同士で教え合っているだけなら「公式の」講師とは言えない。
確かにそうやって生徒のスキルアップをしていけば、将来的には騎士団の戦力増強にも繋がるだろう。俺は新しい魔法教育のモデルケースというわけだ。
「どうせ巳禄が周りより強いことはバレてるんだし、そこを有効活用できればと思ってね。これなら「良いイメージで目立つ」って方針ともピッタリでしょう?」
「でも俺、魔人の力を使うならともかく魔法だけで戦うのは微妙っスよ? いいとこB級上位に入るかどうかってとこでしょ。俺なんかに務まりますかね?」
「いくら渋谷第三の生徒が優秀でも、実戦経験のある騎士には敵わないわよ。実戦経験の有無はそれだけでもかなりのアドバンテージなんだから。それに、これにあなたを選んだのは他でもない草間理事長なのよ?」
「えぇ!? あの人が!?」
まさか理事長直々に提案した企画だったとは。あの人の考えはよくわからないが、理事長には理事長なりの考えがあるんだろう。その結果、俺が選ばれたのなら光栄だ。
信頼というよりは「特A級騎士ならちゃんとやってくれるね?」というある種のプレッシャーしか感じないのだが、どちらにせよ理事長からも上司からもやれと言われているのならやるしかない。
……それに、さっき盛大なミスをしたというのもあるし。この流れで断ろうものなら後が怖い。
「わかりました。やるだけやってみます。……教育なんてノブさんのスパルタ訓練しか知らないっスけど」
「ん、ありがと。早速明日からお願いするわね。教えてる生徒たちの成長も報告書にまとめてほしいんだけど、大丈夫かしら?」
「そこは頑張りどころっスね。やるだけやってみて、わからなければ理事長にでも聞いてみます」
◇◇◇
――という経緯で、俺は「非公式戦術講師」として同級生の師匠のようなポジションを務めることになったのである。
「まず池田は魔法の発動がちょっと遅いかもな。精度は中々いいから、中級魔法をスピードアップするか、合間に下級魔法を挟んだ方がいい。岡原は反応速度が遅い。魔法より反射神経のトレーニングだな。嶋本は魔力の配分が雑すぎる。派手な魔法でビビらせられるのは今だけだぞ。あとは――」
対戦した一人一人にアドバイスを送り続ける。最初は自分なんかにできるか不安だったが、実際にやってみれば案外なんとかなるものだ。
トレーニングの内容も至って単純。実戦を想定した対戦をして、個人的に「ここが弱い」と思ったことを指摘するだけ。俺が散々ノブさんにボコボコにされたやり方だ。……あの人はアドバイスなんか全くしてくれなかったが。
結局のところ、魔法戦のトレーニングは身体で覚えるのが一番なのだ。しかし俺みたいに殺されても死なない化け物ならともかく、普通の人間がこの方法で強くなるには時間がかかる。
その点、この「バリアポイントの範囲であれば殺しても死なない」というシステムは画期的だ。普通の人間でも俺みたいな「身体で覚える」トレーニングがより効率的にできるんだから、これを活かさない手はない。
「で、ジョージは相変わらず攻撃パターンが単調すぎる。障壁の鎧は確かに強いけど、時間を稼がれたら魔力切れで逆転されるぞ。障壁の剣も初見殺しではあるけど、慣れたらそんなに脅威でもないし。逆に、羽多野は読まれるのを恐れすぎて無駄が多い。フェイントを連発したらフェイントの意味無いぞ。フェイントはここぞという時だけにしないと」
「初見殺しを初見で避けて数秒で慣れるお前がおかしいんだよ!」
「……なんで見えない攻撃に余裕で対応できんだよ」
「だってお前らのフェイントって「ここで騙してやるぞ!」ってのが見え見えなんだもん。特に目線が」
「……目線なんて見てる余裕ねえだろ」
「それこそ慣れだな。目は口ほどに物を言う、ってよく言うじゃん。相手の目線と細かい動作が見えるようになれば、格上の攻撃も読むだけなら簡単だよ。次からは多少無理してでも意識してみるといい」
これを習得するのに俺もかなりの時間がかかったし、無茶振りに近いのはわかっている。だが俺はこんな方法しか知らないので、生徒のみんなはどうか許してほしい。
時折「お前は何を言ってるんだ」みたいな顔をされるが、あの時の俺もこんな顔をしていたんだろうな……と思うと感慨深い。
「あいつ結構スパルタだよな……」
「ある意味ただの不良よりやべえな」
「でも教えるのは意外と上手いぞ。意外にな」
「普段ヘラヘラしてる癖に」
「あのニヤケ面いつかぶっ潰してやる」
「……イキリ青髪クソ野郎め」
「教えてもらってる割に辛辣すぎない!? 特に最後のメガネゴリラと前髪野郎! 俺がネタキャラ堕ちしなかったからって僻んでんのか!? 残念だったな変態共、俺は年季が違うんだよ!」
「してねーよ死ね」
「……この裏切り者が」
「ハハハ! 負け犬の遠吠えにしか聞こえんなあ!」
「よし、安浦に「九頭龍が胸ガン見してた」ってチクるか」
「おい待てそれはマジでやめろ。み、みみ見てねーし。全然これっぽっちも見てなかったし」
「……図星だったのかよ」
と、こんな感じで手探り状態で騒がしい日々を送っている。今は今で気苦労が無いわけではないが、数日前までの皆の冷たい視線を浴びる日々に比べれば楽しい毎日だ。
最初のイメージとは少しズレている(というか男臭い)が、これはこれで充実していると言って差し支えないだろう。
ただ、あえて1つだけ悩みを挙げるとすれば――
「……まただ」
体育用のユニフォームから着替え終わり、教室に帰る道中でぽつりと呟く。そして、周囲をキョロキョロと見回した……が何も無い。
そんな俺の様子を見たジョージと羽多野が訝しげな顔で、
「……どうかしたのか」
「またって何のことだ?」
「いや……この前からちょっと妙な視線を感じるというか」
ここ最近の俺の悩み――それがこの「視線」。
1日に数回、なぜか「誰かに見られている」という感覚に陥る謎の現象だ。誰かいるのかと思って見回してみても誰もおらず、嗅覚に頼ってみても学園の人混みではよくわからない。まるで幽霊でも相手にしてるみたいだ。
「マジで幽霊なのかな……真昼だけど」
「ハッ、そんなの気のせいに決まってんだろ。それともアレか? 人気者すぎてストーカーまで現れたから困ってます、ってか!? かぁーっ! 人気者はつれえこったなぁ!!」
「お前マジで口悪いな! やっぱ僻んでるだろ!? 「ただのネタ要員だと思ったら意外と強い」ってキャラ奪われて嫉妬してんだろ!? じゃあ自分で取り返してみろやザーコ!」
「言われなくてもコテンパンにしてやるよオラァ! 新参がオレに敵うと思うなよ! 今日まではアレだ、新入りだからちょっと手加減してやってただけなんだからな!」
「……廊下のど真ん中で騒ぐなうるせえ」
俺とジョージがやかましいやり取りをして、羽多野がそれに突っ込む。そんないつものやり取りの中で、羽多野がぼそりとうわ言のように、
「……心当たりが無いこともねえな」
「マジで? 何か知ってんの?」
「……本当にそいつかはまだわかんねえけど。だがこのタイミングならそれなりに有力だろうよ」
思わせぶりな羽多野の言葉に俺は首を傾げ、ジョージも疑問符を浮かべているようだった……が、すぐに「あぁ、あいつか」と納得したような様子を見せた。
が、2人とも……特にジョージは苦虫を噛み潰したような表情で黙り込んでしまう。やはり俺の知らないところで何かがあるらしい。
「な、何だよ、さっきまでの威勢はどうした……」
「いや、その……なんだ。奴にはあんましいい思い出が無くてよ。あぁでもそうだな、このタイミングだとあいつだろうな……それならストーカーってのも納得だわ」
「奴……? え、何それ? やっぱストーカーだったの? しかも有名なの?」
「……厳密に言えばストーカーとは違う。やってる事はほとんど似たようなもんだけどな。ありゃあ偵察だ」
偵察とはまた物騒な。てっきり新聞部か放送部かどこかの取材か何かだと思っていたのだが、そこはやはりこの学園。平和的に、とは行かないらしい。
俺は何となくその「偵察」とやらの犯人に察しがつきつつも、あえてすっとぼけながら2人に尋ねてみた。
「その偵察ってのはいったいどこの誰が……?」
俺の問いに対し、羽多野はジョージと顔を見合わせてから、渋々といった様子でその名を口にした。
「……中央執行部」
その名前を聞いて、俺は「やっぱりか……」とうなだれた。




