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東京HYDRA 〜猛毒使いの不死身騎士〜  作者: 江戸川すし
1章『ぼっちの蛇王と臆病ウサギ』
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第17話『夕景のふたり』

 オーガ・ジェネラルを討伐し、外へ出た時にはすでに空がオレンジ色に染まっていた。

 そんな夕焼け色の中で、多くの騎士や救急隊員、その他諸々が慌ただしく動いている。中には目が覚めてその場を後にする民間人もいた。


 が、俺が釘付けになっている――否、釘付けにされているのはたった1人。



「よう、馬鹿弟子」


「……げっ」



 煙草の煙を薫せながら踏ん反り返り、目元に隈が残る目でじとりと俺を睨む中年の男。腰には時代錯誤も甚だしい黒い日本刀。肩に羽織った騎士団の黒いコート。

 その口元にだけ不自然な微笑が浮かんでいることから、完全に怒っているのだと推測できる。



「上司に向かって「げ」とは何だ釣れねえなぁハハハハハ」


「い、いやぁ……そんな事ないスよ、ノブさん? き、聞き間違いじゃないスかねー? ハ、ハハ、ハハハハハ……」



 空笑いの応酬。側から見れば微笑ましい光景かもしれないが、2人の間に流れる空気は冷え切っていた。一刻も早く逃げ出したい。



「そういう事なんで失礼しますねー、ハハハハハ……」


「おい待てや」


「ヒィッ!?」



 ノブさんに背を向けようとしたが最後。俺が逃げ出すよりコンマ1秒早く頭をアイアンクローの要領で鷲掴みにされ、ギリギリと締め付けられる。



「痛い痛い痛い痛い痛い! 割れるっ! 頭蓋骨割れちゃう! 中身出ちゃう! 出ちゃうからぁ! このパワハラ上司ィィィ!」


「……ほう?」


「ほあ゛ああああああ!? 俺何もしてないのにぃぃ!!」


「無自覚かよ馬鹿野郎。お前が何もしてなかったら俺だって何もしねえよ」


「してたじゃん! この前首飛ばしたじゃん! 頭ブッ刺してたじゃん!」



 身に覚えのない理不尽な制裁(物理)に悶絶している俺を、ノブさんが地面に雑に投げ捨てた。そして「んのクソ上司……!」と密かに悪態を吐く俺を見下ろし、



「サイボーグ野郎」


「は?」


「あの全身義体の野郎にお前何やった?」


「な、何って……催眠ガスが効かなかったから、確実な無力化のために反抗する気を徹底的に削ぎ落としてですね……」


「それがやり過ぎだっつってんだよサイコ野郎!」


「ごッは!?」



 今度は脳天に重い拳骨を食らう。正直、銃弾で頭をぶち抜かれるより痛かった。俺は抗議の意思を込めて涙目でノブさんを睨むも、それを遥かに上回る無言の殺気で押し込められる。



「ただでさえマグダラ教の情報源は限られてんだ。アレで精神ぶっ壊れて有力な情報得られなかったらどうしてくれんだ」


「そのためにもう1人捕縛したじゃないスか……!」


「そういう問題じゃねえよ馬鹿! ったく、なんでお前より民間人のガキの方が情報引き出してんだよ……」


「そんな事言われたって……って、その子は今どこに!?」


「あぁ? んな事ぁ今は関係――」


「それうさ耳の小柄な女の子っスよね!? もう目が覚めたんですか!? 無事なんですか!?」


「……あっちで事情聴取中だ。今日はさっさと帰して、後日改めて呼び出すがな……ってオイ!」



 それを聞くやいなや、俺はノブさんが顎で指し示した方向へと走り出した。

 後ろで呼び止める声が聞こえた気がしたが、今はそんなの後回しだ。後でいくら怒られてもいいから、今は彼女の無事をこの目で確認したかった。




 騎士の敬礼を軽く流し、人混みをかき分け、誰かにぶつかり――その先で、ようやく彼女の姿が見えた。




「ええぇぇっと、どどどどうすればいいんだろう? いないいないばぁって歳でもなさそうだし……お、お菓子? そ、そんなの持ってないし……ってうわぁぁぁ泣かないで! な、なにか無いかな……えっと、えっと……」


「……何やってんの、安浦さん?」


「うわぁっ!? くくくくく九頭龍くんっ! ぇっ、ああっ、そのっ、わ、私、えっと……!」


「……とにかく落ち着こうか。ほら深呼吸」


「ひっ、ひーひーっふぅーっ」


「このやり取りどこかでやったよう気が……」



 ハユルちゃんは、わんわん泣いている小学生ぐらいの女の子を慰めようと四苦八苦していた。そこへ突然俺が現れたことで、さらに大混乱しているらしい。

 心配が杞憂だったことに安堵しつつ、不器用な彼女に苦笑した。とりあえずショルダーバッグを探ってみると、のど飴があったので女の子に差し出してみる。すると、すぐに泣き止んでくれた。


 それから女の子に事情を聞くと、どうやらあの騒動で父親とはぐれてしまったらしい。まだ遠くには行っていないだろうと、2人で父親を探すことにする。

 幸い、すぐに父親は見つかった。父親から90度の礼をされた時は少し驚いたが、それになぜかハユルちゃんが90度の礼を返した時は思わず吹き出してしまった。この子は本当にリアクションが面白い。


 親子が立ち去ると、俺たち2人がぽつりと残された。



「九頭龍くん」


「ん? どうしたの?」


「えっと……怪我とか無いですか? 1人で飛び出して行っちゃいましたけど……まさか本当に管理室を取り戻しちゃうなんてビックリしました」


「え、あ、あぁ……アレは違うんだ。俺も頑張ったんだけど、結局テロリスト共に捕まっちゃってね。そこを騎士の人に保護してもらったから、結局俺は何もできなかったんだよ。あ、でも怪我はしてないから安心して」



 息をするように真っ赤な嘘を吐く。俺が全部やったんだと言えば称賛されるだろうが、俺に自分が監察官だと明かしてしまうほどの自己顕示欲は無い。

 そんな嘘にハユルちゃんはキョトンとした顔をしてから、どこか納得したように相槌を打った。



「そうだったんですね。九頭龍くんが無事でよかったです。……本当に、よかった……でも……っ」


「ハ、ハユルちゃん?」


「私っ……九頭龍くんが体を張ってみんなを助けようとしてたのに、何もできませんでした。それどころか、隠れててって言われてたのに勝手に出てきて、勝手に危険な目に遭って、心配かけて……っ」


「いやいやいや! ハユルちゃんが自分を責める必要は無いって! 俺がもっとちゃんとしてれば、君を危険な目に遭わせることもなかったし……こっちこそ、ごめん」


「なんで九頭龍くんが謝るんですか! 九頭龍くんが頑張ってくれたから、私も人質の皆さんも無事で済んだんです! 感謝してもしきれませんっ」



 そうは言われても、民間人を守るのは騎士の義務だ。今回だって俺は騎士としての職務を全うしたに過ぎない。ハユルちゃんが俺を騎士だと知らないとしても、俺を褒めるのはお門違いだ。

 むしろ、ハユルちゃんを危険な目に遭わせたのは俺の詰めの甘さが招いた事だ。決して許されるような事ではない。



「……俺はやれることをやっただけだよ。多分、俺じゃなくても誰かがやってたことだ。このご時世じゃ、民間人が事件を解決することも少なくないしね」


「でも今回がんばったのは九頭龍くんなんです! 九頭龍くんにはみんなの感謝を受け止める権利……いや、義務があると思います!」


「そ、そんなことは無いと思……」


「そんなことあるんですっ! 九頭龍くんは今日のMVPなんですから!」



 頬をリスのように膨らませながら、ハユルちゃんはどこか怒ったようにそう言い切った。意地でも俺を功労者ということにしたいらしい。

 そこまで言ってくれるなら素直に感謝を受け止めるが、それにしたってMVPは言い過ぎだ。何せ、俺の目の前に本当のMVPがいるのだから。



「それを言ったら、安浦さんもお手柄だよ。何たって、今まで何もかもが不明だったマグダラ教会の行動理念を白日の下に晒したんだ。これで捜査も進むだろうし、ハユルちゃんのおかげで救われる命だってたくさんあるはずだよ」


「い、いえっ、私もあの時は必死で……だから、あの……」


「安浦さんにも感謝を受け止める義務、あるんじゃない?」


「……うぅ、それはそうですが……はぅ」



 ハユルちゃんは自分のやったことの重要性がよくわかってないみたいだが、本当に凄いことだ。正直、ハユルちゃんの性格を考えれば、いつパニックになって人質になってもおかしくないと思っていた。

 しかしハユルちゃんは勇気を振り絞り、マグダラ教徒との対話によって情報を引き出し、さらにセキュリティ復活までの時間まで稼いでみせたのだ。



「安浦さんがいなかったら、確実に大量の死者が出てた。安浦さんこそ自分の功績をもっと誇りなよ」


「うぅ、ううぅぅ……も、もうやめてください……恥ずかしくて死んでしまいます……っ」


「なんだ、照れなくてもいいのに」



 潤目に真っ赤な顔、ぺたんと寝かされたうさ耳という、もはや恥ずかしがっているハユルちゃんのお馴染みの反応。非常にいじり甲斐があって面白可愛い。



「わ、私が頑張れたのは、九頭龍くんのおかげでもあるんですよ?」


「え? 俺なんか安浦さんにしたっけ?」


「九頭龍くんがあの時勇気を出して動いてくれたから、私も頑張らなきゃって……勇気を振り絞らなきゃって思ったんです」


「……あぁ、そういうこと」



 重ねて言うが、俺は騎士としての仕事をしただけで勇気を振り絞ったわけでも何でもない。それでも俺が騎士だと知らないハユルちゃんにとっては、俺が正義感溢れる熱血漢か何かに見えてしまうのだろう。

 まぁ、それでハユルちゃんが良い影響を受けてくれたのなら光栄ではあるが。



「私、臆病者だから……いつか変わらなきゃ、いつか勇気を出さなきゃ、って思ってたんです。でも「いつか」「いつか」って先延ばしにしてて……その「いつか」を「あの時」にしてくれたのが、九頭龍くんなんです」


「俺は何もしてないよ。「いつか」を「あの時」にしたのは俺じゃなくて、ハユルちゃん自身だ。それは間違っちゃいけない」


「そ、それでも! 私に変わるきっかけをくれたのは九頭龍くんなんですっ!」



 そんな風に会話をしている中で、ふと俺の頭に小さな疑問がよぎった。それは小さな疑問ではあるが、俺にとっては決して無視はできないものだった。

 俺はハユルちゃんにその疑問を投げかけてみる。



「どうして安浦さんはそこまで「勇気」に拘るの?」



 ハユルちゃんは以前「記者になるために必要だから」と言っていたが、それにしては妙だ。記者になるために必要だからと言って、普通命まで懸けようとするだろうか?

 



「安浦さんは勇気を無理に絞り出してるように見えて……何となく、危なっかしい」


「危なっかしい……? た、確かによく言われますけど、でもさっきはそれで助かる命もあったって――」


「今回は、ね。それはよく頑張ったと思うし、俺もその決意は見習うべきものだと思ってる。でも、もしまた安浦さんが危険な場面に出くわして、同じように身の丈に合わない勇気を出して……それで取り返しのつかない事になったら? それは「勇気」じゃない。ただの「蛮勇」で「無謀」だよ」



 実力差を知ってなお、俺を殺そうとしたジェネラル。

 自分の弱さと臆病さをわかっていて、それでも多くの人々の命を救おうとしたハユルちゃん。


 動機も行動も結果も全て違ってはいるが、それが蛮勇だったという事に変わりはない。

 今回は俺がいたからハユルちゃんは助かった。でも、もし味方がいない所でハユルちゃんが行動を起こしていたらどうなっていたか? その末路こそが、あのオーガ・ジェネラルだ。



「もしそれで安浦さんが命を落としたりしたら……友達として俺は悲しいよ」


「……っ」



 俺は殺すことしかできない。

 死なないことしかできない。

 誰かを救うことは、俺にとってひどく難しいのだ。


 だから、誰にも死んでほしくない。死ぬのは俺だけでいい。俺の目の届くところで親しい人が死ぬのは、もう沢山だ。

 そんな俺にとってハユルちゃんの自己犠牲にも思える無謀さは見過ごせない。許せない。何があっても止めなきゃならない。



「だから、話してほしい。どうしてそこまで勇気を出すことに拘るのかを。もしかしたら力になれるかもしれないからさ」



 できるだけ優しい口調で、諭すように尋ねた。

 俺の問いに対し、ハユルちゃんは逃げるように目を逸らし、顔を俯けて黙ってしまった。それからぎゅっと目を瞑り、しばらくそうしてから――決心したようにゆっくりと顔を上げた。



「……わかりました」



 深く息を吸い、吐き出す。

 そうして決意を固めたハユルちゃんは、まるで自分の罪を告白するかのように、ぽつりと呟いた。



「九頭龍くんは――『白鐘の悲劇』をご存知ですか」




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