第15話『捻くれた騎士道』
異変に気付いたのは、空調で風向きを調整して狙い通りにテロリスト共を眠らせたあとだった。
敵の無力化を確認してから、シャッターのセキュリティを正常な状態へと戻していた時。監視カメラのモニターを眺め、ふと不審な影が映ったのが見えたのだ。
それは、俺の策が成功していればあり得ないはずの光景。俺が散布した催眠ガスは、ガスマスクをしていようが皮膚からの接触で眠りに落とせる特別製。こんなに堂々と外を出歩けるわけがない。
「ハユルちゃんと同じようにトイレにでも隠れてたか……? そんな場所に伏兵がいたのは予想外だな……」
テロリスト共の大半を眠らせた時点で催眠ガスの散布は止めていたが、もう一度散布すべきか? いや、あまりやりすぎると人質の人体に影響してしまう。これ以上はやめた方がいい。
それに、恐らくこいつには催眠ガスが効かない。どういう理屈かは知らないが、こんなに堂々とうろつている時点で効き目が薄いのは明白だ。
「何だこいつ、どんなカラクリを使っ……んん!?」
その男を観察していると、翻ったコートの中でちらりと銀色の鈍い光が見えた。小さい上に一瞬だったが、俺に異常を感じさせるには十分だった。
こいつ、全身を義体化している。科学と魔法の技術を結集させた最新技術――いわゆる、義体化被験者だ。通りでガスが効かないわけだ。
しかし、全身義体化は安全性や倫理の面から完全に違法のはず。その上、かなりの技術力が無ければ全身なんてまず不可能だ。
「おいおい……こんな特大の厄ネタ持ち込んでくるなんて、いったいどこのどいつだよ」
さっさと始末して警察に突き出すつもりだったが、気が変わった。これは確実に何かキナ臭いものが一枚噛んでいる。十中八九、騎士団の管轄だ。
さて、この厄介者をどう捕まえたものか……と、考えると同時に気付く。
「ハユルちゃんがヤバい……!」
この異常事態だ。奴らも元々の作戦が完全にぶち壊されて動揺していることだろう。そんな時、まずはどうするか?
そんなものは簡単だ。原因究明のためにモール内を隅々まで見て回るに決まってる。一度確認した場所も、まず確認しなくてもいいような場所も、全て念入りに。そうなればハユルちゃんが見つかってしまう。
「あぁクソ、だからこういう殺しちゃダメなタイプの任務は苦手なんだよなぁ……!」
セキュリティの回復を自動復旧に切り替え、悪態をつきながら管理室を飛び出す。ハユルちゃんが発見されてしまう前に、あの男を始末しなければ全部終わりだ。
早く、早く、早く、1秒でも早くハユルちゃんの元へ向かわなければ――!
と、飛び出してきて今に至る。
ハユルちゃんが銃を突きつけられているのを見た時は肝が冷えたが、どうやら彼女なりに時間を稼いでいたようだ。かなり出遅れてしまったが、おかげで間に合った。
腕の中のハユルちゃんは気を失っている。催眠ガスの影響と、緊張の糸がぷつりと切れたためだろう。見たところ外傷は無く無事のようだ。
「よく頑張ったね。あとは任せて――《エレ・ウォール》」
安全な場所にハユルちゃんを寝かせ、ドーム状の障壁魔法で覆う。これで戦闘に巻き込まれることはないだろう。
俺は振動魔法で吹っ飛ばしたテロリストの男へと向き直り、バキバキと拳を鳴らす。
「さて……ハユルちゃんに何してんだ鉄屑野郎。バラバラに解体すんぞクソが」
「な、何だ貴様ァァ……何者だ……!」
「おお、まだ起き上がれんのか。結構強めにぶっ飛ばしたつもりだったけど、やっぱサイボーグ相手だと力加減がわかんないな」
「……! その紋章、騎士団の連中か! 魔法界に魂を売った恥晒し共が!!」
「いやいや、お前らほどじゃないよ。息巻いて殴り込みに来たのに間抜けにグースカ寝て……あ、これ人質の人たちもそうだな。失言失言」
「き、貴様ァ……!」
俺の挑発に乗った男が纏っていたコートを脱ぎ捨て、その下が露わになる。監視カメラのモニターで見たものと同じ、銀色の鈍い光を放つパワードスーツのような鋼の身体だ。
右手にはハユルちゃんに突き付けていた大口径のマグナム銃。左手は腕ごとチェーンソーのようなブレードに改造されており、轟音を上げながら刃が振動している。
「殺す! 粛清してやる!! マグダラ教徒の名にかけてッッ!!」
まず動いたのはあちらの方。まるで反動など感じていないかのようにマグナムを乱射し、フロアに銃声が幾重にも重なって響き渡る。
対する俺は、それに対処するよりも男が叫んだ「マグダラ」という単語に驚いていた。まさかこんな所で謎の宗教結社が出張ってくるとは思わなかった。いつ暴れ出してもおかしくない爆弾だったが、ついに動き出したのか。
「上等だ! クソ上司を黙らせる土産ができて嬉しいよ!」
俺が選択したのは、回避でも防御でもなく――特攻。どうせあの弾丸は解魔加工だ。障壁魔法で防いだところで、この距離では破られるだけ。
ならば、一刻も早く無力化することを優先する。ハユルちゃんには悪いが「死なない」縛りはもう終わりだ。
弾丸の嵐が俺の腕を、脚を、腹を、肺を、眼球を、脳を、ありとあらゆる箇所に降り注いで貫通していく。血液や脳漿、その他諸々が飛び散ってフロアに赤い花が咲いた。
が、足は止めない。二度や三度死んだところで俺は止まらない。全身を穴だらけにされては再生し、死に、蘇り、殺され、生き返りながら強引に弾丸の嵐を突破していく。
「な……なんだ貴様は!? なぜ死なない!? ば、化け物……ッ!!」
「人外なのはお互い様だろうよ、鉄屑!」
まさかの強行手段で弾丸を突破された男は、慌ててチェーンソーの腕を振り回す。しかし、たったそれだけでも常人にとっては十分脅威だ。
本能的に恐怖を煽る轟音に抜群の切れ味、そして生半可な攻撃では傷一つ付かないであろう鋼の身体。それら全てが近距離戦では無類の強さを発揮する。
――相手が常人であれば。
「死ねェェエェェ!!」
「ああ、いいよ」
乱暴に振り回されたチェーンソーが俺の肩口を捉え、そこから胴体の中心までを豆腐のように切り裂いた。そして、血液と臓物が雨のように噴き出す――そう、猛毒にも等しい血液と臓物が。
わざと死んだ俺に驚愕するマグダラ教徒の男。数秒後、その驚愕は別のものに対する驚愕となって男を襲う。
「……ッ!? う、腕が……っ、さ、錆びて溶け……ッ!?」
「お前みたいな鉄屑には腐敗毒が一番効く。どうだ? 自分でぶち撒けた返り血に全身を溶かされる気分は」
「ぎっ……ぁあ゛あ、ああぁァァァ!!」
外装を溶かされただけで痛みは無いだろうが、こんな風に破壊されたことはなかったのだろう。無敵だと思っていた自分の武器が破壊されたショックと、徐々に体が侵食されていく恐怖に男は叫び声を上げた。
しかしこれで終わりではない。こういったどんな装備を積んでいるかわからない相手は、念には念を入れて確実に潰すのがセオリーだ。身も心も、丹念に。
「よ、よくも……ッ! この俺の腕を……司教様に授けて頂いた神器を……!」
「神器? 何勘違いしてんのか知らないけど、もうそれただのガラクタだから。俺を倒したいなら、聖剣クラスのマジモンの神器持ってこないと……あ、不恰好なのが嫌なら切り離してやるよ。――《ギガス・クエイク》」
「ぎゃあッ!?」
半壊した左腕を鷲掴み、振動魔法でぶっ壊す。ジョージや道中の輩に使った振動魔法の強化版だ。内側からの超振動によって内部から全てを破壊する得意魔法。こいつのような硬い相手には滅法強い。
結果、壊れたチェーンソーの左腕はゴトリと肩からもぎ取られる。
「……お、まだ魔力通せば動くっぽいな。せっかくだし、さっきの仕返しでもしとこうか」
「や、やめっ……がああああぁぁッ!!」
もぎ取ったチェーンソーを振るい、俺が切り裂かれたのも寸分違わず全く同じ場所――右肩から胴体の中心部までをバッサリと切り捨てる。
さっき俺がやったのと同じように、黒いオイルや人工血液が辺り一面に飛び散った。だが、サイボーグはこれぐらいで死にはしない。俺の役目は生け捕りなので、死にさえしなければ大丈夫だ。
「き、騎士ともあろう者がこんな事をして……許されると思うな……ッ」
「それをお前に言われてもなぁ……ま、騎士らしくないのは認めるけど。お前みたいな悪を滅ぼすためなら、俺は手段は選ばないし」
どれだけ残虐な行為だろうが、それが合理的だと思えば迷わずそうする。俺には俺のポリシーがあって騎士なんてのをやっているのだ。
「『毒をもって毒を制す』、『ちょっと死んだくらいじゃ諦めない』、そして――『女の子には超紳士的に』。それが俺の騎士道だ」
俺は蹲る男にさらに詰め寄り、
「……さてと。お喋りはここまでにして、そろそろ『毒をもって毒を制す』としようか。――《サイレンス》《ギガス・クエイク》」
「――っ!? ――!!」
お馴染みの消音魔法によって不快な絶叫をシャットアウト。ついでに、逃げられないように脚も破壊しておく。ブチブチと魔力導線や人口筋肉が引き千切れ、ネジや金属の破片が無残に散らばった。
これで、この男はまな板の上の鯉も同然だ。実際はもっと醜いが。俺はもはやただの鉄の塊と化した男を見下ろし、
「確か最新の義体化被験者って、脳と心臓以外は潰されても平気なんだっけ? いやー、最近の科学は凄いね。俺なんかその辺サッパリだから、第7師団のエンジニアの方々は尊敬しちゃうよ」
「――っ、――!?」
「ってワケだから、ちょっと科学のお勉強に付き合ってくれない? お前のパーツ一個一個丁寧に解体するから。ハユルちゃんが味わった恐怖、何倍にもして返すからじっくり味わえよ?」
「ッッ!? ――ッッ!! ――――!!」
どれだけ叫ぼうと、もう俺には届かない。
目を。鼻を。耳を。舌を。歯を。喉笛を。胸を。膝を。腰を。腹を。内臓パーツを。擬似筋肉を。鉄骨を。伝達神経を。全て、全て、丁寧に丁寧に潰していく。
そして切断された四肢の継ぎ目を執拗に抉り、突き刺し、刻み、神経に直接拷問のような痛みを与え続ける。
「痛い? 痛いよな? 痛いって言えよ、なぁ?」
「――! ――――ッ!!」
「……って、もう聞こえないんだっけ。俺ってばうっかり。まぁいいや、痛みと恐怖さえわかってくれれば。いやね、俺だって不死身とはいえ痛みは普通にあるんだよ。だから毎回毎回殺されんのだって、慣れたといっても辛いのは辛いわけ。だから、さ」
ハユルちゃんと同じ恐怖を。
俺と同じ痛みを。
骨の髄まで理解した上で、悔い改めろ。
淡々とした静かな、しかし残酷な追い討ちの末に、マグダラ教徒の男は意識を手放して沈黙した。
「……ふぅ、やっと気絶したよ。マグダラ教徒の根性すごいな。お、丁度セキュリティも復活したか」
シャッターが開き、太陽の光がショッピングモールに差し込む。今まで蛍光灯が破壊されたせいで薄暗かったので、眩しさに少し目が眩む。
そんなぼやけた視界の中で、機動隊や騎士団が次々となだれ込んできた。そのどちらもが、人質とテロリストが仲良く眠っている光景に唖然としていた。俺は2階から1階のロビーへと降り立ち、増援に来てくれた人達を迎える。
「な、何だコレは……!? 一体何がどうなって……!」
「わざわざご苦労さまです。でも、もうあらかた片付いちゃしまして。とりあえずみんな病院送りで」
「あ、あぁ。貴官は……まさか『蛇王』殿……!? そうか、それなら納得だ……」
「催眠ガスはもう残ってないと思うんで、あとはお願いします。あ、でもまだ伏兵が残ってる可能性もあるので十分気を付けて」
後は任せたと言わんばかりに、武装を解いてバトンタッチする。俺の指示を受けた騎士団はテロリスト達を回収し、機動隊の方も事態が収束したのを確認すると人質となっていた人々を運び出し始めてくれた。
この辺のスムーズな役割分担と手際は流石のものだ。あとは彼らに任せておけば問題ないだろう。俺は俺でノブさんに報告……の前に、
「ハユルちゃんの無事を確認しないとな」
安全地帯でバリアに包まれているハユルちゃんを迎えに行く。俺自身さっきの戦闘で少し気が立っているので、早く彼女の無事な姿を見て安心したかった。
俺は伸びをしながら、その場所へと向かおうとした――
――その時だった。
「……っ!? 何だこの魔力の流れ……?」
大気中の魔力の流れ不自然なことに、ほぼ直感的に気付く。ただ魔法を使っただけでは、こんな広域で不自然な魔力の流れ方はしない。
ここまで魔力の流れが変わるのは、何かしらの大きな術式が発動した時ぐらいだ。それこそ、その周囲一帯の空間を巻き込むような大掛かりな術式でなければ。
「ッ! 誰だ!?」
異常な魔力の流れの根源を辿ると、3階のロビーに不審な人影が映った。俺は反射的にその人影に向かって呼びかけたが、答えなどわかりきった事――2人目の伏兵の男だ。やはりどこかに潜んでいたか。
「ク、クク……ハハハハッ! 飛んで火に入る夏の虫とはこの事よ! 薄汚い騎士どもめ、ここで一網打尽にしてくれるッ!!」
大量の騎士と機動隊に包囲されたこの状況で、たった1人でいったい何ができる? ……とタカをくくってそこまで警戒していなかったが、このレベルの魔力の歪みは想定外だ。まさか反魔法界過激派が、よりにもよって魔法を使ってくるとは思わなかったというのもある。
そしてあの男は間違いなく、この包囲網を突破できる「何か」を持っている。この状況から逆転し得る大掛かりな術式とは何か? 思い当たるものと言えば――
「まさか……! 総員! あの男を撃ち……」
「もう遅いッ! 召喚魔法、発動ッッ!!」
魔力の奔流が青白い火花となって迸り、地響きと共にショッピングモールの建物が空間ごと揺れる。
激しい暴風と地鳴り、そしてマグダラ教徒の狂ったような高笑いにフロアが埋め尽くされ、どこから何が来るか全くわからない状況だ。
「クソっ、俺はともかく周りの人達が……!」
と、俺が焦りを見せた直後。
ふと背後でガラスが割れるような音がして、反射的に振り返ろうとした次の瞬間――
「は……? え……?」
俺は上半身だけになって、空中へと投げ出されていた。




