第13話『異常事態』
「きゃっ……むぐっ!?」
「落ち着いて! ――振動魔法《サイレント》!」
叫びそうになったハユルちゃんの口を手で塞ぎ、周囲に消音効果のある振動魔法を展開する。
それから物陰へと素早く飛び込み、隠密魔法を重ねがけして極限まで存在感を薄くした。気休めだが、非常事態の喧騒の中ならしばらくは有効なはずだ。
「ぷはっ! な、何ですかこれ!? 今のって銃声……!? 何が起こってるんですかっ!?」
「俺もよくわかんないけど、強盗かテロリストか何かがショッピングモールを占拠ってとこかな、多分! ったく……久々の休暇だと思ったのに、どうして俺はしょっちゅうトラブルに巻き込まれんのかなぁ……!」
「テ、テロリスト!? な、なななな何で!? ど、どうしましょうっ!? 私まだ死にたくな――」
「《マインド・ダウン》――落ち着いて、安浦さん。ほら、ゆーっくり深呼吸」
隠密魔法と消音魔法を重ねがけしているとはいえ、このままハユルちゃんのパニックが加速すれば満足に動くことすらできない。
なので、ハユルちゃんには精神干渉魔法で強制的に落ち着いてもらった。ある程度ハユルちゃんの呼吸が落ち着いてきたところで、ゆっくりと諭すように語りかける。
「聞いて、安浦さん。この後テロリスト……かはわからないけど、あいつらは人質を1階に集めるはずだ。そんで身代金でも要求するか、そのまま強盗でもするかのどっちかだと思う」
ほぼ確実に奴らはそうする。こういった輩は120年前に比べるとかなり増加したらしいが、手口そのものは一定だ。俺だって同じ立場なら同じ手口を使う。それが一番確実だからだ。
「今下手に抵抗すると、周りへの被害が予想できない。動くなら人質が一箇所に集められてからだ。人質が一箇所に固められたのが確認できたら、安浦さんはそこのトイレの個室に逃げ込んで。奴らも一度確認した場所にわざわざ戻ったりはしないはずだ」
「く、九頭龍くんはどうするんですか……?」
「俺は何とかしてセキュリティ管理室を奪還しに行く。あそこさえ奪い返せば、立て篭もりなんてできないしね」
「む、無茶ですっ!! 相手は武器を持ってるんですよ!? いくら九頭龍くんが強くても死んじゃいます!!」
魔法で強制的に精神を落ち着けられてなお、ハユルちゃんは必死な様子で俺を引き止めようとしていた。
軽い精神干渉魔法とはいえ、普通はここまで感情を発露できないはずなのだが……それを物ともせず、心の底から俺の身を案じてくれているようだった。
正直、ここまで心配されるのは初めてのことなので少し面食らう。嬉しくもあり、照れ臭くもあり、だからこそ――良いところを見せなければ、と燃えてくる。
「大丈夫だよ。俺は死なない」
「し、死なないって……どこからそんな自身が湧いてくるんですか!? 何を根拠にそこまで……!」
「根拠ならあるさ。俺は『不死身』だ」
「ふ、ふじみ……?」
「そ。不死身。すげー不死身。ちょっと撃たれたぐらいじゃ痛くも痒くもないし、何なら首飛ばされても死なないから。信じるかどうかは安浦さん次第だけどね」
不安そうなハユルちゃんの頭をぽんぽんと軽く撫で、軽口で俺は大丈夫だと安心させる。それから念押しするように、
「安浦さんは見つからないように隠れてればいい。周りに誰もいなくて余裕がありそうなら、通報もしてくれるとありがたいな。あと、もし捕まりそうになったら無理せず人質になること! 下手に逃げ回るより絶対安全だから! ……できるね?」
そう確認した俺に対し、ハユルちゃんはしばし躊躇うような表情をしてから――心を決めたように強く頷いた。
「……わかりました。そこまで言うなら、九頭龍くんを信じます。絶対に死なないでくださいね」
「ああ、約束するよ。……そろそろ人質を集め終えた頃かな。じゃあ、行って! 早く!」
「はいっ!!」
タイミングを見計らってハユルちゃんの背を押し、指定した場所まで逃がす。ハユルちゃんに関してはこれで大丈夫だろう。次はセキュリティ管理室の奪還だ。
大雑把に確認したところ、敵の総数は十数人。覆面を被っているため素顔はわからないが、全員男だろう。そして、この手際からしてこういった犯行に手慣れている。
俺がキャッチした血の臭いと、ハユルちゃんがキャッチした金属音――銃火器をスタンバイする音が無ければ、俺もすぐには対応できなかった可能性が高い。相手にとって不足なし、といったところか。
総評――少しだけ面倒臭い相手だ。
「20人ぐらいの手練れに気付かれずに管理室に行って、素早く見張りを片付けて、内部の制圧までたった1人で迅速にこなす……ハッ、クソ上司の無茶振りに比べれば楽勝すぎるな」
さて、さっきハユルちゃんと約束したからには「死なない」というのはできるだけ守ることにしよう。
まずは振動魔法による消音空間を、俺から半径10メートルの範囲に固定。遭遇戦での銃声をかき消し、交戦そのものを悟らせない。
次にノブさんに連絡。すぐにこちらへ事後処理要員を送ってくれるようだ。……テロリストそのものはあくまで俺1人で片付けろと。上等だ、10分で終わらせてやる。
「それじゃ、そろそろ行くか。――武装展開!」
駆け出した俺の体に黒ずくめの装備が装着され、機械仕掛けの黒蛇のマスクが俺の顔を覆う。それから、頭の中で管理室までの最短ルートを描き出す。
モール内のマップは確認済み。まさか事前のリサーチがこんな所で役に立つとは、と苦笑しながら算出したルートを辿っていく。
すると、早速目の前にデートをぶち壊してくれやがった輩が1人。
「ッ!? なんだお前は――」
「邪魔。《クエイク》」
「ぐぁッ!?」
足裏で小さく火炎魔法を炸裂させ、その勢いで銃を構えた相手の懐に潜り込む。そして、そのまま引き金を引かれる前に振動魔法を込めた掌底を叩き込んだ。激しく脳を揺さぶり、一撃でKO。ただの雑魚だ。
しかしあまり雑魚の相手をしすぎても、倒れているテロリストをほかの仲間が発見して警戒されてしまう。あくまで戦闘は最小限に、だ。
目を回しているテロリストを手早く物陰に隠し、再び管理室へと走り出す。ぶっちゃけここが一番の難関だ。敵との遭遇率はほぼ運に任せているので、あまり遭遇戦にならないことを祈るばかり。
そんな祈りが天に通じたのか、管理室付近に到着するまでに俺に気付いたテロリストはさっきのを含めてたったの2人だった。できるだけ目立たないようにしていた甲斐があったか。
「よしよし、思ってた以上に順調だ。あとはヌルゲーだな……っと」
管理室の前に見張りが2人。このまま飛び出しても倒すこと自体は余裕だが、管理室の中にいる人数がわからないので無傷とはいかないかもしれない。
「死なない」という縛りを考えるとゴリ押しするのは得策ではない。よって、ここで取るべき方法は……
「ちょっと前にもコレやったっけなぁ……」
体から睡眠毒を揮発させ、催眠ガスとして散布する。銀行強盗事件の時と同様の方法だ。無色透明な上に臭いもしないので、気付かれる心配はない。
数秒後、見張りは2人ともぱたりと前のめりに倒れて眠ってしまった。2人の意識が無いことを確認し、管理室のドアを音もなく数センチだけ開ける。そして、その隙間から同じ催眠ガスを散布した。
直後、中からバタバタという音が聞こえたのを確かめてから管理室に入る。中にいたテロリストは3人。全員、ぐっすりと眠っているようだ。
その近くには、元々ここを管理していたであろう職員の銃殺死体が2つ。瞳孔が開いた目を閉じさせ、手を合わせておく。
「惨いことしちゃうね、連中も……さて、これで制圧完了だ。色々と弄くり回しますかね」
逃げられないように出口を始めとしたあちこちのシャッターを閉められているので、それを元に戻さなければならない。が、それはテロリスト共をできるだけ無力化し、人質の安全が確保できてからだ。
監視カメラのモニターを確認すると、外にはすでに騎士団と機動隊が到着していた。機動隊はハユルちゃんが通報して呼んでくれたものだろう。仕事が早くて助かる。
「うわ、シャッターのセキュリティがメチャクチャになってんな……こりゃ復旧に時間がかかりそうだ。その前に奴らの無力化だな。銀行強盗の時みたいに全員眠らせられれば楽だけど……広すぎてガスが充満しづらいな」
銀行は狭かったのでガスの充満も一瞬だったが、ショッピングモールとなると話は別。せめて人質の周囲にいるテロリストだけでも最優先で眠らせたいのだが――と頭を捻っていた時。ふと、ある物が目に入った。
「……これなら使えるか」
これに俺の毒を合わせれば、敵を一網打尽にできる。それに気付くと同時に、モニターに反射した俺の顔が悪魔めいた笑顔になる。
「クククッ……俺の休日を潰した罪は重いぞ、テロリスト共……!」
◇◇◇
なんで、こんな事になってしまったんだろう。
なんで、ここで起こってしまったんだろう。
なんで、よりによって今日なんだろう。
気を抜くと押し潰されそうになるほどの心細さを、そんな行き場のない怒りに変換して塗り潰す。
なんで、私達がこんな目に遭わなければならないんだ。
あの人達は何が目的なんだ。
私達をどうしたいんだ。
なんで私は――逃げることしかできないのか。
腹が立つ。
何もしていない私達の平和を脅かす奴らにも。
九頭龍くんが命を賭して立ち向かっているのに、こうしてトイレの個室でガタガタ震えることしかできない自分にも。
自分が立ち向かったところで、足手まといになってしまうことはわかっている。きっと私が動いたところで、九頭龍くんの負担が増えるだけだ。
だから九頭龍くんも、私にはただ「逃げて」としか言わなかったのだろう。その無力感が、恐怖や怒りと同じくらい私の心に暗い影を落とす。
「あ……そうだ、通報しなくちゃ……!」
九頭龍くんに唯一頼まれていたこと。怯えるばかりですっかり記憶から抜け落ちていた。
まず周りにテロリストがいないことを異常発達した聴覚で確認する。ずっと嫌いだったこの体質がこんな所で役に立つなんて、皮肉なものだ。
それから、震える指で110番にコール。声が小さい上に震えていたため、何度も聞き返されたが状況の説明はできた。
あとは、九頭龍くんの無事を祈りながら待つだけ。
しかし、その「待つ」という行為が今の私にとっては地獄にも等しい。
すすり泣く声。
押し殺された怒りの声。
過呼吸。
嗚咽。
子どもを宥める母親の震えた声。
下卑た談笑。
指が引き金に触れる金属音。
恐怖。
恐怖。
恐怖。
恐怖。
恐怖に喘ぐ心臓の音。
その全てが頭の中でリフレインして、私の心の中を恐怖という恐怖で埋め尽くしていく。
もし見つかったら?
さっき通報してた時の声が聞かれてるんじゃないのか?
それであえて泳がされてたら?
殺される?
死ぬ?
それよりもずっと酷い目に遭う?
死ぬ? 死ぬ? シぬ? ――父さんみたいに?
「いや……いやぁ……っ」
嫌でも耳に入ってくる人々の「恐怖」が、私の中の死への恐怖を増幅させる。視界は曇り、思考は黒に。周囲と自身の「恐怖」が混ざり合い、もはや誰が誰だかわからなくなる。
嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ
死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて――
「助けて、父さん――」
私がそう呟いた瞬間。
「……え?」
全ての音が止んだ。
恐怖と焦燥の心音は消え去り、何もかもが寝静まったかのような吐息の音しか聞こえない。
「なに……これ……?」
気が付くと、私はその場から立ち上がり、ふらふらと覚束ない足取りで隠れていた個室から出ていた。
突然の出来事に頭が追いつかない。不思議と恐怖も感じない。私の頭の中を埋め尽くしていたのは、疑問。今の一瞬で、何が起こったのか……それを確かめずにはいられなかった。
何かに取り憑かれたようにトイレから足を踏み出す。そして、1階の広場が一望できるフロア中央に向かおうとして――背筋に走る異常な悪寒にぶるりと震えた。
ますます訳がわからなくなり、私は寒気を堪えながら人質が集められている広場をそっと見下ろした。
すると、そこには異様な光景が広がっていた。
「みんな寝てる……?」
人質も、テロリストも、その場にいた全員が地面に蹲ってビクともしない。耳に入ってくる呼吸の音で、かろうじて人々が死んでいるわけではないことがわかる。
だからこそ、意味がわからない。先程の恐怖と悪意に満ちた空間に比べると緊張感に欠けるこの状況は、私にとって不気味ですらあった。
「な、何が起こってるの……どうしてみんな寝て……!?」
食い入るようにその光景を見つめ、呆然とする。様々な疑問が折り重なり、私は混乱に混乱を重ねた。その中でも、特に大きかったのは2つ。
どうしてこんな事になっているのか。果たして九頭龍くんは無事なのか。その疑問に頭を埋め尽くされた私は――
「動くな」
背後から忍び寄る気配に気付けなかった。その声で一気に現実に引き戻されるも、時すでに遅し。
後頭部に感じる冷たく固い感触に、宙に浮いていた思考が再びパニックに陥りかける。そんな中で、自分の状況だけは理解できた。
「抵抗せずに質問に答えろ」
私は、銃を突きつけられていた。




