第12話『束の間の日常』
そして、約束の日曜日。
昼時というのもあってショッピングモールは家族連れやカップルなどで賑わっており、ぼーっとしていると人混みで迷子になってしまいそうだ。
かく言う俺は、待ち合わせ場所の広場で突っ立って待ちぼうけ状態。現在時刻は午前11時の少し前――指定されていた時刻の1時間以上も前である。
「いくら楽しみだったからって流石に早すぎたな……何だよ1時間って、せめて30分だろ。俺だけ舞い上がって恥ずかしい……」
などと自分で自分にツッコミつつ、通行人の群れをぼんやりと眺める。何となくチラチラと見られているような気がして居心地が悪くなった。
もっとも、そんなのは俺の思い過ごしなのだろうが。そんな事を思ってしまうぐらいには退屈だった。
と、1人虚しい時間を過ごしていた時だった。
「く、九頭龍くん……?」
「ん? ……あれ!? 安浦さん!? どうしたの、こんな早い時間に!?」
「それは、その……今までこんな風に誘われることって無かったので、楽しみで居ても立ってもいられずに……うあぅ……」
どうやらハユルちゃんも俺と同じ気持ちのようだった。ハユルちゃんは舞い上がりすぎたことを恥ずかしがっているのか、頬を赤らめながらこちらの顔色を伺うように上目遣いをした。
その様子がいかにも小動物らしくて可愛らしかったので、少し悪戯心が湧いた俺はハユルちゃんをからかってみる。
「へぇ〜? ふぅ〜ん? 俺とデートするのそんなに楽しみだったんだ?」
「デ、デー……っ!? べっ、べべべつに今日来るのは九頭龍だけじゃないじゃないですかっ! それを言うなら九頭龍くんだって同じじゃないんですかっ!」
「うん、そうだよ。いやぁ、俺だけ舞い上がってたのかと思ってたから、安浦さんも同じで安心したよ」
「そっ、そそそうですか、わ、私も、です……」
ハユルちゃんは「うぅ〜……」と唸りながら、うさ耳をぺたんと寝かせて顔を隠してしまった。なんだそのポーズは。反則的に可愛いじゃないか。あざとい。だがそれがいい。
その小動物めいた挙動にばかり目が行っていたが、彼女の私服も可愛らしいものだった。袖口にレースがあしらわれた白いカットソーに、春らしい桜色のスカート。ハユルちゃんによくにあった女の子らしい服装だ。眼福眼福。
そして何と言っても、
「……安浦さん、実は着痩せするタイプだったり?」
「うぇ!? 私そんなに太って見えますかっ!? た、確かに最近ちょっと体重が……って何てこと言わせるんですかっ! もうっ!」
「いやそういう事ではなく」
太っているというか、ふくよかなのはもっとこう……局所的に。小柄な体格の割に大層なモノをお持ちで……なんてガン見していたらイメージが最悪なので、そっと目をそらす。
「まぁそれはいいとして、あいつらが来るまでまだ時間あるけど……どうしようか?」
「お昼には若干早いですよね。もうちょっとここで待って――ん?」
ハユルちゃんが何かに気付いたように携帯端末を取り出す。どうやらメッセージが来たらしい。
画面に表示されているであろうメッセージを見てハユルちゃんは「えっ」と声を漏らし、それから俺にそれを見せてきた。
「あの、2人からほぼ同時にこんなのが……」
ハユルちゃんの携帯の画面には、こうあった。
『……すまん、風邪を引いた。今日は行けん』(羽多野)
『オレいきなり補習入ったんだけど酷くね!? つーわけでオレ行けねえわ、すまん!』(柳沢)
「嘘だろ、言い出しっぺが2人とも休みやがった!?」
「どうしましょう? 今日は解散にしますか?」
「いやぁ……せっかく予定空けたのに、このまま帰るのももったいないような……あ、ちょっと待って」
すると、俺の方にもメッセージが1件来ていた。
誰からかと思えば、羽多野からだった。
『安浦から聞いただろうが、俺とあのゴリラは休む』
『いい機会だから安浦のこと懐柔しとけ』
『風邪ってのは嘘だから、気にせず羽伸ばしてこいよ』
『ちなみにあいつの補習はガチだ』
なんと、羽多野は俺に気を遣って仮病を使ったようだった。まさか羽多野がこんな事をしてくれるとは思っていなかった。流石は馬鹿コンビの比較的馬鹿じゃない方。脚フェチに悪い奴はいなかった。
もう1人の馬鹿のことは、そっと記憶の外に放り出すことにしよう。
「うん、やっぱりこのままどこか行こうか。せっかくの機会だしね」
「そうですね。じゃあお昼の時間まで散歩でもしま――」
と、その瞬間。
ハユルちゃんの方から「ぐうぅぅぅ」という派手な音が。彼女は再び耳を寝かせて赤面した顔を手で覆い隠し、
「朝……食べてなかったんです……っ」
「はは、じゃあちょっと早めのお昼にしようか。この辺ならあそことかどうかな? 最近人気のパスタ専門店。カルボナーラが絶品らしいよ」
ここで俺の本気のリサーチ力が発動。今日が楽しみすぎて周辺の人気店は全て調査済みである。人気メニューだろうが、通向けのメニューだろうが何でも御座れ。
さぁ、今こそリサーチの鬼となった俺の努力の成果が発揮される時――
「あの……それだったら私、行ってみたい所があって」
「ッ!?」
まさかのあちらからのリクエスト。いや、まだ焦る時間じゃない。ハユルちゃんみたいな女の子が好きそうな店は完璧に抑えてある。何を聞かれようが、知る人ぞ知るような店でもなければ問題ない。
「あまり人気の店じゃないんですけど、そこの知る人ぞ知る裏メニューというものに興味があって……」
「ッッ!?」
おおおお落ち着け俺。まだだ、まだ焦る時間じゃない。まだワンチャンある。頼む、俺のリサーチした範囲であってくれ――!
「コレです! この特盛激辛ラーメンが食べてみたかったんです!」
「oh……」
まさかのチョイス。当然リサーチ範囲外。裏メニューどころか店の存在すら知らなかったレベルだ。
そもそもこんな小動物みたいな外見で、食べるの大好き&辛い物大好きなんて想像できるか。こんなもの詐欺だろう。胸か。全部胸に行ってるのか。
というか、目の前にあるコレは本当に食べ物なのだろうか。真っ赤すぎて思わず「わぁ、地獄かな?」って言ってしまったんだが。しかも、そんなのが普通のラーメン5杯分は軽くあるという。まさしく地獄。
そして、そんな地獄を汗ひとつかかずに驚きのペースで平らげていくハユルちゃん。こっちはこっちでダ◯ソンのようだ。
「い、意外とよく食べるんだね……」
「えへへ。この店、前から行ってみたかったんですけど1人じゃ心細くて。やっと来られて嬉しいですっ」
「そ、そう……」
本人が満足しているなら何も問題無いのだが。店員さんも周りの人も、俺のチャーハンセットと見比べて困惑していた。「え? これ頼むの? しかも男の方じゃなくて?」という感じで。
「辛くないの? ってか痛くないの?」
「辛いですけど、思ったよりはマイルドですよ? 一口どうですか?」
「遠慮しとくよ……」
こんなに可愛い女の子からの「あーん」なんてご褒美以外の何物でもないのだが、生憎と今日は「あーん」される物が凶悪すぎる。俺の胃腸と肛門を殺す気か。不死身でも死ぬわ。俺は見ているだけで十分だ。
しばらくハユルちゃんを観察していると、視線に気付いたハユルちゃんが困ったような顔をした。
「あ、あの……そんなに見られると食べづらいんですが……」
「あぁ、ごめんごめん。ハユルちゃんが食べてるとこ見てると元気になってくるんだよね。主に食べっぷり的な意味で」
学校でも見て思ったが、ハユルちゃんは本当に美味しそうに物を食べる。一口食べるごとに至福の表情を浮かべるので、思わずこちらもお腹が空いてくるほどだ。
あと、超ハイペースで食べているのに服に1ミリたりとも汁を飛ばしていないのも地味に神業だ。
「見てるとこっちも幸せになるよね」
「そ、そうですか? たまに言われますけども……すみません、お見苦しいところを」
「いや? ウサギそのものみたいで可愛いと思うけど」
「へぁっ!? かっ、かかかかかっ、かわわわわわっ!?」
あ、ハユルちゃんが壊れた。
本人には申し訳ないが、この子をからかうのは本当に面白い。リアクション芸人みたいだ。もちろん、本心から可愛らしいとは思っている。
ハユルちゃんは壊れた機械のようにワタワタしてから、
「も、もうっ! 恥ずかしくて食べられないじゃないですかっ!」
「あれ、食べないの? 伸びちゃうよ?」
「……食べますけどっ! もう、ばかっ」
俺がジョージだったら「ありがとうございますッ!!」と叫んでいたことだろう。俺も叫びかけた。なんだこの可愛い生き物は。
その後、食べるスピードがガタ落ちしたせいで結局最後にはラーメンが伸びてしまっていた。ハユルちゃんは俺を涙目で睨んでいたが、顔が未だに真っ赤なのを指摘すると、
「げ、激辛のせいですから! それだけですからっ!」
と、必死に言い訳していた。これ以上からかうと機嫌を損ねてしまうので、そろそろ自重することにする。俺の口元のニヤつきが抑えられていたかはまた別の話だが。
◇◇◇
その後、拗ねるハユルちゃんの機嫌を何とかして直してからショッピングモール内をうろつく。
俺はあまり目的というものは無かったのだが、ハユルちゃんは「カメラの周辺機器を見に行きたい」と行っていたのでモール内の専門店に行くことにした。
「安浦さんって、やっぱ写真とか好きなの?」
「ええ、見るのも撮るのも好きです。新聞部で使う以外にも、よく風景を撮りに行ったりするんです。……この前はちょっと酷い目に遭いましたけど」
「酷い目?」
「たまには街を撮るのも悪くないと思って、学園の近くの広場にいたんですけど……ほら、私と九頭龍くんの初対面の直後です」
「あ、あぁ……」
なるほど、あの広場にハユルちゃんがいたのはそんな裏事情があったのか。その後のことは俺も知っている……というか、俺も現場に居合わせていたのだから当然だ。
もっとも、認識阻害の装備をしていたのでハユルちゃんには俺があの騎士だとはわからないのだが。何とももどかしいことだ。
「ちょうどその時、広場に魔物が出たんです。私もすぐ逃げようと思ったんですが、重症の男の子を見つけて放っておけず……助けに行ったら私まで飛んできた瓦礫で足を骨折してしまって。あの時は死んだと思いました」
「うん」
「そしたら突然、ビルの上から騎士さんが降りてきて私たちを助けてくれたんです! あの人のおかげで男の子も一命を取り止めたみたいで……ち、治療法は少し……いやかなりグロ……ショッキングでしたけど。とにかくすごかったんですっ!」
「……ソ、ソレハスゴイナー」
「できることなら、もう1度あの騎士さんにお会いしてお礼をしたいなって思ってるんですけど……顔が隠れていたのが残念で仕方ありません……」
「大丈夫だよ。その人もきっと安浦さん達を助けられて嬉しいだろうし、男の子が無事だってわかって安心してると思うよ」
「そうだといいんですけど……」
俺自身の本心をぼかして言う。正直なところ、監察官のこともそうだが男の子の事の方が心配だったので、ハユルちゃんから彼の無事が聞けて安心した。
しかし、あの子が無事だったのは俺のおかげではない。あの子が延命できたのは、ハユルちゃんの回復魔法によるものが大きいのだ。
ハユルちゃんの回復魔法は俺の思っていた以上に質が高く、適性の薄い俺ではああはいかない。あの場で一番役に立ったのは、ほかの誰でもないハユルちゃんだ。
それを誇示しないどころか、自分の功績の大きさに気付きすらしないとは……まぁ、彼女らしいと言えば彼女らしいか。
「それよりさ。安浦さんが撮った写真、見て見たいな。結構あるんでしょ?」
「うぇっ!? あ、あるにはあるんですけど……下手ですよ?」
「大丈夫、大丈夫。俺なんて写メですら手ブレが酷すぎて、もやは何撮ってるかわかんないレベルだから。だから参考に見せてもらいたいな」
「それはそれでどうなんでしょう……そ、そこまで言うなら……」
自信の無さによる不安と、興味を持ってもらえた嬉しさが半々といった様子で、ハユルちゃんは一眼レフカメラを取り出す。そして、カメラに入っている写真を何枚か見せてくれた。
「綺麗に撮れてるじゃん。全然下手なんかじゃないよ」
ぶっちゃけ、付け焼き刃の知識では何が上手で何が下手かよくわからない。しかし、そんな素人目で見ても上手く撮れているものばかりだった。
これは植物園かどこかだろうか。春らしい色とりどりの花々、小鳥、蝶、そして夏への移り変わりを思わせる青々と茂った木々。それらが時には可愛らしく、時には雄大に映し出されている。
「それに、なんか楽しそうだね。写真見ただけでもそれが伝わってくるよ」
「ええ、実際楽しいです。綺麗な風景を私の手で綺麗に撮ってあげられると、何となく誇らしくて。よかったら今度ご一緒しませんか? 携帯でも綺麗に撮れるコツぐらいなら教えてあげられますよ」
「え、いいの? じゃあまた今度行こうか!」
「はい、その時はまた誘いますね。ふふっ、仲間が増えて嬉しいです。いつもは1人なので」
「新聞部の人とは行かないの? あそこも写真が趣味の人はいっぱいいそうだけど」
「あぁ……いえ、あの人たちはゴシップ記事作るのに忙しいので。九頭龍くんの根も葉もない噂を積極的に流してたのもあの人たちなんですよ? 全くもう……」
溜息を漏らすハユルちゃんの表情は、怒っているというよりは、それを通り越して呆れているといった様子だ。やはり自分の所属する部でも、自分とは真逆のスタンスにうんざりしていたのだろう。
「辞めないの? 新聞部」
「もうちょっとだけ続けようかと。あそこの機材をフル活用して、九頭龍くんの誤解を解いたら辞めます。ノウハウは十分盗めましたからね」
「意外と抜け目ないんだね……」
相変わらず、この子はメンタルが強いのか弱いのかよくわからない。
しかし俺が気にしているのはもっと別のことだ。それは、悪い言い方をすればハユルちゃんを利用しているという現状。そして、俺自身もハユルちゃんにかなり肩入れしてしまっていること。
監察官は本来、誰に対してもニュートラルでなければならない。見かけ上は仲が良くても、実際には誰にも肩入れされず、誰にも肩入れしない。それが監察官のあるべき形なのだ。イレギュラーがあったとはいえ、今の俺は監察官としては落第だ。
が、しかし。
俺はそこまで非情になれない。そこまで周囲に無関心になれない。そこまで一線を引けない。
せっかく血みどろの日々から解放されたのだ。この学園でもっと色んな物を見たい。もっと色んな人と話したい。もっと普通の生活というものをしてみたい。そして――。
――ゾクリ。
「っ!?」
直後、俺の背筋に悪寒のようなものが走るのを感じた。宙に浮いていた思考は一瞬にして冴え渡り、全身の細胞が危険を察知し始める。
殺気……ではない。悪寒の正体は、もっと直接的なものだ。恐らくは、今さっきすれ違った男から漂ってきた――血と火薬の臭い。蛇特有の優れた嗅覚がなければ全く気付けないほどに微かだったが、確かにその男は鉄臭い空気を纏っていた。
「……? どうしました?」
「ちょっとこっち来て」
念のため、ハユルちゃんを比較的人混みから離れた場所まで連れて行き、
「安浦さん、耳いいんだったよね? このフロアでなんか妙な音とかしない?」
「お、音ですか? いきなりそう言われても……一応確認してみます」
ハユルちゃんは目を瞑って集中しながら、耳をぴょこぴょこと動かして周囲の音を聞き分ける。
しばらくそうして耳を澄ましていたハユルちゃんだったが、特に何も聞こえてこないのか微動だにしない。さっきのは俺の勘違いで、ただの思い過ごしだったか――と、判断しかけた時。
「……ん? あれ?」
「何か聞こえた?」
「妙といいますか、こう……あちこちで金属音みたいなガチャガチャした音が」
それを聞いて戦慄する。
この状況でその音はマズい。俺の嫌な予感が外れていなければ、その金属音は――
――直後、幾重にも重なる銃声がフロアに響き渡った。




