第11話『忍び寄る影』
巳禄が監察官任務に就いて10日ほど経った。
報告書を見ている限り、あいつは俺の予想通り四苦八苦しているようだった。半分以上は予想外の展開に手を焼いているようだが。
「……面倒くせえことになってんな」
あいつが1年前に就いていた、別の監察官任務で起こった事件。あれが転入前にすでに周知され、それが周囲の評価に直結するとは。
何の目的かは知らないが、おおかた新聞部か何かが興味本位で調べたのだろう。大した情報収集力だ。偽名でも使わせるべきだったか。
あの事件は、あいつ個人のミスではない。人手不足を理由に巳禄1人に任せていた騎士団全体の失態だ。……アレはアレで、裏で何やら怪しい動きがあったようだが。
ともかく、あの事件から反省して今回は学年に1人ずつ、合計3人の監察官がいる。これで安心とは言い切れないのがあの学園の恐ろしい所だが、遥かにマシではあるだろう。
「あれ? どうしたんですか、小野屋団長? そんなにジッと報告書なんか睨んで。誰のです?」
ふいに俺に話しかけてきたのは、赤銅色の髪をサイドテールにまとめた気の強そうな若い女。こいつは第10師団の副団長、つまりは俺の副官。A級騎士の穂波光希だ。
まだ20代半ばで生意気なところもあるが、その実力、指揮能力、経験、そして度胸は並みのA級騎士の比ではない。俺にはあれだけ反抗的な巳禄が犬のように慕うだけはある。
穂波はトレードマークのサイドテールを揺らしながら俺の元へと歩み寄り、報告書を覗き見る。それと同時に「あぁ……」と、何かを察したように表情を変えた。
「巳禄ですか。実際どうなんです? 去年の事件を引きずってなきゃいいんですけど」
「本人はそこまで気にしてねえみたいだがな。外野がピーピーうるさくて集中できねえんだとよ。ったく、んな事気にしてるようじゃまだまだだ」
「確かに巳禄は団長ほど厚顔無恥じゃないですしね」
「なんか言ったか?」
「巳禄は団長ほど厚顔無恥じゃないですしね」
「一字一句同じこと言うんじゃねえよ。そこは訂正する所だろうが」
「事実ですから。ほら、この前の禁煙の誓いはどこに行ったんですか」
そう言って穂波は俺の口から煙草を奪い取り、灰皿で揉み消して捨ててしまった。全く、上司に対する言葉遣いと態度だとは思えない。
尤も、俺はそういうのはどうでもいいので好きにさせるが。だが煙草は別だ。最近煙草を吸ってると周りの目が痛かったのは、こいつの根回しの仕業か。畜生め。
「でも今回は状況も違いますしね。第4師団の佐伯くんとか、第2師団の絢瀬ちゃんと連携が取れてればいいんですが」
「佐伯はあのナリで中々頑張ってるらしいけどな。綾瀬は……まぁいつも通りソツなくこなしてんだろ」
「巳禄、まだあっちで綾瀬ちゃんと会ってないんですか?」
「ぽいな。あの2人の事伝えてねえし」
「……貴方って人は……」
穂波が嘆息したように溜息をついた。だが忘れていたものは仕方ないだろう。実際、佐伯とはすぐに合流できてたんだから、もう1人ともすぐ会うはずだ。どっちにしろこの状況じゃ連携もクソも無い。
「それにしても、監察官なんて懐かしい響きですね。私も色々とやらかしたものです」
「お前は巳禄よりは流石にマシだったな。だが周りのレベルは今の方が何倍も上だぞ」
「あの頃からでしたよね、学生のレベルがインフレし始めたのって。私も才能に胡座かいてたらプライドをボッキリへし折られましたけど」
まだ穂波が俺の部下になったばかりの頃だ。
あれだけ調子に乗ってたガキが、当時の首席に負けて涙目になっていた(ついでに八つ当たりと称して襲いかかってきた)のも今では懐かしい。
「その点、巳禄は挫折とかしなさそうですよね。周りが強いとむしろ燃えるタイプでしょ、あの子。青春とかに憧れてたし」
「報告書もそんな感じだったな。あいつのダチが学園内30位ぐらいで、単純な実力だけならB級下位相当はあるらしい」
「えっ!? 私を抜かしたのがちょうどそのぐらいだったような……10年経つと凄いですね。そうなると今の首席はとんでもない化け物なのでは?」
「渋谷第三の首席っつったら……ほら、あいつだ。第1師団長の甥」
「あぁ……もうA級相当とかいう天才児ですか。卒業して訓練したら私なんて一瞬で抜かされそうですね」
お前が抜かされたらA級ほぼ全滅だろう、と言うと調子に乗りそうなので言わないでおく。
それにしても、18歳でA級相当とは血筋というものは凄まじい。流石、魔法界人の血が入っていると魔力の扱いが段違いだ。そう思うと、第1師団長とタメ張れる俺や巳禄も大概なのだが。
「それにしても、団長って何だかんだで巳禄のこと心配してるんですね。ほかの団員の報告書なんか、読みもせずに私に押し付けてくるくせに」
「は? 脳ミソ腐ってんじゃねえか? 誰があんなクソガキの心配なんざするかよ。俺が心配してんのは別件だ」
「またまた照れちゃって。……別件と言うと、『マグダラ教会』のことですか」
「ああ。奴らの動きが水面下で活発になってきてやがる。本格的に動き始めるのもそう遠くねえだろうよ」
マグダラ教会。ここ数年で新しくできた宗教団体――という名のテロ組織のようなものだと俺は推測している。
規模も不明、教義も不明、目的も不明。しかしロクでもない組織である事は確かだ。その証拠に、過去何件かの事件で犯人がその名を供述している。
そうでありながら、なぜその正体を掴むことができていないのか――その理由は、マグダラ教会の名前を出した犯人が必ず獄中で変死してしまうためだ。
外傷は無くはっきりとした死因は不明。死体から魔力反応が無かった事から、恐らくは検出不可能な毒物だろうと推測されている。わかっているのはたったのこれだけだ。
「過去に1回だけイレギュラーがありましたよね。マグダラ教会の信徒と思われる男による一家皆殺し事件。唯一生き残った少女がマグダラ教会の名前を出していたような」
「そのガキが犯人を返り討ちにして殺したせいで、色々と迷宮入りしたけどな。ったく、状況的に責められねえとはいえ、貴重な手がかりを切り刻みやがったガキはやってくれたもんだ」
「……あの子も被害者ですから。仕方ありませんよ」
「それがわかってるから、俺もあの時は苛立ってたんだろうが」
だから煙草の量が増えるのも大目に見てもらいたいものだ。そう言うと穂波は「それはそれ」と一蹴した。この野郎、犬みたいな嗅覚で煙草を発見しては没収しやがるので油断ならない。
「巳禄もこんな時に巻き込まれたくはないでしょうね」
「こっちの意図としちゃあ、是非とも巻き込まれて欲しいもんだがな。俺はそのためにあいつを派遣したんだからよ」
マグダラ教会が活発になっているエリアは学園とそう離れていない。事件に巻き込まれてなくとも、あいつなら独断で巻き込まれに行くだろう。
巳禄なら巻き込まれても問題ない。むしろ、さっさと事件を収束させて犯人を持って帰ってくるだろう。警察に持っていかれると捜査が滞るので、奴らよりも早くこっちの管轄にしたいのもある。
「その辺の諸々も監視させた上で情報を集める。監察官なんてのはついでみたいなもんだ。じゃねえと、わざわざ第10師団のエースを駆り出したりなんざしねえよ」
「巳禄に期待しすぎでは?」
「期待じゃねえ。あいつなら――特A級騎士ならこのぐらいやれて当然だ」
あいつは第1〜第10師団までの団長以外で、唯一最強格である『特A級』の肩書きを持つ騎士だ。戦闘以外はバカでポンコツだが、少なくとも無能ではない。何とかして捜査を進めて戦闘にまで持っていければこっちのものだ。
「最近の第10師団は目立った功績が無くて、ほかの師団長どもから「所詮は山猿」だの「統率の取れねえキチガイ集団」だのグチグチ言われてたところだ。ここらで一気に巻き返してやろうじゃねえか」
「他所と張り合わないでくださいよ……でも確かに言われっぱなしは釈ですね」
「ま、間違っちゃあいねえがな」
「騎士団の頭おかしいの筆頭が団長してますもんね、第10師団」
「あ? 何か言ったか?」
「騎士団の頭おかしいの筆頭が――」
「もういい、わかった。根に持つんじゃねえよ面倒くせえ女だな……」
副官殿のいっそ清々しいほどの悪口を聞き流し、懐から煙草を取り出して火を付け――
「てめえ……せめてライターは……」
「煙草以外に使い道無いなら、没収してもいいですよね?」
「使い道ぐらい色々あるだろうが。例えば……アレだ、炙り出しとかよ」
「没収〜♪」
「んのクソアマ……!」




