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25ポンドから始めるジョージア朝成り上がり 男爵家の跡取りは金と情報で大英帝国を駆け上がる  作者: ひまえび
第四章――「会社には値段がある」

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第1話(後編)「伯爵の遊び仲間」 1780年9月1日~9月30日

 9月になると、エドワードは親しくなった株主たちをハロウデンへ招いた。


 会社の会議を開くためではない。家族を伴い、数日間を田舎で過ごしてもらうための招待である。モーダント夫妻、ベル夫妻、アシュコームのほか、東インド会社株を持つ商人や船主が数組参加した。


 ロンドンを離れ、ハロウデン所領へ入ると景色は大きく変わった。麦の収穫を終えた畑が広がり、街道の両側には森と牧草地が続く。5万2,000エーカーの所領は、馬車で走っても簡単には端へ着かない。


 長い進入路の先には、6月から家族が暮らし始めたハロウデン・ハウスが建っていた。


 新しい石壁にはまだ古い貴族邸のような黒ずみがなく、中央棟から左右へ翼棟が伸びている。正面の車寄せは何台もの馬車を同時に扱える広さがあり、内部には大食堂、舞踏室、画廊、図書室、客室、遊戯室のほか、王族の滞在にも使える一連の客室が用意されていた。


 庭園の樹木にはまだ若いものが多かったが、伯爵家の本邸として客を迎えるには十分な姿になっている。


 初めて訪れたモーダントは、馬車を降りると屋敷と周囲の土地を見比べた。


「この辺りは、どこまで伯爵の土地なのです?」


「かなり先まで続いていますよ」


「これだけの土地と屋敷を持ちながら、それでも東インド会社へ手を出すのですから、伯爵も欲の深い方だ」


「土地を持っていることには満足していますよ。でも、東インド会社が面白そうなのは別の話です」


「金が欲しいからではなく、面白そうだから会社を狙う?」


「もちろん儲からなければ困ります。ただ、今のところは会社そのものに興味がありますね」


 モーダントは屋敷をもう一度見上げた。


「その答えなら、伯爵らしい」


 玄関ではアメリアが客を迎えていた。


 新本邸でこれほど多くの客を数日間泊めるのは初めてだったが、客室には余裕がある。夫人たちは案内された部屋や窓から見える庭園を楽しみ、初日の夕方は仕事の話を持ち込まず、大食堂で食事と酒を楽しんだ。


 翌朝、男性陣は馬へ乗った。


 エドワードが先頭に立ち、森や川、農場を見せながら所領を回った。モーダントは乗馬にも慣れていたが、ベルは競馬好きの割に、自分が乗って速く走ることには慎重だった。


「ベルさんほど馬が好きなら、もっと飛ばすのかと思っていました」


「走る馬へ金を賭けるのが好きなのであって、自分が落馬する趣味はありません」


「それなら競馬場で見ている方が安全ですね」


「だから私はそうしているのです」


 一行は川沿いで馬を休ませ、パン、冷たい肉、チーズ、果物を広げて昼食を取った。


 午後には屋敷へ戻る予定だったが、モーダントが以前から気になっていた話を持ち出した。


「伯爵は拳銃を5発撃って、5発とも的へ入れたことがあるそうですな。一度見せていただきたい」


「その話はまだロンドンに残っているのですか」


「船主の間でも有名ですよ」


 ベルまで興味を示したため、屋敷へ戻った後、庭の外れに人や家畜が入らない場所を選んで木板の的を置いた。


 モーダントは5発すべて当たる方へ10ギニーを賭け、ベルは1発くらい外すだろうと反対側へ張った。アシュコームは金を出さず、離れた場所から見物することにした。


「ところで僕自身は何を賭ければいいんです?」


 エドワードが尋ねると、モーダントは少し考えた。


「外したら、今夜の酒を全部伯爵持ちということで」


「最初から僕の家の酒でしょう。それでは賭けにならない」


「では5発とも当てたら、私が上等なワインを1箱送りましょう」


「それなら受けます」


 距離を取って撃ち始めた。


 1発目は中心から少し外れたものの的には入り、2発目は中心近くへ当たった。3発目と4発目も外さず、最後の1発を残したころには、撃っている本人より見物している男たちの方が騒がしくなっていた。


「最後を外せば私の勝ちですぞ!」


 ベルが声を上げる。


「僕はベルさんとは賭けていないでしょう」


「だから気楽に応援できるのです」


 最後の銃声が響いた。


 5発目も的へ入り、モーダントは満足そうに手を叩いた。ベルは木板を眺めながら、まだ何か言いたそうだった。


「確かに5発とも当たった。しかし中心ではないものもありますな」


「全部を中心へ入れるという話ではなかったでしょう」


「伯爵の勝ちです。約束どおりワインを送ります」


「僕は撃っただけなのに、酒まで増えたな」


 男たちがまだ的を囲んでいるころ、アメリアも屋敷から出てきた。


「ずいぶん賑やかでしたね。窓を閉めていても聞こえました」


「一番騒いでいたのはベルさんだよ」


「伯爵の最後の1発を外させようとしただけです」


 ベルが弁明すると、アメリアは的を見た。


「それでも5発とも当たったのですね」


「今日はワインまで手に入った」


「では夕食で飲める物が増えましたね」


「まだ届いていませんぞ」


 モーダントが慌てて付け加えた。


 ◇ ◇ ◇


 夜になると、大食堂に料理が並んだ。


 牛肉、鳥料理、魚、野菜、パン、果物が順に運ばれ、酒も十分に用意されている。これだけの人数を招いてみると、建設中にアメリアが厨房や給仕用通路へ細かく注文を付けた理由がよく分かった。料理を運ぶ使用人は客の通路を横切らず、皿や酒が滞ることもない。


 女性たちはロンドンの噂や衣装について話し、男性側では馬や船、昼間の射撃が話題になった。


 食事の前には、息子も乳母に抱かれて客へ顔を見せた。


 モーダント夫人が赤ん坊をのぞき込んだ。


「お父様に似ているのでしょうか?」


 アメリアも息子の顔を見る。


「まだ何とも言えませんね」


「少なくとも、僕より髪は少ない」


 エドワードが口を挟むと、アメリアは夫を見た。


「赤ちゃんと張り合わないでください」


「勝ったとは言っていないよ」


 ベルも乳母の腕の中へ目を向けた。


「この坊ちゃんが、いずれ伯爵家を継ぐわけですな」


「順当にいけばそうなります。この土地も屋敷も、いつかは彼に渡すことになるでしょう」


「伯爵はまだお若い。ずいぶん先の話です」


「その方がいいですよ。僕にもまだ使いたい土地ですから」


 乳母が息子を連れて部屋を出るまで、エドワードは小さな背中を目で追った。


 いずれこの土地も屋敷も息子へ渡る。その日まで、何もせず土地収入だけを受け取って暮らす気はなかった。


 夕食後、女性たちが別室へ移ると、男性は酒を持って遊戯室へ入った。


 ビリヤードを始める者とカードへ向かう者に分かれ、エドワードはモーダントと勝負したが、こちらは拳銃のようにはいかなかった。


「射撃では敵いませんが、これはまだ私の方が上ですな」


「なら練習しますよ」


「伯爵の場合、遊びまで仕事のようにされそうで怖いですな。半年もすれば、専用の部屋を造っているのではありませんか?」


 エドワードは遊戯室を見回した。


「それは悪くない。この屋敷なら1部屋くらい使えるな」


「もう始まった」


 カードへ移った後も、しばらく会社の話は出なかった。


 酒杯が何度か空になり、夜もかなり深くなったころ、アシュコームが自分からエドワードへ声をかけた。


「伯爵。そろそろ、以前の取締役の話を聞かせていただけませんか。あの時は半分冗談だとおっしゃったでしょう」


 モーダントとベルも手札から顔を上げた。


 エドワードはカードを伏せた。


「僕は東インド会社を、今より強くて儲かる会社にしたいと思っています。ただ株価が上がるのを待つだけなら、自分で株を買って持っていればいい。そのために人を集める必要はありません」


「そこで取締役を替えるわけですな」


 モーダントが先を促した。


「必要ならそうします。来年は6席が改選される。そのうち、まず2席は取りたい」


 それまでの遊びの空気が少し変わった。


 アシュコームは酒杯を置いた。


「その2席へ誰を送り込むつもりなのです?」


「まだ1人しか決めていません。アシュコームさんです」


「私を選んだ理由を聞かせてもらえますか」


「インドを知っているからですよ。僕は知らない。モーダントさんは船を知っているし、ベルさんは金を知っている。僕は商売と戦争なら多少分かりますが、全部を1人で知ることはできません」


 ベルは少し意外そうだった。


「伯爵自身が取締役へ入る方が早いのではありませんか?」


「いずれ必要になるかもしれません。でも今の僕が入ったところで、インドについて周囲へ質問している時間の方が長くなる。それなら現地を知っている人を先に入れた方がいい」


「伯爵にしては随分と殊勝ですな」


「知らないものを知ったふりして金を動かす方が怖いですよ」


 エドワードはアシュコームへ向き直った。


「僕の代わりに会社を見張ってほしいわけではありません。取締役になったら、自分で判断してください。意見が違えば話し合う。あなたの方が正しければ僕が変えるし、僕の方が正しいと思えば、理由を説明してこちらへ来てもらいます」


「最初から伯爵の票として働けという話ではないのですな」


「それなら、もっと言うことを聞きそうな人を探します。会社を強くして儲けたいというところだけ同じなら、それで十分でしょう」


 アシュコームは急いで返事をしなかった。


「正式に頼まれるのであれば、考えましょう」


「それで十分です。今夜ここで決めてもらうつもりはありません」


 エドワードは伏せていたカードを手に戻した。


「せっかく遊んでいるのですから、続けましょう」


 ベルはその様子を見ていた。


「伯爵も、ようやく仕事を途中で切り上げられるようになりましたな」


「今夜、会社の話を始めたのはアシュコームさんですよ」


「それを言われると返せません」


 カードが再開された。


 ◇ ◇ ◇


 翌日は川へ出た。


 小舟へ乗る者もいれば、岸から釣り糸を垂らす者もいる。ベルは魚がかかるまでじっと待つことができず、30分ほどで竿を置いて酒の方へ移った。モーダントは船主らしく小舟の扱いにまで口を出し、使用人から「これは外洋船ではございません」と返されて、周囲の笑いを誘っていた。


 エドワードはアシュコームと並び、川沿いを歩いた。


「昨日の話をしたら、かえって知りたいことが増えました。インドの会社軍は、実際にはどの程度強いのです?」


「場所と相手によります。英国人だけで戦っているわけでもありませんし、現地の政治を知らずに兵の数だけ比べれば判断を誤ります」


「そこなんです。ロンドンで帳簿を読んでいるだけでは、兵の数と金額は分かっても、その先が見えない」


「それもあって私を取締役へ推す?」


「もちろん、それだけではありませんが」


 少し歩いたところで、今度はアシュコームから尋ねた。


「伯爵は、本当に東インド会社を自分のものにするおつもりですか?」


「7月には、株を全部買ってしまえば早いと思っていました。でも制度を調べてみると、全部を持つ必要はなさそうです。会社がこちらの望む方向へ動くなら、それで構わない」


「問題は、その望む方向を誰が決めるかですな」


「そこは僕もまだ考えているところです」


「少なくとも、全部自分で決めるとは言わない」


「今のところは」


 アシュコームが横目で見た。


「将来は違うのですか?」


「会社をもっと知ってから考えますよ。まだインドへ行ったことすらないんですから」


「その答えなら、今は安心しておきましょう」


 2人は川沿いを歩き続けた。


 ◇ ◇ ◇


 数日後、客たちはハロウデンを離れた。


 ロンドンへ戻った後も付き合いは続き、株主が別の知人を連れてくることも増えた。「モーダントの友人」「ベルと同じクラブに属する商人」「アシュコームとインドで働いたことのある男」と分かれば、初対面でも話を始めるきっかけには困らない。


 9月末、ウェッブが改めて数字をまとめた。


「取締役候補について、今後あなた方と相談すると答えた株主は18人になりました。現在使える票を合わせれば49票です」


 エドワードは帳面を受け取った。


「7月には何もなかったのに、3か月で49票か。悪くないな」


「念のため申し上げますが、あなた自身が49票を持ったわけではありませんぞ」


「分かっている。だから面白いんだろう」


 18人の名を見ていると、それぞれの顔が浮かんだ。船の話になると止まらないモーダント、競馬では大胆なのにカードでは慎重なベル、インドの話へ入ると冗談が減るアシュコーム。夫人たちもアメリアと付き合うようになり、何人かはまたハロウデンへ来たいと言っている。


「株主を集める仕事は、思っていたより面白いな」


「票を増やすことがですか?」


「人と付き合う方だよ。票の数しか知らなかったころより、今の方がずっとやりやすい」


「伯爵夫人に遊びを教えられた成果ですな」


「そこは否定しない。ただ、僕が遊びを覚えたと言ったら、アメリアはまだ早いと言いそうだけどな」


 エドワードは名簿を閉じた。


「来年の改選では2席を狙う。アシュコームさんが受けてくれれば1人目だ。もう1人は、もう少し人を見てから決める」


「49票で足りるとは限りませんぞ」


「足りなければ増やすさ。今度は事務所へ呼ぶばかりじゃなく、夕食にも誘う。ヴォクスホールにも行くし、競馬へ誘われれば見に行く。カードにも付き合うよ」


「仕事なのか遊びなのか、いよいよ分からなくなりましたな」


「両方なら都合がいいだろう」


 その日は早めに事務所を出た。


 ロンドン邸へ戻ると、アメリアは居間におり、息子は絨毯の上に敷かれた布の上で手足を動かしていた。


「今日は随分早いですね」


「仕事が片付いたから戻ってきた」


「毎日そうしてくれると嬉しいのですが」


「そこまでは約束できないよ」


「では、今日は褒めておきます」


 エドワードは上着を脱いで息子のそばへ座った。


 赤ん坊は父親の顔をしばらく見た後、手を伸ばしてきた。


「また僕の指を食べるつもりじゃないだろうな」


「もう少し賢くなっていますよ。試してみたらどうです?」


 エドワードが指を差し出すと、息子はしっかりつかんだ。しかし今回は、そのまま握っているだけで口へは運ばなかった。


 アメリアが隣に腰を下ろした。


「少しはお父様だと分かってきたのかもしれませんね」


「それなら嬉しいな」


「7月にはパンに負けていましたものね」


「覚えていたのか」


「あなたが随分残念そうでしたから」


 エドワードは、小さな手に握られた自分の指を眺めた。


「遊び方も子供との付き合い方も、君に教わってばかりだな」


「まだどちらも初級です」


「厳しいな」


「時間はありますよ」


 アメリアがそう言うと、息子は父親の指を握ったまま足を動かした。


 その日は夕食の後も、エドワードは東インド会社の帳面を開かなかった。

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