第9話(中編)「商船を通せ」 1780年1月11日~1月25日
1月11日の朝、エドワードはテムズに停泊する艦隊へ出向いた。
12隻目となったスペイン船の修理はほぼ終わっていた。新しい索具が張られ、傷んだ帆も交換されている。砲の配置も終わり、カートライトが選んだ乗組員が数日前から訓練を続けていた。
今回、12隻すべてを連れて行く必要はなかった。
イギリス海峡からビスケー湾へ向かう英国商船の航路では、フランスとスペインの私掠船が頻繁に目撃されている。敵商船を探し回るのではなく、英国商船を守りながら、その航路へ出てくる武装船を排除するのが目的だった。
カートライトは海図の上に指を置いた。
「6隻あれば十分です。残る6隻は修理と訓練、それからテムズ周辺の護衛に残せます」
「僕もそう思う。速い船を選んでくれ。商船に合わせて進むなら12隻も要らない」
「敵がまとまって出てきた場合は、どうなさいますか?」
「勝てない数なら追わない。今回は海峡を掃除するのが仕事だ。大艦隊と喧嘩をするつもりはない」
カートライトがエドワードの顔を見た。
「それを出航前に聞けて安心しました」
「僕だって何でも撃つわけじゃない」
「銀を積んだ船を見ると、その理性が少し弱くなりますからな」
「今回は銀船を探していない」
「そのお言葉を信じてよろしいのですな?」
「少なくとも今回は本当だ」
カートライトは苦笑した。
午後には出航の準備が整った。
エドワードは自宅へ戻り、アメリアと夕食を取った。
「今度はどのくらい留守にするのですか?」
「10日くらいだ。長くても2週間にはしない」
「2月の終わりからは、海へ出ないのですね?」
「出ない。約束しただろう」
「覚えているなら安心です」
「今回は商船護衛が中心だ。敵の私掠船を見つけたら捕らえるが、大きな艦隊を探して戦うつもりはない」
「そのことは、カートライト船長にも言ったのですか?」
「言った」
「では信じます」
エドワードは笑った。
「僕自身の言葉だけでは駄目なのか?」
「海へ出た時のあなたは、陸にいる時より少し信用が減ります」
「ひどい妻だ」
「帰ってきてから文句を言ってください」
アメリアは大きくなった腹部へ手を置いた。
エドワードはその手へ自分の手を重ねた。
「帰ってくるよ」
「ええ。待っています」
翌朝、6隻のヘイル艦隊がテムズを下った。
◇ ◇ ◇
冬の海峡は荒れていた。
灰色の雲が低く垂れ、風が強まるたび海面から白い飛沫が飛ぶ。護衛する英国商船は18隻あり、帆走能力にはかなりの差があった。
速い船だけで進めば早いが、護衛する以上、遅い船を置いていくわけにはいかない。ヘイル艦隊は前方と両翼、後方へ分かれ、商船群を囲むように進んだ。
3日目の午後、後方を担当していた船から信号が上がった。
西から2隻の船が近づいている。
エドワードとカートライトが望遠鏡で確認すると、どちらも商船より細身で、多くの帆を張っていた。
「こちらを見て進路を変えましたな」
「英国商船だけだと思って近づいたんだろう」
「フランス船でしょうか」
「確かめよう」
ヘイル艦隊のうち3隻が商船隊から離れた。
相手もこちらが武装船だと理解したらしく、すぐに西へ逃げ始めた。かなり速い船だったが、エドワードが連れてきた船も速力を重視して選んでいる。
追跡は2時間近く続いた。
日が傾き始めたころ、先頭のグレイミア号が距離を詰め、ようやく旗を確認した。
フランスの私掠船だった。
エドワードは砲手へ命じた。
「帆を狙え。沈める必要はない。逃げられなくすれば十分だ」
最初の砲撃は外れたが、2度目に撃った砲弾が敵船の索具を切り、3度目には前方の帆が大きく崩れた。速力を失ったフランス船は逃げ切れなくなった。
もう1隻は反対方向へ離れようとしたが、別のヘイル船が先回りしていた。しばらく砲撃を交わした後、2隻とも降伏した。
調べると、どちらも小型の私掠船だった。砲はそれぞれ18門と16門で、船倉には商船から奪ったと見られる布地、酒、砂糖などが積まれていた。
船体を確かめて戻ってきたカートライトが報告した。
「2隻とも自力で航行できます。こちらから人を移せば連れて帰れます」
「そうしてくれ。商船隊を長く待たせたくない」
「積荷はどうしますか?」
「港へ戻ってからでいい。今は護衛が先だ」
カートライトが少し意外そうな顔をした。
「何かあるのか?」
「いえ。戦利品を先に数えないのは珍しいと思いまして」
「僕だって成長するさ」
「それは結構です」
「ただし、戻ったら値段は聞く」
「やはりそこは変わりませんな」
2隻を拿捕した艦隊は商船群へ戻った。
翌日には、護衛されていた船の船主代理から感謝を告げられた。
「近ごろはフランス船が出るというので、海峡を通るだけでも保険が高くなっています。昨日の2隻がいなくなるだけでも助かります」
「私掠船が減れば、保険料にも影響するのですか?」
「少なくとも、何隻も襲われているという話より、私掠船が捕まったという話が広がる方が良いでしょう」
保険料の話はエドワードの頭に残った。
航路が安全になれば商人は船を出しやすくなり、商船が増えればヘイル商会にも仕事が増える。敵船を売る以外にも、艦隊を動かす利益はありそうだった。
◇ ◇ ◇
1月19日。
ビスケー湾寄りの海域で、今度は3隻のスペイン武装船が見つかった。
相手は商船を狙うために散開していたらしく、こちらの6隻を見ると集まり始めた。
カートライトは海図と風向きを確認した。
「こちらが数では倍です。ですが、商船隊を置いて追うのは勧めません」
「向こうから来る場合は、どうするのか?」
「迎えます」
「それでいい」
エドワードは商船隊を東へ進ませ、護衛のうち2隻を残した。自分は4隻を率いてスペイン船へ向かった。
両者が砲撃できる距離まで近づくと、スペイン側も逃げずに応戦した。
最初の砲声が冬の海へ響いた。
今回は無理に接近して拿捕する必要はない。英国商船へ近づけなくすれば目的は果たせる。
帆と索具へ砲撃を集中させると、やがて1隻の主帆が破れ、速力を大きく失った。残る2隻はその船を守るように動いたが、ヘイル艦隊が左右から回り込むと西へ退き始めた。
「追いますか?」
カートライトが尋ねた。
エドワードは望遠鏡を下ろした。
「やめよう。商船隊へ戻る。傷んだ1隻を捕まえるために何時間も使う必要はない」
カートライトはすぐに信号を出し、4隻は進路を変えた。
砲手の中には惜しそうな顔をする者もいた。エドワード自身にも同じ気持ちはあったが、今回は敵船1隻より護衛している18隻を無事に通す方を優先した。
翌日、商船群は予定した海域を無事に通過した。
エドワードはそこで護衛任務を終え、拿捕したフランス船2隻を連れてロンドンへ戻った。
2隻と積荷は所定の手続きを経て売却に回された。以前のスペイン船団ほどの金額にはならなかったが、今回の航海費用を十分に上回った。
計算を終えたウェッブから報告を受けると、エドワードは帳簿を返した。
「今回はこれでいい」
「ずいぶん淡泊ですな」
「商船18隻を通したことの方が大事だった。護衛を頼みたいという問い合わせも増えているのだろう?」
「増えています。商人の間では、ヘイル艦隊が海峡に出れば安心だという話まで出始めています」
「それなら、そっちの方が儲かるかもしれない」
「また金の話へ戻りましたな」
「商会なんだから当然だろう」
エドワードは外套を受け取った。
「作業場はどうなっているのか?」
「私よりマーサー夫人へ聞いた方が早いでしょう。あなたが海へ出ている間に、かなり変わりましたよ」
エドワードはそのまま作業場へ向かった。




