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25ポンドから始めるジョージア朝成り上がり 男爵家の跡取りは金と情報で大英帝国を駆け上がる  作者: ひまえび
第一章「秘密には値段がある」

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第3話(後編)「2,500ポンド」 1774年3月21日~3月31日

 3月21日、東インド会社株は163だった。


 前日より1ポイント下がったものの、エドワードが売った160よりまだ3ポイント高いため、ここで取引を閉じれば約300ポンドの損失になる。


 午前中、エドワードはExchange Alleyにいた。


 会社の経営はすでに落ち着いたと主張する者もいれば、政府が支えている以上、大きく崩れるはずがないと言う者もいた。その一方で、大口の株主が売りを続けているという話も聞こえてくる。


 エドワードがシャーロットから得た情報も絶対ではない。彼女自身が会社の帳簿を見たわけではなく、会社関係者から伯爵へ、そこからシャーロットへ伝わった話である以上、途中で誤りが混じっている可能性はある。


 午後、シャーロットと会った。


「まだ持っているの?」


「持っています。今閉じれば300ポンドほどの損です」


「私への借金になるわね」


「そうなります」


「それでも続ける?」


「夫人が聞いた話に変化がないなら」


 シャーロットが笑った。


「まだ疑っているの?」


「金の話では、最後まで疑います」


「本当に嫌な男ね」


「それでも夫人は僕に話してくれる」


「そうだったわね」


 シャーロットは声を落とした。


「夫は昨日も東インド会社株を売ったわ。それから、会社の発表は数日以内になるらしい」


 伯爵がさらに株を処分しているのであれば、少なくとも本人は最初に聞いた話をまだ信じている。


 エドワードは取引を続けた。


 ◇ ◇ ◇


 3月24日、株価が159まで下がり、初めてエドワードの売値160を割った。翌日は156となって利益は約400ポンドに増え、さらに次の日には152まで下がって約800ポンドとなった。


 ここで取引を終えても、25ポンドから始めたことを考えれば十分な成功だった。


 しかし、シャーロットから聞いていた会社側の発表はまだ出ていない。現在の下落が一部の大口保有者による売りにすぎないなら、正式な材料が出た時にはさらに値が下がる可能性がある。反対に、噂ほど悪くないと分かれば株価が戻ることも考えられた。


 エドワードはウェッブの事務所を訪ねた。


「会社から発表が出たら、すぐ知らせてください。それから136を下回ったら、僕の返事を待たずに取引を閉じてください」


「136ですか。その後さらに下がるかもしれませんよ」


「もちろんです。でも戻るかもしれない。値段を見ながら考えていたら、もっと欲しくなると思います」


「今のうちに出口を決めておくということですな」


「そうです」


「分かりました。136を下回れば閉じます」


 利益が増えている時ほど、もう少し欲しいと考えやすい。エドワードは相場を目の前にして判断を変えないため、先に取引を終える値段を決めた。


 ◇ ◇ ◇


 3月27日の午前、東インド会社の財政状態について新しい情報がシティへ流れた。


 インドから入ると見込まれていた送金と手形が計画を下回り、会社の資金繰りが市場で考えられていたほど改善していないという内容だった。前年に政府から大きな支援を受けたばかりの会社が、再び資金を必要とするのではないかという話まで加わると、売り注文が急に増えた。


 株価は148まで下がり、午後には143となった。


 Exchange Alleyでは男たちが値段を叫び、仲買人が人の間を行き来している。前日まで会社の将来を楽観していた者まで、今度はどこまで下がるかを話し始めた。


 エドワードの利益は、すでに1,700ポンド近くまで増えていた。


「ここで閉じますか」


 ウェッブが尋ねた。


「まだ136ではありません」


「十分に利益は出ています。明日には戻すかもしれませんぞ」


「分かっています。でも、出口は決めました」


 28日は141、29日には138まで下がった。


 ここまで来ると、エドワードも相場を気にせず過ごすことは難しかった。食事中にも翌日の値段を考え、新聞を開けば市場欄へ目が向く。シャーロットと会っていても、その日の値動きが話題になった。


「私と株と、どちらが大切?」


 シャーロットからそう聞かれ、エドワードは答えた。


「今月だけなら株です」


 シャーロットは呆れた顔をした後で笑った。


「4月になったら?」


「夫人は領地へ戻るのでしょう」


「覚えていたのね」


「もちろんです」


「私のことも忘れないでよ」


「それは忘れません」


 2人とも、4月以降の関係を決めようとはしなかった。シャーロットには家族と伯爵家での生活があり、エドワードにも自分の生活がある。離れた後まで互いを縛らない方が、2人には都合がよかった。


 ◇ ◇ ◇


 3月30日の午前、株価は136と2分の1まで下がった。


 エドワードはウェッブの事務所で次の値を待っていた。


「売りはまだ続いています」


 ウェッブがそう話して間もなく、書記が新しい値段を伝えに来た。


「135と4分の1です」


 ウェッブはエドワードを見た。


「136を割りました」


「全部閉じてください」


「よろしいのですな?」


「お願いします」


 ここから130、あるいは120まで下がれば、利益はさらに増える。しかし反転すれば、せっかく得た利益を削ることになる。


 エドワードは自分で決めた136という線を変えなかった。


 取引が成立した。


 売った時の値段は160、買い戻した値段は135と4分の1なので、差は24と4分の3ポイントになる。名目1万ポンドの取引では1ポイントが100ポンドとなり、差額の利益は2,475ポンドだった。


 最初に預けた25ポンドも戻るため、エドワードの資金は合計2,500ポンドになる。


 ウェッブは計算書を作り、机の上へ置いた。


「確認してください」


 エドワードは数字を上から順に追った。計算し直しても結果は同じで、3月の初めに25ポンドだった元手が1か月で100倍になっている。


 それを見ても、真っ先に思い浮かんだのは父の借金1万5,000ポンドだった。2,500ポンドでも6分の1にすぎないが、25ポンドだった時とは次に選べる手段の大きさが違う。


「現金で全部お持ちになりますか」


 ウェッブが尋ねた。


「2,500ポンドを持ってロンドンを歩くつもりはありません」


「賢明です」


 ウェッブの取引銀行へ2,500ポンドを預ける手続きが行われ、エドワードは受取証を受け取った。そこに記された金額は、グレイミア家の年間収入を大きく上回っていた。


 ◇ ◇ ◇


 その日の夕方、エドワードはシャーロットを訪ねた。


 夫人はエドワードの顔を見るなり言った。


「その顔なら勝ったのね」


「2,500ポンドになりました」


 シャーロットの笑みが止まった。


「本当に?」


「はい。25ポンドが2,500ポンドになりました」


 夫人はしばらくエドワードを見ていたが、やがて笑った。


「私、あなたを甘く見ていたわ」


「夫人から聞いた情報がなければできませんでした。それに、ウェッブも紹介してもらった」


 エドワードは用意してきた紙を出した。


「250ポンド、お渡しします」


 シャーロットは手を伸ばさなかった。


「いらないわ」


「少なすぎますか」


「逆よ。私はあなたへ話す前に自分の株を売って、損を避けているもの。それで十分だわ」


「でも夫人の信用も使いました」


「私がそうしたかったからしたのよ。お金を受け取るためではないわ」


 エドワードは無理に渡すことをやめ、紙をしまった。


「次も同じことをする?」


「同じくらい確かな情報があれば考えます」


「また全財産を賭けるの?」


「それはしないかもしれません。25ポンドと2,500ポンドでは、失った時の意味が違いますから」


「少しは学んだのね」


 シャーロットは翌々日に夫と2人の息子を連れて領地へ戻ることを告げた。


「残念?」


「残念です」


「情報が入らなくなるから?」


「それもあります。でも夫人と話せなくなるのも残念ですよ」


「今度は少し可愛げがあるわね」


「本当のことです」


 シャーロットには夫と2人の息子がおり、エドワードには自分が進もうとしている道がある。2人は互いの生活を変えようとはせず、離れた後の約束もしなかった。


「領地から手紙を書いた方がいい?」


 シャーロットが尋ねた。


「何か面白い情報があれば、ぜひ」


「それだけ?」


「書きたくなった時にもどうぞ」


「あなたからは?」


「必要があれば書きます」


「分かったわ」


 シャーロットがロンドンを離れた後、2人が個人的な手紙を頻繁に交わすことはなかった。次に社交の場で会えば、伯爵夫人と男爵家の跡取りとして挨拶し、話したいことがあれば話せばよい。そのくらいの距離が2人には合っていた。


 ◇ ◇ ◇


 3月31日の夜、エドワードはレイヴンズクロフト邸の客室で帳面を開いた。


 最初のページには、1月に書いた「金、信用、情報、人」という言葉が残っている。


 今回の取引では、シャーロットから情報を得て、彼女の信用によってウェッブとの取引が可能になり、自分の25ポンドを元手として市場で1万ポンド分の取引を行った。


 エドワードは帳面へ25ポンドと書き、その横に2,500ポンドを記した。さらに父の借金である1万5,000ポンドを書き加えた。


 25ポンドを100倍にしても、まだ家の借金には届かない。しかし2,500ポンドは小遣いではなく、次の利益を生むために使える資本になった。


 今回の取引が危険だったことも分かっている。株価が160から165へ上がっていれば、500ポンド近い損失を抱えていた。シャーロットから聞いた話が間違っていれば、25ポンドを失うだけでなく、彼女へ大きな借金を負い、その信用まで傷つけていた可能性もある。


 情報が正しく、相場が予想した方向へ動いたから今回は勝てたのであり、同じことを繰り返せば毎回勝てるわけではない。


 その一方で、情報の使い方についての考えは変わった。新聞屋へ1件1シリングで売るだけではなく、誰より早く知った情報が大きな金の動く場所に関係しているなら、自分で利用することで価値を大きくできる。


 さらに、価値のある情報を得るには人間関係も重要だった。誰が誰を知り、誰に信用され、誰から話を聞けるのか。帳簿には数字として記されない関係が、実際の金を動かすことがある。


 エドワードは母から届いた手紙を取り出し、新しい紙へ返事を書き始めた。


「母上。父上に、領地を売るのはもう少し待っていただくよう伝えてください。詳しいことは手紙には書けませんが、僕はロンドンで2,500ポンドを作りました」


 そこまで書いてペンを止めた。


 2,500ポンドをそのまま父へ渡せば、借金は1万2,500ポンドまで減る。しかし、それではせっかく得た元手を失う。1月に母が「お父様の借金をそのまま払うためには使わない」と言ったことも覚えていた。


 エドワードは続きを書いた。


「ただし、この金を今すぐ借金の返済には使いません。もっと大きくするための元手にします。僕に少し時間をください」


 17歳の息子から2,500ポンドを作ったと知らされれば、母は驚くだろう。父は、その金を借金返済に回さず、さらに使おうとしていると知れば怒るかもしれない。


 それでも、1か月前まで25ポンドしか持っていなかったエドワードは、今では2,500ポンドを自分の判断で動かせる。


 父の借金は1万5,000ポンドある。まだ返せる額ではないが、そこへ届くために使える元手をようやく手にしていた。

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