第7話(中編)「沈めるな、あれは金だ」 1779年11月11日~11月20日
11月11日。
ヘイル艦隊は大西洋を南西へ進んでいた。
11隻の船を一緒に動かせば、最も速い船だけを基準に航海することはできない。風向きが変わるたびに信号を送り、夜には互いの位置を確かめ、海が荒れれば衝突を避けるため間隔を広げる必要があった。
船団の運用はカートライトと各艦長に任せ、エドワードは捜索する海域と攻撃する相手を決めた。
13日には商船を2隻見つけたが、どちらも敵国船ではなかった。
翌日には小型のスペイン船を1隻発見した。
護衛もなく、快速艦を出せば捕らえられる可能性は高い。それでもエドワードは追撃を命じなかった。
「見逃すのは珍しいですな」
カートライトが望遠鏡を下ろした。
「11隻で追うほどの船ではない」
「1隻だけ出せば済みます」
「その間に大きな船団を見つけたら、そちらへ回す船が1隻減る。今回は銀を探しに来たんだ。小さな船を1隻ずつ追うつもりはない」
「ずいぶん選り好みをするようになりましたな」
「選べるだけの船があるからな」
15日になっても目当ての船団は見つからなかった。
16日の朝は厚い雲に覆われ、西から強い風が吹いていた。波頭が白く崩れ、グレイミア号の甲板にも時折飛沫が上がる。
昼前、見張り台から声が飛んだ。
「西南西に複数の帆!」
カートライトが望遠鏡を受け取り、船尾楼へ上がった。
「どの程度見えるのか?」
「まだ全部は数えられません。商船らしい帆が複数あります」
先行艦からも信号が送られてきた。
カートライトが内容を確認する。
「8隻です。中央に商船らしい船が6隻、その前後に軍艦らしい船が1隻ずついます」
「護衛付きか。軍艦の規模をどの程度と見ているのか?」
「前の艦が30門前後。後ろはそれより小さいでしょう。少なくとも戦列艦ではありません」
「国籍を確認してから追う」
ヘイル艦隊が徐々に間隔を広げた。
相手側も11隻の船団に気付いたらしく、針路を変え始める。その動きによって、中央の6隻と前後を守る護衛艦の位置がはっきり見えるようになった。
距離を詰めるとスペイン旗が確認された。
エドワードは望遠鏡を下ろした。
「当たりだな」
「中身まではまだ分かりません」
「大型商船が6隻もいる。少なくとも空ではないだろう」
カートライトは敵船団と風向きを確かめた。
「この条件なら、逃げ道をかなり狭められます」
「それなら囲もう。護衛艦も商船も沈めるな」
「最初から全部を拿捕するおつもりですか?」
「取れるならな。船も積荷も海へ沈めれば値段はゼロになる」
「承知しました。細かな配置はこちらで決めます」
信号旗が上がった。
11隻のヘイル艦隊は一列のまま追うのではなく、いくつかの隊へ分かれた。先行する艦が敵船団の進路を抑え、別の艦が南側へ回る。グレイミア号を含む中央の船は距離を詰め、残る艦はスペイン船団が針路を変えた場合に追える位置を取った。
スペイン側は6隻の商船をまとめたまま逃げようとした。
しかし商船の速力は揃っていない。特に大型の2隻は喫水が深く、ほかの船より明らかに遅れていた。
エドワードはその2隻を望遠鏡で追った。
「かなり積んでいるな」
「そう見えます」
「銀なら申し分ない」
「まだ分かりませんぞ」
「期待するだけなら金はかからない」
先頭を守っていたスペイン護衛艦が船団から離れ、ヘイル艦隊へ船首を向けた。
後方の商船を逃がすため、自ら戦闘へ入るつもりらしい。
砲門が開いた。
「こちらへ来ます」
カートライトの声が変わった。
「商船から引き離せ。そのうえで帆と索具を狙う」
「船体はできるだけ傷つけない、と」
「ああ。沈めるな。あれは船ごと金になる」
スペイン艦が先に砲撃した。
舷側から白煙が噴き出し、続いて重い砲声が海上を走った。砲弾がグレイミア号の周囲へ落ち、水柱が上がる。1発は別のヘイル艦の外板を砕いた。
カートライトが反撃を命じた。
「上を狙え! 帆と索具だ!」
グレイミア号の9ポンド砲が順に火を噴いた。
砲撃の反動が船体を震わせ、火薬の煙が風に押されて甲板を流れていく。別方向からもヘイル艦が砲撃へ加わり、スペイン艦の上部へ弾を集中させた。
帆に穴が開き、索具が切れた。
それでも護衛艦は退かない。損傷を受けながら砲撃を続け、商船へ向かうヘイル艦を引き付けようとしている。
「よく粘る」
「護衛艦ですからな。商船を逃がすためでしょう」
「それなら余計に沈めたくない。いい船だ」
「敵艦の評価は、降伏させてからにしてください」
砲弾がグレイミア号の左舷へ当たり、外板の木片が甲板へ飛び散った。
破片を受けた水夫が倒れ、仲間が甲板下へ運んでいく。
エドワードは負傷者が運ばれるのを見届けると、再び敵艦へ目を向けた。
「前のマストを狙えるか?」
「こちらも同じことを考えていました」
次の斉射が敵艦上部へ飛んだ。
数発が帆柱の周囲へ当たり、木片と切れた索具が散る。さらに別方向から砲撃を受けると、前部マストが大きく傾き、帆と索具を巻き込みながら甲板へ倒れた。
敵艦の速力が急激に落ちる。
「降伏を求めます」
「ああ。それでも続けるなら、次は船腹も狙うと伝えてくれ」
最初の要求には応じなかったが、周囲へヘイル艦が回り込むと、やがてスペイン旗が下りた。
拿捕要員を移した後、グレイミア号はもう1隻の護衛艦へ向かった。
後方を守っていた艦も、すでに3隻のヘイル艦に進路を押さえられている。そこへグレイミア号が加わると、長く抵抗することはできなかった。
帆と索具を傷めた2隻目も午後には降伏した。
護衛を失った商船6隻は、ばらばらに逃げ始めた。
しかし周囲には、まだ戦えるヘイル艦が多数残っている。
1隻が強引に包囲を抜けようとすると、グレイミア号が針路を塞いだ。
商船にも少数の砲があり、こちらへ撃ちかけてくる。
「帆を狙え。積荷まで壊すな」
砲撃を受けて速力を失った商船は、やがて帆を落とした。
ほかの船も、護衛艦2隻が降伏したことを知ると次々に抵抗を諦めた。
最後まで粘ったのは大型商船だった。
一度は停船するように見せながら、ヘイル艦が近づくと突然砲撃を始めた。甲板には武装した男たちが並び、接舷を阻もうとしている。
グレイミア号も距離を詰めた。
敵船から銃声が上がり、水夫たちが身を伏せる。
エドワードは拳銃を抜いた。
敵甲板で、男がこちらへ銃口を向ける。
波で2隻の船体が上下する中、エドワードは相手の動きを追って引き金を引いた。
火薬の煙が視界を遮り、その向こうで男が倒れた。
カートライトが振り返った。
「伯爵、前へ出すぎです!」
「まだ撃ってくる」
「それは水夫に任せてください。あなたまで撃たれたら指揮が面倒になります」
「心配の仕方がおかしくないか?」
「戻ってから奥様に説明する方の身にもなってください」
エドワードはもう1丁の拳銃を構えながら、半歩だけ後ろへ下がった。
ヘイル側の水夫たちが敵船へ乗り移る。
接舷後もしばらく抵抗は続いたが、周囲にはヘイル艦隊があり、護衛艦もすでに降伏している。やがてスペイン側は武器を捨て、最後の商船にも白旗が上がった。
日が傾くころには、護衛艦2隻と商船6隻のすべてがヘイル艦隊の支配下に入っていた。
朝まで11隻だった船団は19隻になっている。
「8隻すべて取れました」
カートライトが報告した。
「逃げた船はないのか?」
「ありません。ただし喜ぶのはまだ早いです。拿捕船へ人を移し、傷んだ護衛艦を英国まで動かせるようにしなければなりません」
「その辺りは任せる。それより商船は航海できる状態なのか?」
「6隻とも航海できます。積荷の確認は、安全を確保してからです」
「終わったら呼んでくれ」
「銀があるか気になって仕方がない顔ですな」
「そのために大西洋まで来たんだ」
◇ ◇ ◇
数時間後、最初の商船の船倉へエドワードは降りた。
ランタンの灯りの下には樽と梱包された荷物が何列にも並び、砂糖の甘い匂いと乾燥した葉煙草の匂いが混じっている。
別の船では皮革と染料、その次ではカカオとコチニールが確認された。
「銀でなくても、十分高いな」
エドワードが言うと、カートライトは少し安心したように答えた。
「銀がなければ不機嫌になるかと思っておりました」
「売れる物を捕らえて不機嫌になる理由がないだろう」
4隻目の大型商船では、船倉の奥からほかの荷物とは違う木箱が見つかった。
動かないよう厳重に固定され、積荷書類にも記載がある。
「中身を確認できるのか?」
「封を調べてから開けます」
しばらくして箱が開けられた。
中には小さな袋が隙間なく詰められている。
1つを開くと銀貨が現れ、ランタンの光を反射した。
エドワードの表情が変わった。
「ようやく見つけたな」
「ええ。銀です」
さらに調べると、同じような銀貨の袋がいくつも出てきた。船倉の奥からは銀塊まで見つかった。
「この船だけで、どの程度あるのか?」
「まだ数えている途中です。正確な評価は英国へ戻ってからでなければ出せません」
「数えられる範囲でいい。ほかの船も全部確認してくれ」
「帰路の準備と並行して進めます」
「それでいい」
その夜までに調べた範囲だけでも、銀の量はこれまでの航海で見たものより明らかに多かった。しかも、6隻すべての確認はまだ終わっていない。
船長室へ戻ったエドワードは、途中経過の報告書を何度も見直した。
英国へ戻るまで正確な評価額は出せないが、銀だけで数十万ポンドに達する可能性があるという。
翌日も、残る船倉の確認は続いた。




