第7話(前編)「スペイン銀を狙え」 1779年11月1日~11月10日
1779年11月1日。
ハロウデンからロンドンへ戻った翌日、エドワードはウェッブの事務所を訪れた。
約1か月にわたって所領を回り、最後には収穫祝いまで開いたが、その間も商会と艦隊の仕事は進んでいた。ウェッブは商会の取引と資金を管理し、カートライトは9月に捕らえた護衛艦3隻の修理と乗組員の訓練を続けている。
エドワードが椅子へ腰を下ろすと、ウェッブは机の上に置かれていた計算書を引き寄せた。
「9月分の精算は出たのか?」
「ええ。そろそろ聞かれるころだと思っておりました」
「1か月待ったからな。いくらになったのか?」
「輸送船10隻、銀貨、通常の売却に回した積荷、それに海軍へ売った食糧、火薬、帆布、索具、修理資材を合わせ、必要な費用を差し引いた分配対象額が68万ポンドです」
エドワードはすぐに数字を追った。
「僕の取り分が8割なら54万4,000ポンド。乗組員には13万6,000ポンドだな」
「そのとおりです」
「乗組員の分は契約どおり払ってくれ」
「すでに手配しています」
7月から9月までの3か月で、エドワードの取り分は167万2,000ポンドに達した。ハロウデンの購入費と新本邸の建設費を合わせた約100万ポンドを補っても、かなりの現金が残る。
ウェッブは計算書を閉じた。
「これだけあれば、海へ出ずとも当分は困りません。今度こそ少し休まれるおつもりですか?」
「海へ出なくても困らないことと、海へ出ないことは別の話だ」
「やはりそうなりますか」
エドワードはウェッブの机へ目をやった。
計算書の下に、別の書類が数枚置かれている。
「それで、本題はそちらなのだろう?」
「よくお気付きで」
「9月の精算だけなら家へ送れば済む。わざわざ僕を呼んだ以上、別の話があるはずだ」
ウェッブは下に置いていた書類を取り出した。
「スペイン船について、いくつか情報が集まりました」
エドワードは身を乗り出した。
「どの海域の話なのか?」
「大西洋です。スペイン領アメリカや西インド諸島からヨーロッパへ戻る船について、ロンドンの商人、保険業者、船主から入った話をまとめています」
「船団の規模まで分かっているのか?」
「そこまでは分かりません。出航した港も複数で、こちらへ届いている情報がすべて同じ船団を指しているとも限りません」
エドワードは書類を読み進めた。
「積荷については、どの程度分かっているのか?」
「砂糖、煙草、皮革、染料、カカオなどが考えられます。銀を積んでいる可能性もありますが、量どころか実際に積まれているかどうかも分かりません」
「それで十分だ」
ウェッブが眉を上げた。
「そこまで不確かな情報で海へ出るおつもりですか?」
「銀を積んでいると確定してからでは遅い。情報がロンドンへ届くころには、目当ての船はカディスへ入っている。それに銀がなくても、砂糖や煙草を満載していれば十分な獲物だ」
「今回の情報で共通しているのは、西からカディス方面へ戻る船があるという点です。スペインも戦争中ですから、護衛艦を付けるでしょう」
「護衛の規模は現地で見て決める。戦列艦がいれば近づかない」
「その判断を守っていただけるなら、私から言うことはありません」
「僕はいつも守っているつもりだぞ」
「その評価はカートライト船長へ譲ります」
エドワードはもう一度書類へ目を落とした。
9月にはフランスとスペインの大艦隊を避け、その補給船を狙った。今度は軍需品ではなく、スペイン帝国が大西洋の向こうから運んでくる商品を狙う。
海軍主力と正面から戦う必要はない。カディスへ入る前の船を見つけ、自分たちが有利な相手だけを捕らえればよかった。
「今度は、軍需品より値段の高い物を取りたい」
「やはり銀ですか?」
「銀だけではない。スペイン人がわざわざ大西洋を越えて運ぶ商品なら、英国へ持ち帰って売れる」
「敵国の貿易まで商売として見ておられるのですな」
「沈めればスペインが損をするだけだが、捕らえて売ればスペインが損をして僕が儲かる。その方がいいだろう」
「英国にとっても都合がよいでしょう」
「それなら文句はないな」
エドワードは席を立った。
「カートライトのところへ行く」
「もう出航の相談をされるのですか?」
「11隻が動かせるならな」
ウェッブはエドワードが持ち上げた書類へ目を向けた。
「その書類は原本ですので、置いていってください」
エドワードは手を止めた。
「船で読みたい」
「写しを用意します」
「それなら最初からそう言ってくれ」
「伯爵閣下が原本を持ち去ろうとなさるとは思いませんでした」
エドワードは書類を机へ戻した。
◇ ◇ ◇
午後、エドワードはテムズ沿いの造船所を訪れた。
川沿いにはグレイミア号をはじめとするヘイル艦隊の船が並んでいる。9月に捕らえた護衛艦3隻も修理を終え、傷んだ帆と索具は交換されていた。
エドワードがハロウデンに滞在している間、カートライトは新たに加わった船へ古参の水夫や砲手を振り分け、戦闘時の信号や隊列を合わせる訓練まで進めていた。
「11隻すべてを、今すぐ海へ出せる状態なのか?」
「出せます。ただ、行き先を聞いてから返事をしたいところですな」
「スペイン船を探す。西からカディスへ戻る船団があるらしい」
エドワードはウェッブから聞いた情報を説明した。
積荷は砂糖、煙草、染料、皮革、カカオなどが考えられ、銀を積んでいる可能性もある。ただし船団の規模も航路も確定していない。
カートライトは最後まで聞いてから腕を組んだ。
「つまり、目当ての船団が確実に見つかるわけではないのですな」
「そうだ」
「それでも11隻全部を出すおつもりですか?」
「見つけた時にこちらが3隻しかいなければ、せっかくの獲物を逃すことになる」
「11隻で出れば、全部取りたくなるのではありませんか?」
「全部取れる相手なら取る。ただし、勝てる相手だけだ」
「そこを守っていただけるなら結構です」
エドワードは川に並んだ船を眺めた。
「これだけの数を一緒に実戦へ出すのは初めてだな」
「訓練では動かしていますが、敵を追うとなれば別です。11隻もあれば、速力の違う船をまとめて動かすだけでも手間がかかります」
「細かな運用は任せる。僕は獲物を決める」
「それなら話が早い。各艦の配置と信号はこちらで決めます」
「ああ」
「それと11隻あれば、拿捕船へ移す人員にも以前より余裕があります」
エドワードはカートライトを見た。
「やはり全部取れるな」
「その結論へ持っていくために言ったのではありません」
「だが間違ってはいないだろう」
「相手を見てから考えてください」
「分かっている」
◇ ◇ ◇
11月3日の夜。
エドワードは自宅でアメリアと夕食を取っていた。
食卓には焼いた肉、根菜、パン、温かなスープが並んでいる。窓の外では冷たい雨が降り、早くも夜の闇がロンドンを包んでいた。
アメリアの腹は、夏のころよりはっきり分かるようになっている。体調は安定していたが、夫が海へ出ると聞けば心配が消えるわけではない。
「明後日には、また海へ出るのですね」
「ああ」
「今度の狙いはスペイン船だと聞きました。何を積んだ船なのですか?」
「正確には分からない。銀があるかもしれないし、砂糖や煙草、コチニール、カカオかもしれない」
「つまり、目当ての船そのものも、積荷もまだ確定していないのですね」
「そうなる」
「それで11隻全部を連れていくのですか?」
「せっかく動かせるようになったからな。見つけた相手が大きな船団でも、こちらの数が足りなければ取り逃がす」
「艦隊と一緒に欲まで大きくなっていますね」
「欲は前から変わっていない」
アメリアは笑った。
「その点については否定しません」
エドワードはパンをちぎった。
「僕がいない間のハロウデンは大丈夫なのか?」
「管理人から報告が来ます。本邸の図面も私が見ますし、大きな変更があれば帰ってから相談します。収穫祝いの支払いも終わっています」
「本当に僕がいなくても困らなくなったな」
「そのために先月ずっと話をしていたのでしょう」
「確かにそうだった」
アメリアは少し表情を改めた。
「海へ行くことには反対しません。ただ、銀を積んだ船を見つけても、勝てない相手なら諦めてください」
「分かった。無理はしない」
「私が聞きたいのは、その返事です」
「帰ったら無事だと最初に知らせることも覚えている」
「それなら安心です。その後で、何隻取ったのか聞きます」
「順番まで決まっているのか?」
「前回お願いしました」
「覚えているよ」
11月5日。
ヘイル艦隊11隻はテムズを下り始めた。
先頭にはグレイミア号が立ち、その後ろにヘイル家が購入した船と、フランスやスペインから奪って加えた軍艦が続いている。
岸にいた人々は、次々に通過する武装船へ目を向けた。
すでに、1隻の私掠船が獲物を探しに出る姿ではない。伯爵個人が所有する11隻の武装艦隊が、まとまって大西洋へ向かおうとしていた。
船尾から後続艦を見ていたカートライトが言った。
「こうして並ぶとなかなかのものですな」
「帰りにも同じ数が揃っていればいい」
「増やす話ではありませんよね」
「沈めるつもりはないと言っただけだ」
「その言葉なら信用しておきます」
11隻の帆が順に風を受けた。
目指すのは、スペイン帝国の富がヨーロッパへ戻ってくる海だった。




