第6話(後編2)「土地には人がいる」 1779年10月26日~10月31日
10月26日。
祭りから3日がたち、牧草地では最後の片付けが続いていた。
長机の周囲には、大勢の人間が歩いたため踏み固められた草が残っている。空になった樽や食器の大半はすでに運び出されていたが、仮設の設備を片付ける者たちがまだ働いていた。
エドワードは朝食を終えると、管理人と一緒に会場を見に行った。
「大きな破損や怪我はなかったのか?」
「長椅子が数脚壊れ、木杯もいくらか足りません。喧嘩は2件ございましたが、怪我は鼻血を出した者と、転んで腕を痛めた者が1人ずつです」
「数千人集まった割には少ないな」
「酒樽のところへ人を置いたのがよかったようです」
「アメリアに礼を言っておこう。僕なら、好きなだけ飲ませていたかもしれない」
管理人は笑った。
「それでは2件では済まなかったでしょう」
「そうかもしれないな」
片付けの状況を確かめた後、2人は書斎へ戻った。
机には祭りの費用と、10月分の所領報告が並んでいる。
祭りの総費用は2,000ポンドには届かなかった。
「思ったより使わなかったな」
「食材の多くを所領内と近隣から調達できました。机や長椅子も、新しくすべて買ったわけではございません」
「残った金はどうしたのか?」
「当然、使わずに残しております」
「分かっている」
エドワードは次の帳簿を開いた。
農場名と地代が並んでいる。
以前にも見た帳簿である。
だが今は、この農場には屋根を直す予定の家があると分かる。この村には鍛冶屋がいる。この農場で働く若者は徒競走で勝った。この辺りの道は雨が降ると泥になり、この橋を穀物を積んだ荷車が渡る。
「僕は毎日ここにいられるわけではない。海へも行くし、ロンドンにも仕事がある。だから、これまでどおり所領の実務は任せる」
「承知しております」
「ただし、何も知らないまま任せるのはやめる。少なくとも年に何度かは自分で回る。道路も農場も村も見る」
管理人は少し嬉しそうな顔をした。
「それだけでも、所領の者には大きな意味がございます」
「なぜそう思うのか?」
「領主が自分たちを見ていると分かりますので。管理人へ話しても、領主本人には届かないと思っている者もおります」
「全部が僕のところへ直接来るのは困るぞ」
「私も困ります」
「なら、まずお前へ話してもらえ。必要なものだけ僕へ上げればいい」
「承知いたしました」
エドワードは祭りの帳簿へ目を戻した。
「来年も収穫祝いをやろう」
「毎年の行事になさるおつもりですか?」
「ああ。今年と同じ規模でいいかどうかは、今年の反省を見て決めればいい」
「今年の話を聞いて、来年は最初から参加する者が増えるかもしれません」
「その分は早めに人数を調べてくれ」
そこへアメリアが入ってきた。
「来年の祭りの話をしているのですか?」
「ああ。毎年やろうと思っている」
「費用はどこから出すつもりなのですか?」
「ハロウデンの会計から出してもいいと思ったが」
「それは、まだ早いと思います」
「なぜそう思うのだ?」
「ハロウデンの収支を分けて見ると決めたでしょう。今年買ったばかりで、道路や橋、農場建物にも修繕が残っています。祭りまで最初から所領の経費に入れてしまうより、しばらくはあなたの私費で出した方が収支を見やすくできます」
「今年も僕が払ったぞ」
「ですから、来年も同じにしましょう。再来年以降は、それまでの帳簿を見て決めればいいと思います」
エドワードは管理人へ顔を向けた。
「伯爵は僕のはずだが、どうも財布については伯爵夫人の方が強いらしいな」
管理人は答えに困り、アメリアが先に言った。
「所領の収支をきちんと見ようと言ったのは、あなたでしょう」
「それも覚えている」
「でしたら、祭りの費用まで所領へ混ぜない方が分かりやすいです」
エドワードはしばらく妻を見た後、笑った。
「分かった。来年も僕が出す。ただし、今年と同じ2,000ポンドを最初から用意する必要はないな」
「今年の実績を見てから予算を決めれば十分です」
「君は本当に僕に金を使わせてくれないな」
「72万ポンドの土地を買い、何十万ポンドもする本邸を建て、11隻の艦隊を持っている人に言われたくありません」
管理人がとうとう笑った。
エドワードも笑った。
道路や橋の修繕は所領を維持するための費用であり、本邸建設は別に決めた大事業である。収穫祝いまで同じ帳簿へ入れれば、ハロウデンそのものがどの程度の利益を生んでいるのか分かりにくくなる。
来年の祭りは、今年と同じくエドワードの私費で行うことになった。
◇ ◇ ◇
10月末。
エドワード夫妻はロンドンへ戻ることになった。
古い本邸の前には馬車が用意され、滞在中に使った荷物が積み込まれていた。
管理人が見送りに出た。
「次はいつお越しになるご予定ですか?」
「冬になる前に一度は来たいと思っている」
アメリアが夫を見た。
「予定はもう決まっているのですか?」
「まだだ」
「でしたら、今は約束しない方がよいですよ」
「信用がないな」
「これまでの実績です」
エドワードは笑った。
「僕が来られなければ、君が来てもいい。ただし体調に無理がない時だけだぞ」
「分かっています」
馬車へ乗る前に、エドワードはもう一度周囲を見た。
古い本邸の先には畑が広がり、その向こうには森が見える。この1か月の間に歩いた農道があり、修理した橋があり、今年の穀物を積んだ倉庫がある。
さらに遠くには、まだ一度も訪ねていない村や農場も残っている。
52,000エーカーは広い。ほぼ1か月滞在しても、全部を見ることなどできなかった。
それでも、購入したばかりのころとは違う。帳簿に並ぶ農場名や地代の額を見れば、そこにある家や道、そこで会った人間の顔が浮かぶようになった。
エドワードが馬車へ乗ると、アメリアが向かいに座った。
「ロンドンへ戻ったら、最初は何をするのですか?」
「ウェッブのところへ行く。9月の戦利品の金額が、そろそろ出るころだ」
「ハロウデンへ1か月いて、帰った途端にまたお金の話ですか?」
「ハロウデンへ来たからといって、金が大事でなくなったわけじゃない」
「それなら安心しました。急に別人になっていたら困ります」
エドワードは笑って窓の外を見た。
「次に来た時は、今回行けなかった北側の村も回りたいな」
「今度はもう少し余裕のある日程にしてください」
「ああ。その方が僕も楽だ」
馬車はハロウデンの道を進み、やがてロンドンへ向かう街道へ入った。
所領の仕事は管理人に任せればよい。しかし、何を任せているのかまで知らずにいるつもりはない。
次に帳簿を開いた時、そこに並ぶ農場名のいくつかには、今回会えなかった人々の顔も加わっているはずだった。




