第6話(中編2)「2,000ポンド使え」 1779年10月16日~10月20日
10月16日。
古い本邸の食堂に、祭りの準備に関する書類が広げられた。
会場、料理、飲み物、雨を防ぐための覆い、机と長椅子、楽師、競技、賞金、馬車や馬を置く場所、夜の灯りまで、必要なものは増え続けている。
エドワードは一覧へ目を通した。
「費用は、どの程度かかる見込みなのか?」
「まだ参加人数が確定しておりません。ただ、天候がよければ所領内だけでも数千人になる可能性があります」
「それなら2,000ポンド用意しろ」
管理人の手が止まり、アメリアも夫を見た。
「2,000ポンドですか?」
「ああ。足りないのか?」
「逆です。祭り1回に用意する額としてはかなり多いです」
「使い切る必要はない。余ったら残せばいい」
「そういう意味でしたら構いません」
管理人はまだ戸惑っていた。
「閣下、通常の収穫祝いとしては、かなり大きな額でございます」
「今回はハロウデン全部でやる。数千人へ食事と酒を出し、音楽も呼び、競技の賞金も出す。それなら、途中で金が足りなくなるより余裕を持たせておいた方がいい」
「承知いたしました」
エドワードは続けた。
「ただし、ロンドンから何でも買うな。牛も羊も豚も、この辺りで買えるなら近くから買え。パンやエールも同じだ。机や覆いを作る仕事も、価格が合うなら所領の者へ回してくれ」
アメリアが夫を見た。
「そこまで考えていたのですか?」
「前に鍛冶屋へ行っただろう。2,000ポンド使って、その金が全部ロンドンへ流れる必要はない」
管理人も納得した。
「価格と品質を確認したうえで、できるだけ所領内と近隣から調達いたします」
「高いものまで無理に買う必要はない。そこは普通に比べてくれ」
「承知いたしました」
アメリアが料理の一覧を見た。
「肉だけでは足りません。パン、チーズ、果物、野菜、焼き菓子も増やしましょう。子供向けには酒以外の飲み物も要ります」
「プディングも出せるか?」
「祭りですから用意しましょう」
「エールのほかにサイダーも出したい。近くで十分集められるのか?」
「近隣から集められると思います」
「なら頼む」
その日から料理の手配が本格的に進んだ。
牛肉と羊肉は大きな塊で焼き、豚肉も用意する。パンは複数の村のパン屋へ分けて注文し、1軒だけに無理な量を押しつけない。チーズ、リンゴ、野菜、焼き菓子も集める。
エールとサイダーは樽で運び、大鍋を使う料理も用意することになった。10月下旬は日が落ちれば冷えるため、夕方にも温かいものを食べられるようにする。
準備の話を聞きながら、エドワードは笑った。
「祭りも艦隊も、人数が増えると食わせるだけで大仕事になるな」
「だから66隻の艦隊も大変だと言ったでしょう」
「そこへ戻るのか」
「同じことです」
「祭りにはフランス軍は来ないぞ」
「来たら困ります」
「その時は11隻出せば追い払える」
「祭りの日くらい海の話をやめてください」
◇ ◇ ◇
競技も決まった。
若い男たちの徒競走と、力自慢の男たちによる組み合いを行い、子供向けには短い競走を用意する。農場ごとに自慢の馬や家畜を連れてきてもよいことにした。
エドワードは徒競走の賞金を決めた。
「1位には5ポンド出そう」
管理人が聞き返した。
「5ポンドですか?」
「ああ。少ないのか?」
「いえ、かなり多いです」
「それなら問題ない」
「その決め方はおやめください」
アメリアが口を挟んだ。
「1位だけでなく、2位と3位にも少し出した方がよいでしょう」
「では3ポンドと1ポンドにする。組み合いも同じ額でよいか?」
「競技ごとに考えましょう」
「子供の競走には何を出すのがよいと思うのか?」
「お金より、菓子や小さな品の方が喜ぶでしょう。参加した子供全員に何か渡してもよいと思います」
「それでいこう」
管理人が書き留めていく。
アメリアは夫の顔を見た。
「念のため聞きますが、あなた自身が競技へ出るつもりではありませんよね」
「22歳だから、徒競走くらいは走れるぞ」
「伯爵が領民の競走へ出て、賞金まで持って帰るつもりですか?」
「賞金は取らない。ただ、負けたら格好が悪いな」
「そういう問題ではありません」
「分かった。今回は見ている」
アメリアは安心したが、その日の午後、エドワードは別の案を思いついた。
「離れた場所に的を置いて、拳銃の射撃を競技にするのはどうだ?」
「駄目です」
「まだ説明の途中だぞ」
「酒を飲む人が大勢集まる場所で銃を使わせるのは駄目です」
「会場から十分離しても駄目なのか?」
「駄目です」
「僕なら外さない」
「あなたの腕の話をしているのではありません」
「分かった。今回はやめる」
「『今回は』という言い方が気になります」
エドワードは笑った。
準備が進むにつれ、牧草地には木の長机や長椅子が運び込まれ、料理をする場所には仮設の炉が作られた。雨に備えて、大きな布で食事を出す場所を覆えるよう支柱も立てられた。
楽師も集まった。
祭りの知らせは隣接する土地にまで伝わり、ハロウデンの外から見に来たいという者まで現れた。
管理人がそのことを報告すると、エドワードは考えた。
「外から来た者まで入れると、食事が足りなくなる可能性はあるのか?」
「人数次第ではございます」
「それならハロウデンの者を優先しよう。余裕があれば外から来た者にも出してくれ」
「承知いたしました」
アメリアが確認した。
「食事も酒も、参加者からお金は取らないのですね?」
「ああ。全部こちらで出す」
「酒を飲みすぎる人は出ると思います」
「樽の近くに人を置いて、様子を見ながら出してくれ」
管理人が答えた。
「そのようにいたします」
「祭りの翌日に喧嘩の治療費まで払うのは嫌だからな」
エドワード自身も、準備が進むにつれて祭りを楽しみにするようになっていた。
船を買えば敵船を捕れる。建物を直せば損失を減らせる。これまでの大きな支出には、金銭で測りやすい目的があることが多かった。
今回の金は、今年働いた者たちに食事と酒を出し、1日楽しんでもらうために使う。
それを無駄だとは思わなかった。




